第三百三十八話(カイル歴515年:22歳)宴と花嫁
カイル年515年、その冒頭に行われた新年の宴は、かつてないほどの盛大なものだった。
それもそのはず、この宴では昨年一年の貢献に感謝し、新しき年を祝うだけでなく、もう一つの祝事が込められていたからだ。
冒頭はいつも通り、タクヒールの挨拶から始まりいつも通りの無礼講の宴会が始まったが、暫くしていつもと様子が違うことにいち早く気付く参加者たちもいた。
「おいアラン、旦那はどうした?
いつもなら無礼講の席で率先して楽しんでいる筈なのに……、開会のあとすぐ姿が見えなくなったぞ」
「それよりギース、女神さまたちも姿をくらましてしまったぞ!
俺は女神さまたちに挨拶することだけが楽しみで、この宴に参加しているというのに……」
「そうだな……、そう言えば、なんとなく王国側の御使い様たちも、姿を見せていない方々がいる気がするし、アウラ様も……、おかしいぞ!
いつの間にかグレンも居なくなっているぞっ」
「ああ……、今回の宴、一体どうなってるんだ?」
そんな話題が交わされているころ、いきなり盛大な音楽が流れ、会場の雰囲気が一気に変わった。
そしてシャノンは目立たぬようタクヒールの後ろから、丁度よい大きさな声を拡声し始めた。
ここからが新年の宴の本番だった。
※
「みんな、楽しんでいるところを中断して申し訳ない。
この場で少し、ウエストライツ魔境公国の吉事を報告させてもらいたい」
そう言うと俺は、壇上にアンとクレアを招き、2人の手を取った。
「今年、俺たちには新しい家族ができる。
そのことを報告したくてちょっとだけ宴を中断させてもらった」
「「「「おおおっ!」」」」
「おめでとうございますっ!」
「公王陛下万歳!」
「公妃さま万歳!」
「ウエストライツ魔境公国万歳!」
会場は大歓声に包まれ、至るところで祝杯が掲げられた。
「そして皆にはもうひとつ、今日この良き日に祝い事を共有してもらいたい」
そう話すと、魔境騎士団を始めとする、魔境公国軍の指揮官クラスが一斉に前に出ると、下手の入り口から中央方向に向かい合って並び、抜剣して剣のアーチを作った。
「皆に改めて紹介したい。ここに改めて夫婦となる者たちを!
魔境騎士団総司令官、ヴァイス・フォン・シュバルツファルケ子爵、妻、ソルディア・フォン・リリア準男爵!」
「「「「おおおっ!」」」」
歓声に包まれる中、上手からは団長が笑顔で剣のアーチを抜けて登場し、上手からは純白のドレスに身を包んだリリアがとても幸せそうに笑顔で、父親役代わりのゴルドに手を引かれて登場した。
「団長、おめでとうございます」
「総司令官、おめでとうございます」
「リリア! 幸せにね」
実はこのカップル、アンからの話によるとリリアから求婚したそうだ。
アンの言葉に背中を押され、親友であるクレアからは尻を叩かれ、当たって砕けろの気持ちで求婚し、見事に団長を射止めたらしい。
射止める、正にリリアにぴったりの表現だな……
「続いて、特火兵団司令官、ソリディア・フォン・クリストフ男爵、妻、ソルディア・フォン・アウラ騎士爵」
同じように祝福の歓声に包まれる中、下手からクリストフがややむっつりとした顔で、上手から同様にアウラが喜びの涙を流して、父親役代わりである元皇王国の風魔法士に手を引かれて登場した。
「司令官、おめでとうございます」
「照れているのはわかるが、その仏頂面はないぞ~」
「アウラちゃん! 良かったね」
クルストフは、アウラからずっと好意を寄せられていたらしいが、そういうことに鈍感なのか、生真面目で敢えて抑えていたのか、ずっと平行線だったらしい。
あのあとミザリーに一刺しされて、やっと重い腰を上げたらしい。
女王蜂の一刺し……、そりゃ効くかも知れないな。
「続いて、工兵部隊司令官、ソリディア・フォン・エラン男爵、妻、ソルディア・フォン・サシャ準男爵」
歓声鳴り止まぬ中、下手からエランが緊張した面持ちで、上手から同様にサシャが手を振って、自身の父親に手を引かれて登場した。
「司令官、お幸せにー」
「緊張しているのは分かるが、奥さんを見習え~」
「サシャ! 良かったね。いつまでも親友だよ」
エランとサシャはずっと恋仲だったらしい。だからクレイラットの戦いで窮地に陥った時も、エランは必死でサシャを守ったらしい。もちろん任務を遂行するための責任感もあったのは当然だけど。
ってか、二人のことは公然の秘密だったらしいけど……、知らなかったのは俺だけ?
