第三百三十一話(カイル歴514年:21歳)中央教会との対決②(本領発揮)
カイル王国全土に根を張る教会の頂点、ある意味では復権派の者たちすら叶わぬ特権階級にいた、マイザー総大司教、グリーディ大司教らは、例え相手が一国の王であろうとも怯むことなく尊大であり、自身らを特別な存在と思っていた。
なので彼らは、タクヒールを前にしても平常運転、しかも爵位も持たぬ男爵家の次男から、ただ運と時流に乗って急速に成り上がった若造に対しては、歓心を買う程度の気遣いすらできなかった。
彼らにとってタクヒールは、お人好しで金貨を搾り取れる世間知らず、良い言い方をすれば、多少ぞんざいに扱っても文句を言わないスポンサーのような認識でしかなかなったからだ。
「では、ここからはウエストライツ魔境公国の公王として、其方らに相談と確認だ」
「「はぁ?」」
タクヒールの声色と言葉使い、そして態度が明確に変わった時も、総大司教と大司教の顔に浮かんだのは、単純な不快感だった。
「中央教会として我が国に、いや、我が国の新領土に対し、『教会の建設を許可した場合』の話をするとしようか」
「許可だと? 一体何を考えて……」
「大司教よ、何か呆けているのか?
俺は国王として、其方らにもグレース教区長にもまだその許可を出していないぞ」
「何だと?」
「今からその話をするところだ。
建設の許可を出すにしろ、事前に確認しておかなければならない点がある。今回はそのための訪問だ。
もし俺が建設を許可した場合、教会側は新領土に宝珠を幾つ都合つけられる予定かな?」
「なぁっ! 話が違うであろう。いや、そもそもどこでそれを……」
「神に仕える我らに無礼なっ、いや……、何故そんなことを……」
「ほう……」
反応は三者三様だった。
彼らはここまで、タクヒールをカイル王国の『いち公爵として』上から目線で対応していたが、そうもいかなくなった。
そして続け様に爆弾発言がもたらされた。
餌に浮かれていたとき、突然変貌したタクヒールの態度と質問内容は、序列の高い者ほど衝撃が大きかったようで、総大司教と大司教は、怒りとも焦りとも分からない表情になっていた。
「当たり前だろう。俺はこの国にて王族と同等の待遇を受けている。
ならば王族にのみ受け継がれている建国の裏事情、教会にまつわる秘事を知っていてもおかしな話ではあるまい?」
「……」
言葉に窮する彼らを見つめ、タクヒールは冷たい笑みを浮かべると、更に追い込みを掛けた。
「俺の立場は、如何に政治の理からは外れた教会であっても、十分に知っていた筈だ。
まして、この国の教会は政治に介入することもしばしばあるしな」
「そ、それは……」
「ないとは言わせないぞ。
総大司教と大司教、敢えてお前たちに確認したい。
先程までの態度が、一国の王に対する礼か?
世俗のことには疎い教会と言えど、あれで許されるとでも思っていたか?」
「いや、そんなことは……」
「総大司教、それが中央教会の作法か!
王を侮る礼節と誠意を欠いた態度は、そもそも教会側から敵意を示した、誰でもそう理解するだろうよ」
これらのタクヒールの言葉は、彼の本質をよく知るアンやクレア、ミザリー、ヨルティア、ユーカなどが聞けば、少し不思議に思うかもしれない。
本来の彼からすれば、権力や身分を盾にとって相手を責めることは『らしくない』からだ。
同時に、彼女たちなら気付くかもしれない。
タクヒール自身、らしくない物言いを交渉の武器として敢えて使っていること、自身でそれに違和感を感じ、近親者が気付くかもしれない程度にだけ、僅かに声がうわずっていたことを。
彼が怒り、権力というものを身にまとって発言するのは、あくまでも仲間に対しての行いだった。
これまでも本人ではなく、仲間の尊厳が侮辱されたり、理不尽な振る舞いをされた時に限り彼は本気で怒り、遠慮会釈のない物言いをした事例はあった。
本来なら今回の自身に対する扱いなど、笑って見過ごす程度の、彼にとっては取るに足らない些細なものだった。
もともと庶民として生きて来たタクヒールには、王と呼ばれることさえ好んではいない。
まして、王としてのプライドなど一切ない。
だが、教会という難敵と対峙するにあたって、まともに対峙しては埒が明かない、そう考えた末に役者になりきる努力をしていた。
「こっ、こっ、こっぅ王」
「落ち着け大司教、俺は鶏ではないぞ」
「こんな場で迂闊にお話されるようなことではありませんぞ! 我らはこの秘事を守るため、どれだけのことを……」
やっと自身の立場に気付いたのか、それとも質問の内容に驚愕したのか、大司教はかなり焦っていた。
それを見たタクヒールは思わず笑いそうになっていた。
こんな場で? おかしな話だ。
この場以外に相応しい場があるなら、是非聞きたいものだ、と。
詰まるところ……
触れるに相応しい場などない=触れさせない
そんなことだと理解した。
「永きに渡る、教会の努力と苦衷に敬意を払い、この話は此処だけのものだと約束しよう。
で、繰り返すが宝珠をどうする予定だ?
