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第三百二十三話(カイル歴514年:21歳)王都競技会に向けて

アイギスで最後の夜を過ごし、色々と明け方まで状況を整理していた俺は、早朝から出発したために殆ど眠ることはできなかった。

そのため、眠たい目を擦りながら騎馬にしがみつき、強行軍でテルミラを経由してクサナギまで戻った。



その途上、テルミラにて王都に向かうクリューゲル陛下とクラリス殿下とは別れ、そこからも何度か替え馬を乗り換えた俺たちは、僅か半日足らずでクサナギまで辿り着きつつあった。



「それにしても……、侮れんな。

途中で替え馬を用意できる体制を整えていたとは言え、アイギスから半日経たずしてクサナギまで進出できるのだからな」



「まぁ……、殿下の仰る通りですね。

実戦でも首脳部だけが急行するなら半日足らず、軍勢となっても恐らく一日以内に、旧王国領から最前線に展開できること、これは非常に大きいですね。

我々も新領土での街道整備を進めてはいますがまだまだ……、後は、あの『道の駅』の整備と望遠鏡が、気球が整えば少しはマシになるかな?」



第三皇子とジークハルトが意味ありげな言葉を交わしていた。

恐らく、南側での防衛展開を考えているのだろう。



俺は今回、幾つかの独自施策を公開し、一部の技術については販売を申し出ていた。



独自施策の一つ目は『道の駅』だ。


アイギスからテルミナに抜ける高架道路を含め、クサナギまでの街道上には、何ヶ所もの補給と兵站の拠点を設けていた。

もちろん、高架道路のそれは軍事色が強く一般利用はされていないが、コーネル伯爵領のブルクからクサナギを結ぶ主要街道には、5キル毎に休憩所、10キル単位で規模の大きい道の駅を設けていた。


休憩所には給水や炊事、野営ができる設備があり、非常食や飼葉なども用意してある。

道の駅にはそれに加え、常駐する兵士詰所と連絡用展望台、出張受付所、仮眠施設、飲食店や屋台が整備されており、飲食店や屋台以外は誰でも無料で利用できるようにした。


そして何より、道の駅はそれなりの数の替え馬や、非常時の炊き出しの準備、大量のランタンが用意されている。


これらは日本の歴史、秀吉が行った美濃大返しを参考に整備したものだ。

ニシダの記憶に依れば、秀吉は大垣から木之本の50キロ超の距離を、5時間程度で軍団を移動させたという。

もちろん当時も、この世界でも常識外のスピードだ。


少数ならまだしも、万単位の軍勢が迅速に移動するとなると、それなりに準備が必要となるし、どうしても行軍には時間が掛かる。

そしてこの時代、夜間はそうそう移動できないし、魔境という危険地帯も存在する。



だが俺たちはできる!

その起点になるのが道の駅だ。


道の駅を利用する者、そこで商売を営む者たちには、予め一つの約束をしている。


利用は無料、商売人には無償で土地を使わせる代わりに、有事の際には協力してもらう。


勿論新たに発生した対価は支払うが、備蓄倉庫を開き兵たちへの簡易食おにぎりの準備や、街道上へのランタンの設置など、有事の際は駐屯する兵たちの指揮に従い動いてもらう。


気球やその他連絡方法で、緊急移動やその規模が知らされると、各道の駅は次の駅に連絡すると共に、軍勢の受け入れ準備に入る。


有事以外にも、定期訓練で月に一度は緊急配備や夜間急行などの訓練を行っており、その対応で支払われる臨時収入を目当てに、近隣の村から集まって来る者たちもいるぐらいだ。



「それに、狼煙では伝えられない情報も、気球なら一瞬でより多くの情報が伝わる。これは大きいです。それに、情報を見落とさないための望遠鏡といい……、やっぱり怖い人だなぁ」



「いえいえ、我らはもう友軍です。

なので我らの秘匿兵器も今回お譲りすると決めました。ノウハウ込みでね」



「はははっ、心強い限りじゃないか。

『敵とするより友としたい』そう常々言っていたお前の、先見の明が証明されたんだからな」



「まぁ……、そうなんですけどね。

まだ他にも何かありそうな気がして……」



まぁ……、確かにあるんですけど、お互い様ですよね?

俺自身、まだジークハルトが他にも何か目的を持っている気がするし。



「まぁ、全てを曝け出すのも面白くないでしょう。

お互いに、ね」



「やっぱりあるのですね!

