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第三百三十七話(カイル歴514年:21歳)新たなる同志 その始まり

半年ぶりに主要者の全てが集い、開催された全体会議はつつがなく終わった。

その後、いまだ各所で建設の進むクサナギの街の最奥、中心部には未だ建設が半ばの領主館があった。


本来ここは王宮と呼ぶべきものだが、タクヒールは何故かそう呼ばず、領主館と呼んでいた。

その規模も、カイラールの王宮と比べればささやかなもので、城塞都市であるクサナギに見合う、質素だが堅牢な造りになっている。


全体会議が終わり、その領主館の一室に内々に集う者たちがいた。



「それでラファール、あの場では言葉を濁した、まだ共有できない話とは何だ?」



「はい、皇王国……、いやイストリア正統教国については、おおよその情報は会議で報告したとおりですが、いまひとつ腑に落ちないんですよ。

仮に奴らの現有戦力は約6,000名、領民から徴兵したとしてせいぜい10,000前後です」



「だが、冬になれば食料をかたに、国内で勢力を広げるんだろう?」



「仰る通りですが、それでも今の国力ではせいぜい二万から三万ってところでしょう。

国内を全て統一でもしない限り、対皇王国に最低でも一万は残していかなくてはなりません。

そう考えれば、奴らの侵攻軍はたかが一万からせいぜい二万。果たしてこれで侵攻できると、本当に奴らは考えているのでようか?」



「確かに、な。

だが俺たちの立場も変わったものだな。たかが一万、二万と言えるようになる日が来るとは……」



「あ、失礼しましたっ。慢心を戒めます」



「いや、そういう意味で言ったんじゃない。

だんだん感覚が麻痺してくる自身が怖いのと、いつのまにか大きな舞台に上がることになってしまった点が、どうしてもまだ馴染めなくてね」



「確かに仰るとおりですね。話は戻りますが、この点を考慮して、調査は継続したいと思っています。

そのためにレイムも引き続き残してきておりますので……」



レイム……、元皇王国兵で東国境の戦いで捕虜となり、ラファールの飲み仲間になった男だな。

同じ仲間のグレン、ギース、アランたちは、特火兵団の指揮官になったが、変わり者で酒好きのレイムだけはラファール配下の諜報部隊に入っていた。


ハンドラーと共に、第一陣の諜報部隊が出発する際、ラファールは皇王国人であり土地勘のあるレイムを間諜として送り込んでいた。



「具体的な調査方法は?」



「先ずは横流し品を継続して小出しに送りたいと思っています」



「ラファールさん、深入りすると危険じゃないかしら?」



ここでヨルティアが意見を言った。

この場には俺とラファールの他に、内務卿レイモンド、ヨルティア、ミザリー、ユーカ、団長、アレクシスがいる。



「ええ、それは否定しません。彼方に滞在中も俺自身が間諜と嫌疑を掛けられていましたからね。

次からは、それを逆用しようと思います」



「というと? あちらの街で金貨をバラまいたのもその一環ということですかな?」



「ははは、面目ない。ですが内務卿のご賢察の通りです。

俺たちは商売の成功に浮かれて散財する小物、あちらではそう振舞っていましたが、少し目端の利く者もいるようです。ちゃっかりお土産(付馬)を持たされてしまいましたよ」



「その状態で此処に来ては、少々危険ではないですか?」



「内務卿、その点は問題ありません。

ハンドラーは次回の入札に参加するため、商品の手配でとある帝国貴族のところに逗留しております。付馬とともに……」



「なるほど、今度はその者を巻き込むということですね? 第一皇子派の貴族を隠れ蓑にする訳ですか……」



「レイモンドさまには敵いませんな。俺の行動なんて全てお見通しという訳ですね。

ただ、まだその話で了解を得られた訳ではないんですけどね」



「そうですね、でもいい人選だと思いますよ。

タクヒールさま、カーミーン子爵はできればこちらに引き入れておきたい人物です。

多少浮世離れした面はありますが、誠実で話の分かる御仁かと思われます」



「うん、レイモンドの人物評価が問題なければ、それで進めていこう」

(ってか、俺にはまだ話が見えてないんだけど……)



「では、来週に行われる第四回入札にて、子爵の取り込みを行うべく動くといたしましょう。

最終的にはタクヒールさまから子爵への説得をお願いします」



「それは分かったけど……、説得に失敗した場合は?」



「それはそれで、彼らへの牽制となりましょう。

これまでの調査から、帝国、第一皇子の陣営がカストロと通じているのは明らか、ならばこの二者の共闘を我らが知り、有事に備えているともなれば、帝国領北部の動きは鈍化します」