元々数が足りてないとはいえ、前年の大戦で消えた領主貴族、5年前の反乱で消えた者の領地を含めれば、相当数を確保しているのだろう?」
「……」
タクヒールが敢えて会議室ではなく晩餐会の場を選び、狸爺に許可を得ていたのはこの件だった。
教会に対する攻撃、いや、口撃手段として、歴史に潜む事実を口に出す許可、狸爺を通じて知り得た情報のうち、教会に関わる内容のみ、教会上層部に向けて語ることの了解を得ることだった。
そしてタクヒールの予測通り、その効果は絶大だった。
総大司教と大司教は言葉を失い、ただ黙ることしかできなかった。
どこまで公王は事実を知っているのだ?
そう考えると、反応ひとつが藪蛇になってしまう可能性すらある。
「ふむ、空想の域を出ないお話ですが、仮に百歩譲っても『元々数が足りていない』とは、中々不穏当な仰りようですね」
何も言えず、ただ口をパクつかせていた大司教に代わり、今度は枢機卿が問い返した。
思い起こせば、彼は最初から態度を変えていなかった。
タクヒールらには礼を持って接し、言葉には裏表がなく誠意すら感じられるほどだった。
「そうか? 元の数は250個、公にはフェアラート公国、イストリア皇王国、ローランド王国にそれぞれ渡ってしまったものが3つ、非公式に奪われたものも幾つかある前提で、王国貴族は250家あったんだぞ。足りている筈がないだろう?」
「そこまでご存知なのですか! いやはや……、おみそれしました」
枢機卿はため息をつくと、覚悟を決めた顔で向き直った。その表情には微笑すら浮かべている。
「流石公王陛下にまで登られたお方、取り敢えずはそう申し上げておきましょう。ですが、我らがそれを認めるとお思いですかな?」
「俺がそんなことを望んだか?
別に教会の秘事を論うつもりは一切ない。
ただ、旧王国領側だけでなく、この先は旧帝国領でも魔法士の適性確認儀式は可能となるのか?
気にしているのはその点であり、不可能なら教会を建設する意味すらなかろう?」
「その点について私の立場では『可能』とだけ申し上げさせていただきます。ただ詳細については申し上げることができません」
「新領土で可能となっても、代わりに旧領で不可能となっては目も当てられんが……」
「その点はご安心ください。私の立場でも『それはない』と申し上げることができます」
枢機卿の話は、何となく含みがあった。
言葉の使い方が不自然……、いや意図的に何かを伝えようとしているかの如く。
『あ! もしかして、そういうこと?』
タクヒールは予想外の推測を、確かめずにはいられなくなった。
「そうか、中央教会において最高位に近い、枢機卿でも答えかねるか。ならばこの先は枢機卿より上位である、大司教か総大司教にでも聞くしかないな」
タクヒールがニヤリと笑って彼らを見たとき、明らかに不貞腐れたような態度を見せていた。
対照的に、枢機卿だけはニコニコして笑っていた。
「公王よ、何故それを気になさる?
魔境公国の王国領側では、以前と変わらぬ対応ができると、枢機卿も明言していたであろう?」
『ほう、此処でやっと総大司教のおでましか。
偽りの善人面が崩れ、目付きも険しく本性を現した感じだな』
「総大司教よ、この期に及んで何を隠す?
そしてこれまでのこと、ウエストライツ魔境公国に対する、教会の礼義と理解して良いのだな?
