第三百二十話(カイル歴514年:21歳)生まれ変わった大地
クサナギで行われた三日間の収穫祭のあと、翌日に行われるテルミラでの収穫祭に参加するため、俺たちは朝早くから出発して、テルミラへと向かった。
一行は『お歴々』を含め魔境騎士団の精鋭200騎と、それを率いるヴァイス団長だ。
ユーカとクリシアは殿下の近習として、魔境に慣れたクレアとヨルティア、早期警戒でシャノン、その他数名の魔法士たちを伴っている。
「ジークハルト、俺の目がおかしいのか?
確かこの一帯は……、せいぜい牧草地にしかならない、不毛の大地が広がっていたと思うが?」
「そうですね……、僅かな期間で開墾するだけでなく、作物の育つ土地に仕上げた秘密、それを是非とも知りたいですね。この地域を縦横に走る用水路は、おそらく地魔法士の力かと推察できますが……」
うん、分かるよ。分かるけど……。
こればっかりは迂闊に言えない。牡蠣殻石灰も有限だし、これ以上需要を増やしてもね。
「……、!!!」
いや! 待てよ。そうじゃない!
折角ここに、三か国の代表が居るのだ。しかもフェアラート公国にも十分な広さの海岸線があるのだ。
「ちょっと面白いことを思いつきました。私の提案に乗ってみませんか?」
俺はそう言って、商人顔になって、クリューゲル陛下とグラート殿下に馬を寄せた。
「この三か国で組んでできる、商売のネタを思いつきました。
グラート殿下もご存知の通り、ここはかつて不毛の大地でした。ですが土壌改良に成功した結果、今はこの通りです。乗ってみませんか?」
そう言って俺は、これみよがしに周囲を見渡した。
今は第二期に栽培を始めた蕪や、秋植え野菜などが一斉に芽を出し、街道脇の大地に広がっていた。
「ほう? 是非とも話を伺いたいな」
「友よ、私も異存はないぞ」
「先ずはクリューゲル陛下、公国には広大な海岸線が有るはずです。そして魚貝類を食する習慣もありますよね。なのでおそらく、牡蠣も食べられていると思いますが……」
「ああ、確かに。海辺の町はどこもかしこも、ゴミとしてあの殻が山積みになっていると聞いている」
しめた! 俺はそう思った。
「それでは牡蠣殻を回収し、必要な処理を行った上で我らに売却してください。
そのゴミが集まれば、金貨となります」
「なんと!」
「この辺り一帯も、帝国側の火山の降灰による影響を強く受けています。それ故、作物が育ちにくい。
そしてそもそも水がないため、不適作地とされていました。
ですがそれを変える手段が我々にはあります。多くの作物が育ちやすいように……」
当然のことながら、彼らにはまだ話は見えていない。
俺は先を続けた。
「フェアラート公国が牡蠣殻の収集と下処理を行います。
その過程で粉砕すれば、輸送も手間ではないでしょう。それを我らに売るのです。
売価は先行事例がありますので、それを共有します」
「なるほど、それで我が友はどうやって利を得るのだ?」
「その販売にロイヤリティを付けるのです。
我らにはそれを差し引いた額で提供いただき、帝国に販売する際は、ロイヤリティが上乗せされる形です。なんせ原価はただみたいなものですし、下処理も河川を利用すれば、ほぼ手間が掛かりません」
「ほう? それは面白いな。それだけか?」
「いえ殿下、もう一つ要素があります。
先ず土壌改善には大量の馬糞を使用します。これは肥料にはなりませんが、土壌の改良には使えます。
そして帝国には大量の馬がいるため、馬糞は処分に困るほどあるでしょう」
「ははは、どちらも廃棄物を利用する訳か! ジークハルトよ、これは愉快でならんな」
「詳細はアイギスに到着した折、改めてお話ししますが、乗ってみませんか?」
「この成果を見て、乗らぬ話はないな。どうだ?」
「殿下の仰る通りだと」
「私も乗らせてもらおう。海岸線からフェアリーまでなら、大河を帆船で遡上することが可能だ。
それであれば一気に輸送することもできるからな」
意外なことから、俺は今後の牡蠣殻問題に解決の糸口を見出すことができた。
しかも、新たなロイヤリティ収入というオマケ付きで。
これなら、クサナギの下水路にも大量の牡蠣殻を沈め、その先の河川汚染を極力防ぐことができるだろう。
それに……、
俺の素人考えだが、この世界の諍いの理由の一つに、飢餓があると思っている。
天災や人災、戦災などで、毎年必ずどこかの地が飢餓に陥り、豊かな地とそうでない地の格差が常に生まれている。
ならば、戦いで新しい領土を得ずとも、今の領地を豊かにする手段が有ればどうだ?
