第三百二十六話(カイル歴514年:21歳)第一回王都競技会④ 個人戦
最後にお知らせがあります。どうか是非、ご覧くださいませ。
個人戦予選は、競技場の二箇所で同時に開催されていた。まぁ、参加者が50名もいるし、それなりに時間もかかるからな。
まぁ予選ならうちの参加者は皆順当に……
……
あれ?
そうじゃないっ!
やばいな……、何人か、いやそれなりに伏兵がいた。
腕の立つ者たちが何人か居るため、此方も何人かが苦戦している?
どういうことだ?
いや、ここまでとは少し予想外なんですけど……
「ユーカ、クラリス殿下親衛団って……、やっぱりあれ?」
当初からネーミングもツッコミ所が満載だったが、これまで俺が敢えて聞かなかった質問をするはめになった。
「はい、元は東部戦線で殿下に付き従い戦った、王都の志願兵たちです」
「あれって……、戦後一部は王都騎士団の新設部隊に編入され、残りは解散したのでは?」
「はい、一度解散して2,000人が王都騎士団弓箭兵部隊に、そして2,000名は王都弓箭兵予備隊、テイグーンで言う自警団に似た組織に移籍しました。
ですが彼らは……、共に戦った殿下を慕う意味で、親衛団と呼称し始め、そっちが定着することに……」
「まぁ其方の方が面白いな。そもそも殿下を慕って志願した者たちだし。で、殿下が公国に嫁いだあとはどうするんだろう?」
「何割かは予備隊を抜けるだろうと言われています。そもそも殿下を慕って集まった人たちですから」
「だよね……、肝心なことだけど彼らの実力は?」
「今回の大会では、王都騎士団と親衛団、双方とも侮れませんわ。開催回によっても変わりますが、過去の最上位大会なら、優勝を狙える人たちが何人もいます」
そりゃそうだろうな。
王都騎士団だけで3万名の武芸に秀でた者の集まりだし、親衛団はおそらく、王都周辺の人口なら30万は下らない中からの選りすぐりと考えるべきだ……
確率的には相当なものだ。
「じゃあ、ユーカたちの投票も、この2組が流し先の筋だね?」
「えっ……、いえ、まぁ……」
うん、こういう部分はユーカも素直だから、分かりやすいな。
今回も俺が最も警戒する義父殿は、恐らく団体戦一本に絞って来ているだろうし、他は正直言って本命筋ではない。
「で、そちらの筋からは何人ぐらいが決勝に進むと思う?」
「3人……、もしかすると5人ぐらいかと……」
「最大半数か……、侮れないな」
俺は少し認識を改めた。
より厳しい方へと。
そして俺は、この時のユーカ予想の凄さを思い知ることになった。
予選が終わってみると、結果は明らかだった。
「ユーカ、恐らく義父上は、団体戦一本に絞ってるね? 何やら恐ろしいな……」
「はい、父は前回の雪辱戦だと、相当気合が入っていたようですし……」
「それにしても、騎士団と親衛団は躍進と言うべきかな。本当にユーカの予想通りになるとはね……」
俺の所では、セレナ、アルミス、ヨルムの3名が決勝に駒を進め、クラリス親衛団からも3名、王都騎士団からは2名、兄のハストブルグ辺境公から1名、ソリス侯爵から1名だった。
「スピカさんは残念でしたね。アイザックさんも……」
「予選の相手が悪かったかな。これもくじ運だし。にしても、殿下の親衛団がここまでやるとは思わなかったな。騎士団ならまだしも……」
そう、決勝に進んだ親衛団は3名、そのうち2名が女性だった。
しかもスピカを破った女性は、相当手強い相手だと窺い知れた。
「理由は三つあると思います。
先ずは目標の設定がテイグーンのそれと比べ、少し甘い気がします。そうなると技量の優劣が出にくい状況で、小さなミスが命取りになってしまいます。挽回する機会がありませんので」
なるほどな……、真の実力差が見えにくい訳か。
ユーカもそれなりの実力者だから、その違いを敏感に感じ取っているのだろうな。
「二つ目は、会場が王都だからじゃないでしょうか?
親衛団の選手はみな、王都出身ですからね。騎士団の方も含めて。私たちはここでは少しやりにくいかもしれません」
あ、アウェー故の不利ということか?