切り捨てることができるのは俺の方だと、お前たちは理解していないようだな?」
「なっ、何と恐ろしいことを……、神をも恐れぬ行いと天罰が降りますぞっ!」
「ほう? 今度は天罰か。中々面白いことを言うな。神の名の下に喜捨を受けておきながら、利があると見れば信心深い者たちの情報も売る、それこそ天罰に相当する非道と思うが、いかに?」
「我らに対する侮辱は、神をも恐れぬもの。
断じて看過できませぬっ!」
「ははは、大司教よ、知らぬとは言わせぬぞ。
俺も売られた一人だ。中央教会が復権派や王権派、それぞれに情報を流した事実に、それらを実行した者の名もあげることができるぞ?
侮辱されているのはどちらなのか、よく考えろ!」
「そ、それは……、一部の背教者共が……」
「知っているなら、背教者と呼ぶなら、何故そ奴らを処罰しない?
これでは実行者を通じ、教会も甘い汁を吸っていたと理解せざるを得ないな。故に同罪だ。
いいか、これまで俺はそれらを見過ごしていた訳ではないぞ。敢えて咎めなかっただけだ」
「き、教会を咎めるなど……、で、できるとお思いか?」
「ははは、それを答える前に、もう一つ天罰について聞いておこうか?
イストリア皇王国では、聖の氏族の末裔である教会が、初代カイル王の御技を悪用した上で、王国を攻撃する尖兵として魔法士を誕生させているが……
奴らに対しその天罰は降らないのか?」
そう言ってタクヒールは、敢えて悪人顔で笑った。
もちろん、彼らの答えが簡単に予想されていたからだ。
タクヒールは、皇王国での魔法士誕生の経緯、それらの事情を移籍した魔法士たちから得ていた。
「何を仰るか、天罰は降りましたぞ!
神の意思を体現する使徒たちにより、敵の首魁カストロは神の裁きを受けて滅び、兵たちは全滅と言って良い被害を受けたではないですか」
「ふふふ、中途半端な天罰だな」
「何故お笑いになる、無礼なっ!」
「大司教、お前たちの頭がお花畑、いや、金貨の風呂にでも漬かって惚けているからだよ。
カストロは生きている。しかも反乱勢力を率いて皇王国に反旗を翻す国を建国し、皇王国を乗っ取るつもりで動いているぞ」
「なっ! なんとっ」
「信じ難い……、そんな筈が……」
「なるほど……」
「何故神は奴に天罰を与えない?
何故に奴を窮地から救い出した?
奴は今、皇王国の全土を掌握する勢いで軍を進めており、再び俺たちに牙を剥いてくるぞ」
「……」
「元はと言えば3カ国の教会は、聖の氏族である中央教会の出先機関、ならばお前たちは何故咎めない? 何故奴らを放置しているのだ?」
「その……、我らとて気持ちは同じ……。
ただ王国内とは勝手も違う他国です。そして今や異国の教会を動かしているのは、聖の血統を持つ者とはいえ、異国で生まれ育った者たち。
大前提として、他国では我らも手の打ちようもなく……」
この大司教が苦し紛れに言った言葉、これこそがタクヒールが望んでいた言葉だ。
これより舌戦は第二幕に突入する。
※
俺は待ち望んだ、頑張って誘導した大司教の言葉を聞いた瞬間、思わず口角があがった。
遂に、公王として振る舞うと明言した俺に対し、言ってはいけない言葉を言ってくれたからだ。
これで言質は取れた!
「ほう、大司教の言葉からすると『他国ゆえ』制裁も叶わず、指を咥えて黙っているしかない、と?
神の威光はどこへ行った?」
俺自身そうは言っているが、制裁や過ちを糺すこと、領土的野心を持った十字軍のような戦争はもっての外だ。
「総大司教、大司教と同じく答えられぬか?
神の威光を否定することはできんか?
大司教と同じく沈黙を貫くなら、事情は大司教の説明した通りと理解するが、良いな?」
「……」
2人はまた沈黙していた……。いっそ彼らをダマリンズとでも呼んでやろうか?
いや、もしかして彼らは打たれ弱いのか?
これまで強い立場として交渉に臨んでいたからか?
それとも、毅然と彼らの非を鳴らして立ちはだかる者がいなかったからか?
