第三百二十九話(カイル歴514年:21歳)勝利の後の宴
王都競技会は個人戦と団体戦、全ての競技がつつがなく終了した。
巻き起こる大歓声のなか、大会は有終の美を飾ろうとしていたそのとき……
「や、やりましたわっ! 団体戦も10倍でしたわっ。お姉さま方と今回も、今回も……」
「ユーカさまの勘、お見事ですわっ! これで私たち……、完全勝利ですわね」
「再び皆さまで! 良かったです。まるであの時のようで、こんな嬉しいことありませんわっ!」
感動のフィナーレは、貴賓席に巻き起こった歓喜の叫びで打ち消された。
競技場にいたタクヒールたちにも、それは丸聞こえだった。
「……」
彼女たちを妻と妹に持つ二人の兄弟は、一人は競技場で、もう一人は貴賓席の中で、二人揃ってただ無言で頭を抱えるしかなかった。
『ってかこの喜びよう、絶対金貨100枚程度の掛け金じゃないよね。
一体いくら掛けたんだろうか?』
下手をすると男爵領程度の年間収益、それを越える金額を稼ぎ出したんじゃないだろうか?
タクヒールはそう考えると、詳細を怖くて聞けなかった。
その後は表彰式、褒賞授与、そして日が暮れると、フェアラート国王を迎える晩餐会などが続いた。
この晩餐会には、両国王の要望もあって個人戦の上位3名、団体戦で特筆した結果を残した決勝進出の2チームも特別に招待されて華を添えた。
「あの……、本当に私なんかが……、ここに居て良いのでしょうか?」
「アルテナさん、私もです。なんか……、凄く場違いな感じが……」
「テイグーンに移り住んで、驚くのに慣れたつもりでしたが……、これは極めつけです」
「こんな華やかな席、眩し過ぎて……、目が回りそうです」
「き、緊張し過ぎて……、というか私、皇王国の平民にしか過ぎないんですけど……」
「いや、というか俺は……、いや、私はどうしたら良いのでしょうか?」
王国出身のアルテナやセレナだけでなく、皇王国からの移住者である、アウラ、ディアナ、アルミスたちは恐縮と困惑の最中にいた。
さらに、女性の中に囲まれた唯一の男性、ヨルムも所在なさげに固まっていた。
「私も慣れた訳じゃないですからね。私やカーリーンさんも準男爵とは言え、元々平民の出です。
でも、ユーカさまが大急ぎで駆け回って、わざわざ全員のドレスを手配くださったのです。
ここで怯んでいては、我が国の王妃殿下に合わせる顔がありませんよ」
「リリアさんと同じくです。タクヒールさまと共に居ると、色々と感覚が狂っちゃいますからね。
まぁ、折角だし豪華な食事を楽しんじゃいましょうよ」
リリアとカーリーンは、これまでも色々な意味で修羅場をくぐっているので、こんな時も強かった。
そして一部の者たちの困惑など関係なく晩餐は進み、フェアラート国王を歓迎する宴が始まった。
その際には、緊張して隅に固まる彼女たちを、遠巻きに囲み邪な目で見る者たちもいた。
「何故だ! 何故あの者たちは衣装を変えたのだ。
陛下も粋な計らいをと、楽しみにおったというに」
「全くです。あの奇抜な衣装は、何かこう……、昂まるものがありましたからな……」
「どうです? 我らであの奇抜な衣装を買い与え、着替えさせてこの宴に華を添えるというのは?
そもそも下賤の身でありながら、この宴に参加させるなど……。であれば、少しは趣向に協力させるのも必要でしょうな」
彼女たちを怪しげに見つめる男たちは、所詮相手は準貴族や平民相手と、言いたい放題であった。
この国では復権派が牛耳っていた頃の古い慣習は廃され、外向きの体制は改まっていたものの、中身の貴族自身の意識改革はまだ不十分だった。
まして多くの貴族たちは未だに、タクヒールのことを所詮は成り上がり者、心の中ではそう思っている者も多い。
実際、数年前は爵位すら持たない、男爵家の次男坊でしかなかったのだから……
「タクヒールさま……」
この時もそんな異変をいち早く察したのはユーカだった。
彼女がそっと耳元で囁いた言葉を受けて、タクヒールはゆっくりと彼らの背後に進んだ。
※
「どうですかな? あの女どもに舞でも躍らせて、余興に華を添えさせるのは?」
「それは良いお考えですな。私は領内の指導を名目に、傍に侍らせようかと……」
「では私めが話を付けて参りましょうぞ。我らは名門貴族、平民風情が否やとは言えますまい」
『……、ってかお前ら、キモ過ぎるんんだよ。良い歳したオッサン共が揃いも揃って……』
またここでも喧嘩売らなきゃいけないのか……、俺がため息を付いた瞬間だった。
俺の背中から、透き通る凛とした声が響いた。
「貴方たち、冗談にしろなかなか勇気のある仰りようですわね?」
「何だと? 誰に向かって言って……」
彼らはそう言って、俺の左を見て固まった。
「もちろん、貴方たちですわ!