なんかそれも複雑だった。
当面激務が続くため、二人はずっと遠慮していたらしいが、アンに諭されで決断したらしい。
「続いて、輸送部隊司令官、ソリディア・フォン・バルト男爵、妻、ソルディア・フォン・ミア騎士爵」
歓声鳴り止まぬ中、下手からバルトは優し気な笑みで正面のミアを見つめながら、上手から同様にミアが真っすぐバルトを見つめて、孤児院出身の男性に手を引かれて登場した。
「兄貴、お幸せにー」
「もう二人の世界に入っているのか、ごちそうさまー」
「ミア! これからは末永くエランの引っ付き虫になるんだよ」
バルトは同じ孤児院の仲間たちから、兄貴分として慕われていた。そのひとりがミアだった。
最初はミアの方が一方的に想いを寄せていたらしいが、バルトもまんざらでもなかったらしい。
二人は、ミアが崇拝するローザがまだ独身であることに気を遣い、結果として密かに思いを温めていたらしい。俺もこの二人のことは、つい先日まで知らなかった。
やっぱり俺って……、周りが見えないタイプなのだろうか?
かくいう二人は、ローザに諭されで決断したらしい。
「続いて、諜報部門司令官、ソリディア・フォン・ラファール男爵、妻、ソルディア・フォン・マリアンヌ準男爵、……、ラナトリア騎士爵」
「「「「なぁぁぁぁっ!」」」」
この時ばかりは、歓声というより驚愕の絶叫が各所から湧き起こり、会場内に響き渡った。
そして……、男たちが冗談半分で上げるブーイングに近い声援を受けて、若干引き攣った顔のラファールとは対照的に、微笑をたたえているマリアンヌとラナトリアは、彼女を崇拝する元皇王国のグレン準男爵に手を引かれていた。
「ははは、馬子にも衣装とは正にこのことだな。よっ! 山賊男爵、両手に花とは羨ましいぞっ」
「旦那っ、ずるいですぜ。俺たちの女神様を搔っ攫うなんて……」
「ってか、グレン! い、いつの間に……、この裏切り者がぁっ」
「何で俺だけ非難されるんだよっ!」
「私は……、崇拝する女神さまの花道、せめて介添えすることが我らの責務だ」
ラファールだけは、らしいといえばらしい祝福を受け、とても騒々しい登場となった。
もしかすると……、前回に俺が生きたの歴史の終盤、絶望的な状況のなかヴァイス将軍をテイグーンで迎え撃ったとき、マリアンヌが救護兵として参加したのも……、あの時もラファールのことが好きだったからか?
ならば今回、やっと想いを遂げられたということか?
俺は一瞬脳裏に浮かんだ過去の記憶を思い出し、感慨深い気持ちでいっぱいだった。
まぁ、セット?でラナトリアまで娶ることになったのは驚きだったけど。
『貴方みたいな酒好き女好きには、二人で囲い込むのがちょうど良いぐらいだわ』
マリアンヌはそう言って、求婚に応える条件を出したらしい。
もちろん、下手をすると自由気ままな独身を貫こうとしていたラファールに対し、アンとヨルティアが多少強引に? 背中を押していたらしい。
でも……、ここの組み合わせは一番意外だよな。
そう思ったとき、ふと『聖は闇に惹かれる』、いつか狸爺が言っていた言葉を思い出していた。
「最後に、イズモ駐屯兵団司令官、バウナー・フォン・アレクシス子爵、妻、ソリス・フォン・クリシア男爵」
「「「「おおおっ!」」」」
最後にひと際大きな歓声が上がり、下手からアレクシスが、上手からは幸せそうに笑う妹が父・ソリス侯爵に手を引かれて登場した。
「司令官、どうかお幸せにー」
「ソリス侯爵家、バウナー子爵家万歳!」
「クリシアさん! お幸せに~」
ここはもう、既定の路線だった。
今回の婚姻に当たり、俺は当事者ふたりと話をし、完全な合意を以て以下のことを取り決めた。
ひとつ、二人の婚姻後は、アレクシスは婿養子としてソリス侯爵家に入る。
ひとつ、ソリス侯爵家の門地を引き継ぐ代わりに、新領土に与える領地は公王直轄領とする。
ひとつ、父が隠居するまでの間は、現状のまま子爵待遇で俸給を支払うこととする。
因みに今回の宴には、家紋と領地を長男に譲り、今はハミッシュ辺境伯の直属として働く、バウナー子爵(アレクシス父で、前回の戦役で男爵より陞爵)夫妻も参加していただいている。
そして六組、都合13名のカップルが勢揃いしたなか、特別に設けられた祭壇でローザ特任名誉司教とグレース辺境枢機卿が差配する神前結婚式が行われ、その後、無礼講の披露宴を兼ねた宴が再開された。
そして全員が新年と仲間たちの未来、新たな絆の誕生を祝い、心行くまで宴を楽しんだ。
『この裏切り者』
『山賊、花嫁泥棒』
『二人も娶るなんてとんでもない奴』
『俺たちの御使い様を返せ』
周りからそんな祝辞を言われ、延々と酒を注がれ続けて酔い潰れてしまった、若干一名を除いて……
晴れて仲間たちに新しい未来を届けることができ、新たな一歩を進むことが叶った俺も、心行くまで酒杯を煽り続けた。
あ、でもまだ何人か……、彼女たちはどうするのだろうか?
その辺も含め、宴の前から妻たちより任せてほしいと言われてるけど……。
これによって俺は仲間と共に、本当の意味で『新しい未来』を歩み始めたのかもしれない。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は『大狸の憂鬱』を投稿予定です。
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