第三百四十話(カイル歴515年:22歳)周到なる謀(はかりごと)
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イストリア正統教国の中心地、トライアの街は大きな歓声に包まれていた。
たった今帝国側から、彼らを支援するために遣わされた商隊が到着したからだ。
収穫物の限られた冬になると、旧イストリア皇王国の南四郡、今は正統教国の勢力範囲となった領域には、それより北から訪れる人々が殺到し始めた。
彼らは収穫物の殆どを税として徴収され、冬になると食うに困り、噂を頼りに救いを求めてやって来ていた。
そしてトライアまで辿り着くと、新たな教皇の威光により帝国から続々と運び込まれる食料を見て、歓喜の声を上げ、涙を流して神の慈悲に感謝するのだ。
「教皇猊下にご報告いたします。
本日も帝国から新たな荷が到着し、民たちは神の計らいと猊下の威光に感謝しております」
「そうか、商人たちを労った上でもてなしてやれ。
相応の対価を支払い、益々神への忠勤に励むように計らうがよい」
そう鷹揚に答えたカストロは、その資金力を背景に、努めて商人たちを優遇していた。
もちろんそれは、闇の氏族が500年に渡って溜め込んでいた、相当量の資金であったが……
リュグナーたちは、当面使えない金貨や足が付く金塊など、運びきれないものは攻め滅ぼされた拠点に残して来たが、それでも最も価値の高い帝国金貨を中心に、大量の現行金貨を持ち出すことに成功していた。
そして彼らは悲願を達成するため、先ずは配下とした男の建国に対し、惜しげもなくそれを投資していた。
いずれカストロが皇王国を統一すれば、それは事実上闇の氏族が支配する国となるからだ。
これらは彼らの野望、宿願の一歩でしかないが、これまでのカストロの成果と、彼を看板とした戦略にはある程度満足していた。
「はい、猊下の仰せの通りに。
ところで2点、お耳にいれたきことがございます」
「続けよ」
「はっ、今回の商隊の到着と前後してグリフォニア帝国、ハーリー公爵からの書簡が届いております。
そして、今回到着した商会の中に、ハンドラー商会も含まれております。
それについて、枢機卿からご報告があると……」
「ふむ……、では先ず枢機卿を呼べ」
※
予め準備していたのか、枢機卿は供の男を連れてすぐに現れた。
「枢機卿、首尾はどうであった? 単刀直入に申せ」
「はっ、追加調査の結果もシロにございました。
今回も奴らの持参品は正規品の剣100本、そして安物の剣1,000本にございます。
密偵を仕込み、物資の入手先まで探っておりましたが、出所は紛うことなく帝国側、しかも第一皇子の陣営からにございました」
「なんと! では我が懸念は杞憂であったか……」
「それに関して、多少の事情もあるようです。
この場に密偵として奴らの商会に忍び込み、情報を得て参りました配下を同行させております。
よろしければ、此奴よりご報告させていただいても?」
「構わぬ、直答を許す。
其方が見聞きしてきたことを申せ」
その言葉を受けて、部屋に入るなり跪き、ずっと首を垂れていた男は顔を上げた。
その顔は……、前回ラファールが酒場で大盤振る舞いをし、レイムと酒と女の話をしていた際、途中で割り込んで来た男だった。
「私は奴らの馬鹿騒ぎに同調し、気に入られて臨時人足として雇われておりました。
今回の仕入れでは帝国領深く同行し、横流しの剣を受け取るところまで、この目で確認してきました」
「なるほど、奴らもいささか脇が甘いな」
「はい、奴らの仕入れ先は帝国貴族、カーミーン子爵家でございます。そもそも子爵は帝国にて第一皇子派閥の者。ただ、第一皇子返還に資金を使い過ぎて財政が傾いているようで、どうやら素人商売を始めたようです」
「ほう、それが上手くいっている、ということか?」
「いえ、逆でございます。
相手が素人と知ってか、公王を僭称する小僧は、子爵に正規品の剣を販売する代わりに、市場では売り物にならない剣も大量に押し付けたようです」
