第三百二十八話(カイル歴514年:21歳)第一回王都競技会⑥ 団体戦決勝
団体戦予選が終わった日の晩餐会は、二人の男にとっては大変なものとなった。
ウエストライツ魔境公国の公王タクヒール、そしてその一翼を担うとされている、ゴーマン侯爵、この二人は、彼らと話を望む者たちに取り囲まれ、食事を摂る間も無かった。
それもそのはず、双方とも、カイル王国最精鋭と言われた王都騎士団、歴戦の勇者である各辺境公が擁する選手たちを完全に圧倒し、全ての戦いで完全勝利していたからた。
「それにしても魔境公国は侮れませんな。
あの地域に一体何があると言うのか?」
「確かにな、早くから取り組みを始めていたとはいえ、何か秘密があるように思える」
「どうです? これまでは我らも『成り上がり者』と一線を画しておりましたが、過去の戦での彼らの勝利は実力によるもの、そう裏付けられました。
それが今、周知のこととなったのです。
我らもこの宴を利用し、彼らと誼を結んでその一端に触れてみるというのは?」
そんな遣り取りが各所で行われ、ご機嫌伺いや商談、その他の依頼や要請など、多くの貴族が方針を変え、タクヒールらとの接点を持つべく集まった。
その結果、彼らはずっと人々に取り巻かれていた。
実はここで、何気なく話されていた会話の中に、悠久の歴史の中に隠された、いや、もはや忘れられた真実の核心に至るヒントが、当事者たちも知らぬ間に語られていた。
その理由とは、カイル王国の建国時にまで遡る。
『弓を能く使い、風を友とする者』そう称された者たち、その時代において風の氏族が住まう領域が、共に子爵であった頃のゴーマン侯爵領からソリス侯爵領に渡って広がっていた。
それらの地はエストールと呼ばれ、今のエストール領よりは広大な領域を指していた。
当然だがその後500年に渡る歴史の中で、彼らの里は興廃を繰り返し、氏族間の混血や人界の民との混血も進んだ。
もはや今は、かつての氏族としての固有性は失っていたが、血は薄れても『風』の血統を持つ者たちが里と定めていた場所が、そこにあったからだ。
故に辺境とは言え、風の氏族に縁を持つ子孫がその領域には多く住んでいた。
その率はもちろん、魔の民を祖先に持つカイル王国の中でも突出していた。
それが両家に、他領と比べると非常に多い風魔法士を輩出させた理由であり、数多くの優秀な射手に恵まれた理由でもあった。
そもそも弓やクロスボウに相性の良い民たちが、たまたま彼らの領地に多く住んでいたこと。
これは偶然なのか、運命の歯車がそのように組み合わさっていたのかは誰にも分からない。
そして当事者たちは、この事実を知る由もない。
この夜晩餐で取り囲まれ、質問責めにあった男たちは食事を摂る暇もなく、質問者たちの求める解にも、真実の回答を伝える術もなく、ただ憔悴して席を辞したと言われる。
※
そして翌日……
昨夜は散々な目にあったが、今日は決勝の日だ。
本来は準決勝と三位決定戦、決勝の筈だったんだけどな……
準決勝に駒を進めていた、王都騎士団とハストブルグ辺境公チームは、昨夜の宴で狸爺に泣きついたらしい。
『これ以上、あたら有為の者たちの心を折るのは控えたい』、と……
「準決勝は既に、恥を晒すだけの公開処刑に過ぎませんが、我らも学びを得る場として、覚悟は決めております。
ですが三位決定戦は、ただ傷を舐め合うだけで一位や二位との実力差は歴然、何ら意味はありません。
それよりは、決勝をじっくり行って、双方の戦力を丸裸にした方が、学園長としても良いだろうと考えますが……、如何ですかな?」
「ふむ……、恐らくは三位決定戦に進む両者がそう言うのであれば、運営に当たる儂や陛下も異存はないじゃろう。
お主らの提案も、魅力的ではあるしな」
そう言って3人は、ニヤリと笑った言われる。
『兄さんも騎士団長も余計なことを……』
後で経緯を知った俺はそう思ったが、考えてみれば無理もない話だとも思う。
俺も侯爵も、共にまだ二人の選手を隠している。
此方はアウラとディアナ、共に元皇王国の民だ。
「決勝は先ず、両チームが交代で1人ずつの射的を行い、都合10回やるそうだ。
対戦相手がいないので個別の勝ち負けはない。