この連絡網に限って言えば、弱点は夜ですよね? でも僕が思いつくぐらいですから、対策もきっと……」



ハハハ、この点もやっぱり気付いていたか。

ってか、彼方も何かあるんだな。肯定も否定もしてないし。

まぁ今公開しているのは、周り回って俺たちを守る事にもなるし、大した秘匿事項じゃないから、適当に流しておこう。


今回は、第三皇子とクリューゲル陛下から、それぞれ望遠鏡を200個発注いただいたし。

これは恐らく一回きりだ。

分解すれば仕組みはレンズの組み合わせと、その焦点距離だと理解され、時間を掛ければこの世界の技術を使い、彼らでも再現できるだろうし。


単価は高いがそれ込みの代金として、互いに割り切っている。



「では殿下、ジークハルト殿、此処から先は共に進めば目立ちますので、お別れです。

南でのご活躍をお祈りしております。

我らの繁栄は、お二人あってのことです。くれぐれも……」



「此方こそ突然お邪魔して申し訳無かった。

色々と感謝しているが、今後何らかの形としてお返ししたいと思う。

再び、アイギスに集える日を楽しみに!」



「タクヒール殿……、いえ、公王陛下、この度は本当にありがとうございます。

そして北の守り、どうかよろしくお願いします」



ジークハルトの改まった様子が印象的だった。

そして俺たちは別々にクサナギの北門を潜った。



俺と団長、そして直属の精鋭たちは、そのまま城門を駆け抜けて駐屯地まで辿り着いた。



「ふぅっ」



「ははは、色々と気苦労も多くお疲れなのではないですか?」



「まぁ……、これまでの気苦労もそうだけど、ため息はこの先のことかな。

一難去ってまた一難だよ。王都に行けば、また何かと巻き込まれかねないからね」



団長も深刻そうな顔をしていた。

そう、俺の仲間たちにとって、俺の巻き込まれ体質は周知の事実だから。



「その点ですが、10名の選手と護衛については誰をお連れになる予定ですか? ゴーマン侯爵、ソリス侯爵も招待されていると聞きましたが……」



「そこなんだよね。

万が一を考えて、全力で向かうことはできない。

それに余り力を見せ付け過ぎて、脅威と思われても困るからね。と言っても、侮られるのも問題だし、匙加減が難しいんだよね。

それらを考慮して、団長とクリストフは万が一に備えて残ってもらう」



「承知しました」



「アロガンツを始め、他家から魔境騎士団に配属されている競技参加者たちは、一時帰領させる必要があるだろうし、その間はゴルドに兵を預けさせる」



アロガンツはゴーマン領を代表する選手だ。

彼を欠くことはできないだろう。



「そうですな、しかし……、クリストフは本当に良いのですか?」



「猶予はあるとは言え、イズモ側の軍団指揮官クラスは今回残していきたい。魔法士もできれば余り連れて行きたくないのが本音なんだよね。毎回、俺の不在中を見越して何かが起こるし。