「公王陛下、どうか恥のかきついでに教えてください。先程陛下の仰った『教会へのお咎め』とは、どういったものになるのでしょうか?」
そう言うと枢機卿は、俺たちにだけ分かるように片目を閉じた。
俺にはそれが、言外に『やっちゃってください』と言われているように感じた。
うん……、中々面白い奴だな。
「これだけは言っておく。俺は私怨でも目先の金貨でも動くつもりはない。
目的は魔境公国とそこに住まう者たちの安寧、それを実現するためにだけ動く。
そこに障害となるものは、思い切って排除するさ。跡形もなく、な」
「ま、まさか我らを……、教会を新領土から排除すると仰るのか」
「勘違いするなよ総大司教、新領土はそもそも参入の許可すら出しておらんわ。
排除する場合、旧カイル王国側を含むウエストライツ魔境公国の全土からに決まっているだろう。
そうと決まれば公国内の教会は全て潰す」
「な、な、なんと恐ろしい! 神をも恐れぬ所業じゃ。許される話ではないわっ」
「俺たちは神を廃する訳でもない。そこで働く者たちに手を掛けるつもりもない。
ただ教会という、システムを潰すだけだ」
「なななななななっ!」
「国が滅んで、教会だけが残って意味があるのか?
領民たちよりも教会の権威と利益を優先する、そんな神なら俺は要らない。
だが、事ある毎にご褒美を要求する、多少がめつい守銭奴の神様でも、領民たちを守ってくれるなら、俺は心より歓迎するさ」
「……」
「総大司教猊下、大司教殿、どうやら我らの負けのようです。ここは潔く公王陛下のご期待に添えるよう、我ら教会側も謝罪のうえ最善の努力をすべき、そう思われます」
ほう?
これまでの流れを見ても、この枢機卿はそれなりに道理が分かっているようだ。
最初から俺に対する対応も一貫している。
「クレバラス、我らにどうしろと言うのだ」
「大司教、我らは大前提として公王陛下から信頼されておりません。もちろん当然のことです。
なので、先ずはご要望を伺い、対応を努力することに尽きます」
この枢機卿の言葉を受けて、対面する3人がじっと俺を見つめて来た。
此処で俺は要求を伝えるべき、そう判断した。
「俺の要望は3点のみだ。
ひとつ、新領土には各家の所領に宝珠を伴った教会が欲しいところだが、最低でもクサナギ、ファルムス領、この二箇所は外せないな。できればもう四箇所ほど」
「承りました」
「ひとつ、教会が秘匿している薬草、これを実験栽培したいと考えている。場所は、魔境復活事業の候補地だ」
「そ、それは……」
「そ、そんな……」
「魔境復活? 候補地?」
「俺からも秘匿事項を皆には共有したい。
俺たちは帝国との休戦条約の条文に則り、新領土に魔境を復活させる試みを行わねばならない。
その際は候補地に、今はテイグーンの先にある魔境でしか発見されていない薬草の原種、これを移植して増やしたいと考えている」
「公王陛下、お話の腰を折って申し訳ございません。因みに……、栽培により増えた薬草は、我々に卸していただけるのでしょうか?」
「三つの点で了承がもらえれば、俺は色んな面で譲歩するつもりだ。
ひとつ、新領土に先に申し伝えた数の宝珠の配備
ひとつ、新領土での薬草栽培の許可
ひとつ、公国内での教会の独自性の担保
そんなところだな」
「で、できる訳がないわ!
特に二つ目と三つ目は、教会の屋台骨を脅かす暴挙でしかないわ」
「では交渉は決裂だな。
我らは今後、公王国内での教会を排除する。このことについて、俺と総大司教がたった今合意した」
「合意などしておらぬわ!」
「交渉が決裂だとお互いに確信しあった。その点に関して合意しているではないか?
それとも教会側は、この点について未練があるのか?」
「未練のあるのは公国側であろう?
そうなれば今後、魔法士の適性確認は出来なくなるでな。我らは王国内中にその触れを出す故」
「ははは、総大司教よ、交渉らしくなって楽しいぞ。因みに俺が、その程度の対策すらせず、此処に臨んでいる阿呆だと思うか?」
「……」
「都合が悪いとことごとくダンマリか?
教えてやる、俺には今なお帝国、旧ローランド王国にあった教会と誼を通じる算段を整えている。
もちろん、フェアラート公国側ともな」
「それを我らが、ましてカイル王国を束ねる国王陛下が、黙って見過ごすと思っておいでか?」
「ほう……、大司教よ。丁度良い質問だな。
そもそも其方自身の口から、皇王国の教会は他国故に手出し出来ぬと聞いたばかりだ。
我らもカイル王国とは異なる、独立した他国であるぞ?」
「あっ……」
ここで彼らは、この議論に至る過程で、既に言質を取られていたことに気付いた。
そして自分たちが、いかに能天気な妄想をしていたかを……
さて、そろそろ落としどころを付けるとするか。
そのための道筋は整った!
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は『中央教会との対決③』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。
誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。