射的の合計得点をただ積み上げていくだけで、全員が一巡した後、勝ち抜き戦を行うんだとさ。
ホント、狸爺もやってくれるな……」
本来なら決勝は、勝ち抜き戦を行ったあと、5人全員で射的を行い、双方の合計点数を加えて優劣を決める。そんな形だった。
この場合、僅差であれば最後に逆転も可能だし、勝ち抜き戦の結果如何では、優勢な方が手を抜いて、実力を隠すことも可能だった。
だが新しい対戦形式では、先ず全員の手の内を晒さねばならなくなる。
それを見た上で、勝ち抜き戦のオーダーを変えることもできてしまう。
勝ち抜き戦は、引き分けでの同時敗退があるため、実力が伯中した場合、オーダーの妙が勝負を分けることにもなる。
「どうしても俺たちの……、全てを曝け出させる腹つもりか。やっぱり狸爺だな……」
俺はそう呟いて、少し困り顔で彼らを睨んだ。
内心では舌を出しながら……
クリストフが推薦した最上位の3名は、今回の大会でまだ1人隠しているし、その後列に居た者たちも、一人しか個人戦に出していない。
なので今回、最善を尽くしたものの、最高を手配していた訳ではないからだ。
「さて、余計な雑音は気にせず、それぞれ全力で見せつけてやれば良いさ、準決勝で兄さんを倒すのは……、リリア! 頼めるかな?」
「はいっ!」
俺は経験豊富で、精神的にも最も強いリリアを準決勝に配した。
彼女なら連戦しても削られる事もなく、問題ないだろう。
そして、誰もが予想した通り、準決勝は俺たちとゴーマン侯爵のチーム、双方が五人抜きの圧倒的な強さを見せ、決勝へと駒を進めた。
予想していたこととは言え、ゴーマン侯爵にも完封されたゴウラス騎士団長は、大地に膝を突き崩れ落ちていた。
※
そしてついに決勝戦が始まった。
対戦を前に俺たちは互いに、中央まで歩み寄った。
ゴーマン侯爵はいつもと違い、傲然と胸を反らして睨みつけるように俺に対峙した。
「この場では敢えて対等の対戦相手として、公王に対峙させていただく。今回はユーカがそちらに行ったため、儂も苦労したぞ。
もっとも、また予想の斜め上をいかれたがな」
「はい、ここは勝負の場。お気遣いは無用に。
義父上もご冗談を。元よりそれも織り込み済みだったのでしょう? 俺も手は抜きませんよ」
そう言うと彼はニヤッと笑った。
そして……、互いに背を向け自陣へと歩き出した。
「今回は正攻法で行く。それにしても、積み上げ式とは言うが、タチの悪い対戦方式を考えたものだな。考案者の性格の悪さが滲み出ている」
そう、対戦もなくただ合計点数を積み上げていくだけとは言え、嫌な仕掛けがふんだんに組み込まれていた。
・ひとり当たり行うのは10射
・目標は5段階の難易度に応じて点数が異なる
・付与される点数は的により1点から5点
・各難易度の標的はそれぞれ24個
・規定の5射は、各難易度の標的を順に狙うこと
・自由射撃の5射は、どの標的を選んでも構わない
・標的は補充しないので早い者勝ち
・両陣営が一名ずつ交代で射的を行う
・最終的に合計の得点を合算し、その点差を以って勝ち抜け戦に移行する
「あの……、これは以前にタクヒールさまが、テイグーンの大会で予選に使ったものと似てますね。
その辺まで研究してると言うことですか……」
「……」
ちょっと天然が入っているカーリーンの言葉に、俺は苦笑するしか無かった。
リリアは笑いを押し堪えていた。
なんせ、そもそも原型を考えた人間が、性格の悪いやり方云々と論ったからだ。
「それにしても最大難易度、5点の標的は難しいですね。タクヒールさまから供与される競技会用クロスボウならともかく、今回の大会で使用されているものは……」
それもあったな……
ギリギリまで精度を追求した最高級品でない限り、正確さは信用できない。
微妙な誤差を正確に掴んで調整しつつ最高難易度の射的を行うのは、至難の技というものだ。
なので繊細な取り扱いを行う上位者になるほど、その影響を受けてしまう。
「カーリーン、ぶっちゃけどうだ? 5点の標的は全部行けるか?」
「うーん、いつものクロスボウなら間違いないんですけど……、その感覚が身に付いている者ほど苦労すると思います。私たちは厳しいですが……」
そう言って彼女はにっこり笑った。
そう言うことか!