「売り物にならないとはどういうことだ?」
「押し付けられたものは、元々一般兵が所持する安価なもの、しかも傷物ばかりでございます。
数が少なければ武器屋でも特価品として扱いますが、まとまった量となると、誰も引き取りません。
言ってみれば、鉄屑と同じ扱いになります」
「そんなもの使えるのか?」
「引き取り手がいないだけで、十分に使えます。
傷や刃こぼれがあるものは、多少の修繕は必要ですが問題はないでしょう。
ただ、そのような手間を掛けるなら、安価な新品を商品として扱う方がまし、そう考える商人も多いようです」
「なるほど、商売下手な子爵は、とんでもない荷物を背負い込んでしまったという訳か?」
そういうとカストロは大いに笑った。
その子爵を嘲笑するかのように。
「どうやらそのようです」
報告者は、自身の調査の成果に胸を張ったが、実のところ半分だけ真実、半分は欺瞞情報に踊らされていたに過ぎない。
※
この結果を導き出すため、タクヒールはカーミーン子爵に以下の要望を伝えていた。
・正規の剣以外に、公国側が輸送する廃棄品候補の剣1,000本を預かってもらうこと
・対外的には、それらを押し付けられてしまった体を取ってほしいこと
・それらの保管管理には、殊更信用の置けない者を当ててほしいこと
・誰かが横流ししたことに気付いても、当面の間は放置しておいてほしいこと
これを聞いた時、最初はカーミーン子爵も頭に幾つもの『???』を浮かべていたが、やがて気付いたようだった。
要は『意図的に横流しされる形を作ってほしい』という依頼であることに。
そして子爵は、その小悪党に相応しい役者として、投獄されていたトーデンツという男を用いた。
赦免の代わりに俸給を半額に減俸されて復帰したこの男は、見事に思惑通り役目を演じ、失った俸給分を補填しようと立ち回った。
これが真実であった。
※
「それにしても……、そのような剣が使い物になるのですか?」
「正直申し上げて、正規軍の熟練兵なら厳しいと思われます。ですが徴募兵なら十分です。
未熟な彼らは『斬る』というより『叩きつける』しかできません。
それに彼ら自身に研がせれば、ナマクラでも多少はマシになるでしょう」
「そうか……、枢機卿よ、ご苦労だった。
潜入したこの者にも褒美を取らせてやれ」
「ところで猊下、ナマクラを持参した彼らは如何いたしましょうか?」
「ふふふ、100本の剣についてはその価値に応じた額を払ってやれ。
1,000本については、以前の手配通りに、な」
その言葉に側近の者は、恭しく頭をさげた。
※
枢機卿が退出したあと、カストロはもう一つの件に思いを巡らせていた。
「急ぎリュグナー卿とアゼル卿に遣いを送らねばならんな」
「遣いを、ですか?」
敢えて聞き返した側近の意図は、カストロの言に不満の意図を含んだものだった。
側近たちは教皇が得体の知れない彼らを御使いとして重用し、気遣っていることに不満だった。
「そうだ。単にあの二人は、私の命を救ってくれたという者ではない。この国が再び神に抱かれるよう啓示を与えてくれた者たちだ。
粗略にはできん」
「承知いたしました。ですが敢えて、苦言を申し上げることをお許し下さい。
私は猊下がこの国にお戻りいただいた頃から、彼らの様子をずっと見てまいりました。
彼らからは神(教皇)への敬意も、真摯な信仰心も感じられません」
「大司教よ、其方の言は正しく貴重なものだ。
だからこそ優秀で正しき道を説く其方は、旧体制下では司教として南四郡で冷飯を食わされていたのだろう?」
「面目次第もございません。
今の私があるのは、そして正しき教えを実践できるのは全て、教皇のお引き立てによるものです」
「今は興国の大事な時。
であれば、あらゆる道具が必要となろう。
多少は危険を伴う扱いにくい道具でも、必要な間は敢えてそれらも使用する」
「では、必要がなくなれば?」
「神の御心のままに……、そういうことだ」
