第三百二十五話(カイル歴514年:21歳)第一回王都競技会③ 予想外の対応
国王同士の対面式が終わると、俺たちはそのまま王都騎士団駐屯地にある、競技場へと移動した。
この競技場はエストの競技場と同じく、階段状に掘り下げた半地下形式の建物だった。
その全てが着座の席で、立見席はなく全席指定席で有償のもので、席数は一万席以上あるように思えた。
ただ、全席指定の有償席ともなると領民たちには手が出ない。
そもそも、貴族とその使用人以外が立ち入れない、カイラールの第二区にあるのだから。
だが運営側も、粋な計らいをしているようだった。
・カイラールで行われている過去大会の上位入賞者
・先の戦役で弓箭兵として志願したものたち全員(個人戦予選、決勝、団体戦予選、決勝の4交代)
・領民のなかでペア無料招待の抽選当選者(定員250組×予選及び決勝の4交代、延べ2,000名)
・志願兵の戦没者家族
これらの人々には観戦の権利を与えられていた。
そして王都騎士団の面々も、警備という名目で人垣を作り、事実上立ち見客として参加していた。
「ユーカ、なかなか面白い仕組みだね。クサナギでも参考にすべき事例かな」
「そうですね。これまでは身内の人口も限られていましたが、今は身内だけでも凄い数ですものね。
孤児院や学校の子供たちに無償配布するというのも、良いかもしれないです」
「そうだね。それもありだな……、あっ! 忘れてた。今回は時間もなかったけど大丈夫だった?」
もちろん彼女は『何が?』などと無粋な質問はしない。
俺が確認すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「フローラさま、クリシアさまとも時間を合わせて、投票は済んでおりますわ」
「……」
やっぱりか。三つ子の魂百までとは、言い得て妙な言葉だ。
「窓口は?」
「もちろん特別窓口ですわ」
だろうね……。分かっていたこととはいえ……
「問題はもう一方をどう賭けるか……、だね?」
「ふふふっ、タクヒールさまの仰る通りです。なので三人で知恵を絞って、流し買いをしました。
幸いにも王都の騎士団や殿下の親衛団の情報とひとつの辺境公、ふたつの侯爵家の情報は共有できましたので……
王都でも英雄の評判が高く焦りましたが、後半になって人気が割れて助かりました」
「ハハハ……、どこに賭けたんだい?」
「ふふふ、内緒です。クリシアさまからは『お兄さまに雑念を与えてはダメです』と固く戒められているので」
やばい……、彼女のこの笑い。絶対に勝ちに行っている。
しかも容赦なく上限の金貨100枚を複数口……、いや、目いっぱい買っている可能性もある。
特にユーカとクリシアは論功行賞で600枚の金貨を手にしているし、これまでの累積金もあるだろうし……
ってか、相変わらず俺以外の各所(父、義父、兄、王都騎士団、殿下の親衛団)の情報は筒抜けか……
なってないなぁ。
「一番分かりやすかったのは、タクヒールさまですよ」
「へ?」
「タクヒールさまから内々に、公国の出場者名簿を見せてもらったとき、なんとなく……
新しい戦力を整えられたのだと」
俺はまた、人のことを笑えなくなった。
迂闊にも? ユーカに参加選手のリストを自発的に見せてしまっていた。
一目見れば、確かに今までの俺の戦力をよく知る、ユーカやクリシアからすれば、怪しさ満点の名簿だっただろう。
「にしても、一体どれだけの金貨が動くんだろうね? ぶっちゃけ運営できるノウハウも人員もいないだろうに……。果たして一朝一夕で彼らにできるのか?」
「あ、その点なら多分ですが……、大丈夫ですわ。学園長がクリシアさんや私のところに何度も訪問いただき、都度ご相談をされていましたし……」
「あっ……」
その手があったか。
特にクリシアは、俺が独立してソリス家(父)の領内の大会運営から抜ける以前から、定期大会などの手伝いや子爵領の受付所の管理を引き継いでいたもんなぁ……
「それに人員は学園長の提案で学園から出ています。
特別課題として単位が貰えるだけでなく、臨時手当と観戦席が無償で貰えるとあって、生徒たちが殺到したそうですよ」
いや、狸爺! 職権濫用もいいとこじゃん!
これなら対価を払っても、胴元として相当な収益になるじゃん。
「なんでも収益は、今後の弓箭兵育成の資金とされるらしく、文官志望の方は実地で内政を学ぶ機会に、騎士団コースの方は観戦し学びを得る機会として、そして全員がこれを機に王国に貢献できると、皆張り切ってましたよ」
はい……、働く動機付けも抜かりがないようですね……
もう俺は閉口するしかなかった。
※
会場では俺とユーカは、貴賓席に招かれていた。兄夫妻も同様で、更にクリシアも殿下のお付として……
ってか、ギャンブラー三人娘、久々に勢揃いやんっ!