「先ずはリリアとアルテナで4点の標的を取りに行って欲しい」
「「はいっ!」」
勝負を掛けるのはその先だ!
さて、義父上はこれを、どう受けるかな?
※
大歓声の中、決勝が始まった。
先ずはゴーマン侯爵領の選手が、射的位置に進んだ。
『不敗の王者として公王は、先攻を挑戦者に譲るべきじゃろうな』
狸爺のそんな一言で、俺は相手に先攻を譲ることになったが、公平さを期すために毎回先攻と後攻が入れ替わるそうだ。
「リリア、ゴーマン侯爵側は知っている相手だ。
肩の力を抜いて楽にね」
そう言って俺は彼女を送り出した。
リリアは笑顔で頷くと、大歓声のなか次選手の待機位置まで進む。
その間に対戦相手が、先ずは規定射撃の5射のうち4射までは成功させたが、やはり最高難易度の標的は厳しいらしく、惜しいところで外した。
だが、動じることなく残り5射は4点の目標を粉砕した。
やはりな!
彼方もそう来たか……、やはり侮れないな。
次はこちらの番だ。
リリアは風魔法でも繊細な調整と展開範囲、そこに抜きん出ている。
魔法を使用しなくても、彼女の技量の繊細さは抜きん出ている。
彼女は期待通りの堅実さで、規定の5射を見事に成功させ、自由射撃では4点の標的全てを粉砕した。
そして沸き起こる、大きな拍手と喝采のなか、こちらに戻って来た。
「やはり5点の標的は厳しいですね。
私が当てれたのはたまたまです。実際には、運に左右されるかも……。私の腕なら確率は半分もいかないかと思います。
なのでアルテナ、外れても運と思った方が良いわよ」
今度はアルテナが先攻、相手方はミリアという選手だった。
ん? これって前回の最上位大会、個人戦決勝の再現じゃね? ならば……、過去の実力は伯仲か?
もちろんアルテナも伸びているが、それは彼方もおそらく同じだろう。
むしろ雪辱を果たすため、先方が必死に取り組んでいた可能性も考えられる。
結果……、アルテナが規定射撃の4射目までは成功したが、最高難易度の目標を外してしまった。
気を取り直して自由射撃は4点の標的を全て粉砕した。
一方ミリアは、規定射撃を全て成功させ、自由射撃でも4点の標的を全て砕いた。
アルテナは前回の大会と立場を逆転され、凄く悔しそうに涙を浮かべていたが、むしろ俺は双方を褒めてやりたい気分だった。
これで両陣営の合計点数は同じ……
既に4点の標的は24個全て粉砕され、5点の標的は残り22個、3点以下は各20個となっていた。
さて……、相手はこの先どう来るかな。
「カーリーン、外れても構わない。5点は取れるだけ取りに行こう!」
俺は絶対的なエースに勝負の行末を託すことにした。
カーリーンはコクリと頷くと、髪留めを外し長い髪を靡かせた。
彼女は自らのスイッチとして、本気になると髪留めを外す。普通とは逆と思えるが彼女曰く、自身の長髪が風に靡くのを感じ、風を読むのだそうだ。
相手は……、アロガンツか!
義父上もここでエースを出して来るとはな……
俺が相手方の陣を見ると、仏頂面だった義父がニヤリと笑った。
『どうせ向こうもまだ奥の手を隠しているんだろうけど、それは俺も同じことだ』
俺も負けずに、これみよがしに笑顔を返した。
そして……
先攻のアロガンツは俺の予想通り、規定5射のうち標的がなく無効となった4点目標以外、全てを見事に成功させた。
その後の自由射撃も5点目標狙い、3射を成功させて15点を加算していた。
リリアですら確率5割以下と言っていたものを……
今度は俺たちの番、カーリーンの出番だ。
大歓声のなか、彼女は淡々と射撃位置に進むと、クロスボウを構えた。
彼女の流れるような所作は、見ている者を魅了する。そして、微風で乱れた髪を後ろにやると、クロスボウを構えた。
「おおおおおっ!」
大歓声の巻き起こるなか、凛とした表情を変えないまま、次々と標的を撃破していった。
結果……、彼女は規定5射でアロガンツと同じく、残った標的を撃ち抜き、自由射撃になると5点標的を4射も成功させた!