確かに王都出身の親衛団や騎士団に対する声援は、尋常じゃなかったしね。
ましてウチの選手たちは、こういった大観衆の見守る大会は初めての経験だろう。
空気に呑まれ、実力を発揮しきれない部分もあるか……、きっと。
「それに……、テイグーンで競技に使うクロスボウは最高品質の物ですが、それと比べて此方のものは今ひとつ信頼性に欠けます」
そっか、取り回しの感覚が異なる訳だ。
その辺りは公式練習で調整するけど、慣れたものと感覚が異なることは大きいな……
外での大会では、その辺の器用さも求められる訳か……。ずっと地元開催ばかりだったから、俺もその点は無頓着だったな。
「最後は俺に言わせてほしい。
スピカを破った彼女が……、強すぎた。じゃないかな?」
「流石です! 実は彼女が王都の大会でも最も強い選手でした。
王都騎士団からも招聘されたようですが、男性ばかりの軍が肌に合わなかったようで……」
そらそうだな。王都騎士団は基本的に男性ばかり。
学園の騎士課程にいた数少ない女性たちも、卒業すれば高貴な立場の女性の護衛として、引く手数多で騎士団には流れてこないからな。
結果、騎士団は脳筋中心の非常にむさ苦しい集団となっているし。
「それで親衛団に?」
「はい、そうです。義勇兵の方々でも女性が100人前後はいたのですが、全員騎士団には入りませんでした。なので殿下の親衛団には、実力のある女性が二人いらっしゃいます」
「そっか……、目論見通りだな。ユーカは彼女たちと顔見知りかな?」
「あ! お誘いするのですね。はい、クロスボウの指導で、何度かお話したことがあります。
個人戦の決勝が終わってから、お声を掛けてみますか?」
「ははは、俺の考えは全てお見通しだね。
でも勧誘は団体戦が終わった後にしてほしい。それの方がきっと効果があるからね」
「あ……、そうですね。そういうことですね。分かりました」
俺たち二人は、何か企むような顔をして、お互いに笑いあった。
明日の決勝はトーナメント戦だ。決勝まで身内で潰しあうことがなければいいのだが……、これは運次第だな。
※
初日の夜は晩餐会だった。
というか、これから三日間、晩餐会三昧でいささか胸焼けがする。
ここでは俺も、政治上及び商売上注目されている来賓らしく、ひっきりなしに挨拶が来て落ち着かない。適当に躱して、なんとか最低限の食事だけ取ると、早々に席を立った。
なんせ、本番は最終日で今日は前座でしかない。
それに俺が親しく話せる相手、兄を含め3人の辺境公の周りにも人だかりで、父や義父の周りにも……
国王陛下とクリューゲル陛下も、殿下と共に今後の打ち合わせで座を立った後なので、失礼にも当たらないだろう。
そして翌日、個人戦の決勝を迎えた。
※
「これまで圧倒的な強さを誇った、ウエストライツ公王もさすがに苦戦していると見えるな。
王都の選手の躍進を、公王はどう評価する?」
そう問いかけた国王陛下の後ろでは、ゴウラス騎士団長、ホフマン軍団長、シュルツ軍団長も、鼻高々に俺を見つめていた。
俺が選んだ選手を二人破った親衛団を差配する、クラリス殿下の表情も誇らしげだ。
「そうですね。皆さまのクロスボウに対する真摯な取り組みには、正直言って感銘を受けました。
また、王都の人口、その層の厚さには脱帽です」
そう、このあたりは正直な気持ちだし、スピカの件以外は、ある程度想定していたことだ。
でもね……、俺たちだってこのまま終わりませんよ。
そう思った時、兄が自身の顔を指して笑っていた。
あ……、俺の顔がまた、悪巧みする悪人顔になっているってことか?
「ですが我らにも、これまでの実績と経験、人の輪があります。
陛下にもお楽しみいただけるのでは、そう思っていますよ」
「ほう、クラリスやゴウラスも、個人戦ならば優勝できると豪語しておったが……、それすら撥ね退ける自信があると」
「自信と言う訳ではありませんが、期待はしています。我が精鋭たちの力を信じて」
「なるほどな、絶対王者の風格と言うことか……」
いや、余計な冠は辞めてください。
また変に噂されても困りますから……
「それではその精鋭のお手並み、是非拝見したいですわ」
「私も今回、学びがあることを期待していますよ」
ははは、殿下も騎士団長も鼻息が荒い。どうやら相当自信があるようですね。
まぁ、予選の結果を見ればね。
『因みに俺は、各選手には対戦相手の実力を見極め、余裕が有りそうなら予選は手を抜いて構わない』、そう各選手には伝えていた。
まぁ……、それが災いして、最初から全開で行かなかったスピカは、敗退してしまったんだけど……
残った三人が辛勝したのも、後で聞くと俺の指示を忠実に守って、敢えてギリギリのラインで勝つように調整していたらしい……
「スイマセン、ゼンブ、オレノセイデスヨネ……」
各位の思惑が交錯する中、決勝トーナメントの組み合わせ抽選のあと、第一試合が始まった。
昨日の反省から、俺は三人にハナから全開で行くよう指示していた。
今日は射的の難易度も上がっているらしいから、彼女たちも真の実力を発揮できるだろう。
そして……
「なぁぁぁぁっ」
一回戦で王都騎士団の三名、親衛団の一名、ハストブルグ辺境公の一名、ソリス侯爵の一名が消えた。
もちろん、試合開始まで胸を張っていた騎士団長たちは、灰になって小さくなってしまった……
続く二回戦は二試合。
ヨルムがシードで勝ち上がり確定、セレナと親衛団の男性、アルミスとスピカを破った親衛団の女性と対峙した。