なるほど、二段構えということか。

俺へのプレッシャーも少ないな。


その後、この件について具体的な打ち合わせを行い、俺たちは散会した。



ラファールの提案から1週間後。

第四回の入札に向けて、帝国各地からクサナギへと商人たちが集まり始めていた。


そこに現れたボッタクリナ商会は、既に慣れ親しんだ関所を通過する際、個別に通達すべき話があるとの伝言を受けて、行政府に向かった。



「我らに何か不手際でもあっただろうか?」



そう小さく呟いたカーミーン子爵は、一抹の不安を感じながら、商会長として足を速めていた。

本来は子爵家の当主である彼が、商会を率いてくる必要などない。

ただ今回は、自身の中でこれまでの経緯について礼を述べたい、そう思って同行してきていた。


ただそれも、自分を納得させる理由でしかなかった。

初めてクサナギを見て以降、そのあまりにも劇的な変貌ぶりに驚き、毎回それを見るのを楽しみにしているのが、最も大きな理由だったかもしれない。



「今回も大きく変わっているな。

外部の防衛網はほぼ完成しているようだが、この短期間に一体どうやって?

我が領地も、これに倣って変貌を遂げることができれば……」



これがカーミーンの本心だった。

魔境公国と関わり、バルトから受けた教えを彼は素直に実践してきた。

そのお陰もあって、収穫祭やその後の納品、それら全ては滞りなく対応することができていた。

そのため彼は、交易にて真っ当な収益を得ることができている。


領内の街道についても、指摘を受けた通りに改善し、最近では様々な恩恵を受けるようになった。

街道に設けた直営店では、魔境公国にて仕入れた産品を販売し、その売り上げも好調だ。

それらのお陰もあり、借金に沈んだ領地も今は盛り返してきている。


彼の中では、当初あった魔境公国への敵愾心も、蔑んだ思いも全て消えていた。

今の領地の繁栄は全て、魔境公国との関わりにより発生している。


だからこそ余計に、不都合があった際の不安が高まったといえる。



行政府に到着し、案内に従って指定された部屋に入ると、まず彼は驚かされた。

そこには公国の首脳部といえる人物たちが、彼を待ち受けていたからだ。



「やあ、待っていたよ。ボッタクリナ商会長、いや、カーミーン子爵と呼んだほうが良かったかな?」



「こっ、これは公王陛下、思いがけずお目に掛かれて光栄にございます」

(本当にいつも驚かされる。心臓に悪いですよ。王という方は、普通こんな所に現れないのだから)



「クサナギを訪れさせていただいているときは、一介の商会長でございます。

どうか遠慮なくご用命いただければ幸いです」



「ははは、なんか少し見ないうちに、すっかり商会長が板に付いてきたね」



「これも公王陛下を始め、バルト殿や皆様のお陰と、大変感謝しております」



「そっか、じゃあ先ずはボッタクリナ商会への商談だ。

実は商会に公王国が所有する剣を200本ほど、市場の値段より安く引き取って欲しい」



「今や帝国中で剣の需要は高まり、市場に出る数は逼迫しております。

我らとしては喜んで承りたいですが、よろしいのでしょうか?」



「その代わり二つの条件を吞んでほしい。

一点目は、200本のうち100本は、俺が指定する先に売ってやってほしい。もちろん価格は二割ほど上乗せして利益をとった上で。その他の100本は自由に販売して構わないからね」



どういうことだ?