大層な勇気をお持ちですこと。それとも、美しい女性たちに目がくらんで、大事な物事が見えなくなりましたか?」
「ク、クラリス殿下……、め、滅相もございません」
「貴方たちは私に感謝すべきよ。第一に、貴方たちが不敬罪に問われるのを止めてあげたのですもの」
そう言ってクラリス殿下は、侮蔑の表情を浮かべながら彼らを見据えた。
「んなっ! 我らは何の不敬も……」
「確かに彼女たちは、この国の身分で言えば準貴族や平民です。
ですが今回、彼女たちは我らが国王陛下とクリューゲル陛下が、特にと仰って招かれた賓客です。
陛下の賓客を侮辱されると言うことは、陛下を侮辱したに等しいですわ」
「いや……、我らは侮辱したなど心外です。この宴に華を添えようと……」
「へーそうなの? まるで見世物にでもするような仰りようでしたけど?
ちなみに第二に、貴方たちは命拾いしたのよ?」
「???」
「ウエストライツ公王は、臣下の方々を仲間と呼び、とても大切にされていらっしゃいます。
その仲間が侮辱された、見世物にされたなどと知れば、怒り狂って貴方たちに誅罰を下すでしょうね。
貴方たちは公王陛下の恐ろしさを、ご存じないようね?」
ん? いや、話が何か話が変な方向に……
俺のことはどうでもいいのだが……
「この国の方々は、公王陛下の恐ろしさを、あまりにも知らなさ過ぎですね。
その武技は、剣聖たる私にも勝るとも劣らず、伝説級の魔物とも対峙しうる凄まじいもの。
その覇気は、魔境伯でいらっしゃった頃から、必要とあれば私を足蹴にされるほど猛々しいもの。
その怒気は、二万もの敵兵を一瞬で引き裂き、無残に引きちぎり殲滅するほど荒々しいもの。
その才気は、商人を自在に扇動して、容易く皆様の領地の流通を止め飢餓に陥れる恐ろしいもの。
麾下の軍は、近隣諸国で最強、烈火の如く攻めかかる激しさに、敵国は魔王と呼び恐れるものです」
『ナンカ……、オレッテ、ヒドイヒトデスカ?』
そう言われているようにしか聞こえませんが……
「皆様のなかには、運だけで時流に乗って栄達した者、そんな誤解もあるようですね。
私は公王が、不逞な貴方がたに誅罰を下されようとしたところを、割って入ってお救いしたのですよ」
殿下はそう言って、これ見よがしに俺に向かって微笑むと、頭を下げた。
「ひっ、ま、魔王……」
そこで初めて俺の存在に気付いた彼らは、青くなって震えだした。
言い放った当の本人は、舌を出して笑っている。
ってか、何かしてやられた気分で素直に感謝できない。
「公王陛下、我が国の口さがない者たちが大変失礼いたしました。
酒の席での戯言と、どうか私に免じて彼らの命だけは……」
そう言ってから再度、深々と頭を下げたが……
冗談じゃない! 俺は注意はするが、命をもって償えなどと言う分けもない。
多少、喧嘩腰になるかも知れないが……
「どうか殿下、頭をお上げください。これでは私が悪者になってしまいます。
それと……、魔王だけは勘弁してください。俺もそう呼ばれて傷ついているんですから」
「あら? 私なりの賛辞だったのですけど、ダメだったかしら?」
いや……、褒めてないでしょう。
俺が脳筋、じゃじゃ馬などと散々言った仕返しにしか聞こえませんけど。
この後、ユーカやクリシア、そしてクラリス殿下までが、うちとゴーマン侯爵領の招待選手の輪の中に入り、彼女たちを和ませるよう対処し始めた。
彼女たちを友人知人に紹介したり、この宴で浮いてしまわないよう対処したり。
そんな様子を見て安心して踵を返すと、違う意味で厄介な男が後ろから声を掛けてきた。
「ほっほっほ、公王は殿下に助けられましたな」
確かに俺は、殿下に感謝はしないといけないだろうな。
今の俺が喧嘩沙汰を起こせば、巻き込むことが多過ぎる。
その原因、俺が『らしくない』から軽く見られ、その結果仲間も軽く見られてしまうことも理解している。ここは反省しても今更変えようがないが……