それに……、前言撤回になるかもしれないけど、ちょっと面白いことを思いついたからね」



「ははは、それは楽しみですな。ですが10名ともなると……、厳しい戦いになりませんか?」



「王都や各地でも才ある者の発掘は、凄い勢いで進んでるだろう。

そもそも彼方では人口が違うし。だけど俺は今、そこにこそ新しい勝機を見出したい」



「勝機ですか?」



そう、クロスボウを広め多くの領民たちが参加するようになれば、それなりに上位者が出てくる。

王都やその周辺は人口が桁違いだ。

そうなると、元はたかが人口8,000人程度だった俺たちには、人材の層で格段に劣るだろう。



「ゲイルやゴルドクラスの技量を持つ者たちなら、簡単に出てくるだろうね。

潜在的に魔法士の力を持っている者も含めて……」



「人口の層の厚さ……、そして潜在的魔法士……

なるほど! そこに我らの勝機があるのですね」



どうやら団長にも俺の意図することが分かったようだ。



先ず人口の層の厚さ。

この点では、俺にはチートなんて表現では可愛い過ぎる程の、ズルい要素がある。


王都やその周辺で飛び抜けた技量を持つ者を発掘しても、それを支える層は数十万でしかない。

そんなのたかがしれている。


イストリア皇王国では、身分を問わず国を挙げて優秀な者を選抜し、ロングボウ兵を最優先に育成して来た。いわば彼らは、一国を挙げての最精鋭だ。

それを支える層は全国民、なので数百万にもなる。


そして、そんな選りすぐりが5,000名も俺の元にいるのだ。

彼らだけではない。移住してきた家族もまた、かつてのアウラのようにロングボウ兵を志し、幼い頃より鍛錬を積んできた者たちもいた。

そう言う意味で俺たちは、今は圧倒的に優位な立場にいるのだ。


因みに以前、クリストフから提案されたのは、彼ら彼女らの抜擢と活用だった。



そして二つ目。

『弓を能く使う者、風に愛されし者』

そんな格言もある。

俺はこの言い伝えをそれなりに信じており、事実ゴーマン侯爵はこれを元に風魔法士発掘を進めているからだ。


俺は今回王都で開催される大会を、王都周辺から風魔法士を新規発掘する機会とも考えている。



あれは今から半年ほどのことだった。

いよいよテルミラを出発し、クサナギへと軍勢を率いて移動する前日だったと思う。


クリストフより、クロスボウでも特に才に秀でた者、更にそこに含まれる、魔法士適性確認を受けさせたいと思う者たちを紹介されたとき、俺は絶句するしかなかった。



「まさか……、こんなに?」



「一応、我々の中で上位10名に入る程度の腕前を持つ者25名を選抜しました。このうち魔法士適性確認を推薦するのは5名ですが……」



そう言いながらクリストフは苦笑した。



「これは第一陣です。まだ調査が至らず、全員を確認するまでには至っておりませんので……」



「ははは……、ちょっと感覚がおかしくなりそうだな。一国の中の選りすぐり、その更に選りすぐりという訳か……」



それにしても、居並ぶ彼らは妙な順番だな。

何か意味があるのか?

最前列には3名、その後ろに並んでいるのが5名、そしてその後ろに17名が並んでいた。



「前列の3名は特にクロスボウとの相性が良いようです。カーリーン、下手をするとアウラと同じレベルに化ける可能性がある者たちですよ」



そう言われて紹介されたのは、何故か3人とも女性だった。

不思議顔の俺に、クリストフは補足した。



「彼女たちは皆、皇王国連絡会から紹介された者たちです。

元々射撃の腕前には天賦の才を持ちながら、相当な膂力を必要とするロングボウは相性が悪く、日の目を見ることがありませんでした。

それでも諦めきれず、威力と射程距離を捨て、精密射撃に狙いを絞って腕を磨いてきたのだそうです」



「そんな折、俺たちの国でクロスボウと出会い、その才がいかせる場に巡り合えたと?」



「はい、仰る通りです。加えて申し上げると、3人とも風魔法士の候補者です」



クリストフは最後の言葉だけ、俺にだけ聞こえるよう小声で話した。



「第二列に控えているのは、ロングボウ兵の中でも選りすぐりの逸材です。クロスボウに慣れればおそらく私と同程度以上には使えるでしょう」



そう言ってクリストフは不敵な笑顔を見せた。

堅実な彼がそこまで言うからには、相当自信があるんだろうな。



「まじか……」



思わずそう呟いて、跪いていた5人の男性たちを見渡した。

なるほど……、良い面構えをしているな。



「最後尾の17名、彼らなら過去の大会レベルなら誰もが皆、個人戦で優勝を狙えるレベルです。

まぁ……、クロスボウへの慣れ、特に移動目標への取り回しには慣れが必要ですが」



「そうだな。弓に慣れた人間からすると、その辺は戸惑うだろうな。

この際だから、アイギスに設けた軍専用訓練施設を彼らにも開放してほしい。イシュタルでも射的場の運用で便宜を図ってやってくれ」



「タクヒールさま、よろしいでしょうか?」



ここまで黙って話を聞いていた団長が、手を挙げた。

俺が無言で頷くのを確認すると、団長は言葉を続けた。



「この際ですから元帝国兵たちにも、クロスボウの修練に取り組ませてみてはどうですか?」



なるほど、それも有りか。

特に鉄騎兵出身者は、帝国内でも武芸に秀でたエリート集団だ。



「そこからも才ある者を発掘すると?」



「ははは、そこまで考えていた訳ではありませんが、この機会に彼らにも本格的に取り組ませようと思っています。鉄騎兵は本来、重装備の鎧で突撃して敵軍を蹂躙する戦術を採ってきました。

ですがそれだけでは運用は単純となり、戦術に幅がなく面白くありません。それに……」



「俺たちは機動性こそを戦略の基軸にしている、ということだよね?」



「仰る通りです。鉄騎兵は突破力は飛び抜けていますが、小回りが利きません。

なので我らも嵌め手を用意することができました。私自身、鉄騎兵を廃するつもりはありませんが、固執するつもりもありません」



「分かった。鉄騎兵の体裁は維持しつつ、運用は柔軟に変えていく。いざとなれば弓騎兵が務まるくらいに、ということだね?

もちろん団長に全てをお任せしたい」



「ありがとうございます」



このようなやり取りがあって、既に4か月が経っていた。

なので今の俺達には、大会へ参加者する者の選択肢を減らした筈が、見ようによっては選択肢が何倍にも増えているのだ。


幾つかの打ち合わせと、軍事面での対応を団長やクリストフ、内政面での対応を内務卿レイモンドやアレクシスに託し、俺たちは王都に向かった。


新たなる思惑と目的を持って……

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『王都競技会① 大会前夜』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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