そんな手間を掛ける意味がわからないが……

カーミーン子爵は若干困惑した。



「まぁこれは、剣を譲る代わりに二点目のお願いを聞いてもらいたいからなんだけどね。

もちろん無理なお願いでも、面倒を掛ける話でもないよ」



その後、二点目のお願いを聞いたとき、カーミーン子爵は益々混乱した。

誰が聞いてもおかしな話だ。商談と言いつつ、公王側にはなんの利益もない話に思えたからだ。



「ふふふ、変な話だよね。でもここからが肝心な話なんだけど……

ここから先の話だけ内々に、ウエストライツ公王と帝国貴族であるカーミーン子爵とで話をしたい」



「は……」



短く答えたものの、カーミーン子爵には訳が分からなかった。

そもそも他国とはいえ一国の王と、たかが子爵風情がまともに話などできる訳がない。



「まず大前提だけ共有したい。

俺が望んでいるのは今の平和が続くこと、帝国の人民と公王国の人民が、互いに手を携えて安寧に、そして豊かに暮らしていけることだ」



「はい、私の意見も同様です」



「だが、帝国の中にはそれを望まない者もいる」



「……」



それを言われ、カーミーン子爵は身につまされる思いだった。

彼の主君、もはや既に自身は見放されてしまったかもしれない主君が望むこと、それは先に公王が言った未来ではない。

それぐらいのことは、自身でも十分承知している。



「私は願っています。今のクサナギやイズモの繁栄を知れば、周辺領地の発展や繁栄を知れば、戦いによって新たな領地を得ることより、大きな利があることを理解していただけると。

一目、この地を見さえすれば……」



「だが権力への妄執は人の心を蝕む。

まして、尽くされるのが当然と考えている輩にとって、配下だけでなく民まで使い捨てと考えているだろうね」



「それは……、ですがしかし……」



カーミーン子爵は反論できなかった。

かつては自身が使い捨てにされ、つい先日までの窮乏についても、当然のこととして対応され何ら救いの手を伸ばされることなど、一切なかったからだ。



「俺の願いは難しい話じゃないよ。

子爵にはこれまで通り第一皇子を戴く派閥に属してもらって構わない。俺は帝国の内政に関与する気はないからね。

ただ、帝国の危難を探る手助けをしてほしいだけなんだ」



「帝国の危難、どういうことですか?」



「俺が危惧しているのは、彼が乾坤一擲の策として打つ内容の、危うさについてかな。

他国の力を借りる代わりに、帝国の臣民を切り売りし、自身の意に沿わない領地の民を蹂躙させること、これは帝国と安全保障を結んだ俺も看過できない」



「そ、そんな事実が……?」



「俺たちの諜報では、彼はそのように動いているよ。

そしてその前兆は既に始まっている。イストリア皇王国に反乱が起こり、国土を二分している話は聞いているかい?」



「はっ、我々も商人を通じてそのような話は……」



「では仮に、それを使嗾したのが第一皇子の陣営だとしたら? 自らの皇位継承を優位に進めるべく、謀の一環として、他国の軍勢を引き入れるための算段だとしたら?」



「有り得ないお話ですが、万が一の場合、私は帝国人としての誇りを優先させます。

我らはグロリアスさまを推す者である前に、誇りある帝国貴族です。

帝国領が不当に踏みにじられるとあっては、そんなことは大事の前の小事に過ぎません」



「その答えだけで十分だ。

なのでその嫌疑を確かめるためにも、協力してもらえないか?

ここにひとつ、揺るぎない事実もある」



ひとつ、第一皇子陣営は、イストリア皇王国に反旗を翻したカストロ大司教を、密かに支援している。

ひとつ、彼の率いる反乱軍は、帝国と国境を接する南部領域を配下に収め、その勢力を伸ばしている。

ひとつ、反乱軍は大量の武器を欲しており、その牙をいずれかの地に突き立てるべく動いている。



「この三点を受けて、この牙がどこに向かっているのか、それを俺は確認したい。

俺たちは帝国と和議を結び、共に手を携えて発展すると約した者だ。さらに安全保障を互いに結び、帝国の領民たちの危機は、我が身のこととして救いたいと考えている。

この点、一点のやましさも、権謀詐術もないと誓っていえる」



「それが事実であるとしたら、誠に由々しき事態です。

ですが今の私が申し上げられるのは、その牙が帝国に向かうかどうかを調査すること、それについてのみご協力する。これだけです」



「それで充分さ。俺も子爵に調略をかけるつもりはない。

帝国貴族として、その誇りを全うしてもらいたい。それが期待できると思ったから声を掛けた」



「そのご期待には、全身全霊を掛けて応えさせていただきます。

そしてこのお話は、ここだけのものといたしましょう。お互いに余計な禍とならぬよう」



「そうだね。これで俺たちは、帝国に対する侵略を許さず、帝国人民の命を守ること、この点については同志というわけだ。それで良いかな?」



公王の言葉に、カーミーン子爵はただ無言で、頭を下げた。

心の中では、感謝の涙を流しながら……



その後、依頼された『調査』の内容について詳細な説明を受け、入札ののち、ボッタクリナ商会は応札した内容と別途結ばれた契約を携え、領地へと戻っていった。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『宴と花嫁』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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