「そんなっ……」
今度は殿下が消え入るような悲鳴を上げる番だった。
この二回戦で、親衛団の選手も全滅したからだ。
2人とも圧倒的な実力差により敗退した。
優勝候補として、最も有力視されていた親衛団の女性選手がまさかここで負けるとは、殿下を始め王都出身の観客たちも思ってもみなかったようだ。
そりゃそうだよ、アルミスはクリストフのお墨付きで、幼い頃から弓術を磨いた、国を代表するレベルの選手だもん。
ここで観衆たちは絶叫した。
なぜならこの時点で、投票の結果が決まったからだ。
それも、一位と二位をウエストライツ公王直轄領が独占すると言う形で……
「やりましたわ!」
「12倍ですわっ!」
「私たちの団結の勝利です!」
大くの溜息が漏れる中、歓喜の声を上げる三人がいたことは……、もちろん言うまでもない。
俺と兄は……、互いの妻と妹が大はしゃぎする様子に、引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
そして準決勝はヨルム対セレナで競い、アルミスはシードで決勝確定となっていた。
二人の戦いは、両者譲らず大接戦だったが、クロスボウの取り回しに一日の長があるセレナが勝ち抜けた。
そして決勝戦、アルミスとセレナは相当いい勝負をしていたようだが、ユーカ曰くアルミスの圧勝だそうだ。
「アルミスさん、恐らく全力ではないですね。
多分……、ですが。
彼女の実力は、おそらく今のカーリーンさんと同じぐらいかも?」
マジか……
カーリーン自身も一時は無敵だったが、近年は強力なライバルであるアウラが現れ、トップの座を譲り渡した。だがその後、アウラと互いに切磋琢磨しつつ腕を更に磨き、以前以上に伸びている。
それと同等か……、凄いな。
「見事だな、流石は我が友だな。この後の団体戦はもっと楽しませてくれるのだろう?」
『いや、クリューゲル陛下、確かにネタは仕込んでますが……、この時点でそれを言わないでください』
「悔しいけど、まだまだですわね。いつかきっと勝ってみせますわ」
『いや……、殿下は嫁ぐ身ですから、いつかの再戦はありませんよ』
「そんな……、まだここまで差があると言うのか。これまであれ程……」
『騎士団長、ごめんなさい。純粋にウチの出身者はセレナだけなんだけどね。ただそれを言っても慰めにはならないだろう』
「ははは、ゴウラスもクラリスも、王都と言う井の中の蛙だったと言うことよ。公王よ、そうであろう?
それにしても上位を独占するとは、やはり絶対王者の風格は伊達ではなかったな」
「いえいえ、我らも日々、鳥なき里の蝙蝠と言われぬよう、鍛錬を重ねねばならない危機感を、今回改めて感じましたよ」
「鳥なき里……、耳が痛いわね。やっぱり本場でないと……」
俺はその呟きを聞き逃さなかった。
「どうですか、殿下。親衛団の中から優秀な者を魔境公国に派遣するとか」
「そして次回は公王の選手になるの?
まぁ……、本人が望めば仕方ないわね。でも、あの子たちはむさ苦しい所は……、って、それはないわね」
ってか、王都騎士団ってそんなにむさ苦しい集団だっけ?
「あ、補足させてください。
実際にはそんなことはないと思いますが、昨年の大戦で辺境騎士団、魔境騎士団に遅れを取った、そう感じられた騎士団長閣下の号令で……
団長にあやかった猛訓練が日々続いているんです」
「ユーカ、それってウチと同じだよね?」
「そうなんですが……、3万人を超える方々が、日々汗まみれ泥まみれで……」
そっか、男臭い、いや単に臭いのかも知れない。
戦場ではいざ知らず、平素の団長は紳士だ。
冬場以外は訓練後に水浴びを徹底させているのに加え、日本人の俺の影響か、最近では石鹸で身体を擦り洗いすることも習慣として取り入れられている。
もちろん毎日ではないが……
そして、ガイア、アイギス、イシュタルには大きな公衆浴場すら建設しているし。
比べてこの時代の衛生観念は、王都と言えど俺たちから見れば遅れている。
それは火を見るより明らかなことだった。
「昨年クレイラットでは、疫病防止の観点からタクヒールさまは大量の石鹸を送ってくださいました。
後方には仮設の浴場もあり、本格的に戦闘が始まるまで、彼女たちはいつも清潔に過ごしていましたからね」
そう言うとユーカは複雑な表情をした。
その時とのギャップを感じているのだろうな。女性たちは特に……
この時代も風呂は贅沢品とされ、庶民には縁の遠いものだったが、テイグーン一帯は別物だったから。
ん? これも勧誘の殺し文句になるかもな……
そう思い俺は、クロージングをユーカに任せることにした。
◇参考 個人戦参加選手
・セレナ (旧魔境伯領出身:非魔法士)
・スピカ (旧魔境伯領出身:非魔法士)
・アルミス (皇王国出身:風魔法士)
・ヨルム (皇王国長弓兵出身:風魔法士)
・アイザック(帝国軍鉄騎兵出身:非魔法士)
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
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詳細は活動報告に記載しますが、どうか新しい物語の世界をご覧いただければ幸いです。
・作者名(take4)
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