少なくとも、大きな国が内政に注力でき安定していけば、小国はそれに倣うだろう。
それでも恐らく、諍いは終わらないかもしれない。
でも……、少なくとも俺たちの周りだけでいい、互いに豊かな暮らしができ、安定すれば……
公王となり、一国を預かるようになってから、ぼんやりと俺の頭に浮かんでいた理想だ。
俺は思わぬところから、その手掛かりが得られた思いだった。
※
その後俺たちは、旧国境に設けた関門を通過した。
ここも半年前と比べ、大きく変わっている。
既に、両端の大山脈の切れ目を塞ぐかたちで、帝国側と王国側に二重の防壁が設けられ、その間には防衛拠点となる軍の駐留地が置かれていた。
南北に走り両側の門を結ぶ、幅50メルの通路の両側にも隔壁が設けられている。
まるで、通路だけが隔離されているかのように……
「ほう……、これではこの通路を抜けようにも、軍は広がることも出来ず、進む先の門を陥さねば身動きが取れず、ただ両側から矢の雨を浴び続けることになるな。全滅は必至か……」
そういってクリューゲル陛下は笑った。
そう、俺はかつて見た、西部国境にあったフェアラート公国の関門を真似ていたのだ。
「通路脇には市が並んでいるのか? 面白いな」
そう、通路の両脇には、市が展開できるスペースが設けられ、ここに詰める兵たち、そして関門を通過する者たちもこの市で買い物ができる。
テルミラで店舗を構えることができない者でも、ここの市は参入しやすい場所になっている。
特に今はイズモ一帯の開拓で、日々大勢の人足が通過し、この関門自体の工事関係者も利用するので、市はとても賑わっている。
「確かこの辺りは、水の手に課題があったと思いますが……、どう解決したのでしょう?」
ははは、やっぱりここの特性もよくご存じで。
ご指摘の通り、苦労しましたよ。
サシャたちの努力の結果、飲用水は少し離れた左右の岩山から湧水を引っ張っているし、下水や生活用水は帝国側の用水路から、何回も揚水水車を活用したり、専用の水道橋を使い水を引いてるからね。
しかもこの先、下水と用水路は旧国境から続くなだらかな下り坂を利用して、テルミラとサザンゲート砦まで伸ばしている。
そしてサザンゲート砦の南で、巨大なため池で下水を休ませたあと、牡蠣殻の浄化水路を抜けて河川に戻している。
※
そして一行は、旧サザンゲート要塞、今はテルミラと名を変えた中継都市へと辿り着いた。
「なっ! 確かにここは以前に我らが駐留した要塞のはず。
今やその面影がもはや全くないではないか」
「はい、ここはかつて、カイル王国最南端の防衛拠点でしたが、今は無用の長物です。
ですので、大山脈の北と南を結ぶ、交易の中継都市として生まれ変わりつつあります。
まぁ今はまだ、移住者の一時滞在場所としての側面が大きいですが……」
テルミラは、ウエストライツ公国の南半分を治める中枢として、順次姿を変えていく予定だ。
あくまでも農業や工業の生産拠点は、テイグーン一帯が継続して担うが、テルミナは南と北を結ぶハブとなり、行政の拠点となる役割を考えている。
「はははは、この短期間に……、笑うしかないですね。僕の想像すら超えていますよ」
流石のジークハルトさえ、これらの変化には絶句していた。
ふふふ、でもまだあるんだけどね。
まぁ、商人との初回会合で話しちゃったから、もう知っていると思うけど。
※
翌日俺たちは、テルミラからアイギスまで、新しく設けた高架道路を騎馬で一気に走破した。
ただ、知っていると実際見るのとは、大きく違っていたようだ。
まずテルミラの北西に進むと、サザンゲート平原と魔境を隔てる竹林が広がっている。
そこに、隔壁で覆われた小さな城砦があり、その城砦から北西に向かい、遥か遠くまで一直線に道が伸びていた。
道は周囲の魔境より15メルほどの高所に、15メルの道幅で伸びており、防壁とも高架橋とも呼ぶには中途半端な、どちらの特色も備えたものだった。
俺が高架道路と呼ぶこの道は、かつて第一皇子が侵攻路としてテイグーン山を目指して切り開いた、幅300メルの道の中央部分に建設している。
「ジークハルト、こっ、こんなのアリか……」
「いや……、やばいですね、殿下」
第三皇子やクリューゲル陛下ほどではないものの、ジークハルトも驚いていた。
「いや……、貴方は本当に恐ろしい人だ。敵にしなくて、本当に良かったと改めて思いますよ」
「そうだな、この道路を使えば、魔境を抜けて最短距離を移動できる訳か……、これでは旧国境まで一気に兵を展開できるな。
ジークハルト、我々にも可能か?」
「これはおそらく、非常識なまでの数の地魔法士を大量投入した結果でしょう。
その結果、この短期間に魔境公国の大地、都市は大きく生まれ変わったと言わざるを得ません。
帝国でこれを再現するには、とんでもない年月が掛かりますよ」
「だからこそ魔境の復活は急務、そういうことだな?」
「はい、我らにも……」
ん? 何だ?
何故魔境の復活がそこに絡んでくるんだ?
その時俺がさりげなく耳にした言葉の真意をしるのは、まだ当分先のことだった。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は『魔境への招待』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
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