これで両陣営の点差は再び5点、そして5点の標的は……、残り13個となっていた。
「アウラ、ここで畳み掛けるぞ、行けるか?」
「はい! 規定の4射までで照準を調整しますので、行けます!」
「因みに、目標が無くなった4点標的を狙うべき規定4射目は、どの目標を射っても無効だそうだ。
なので……、遊んでいいからね」
「はい、分かりました!」
そう言ってアウラは笑った。
リラックスさせようと思ったのだが、それが彼女の予想外の行動に繋がった……
「おおおおおっ!」
カーリーンの時に勝る大きなどよめきが起こった。
先攻アウラは規定の4射目で、既に粉砕された4点の標的を固定していた、細い杭を見事に射抜いたからだ!
その難易度は、標的を射抜くより遥かに難しい。
そして規定の5射目を成功させると、自由射撃でも5点の標的を全て撃ち砕いていった!
「くっ……」
俺にはゴーマン侯爵の呻きが聞こえた気がした。
もう5点の標的は残り7個しかない。
一回のミスが命取りとなってしまうからだ。
しかもそれ以外に残った標的は全て3点以下……
だが……、登場した女性の射手も怯まなかった。
アウラの神業に近い最高の射的を披露して、なんと彼女と同じ点数を叩き出した!
『ちっ! こんなクラスの隠し球なんて、聞いてないぞ……』
俺は思わず困惑するぐらい、見事な射的だった。
彼女は最善を尽くして最後の選手にバトンを繋いだのだ。
彼女と次に控えた最後の選手、この2人は俺にとっても初見の女性たちだった。
「これが義父の隠し球か……、しかも5人中3人が優秀な女性射手とか……、あり得ないんですけど」
向こうもディアナが初見だろうが、改めてゴーマン領の層の厚さを感じずにはいられなかった。
「しかし……、残った5点標的はひとつ……
あっ、くそっ! 狸爺めっ、やりやがったな」
この時になって俺は初めて気が付いた。
最初に先攻した方が圧倒的に有利じゃんか!
5点の標的は残り1個、そして4点標的はない。
つまり、最終回に先攻となるゴーマン侯爵の陣営が、規定射撃でこの5点を回収できるのだ。
だが後攻の俺たちは規定射的でも5点を取ることができない。既に標的は全て破壊されているからだ。
結果、先攻に比べて射撃回数を一回無駄にする。
そのため、撃ち合いに負けていないのに、同点に追いつかれるからだ。
「狸爺めっ、ここまで読んで俺を後攻にさせたと言うことか……」
俺はその読みの深さ、やり口のえげつなさに、改めて狸爺の恐ろしさを知ることとなった。
「ウエストライツ公王直轄領153点! ゴーマン侯爵領153点! 団体戦決勝の前半戦は、双方互角として、後半の勝ち抜き戦にて雌雄を決するものとする」
そう大きく宣言されて、決勝戦の前半戦は終わった。
なんか……、色々とモヤモヤする部分はあるが、仕方ない。
※
その後すぐに始まった勝ち抜き戦では、俺のモヤモヤが皆にも伝わっていたのかも知れない。
ゴーマン侯爵の選手たちは健闘したが、こちらも全員が目の色を変えて奮闘し、同点による同時敗退はあったものの負けなしで、最後は中堅だったカーリーンが無双し……、あっけなく俺たちは勝利した。
アウラとディアナを温存したまま……
「見事っ! 真に見事じゃ! 流石は不動の王者、いや、絶対王者の魔境公じゃ!」
「圧倒的だな。我が友が覇王と呼ばれる所以も分かる気がするな……」
いや……、二人ともやめてください。
そんな怪しげな名称付けて呼ぶのは。
今でも救国の英雄とか、常勝将軍とか、公王とか呼ばれているだけでも、一杯一杯なのに……
「ドウカ、ヨケイナヨビナハ、ナシデオネガイシマス……」
根っからの平民感覚の抜けない俺の、切なる願いは……、届きそうに無かった。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は『勝利の後の宴』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
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