そう言われて大司教と呼ばれた側近は、やっと険しい表情を解いて平伏した。
「そこまでお考えだったとは、我が身の浅慮を恥じるばかりです」
「構わぬ、其方たちの忠言には感謝している。
皆、今申したことを心に秘め、決して表に出すでないぞ」
「はっ、承知いたしました。
我ら一同、誓って御心に従いまする」
「ふむ……、それで奴らは今何をしている?」
カストロも現金なものだった。
一度本心を見せると、彼らに対する態度をあからさまに変えた。
もちろん、当人たちの居ないところで、だが。
「御使いのお二人は現在、隣接する中央四郡のうち、王都を除く三郡に対して物心両方で調略を仕掛けております。
三郡に点在する幾つかの教会からは、春までに正しき道に帰依する旨、連絡が来ております」
「そうか、勤勉なことだな。
だがハーリー殿のご意向もある故、急ぎ使者を走らせろ。本来の目的のため働いてもらわねばならん。
奴らはそのための駒なのだからな」
「はっ!」
教皇の命を受けた側近は、直ちに退席し使者を送る手筈に入った。
冷たい笑みを浮かべたて見送ったカストロには、御使いと呼ばれた二人に対する敬意も感謝すらもない。
彼が尊敬し『老師』と呼んで崇拝していたのは、アゼルやリュグナーではないからだ。
真実は分からないが、アゼルはもともと老師の命を受けて彼に従っていた者であり、皇王国では格下の存在だった。
自身の命を救ってくれたのは、アゼルの後任として仕えていたセルペンスであり、彼らではない。
感謝すべき彼も、裏切り者に討たれてしまったと聞いている。
リュグナーはたかが廃絶した子爵風情の息子であり、自身には爵位だけでなく何ら功績すらない男だ。にも拘わらず尊大で根拠のない自信に溢れたこの男に対し、敬意を抱くことすらなく、内心は嫌っていた。
そしてカストロにも分かっていた。
この二人はただ、彼らの野望を叶えるために自身を捨て駒として利用しているだけだということを。
だから自身も、遠慮なく彼らを駒として使い、用が済めば切り捨てるつもりでいた。
「この様子だと、いよいよ当初の計画も現実となるだろうな。
誰もが野心を実現するため、周辺諸国を巻き込んだ大乱が巻き起こす激流に身を任せることになろう。
さて……、最後まで生き残るのは、果たして誰であろうな」
誰も居なくなった大聖堂で、カストロはひとり笑うと、神が祀られている祭壇を見上げた。
その眼には、野望に満ちた光が強く宿っていた。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
書籍版の三巻発行まで、あと一日です!
実はいつも、このタイミングはドキドキしっぱなしです。
必要な修正はちゃんと全部できただろうか?
この期に及んで、まだ書き加えることはなかったか?
追記した内容は皆さまに楽しんでいただけるだろうか?
発売情報は、ちゃんと皆さまに周知できただろうか?
ちゃんと書店様に、並んでくれるだろうか?
多くの方に、手に取ってもらえるだろうか?
実はずっとこんなことを考え、Xの投稿を気にしてばかりです。
ぜひ三巻も、変わらぬご愛顧をいただけると嬉しいです。
そして、三巻の後書きにも記載しましたが、三巻の最終校正前後、なろう版で掲載されたここ15話前後は、私にとって最も辛く厳しい時期でした。
やりたいこと、やらねばならぬこと、この二つの狭間で心が揺れていた中、それをなんとか両立できるよう、無言の応援を受けて頑張れた気がします。
また、これまでも書籍を購入いただいたり、こちらの連載で応援いただいた皆様に対しても、改めて御礼申し上げます。
発売に進めたのも、ひとえにここで応援していただいた皆様のお陰です。
いつも、本当にありがとうございます。
三巻発売記念の毎日連続投稿は、もう少し続きます。
次回は『昏き闇に広がる翼』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。