ちょっと頭が痛くなってきた。
「今回は前回の雪辱を果たす、ゴウラスはそう息巻いておったが、公王の自信はどうかな?」
「はい陛下、王都の人材の厚さは侮れませんね。通常ならば」
「通常なら?」
「はい、軍務を経験した人材の厚さなら、我らも引けは取らないということです」
「ほう、なるほどな。そういうことか。既に彼らを掌握していると……」
そう、これから出場選手名が発表されるが、ユーカが一目見て怪しいと言ってのけた個人戦の参加者、過去の出場者を知っている者なら誰もが首を傾げる名前ばかりだ。
・セレナ (旧魔境伯領出身:非魔法士)
・スピカ (旧魔境伯領出身:非魔法士)
・アルミス (イストリア皇王国出身:風魔法士)
・ヨルム (イストリア皇王国ロングボウ兵出身:風魔法士)
・アイザック(帝国軍鉄騎兵出身:非魔法士)
彼ら彼女らが、魔境公国のトップという訳ではないが、いずれもトップクラスだ。
セレナとスピカは、歴史書に弓術の才能があると記載されていた者たちで、アルテナと同時期に囲い込んでいた者たちだ。
当初はアルテナが頭一つ飛びぬけていたが、今は相当成長している。
アルミスはクリストフの紹介した最前列三名のひとり。
彼の予想通り、風魔法士の素養があり、瞬く間に頭角を現してきた者だ。
ヨルムも中列にいた者で、適性確認の結果、風魔法士となった。
得物がクロスボウでなくロングボウなら圧倒的に強く、おそらく他者の追随を許さないだろう。
実はぶっちゃけ、あの後全員に適性確認を行い、3名が認定された。彼女たちは皆、今後は特火兵団の所属となる。
そしてアイザック、彼は鉄騎兵だったが抜群の射撃センスがあった。
もちろん、他の4名には適わないがそれでも定期大会なら優勝できるほどの実力の持ち主だ。
※
そしてついに第一回王都競技会が始まった。
国王陛下、来賓代表のクリューゲル陛下の挨拶のあと、会場に並んだ50名の個人戦参加選手が順次紹介されていった。
もちろん、狸爺はちゃっかり音魔法士を配備して拡声している。
そして、ウエストライツ魔境公国、公王直轄領の選手の紹介が行われたとき、予想された波紋が起こった。
「ハハハっ! なるほど、これは愉快な」
「なんとっ!」
「デ、アルカ……」
「そ、そんなっ! あり得ない!」
「げっ! やりやがったな」
「……」
「やってくれますわね! やはり侮れませんわ」
納得の笑いを漏らしたのは、直前で会話をしていた国王陛下だった。
驚きの声を発したのは、ハミッシュ辺境公、モーデル辺境公、クレイ軍務卿など過去大会を知っているお歴々だった。
もちろん彼らは、本命視されている俺の過去大会情報なども頭に入っている。
そして、押し殺すような驚きの声は義父のゴーマン侯爵。
悲鳴に近い声を発したのは、雪辱に燃えるゴウラス騎士団長及び2人の軍団長たち。
なんか、思いっきりアテが外れたようで、ご愁傷様です。
予想はしていただろうが、それを上回る想定外に驚いたのは兄だった。
ハストブルグ辺境伯が鍛えた強者たちを手にして、一躍優勝候補に名乗りを上げていただけに……
無言で口をパクつかせていたのは父だ。
密かに前回の雪辱に燃えていたようだが、試合開始前から、既に灰になってしまったようだ。
そして、最後の声はクラリス殿下だった。
彼女も俺の性格を理解しつつあるようだ。
この反応を見て、俺は会心の笑みを浮かべていた。
『まだまだ序の口なんだけどね』
そして密かに、心の中ではそう呟いていた。
「タクヒール、また悪い顔になってるぞ。ほんとにいつも……、色々と企みやがって。
これでは兄として、立つ瀬がないじゃないか。頼むからちょっとぐらい手加減してくれよ。
それでどうなんだ、これで全力なのか?」
兄は俺の傍らに来て、小さな声で話し掛けてきた。
「タブン……、ソコソコカト……」
俺は敢えて感情を押し殺し、兄に答えた。
結果は見てのお楽しみ、俺も他の領地の情報は一切知らないし。
まぁ全力でないのも確かだが、俺は今回の戦いである企みを実行している。
彼らが驚く中、予選は粛々と始まり、それぞれ10グループに分かれ、決勝に進む10名を選び出すトーナメント戦が開始された……
この後彼らは、予選結果に再び驚愕することになる。
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次回は『王都競技会④ 個人戦』を投稿予定です。
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