「はい、助かりましたよ。ただ、衆目の中だと好きに振舞えないのも、窮屈なものですね」
「それは持てる者だけが言える、贅沢な悩みじゃろうな」
「贅沢な悩みですか……、そうなのでしょうが……。不相応、そっちの方が正しいと思いますよ。
所で学園長、今回は色々と上手くやりましたね?」
「おや、何のことかの?」
ちっ、素っ惚けていやがる。相変わらず老獪だな。
まぁこの点、いちいち文句を言うつもりはないけど。
「今回の大会、胴元として幾らぐらいの『王国の未来を担う資金』を回収されたのですか?」
「ふむ……、発案者でありノウハウを共有いただいた公王には、ある程度の情報も開示すべきじゃな。
投票総額は……、金貨20万枚を超えた、それだけは申しておこうかの。
奥方や妹御にも色々と世話になったが、最後にきっちり相応の授業料を巻き上げられてしまったがな。公王にも何か、運営方法を伝授いただいた礼をせねばと思っておったわ」
開示って言っておいて、それだけかよ!
ってか、それなら収益としても最低でも金貨4万枚は手に入れているのか。凄いな……
ただこれも、俺たちのように胴元収益は二割としていた場合だ。
狸爺のことだから、もっと多い可能性すらある。
折角の機会だ。後で別室で話そうと思っていたが、逆に酒の席である今の方が都合がいいかな?
俺はある思惑について、狸爺に相談することにした。
「そうですね、彼女たちは色んな意味で優秀ですからね。
それと私には何も要りませんよ、迂闊に何か貰ったら、それこそ高くつきそうですし。
ただ一点だけ、ご許可いただきたいことがあります」
「ほう……、儂にできることであれば良いのじゃが……」
「交渉に臨むにあたって、勝てる要素や相手の嫌がる情報を事前に集めておくこと。
私は学園在学中に、学園長からそう教わりました。是非とも許可をいただきたいものですね。
両国の繁栄とこの先の未来のためにも……」
「ほう……」
短く答えた狸爺は目を細め、先ほどの好々爺さながらの表情とは別人になった。
「私が望むのは、私が知りえた情報を今後、交渉の席で対象者に示すことの許可です。
その内容は二点、詳細及び相手は……」
俺は声を潜めて、今抱いている考えを伝えた。
俺が王都に来た、裏の目的を果たすための欠かせない要素についてを……
「それはかなり危険な交渉と言わざるを得ないな。
下手をすれば奴らと敵対することになりかねんが、それでもやるのか?」
「ええ、幸いにも我らは主権を持った独立国です。承諾しないともなれば、切り離すまでです」
「それが敵を増やすことになっても?」
「仮にそうなっても、表立って敵対できないようにするのが、今回の相談です」
「ふむ……、儂の一存では決めかねるが、止むを得ないじゃろうな。
陛下にはその旨、儂からもお伝えしておこう。しかし……」
「強引なのは重々承知していますよ。難しい相手であることも……」
「ほっほっほ、以前は素直であられた公王も、なかなか老獪になられましたな。
結構なことで」
「はい、カイラールで良き指導者に恵まれた結果でしょうね」
その本人を前に、おれはしれっと言い放った。
良きにしろ悪しきにしろ、狸爺によって相当鍛えられたのだから。
まだ、敵う自信はないけど……
こうして、最終日の晩餐会はつつがなく終わった。
さて、明日は……、裏の目的の対処だ!
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は『中央教会との対決』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
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