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第三百十九話(カイル歴514年:21歳)四か国同盟

収穫祭の夜は、クサナギの街を挙げての大騒ぎとなった。

そこにはもう、帝国、公国、王国の壁はなかった。それぞれの国に所属する者たちが一体となり、初めての収穫を祝い、酒と料理を存分に楽しんでいた。


そしてもう一つ、夜の街を彩ったのは、恒例の燈火だった。

特殊な加工をした燈火は、開発中の街全体を光が生み出した花を街中に咲かせていた。



「もう少し、何か余興が欲しいな……」



俺はそんな呟きを漏らしながら、建設を優先して急ぎ、なんとか体裁だけは整いつつあった迎賓館へと足を運んでいた。

そう、日本での祭りを知っている俺からすれば、もう少し賑やかしや派手な演出が欲しいと感じていた。



「どうかなさいましたか?」



そんな俺の表情を察したのだろう。

今回のため王都から呼び寄せていたユーカが怪訝な顔をして俺を覗き込んだ。



「いや……、もう少し華やかな何かがほしい、そう思ってね。

この街だけじゃない。例えばフェアリーでクリューゲル陛下とクラリス殿下の婚姻に華を添える何か、それがほしい」



「そうですね。何か音楽とか華やぐもの、以前に行われた光魔法士と風魔法士、そして舞い散る花を使われた演出なども、良いのでないでしょうか?

それらの音楽を音魔法で響き渡らせ、荘厳な雰囲気に仕立て上げるのは?」



それも……、アリか。

だが、俺には音楽自体の才能もセンスもない。



「ならユーカに頼もうかな。義父上の音魔法士たちとも相談して、そういった演目を考えておいてくれないか? いずれ……、フェアラート公国には共に行くことになるしね。

あと、シャノンやレイラとも話を付けておいてほしい。こちらからも指示は出しておくから」



「まぁっ! 私も連れて行ってくださるのですか?」



「うん、俺の妻として、そして殿下の近習としても外せないだろうからね」



「ありがとうございます! それでは猶更頑張らずにはいられませんわ」



ユーカは素直に喜び、新しい任務にやりがいを感じているようだった。

意気込みを体で表現する彼女が、とても可愛らしく見えた。



「さて、その前に一仕事だ。本来ならこんなお歴々の集う酒宴、参加したくはないんだけどね」



「ふふふっ、タクヒールさまはご自覚がないようですが、十分に引けを取らない『お歴々』のおひとりですよ」



まぁ……、今の身分上はそうなんだけど、やっぱり慣れない。


あとは、あの研究もそろそろ成果を見せるか?

この世界ではまだ危険なものだが……、少数の軍勢で大軍を撃退するには、どうしても必要になるし、工程さえ秘匿すれば……



そう考えているうちに、『お歴々』が集う迎賓館に到着した。

そこの大広間には、俺の仲間ではこの日クサナギに居た、男爵以上の位階にある者たちと、その婦人や同伴者が出席しており、給仕にあたる者たちはアンが直接選抜した信用の置ける者たちだけだった。


これが秘密を守れる最低限の者たちで、俺自身も安心してお歴々の素性を明かせる者たちだった。



「みんな、ここまで良く頑張ってくれた。

慣れぬ土地にて一からの開発で、皆にも色々と苦労を掛けたことと思う。この収穫祭はそれを労うものであり、身分の分け隔てなく収穫を祝うものだ。

今回は遠路、予想だにしなかったご来賓にも参加いただいているが、この会は新年の宴と同様に無礼講だ。なのでそれぞれの方々は、既に皆も承知の通りなので、敢えてご紹介はしない。

ご来賓の方々もそれは了解済だから、変な遠慮はせずに、共に楽しんでくれ。

では収穫を祝い、盃を交わさん。乾杯!」



「「「「「乾杯っ!」」」」



俺の挨拶で一斉に盃が掲げられ、宴席は始まった。

今回もいつも通り、立食形式にしており、前半は各テーブルで食事を楽しみ、中盤以降で自由に移動する形を取っていた。

そうしないと挨拶を受ける側は、まったく食事をする暇さえなくなるからだ。



「ほほう、この『無礼講』というのは面白いな。面倒くさい宮中のしきたりなど無視して楽しめる。

これは王国の流儀なのか?」



「いえ殿下、王国でもこのような面白い発想はございませんわ。ウエストライツ公王が定められた流儀かと」



「グラート殿下、クラリス殿下、少し訂正させていただきます。

これは我が母が、毎年新年に行われる宴、領民たちを招き一年の努力を労うための席で、誰もが遠慮なくそして等しく楽しめるように考案したものです」



そう言ってこのテーブルに居た母を紹介した。



「皆さまには初めて御意を得ます。ソリス侯爵が妻、クリスでございます。

先ずは公王陛下の祝いの席に、遠路お越しいただいたこと、謹んで御礼申し上げます。

また、今後とも公王をお引き立ていただくことを、どうか心よりお願い申し上げます」



そう言うと母は、優雅な所作で挨拶をした。



「ほう貴方が……、王国を支える二人の偉大な将を送り出した傑物か。なるほどな、さもあらん。

此方こそ末永く誼を結びたいと思っている」


「此方こそ、我が友の母君に会えて嬉しく思う。

また、内乱時だけでなく戦後も、ご兄弟で我が国を支えてくれたことに対し、謹んで御礼申し上げる」



「偉大なるお二方さまよりそのようなお言葉、もったいなくございます。

あの子は本当に果報者ですね」



「我らも公王のお話など、母君から是非伺いたいものだな」



「皆様のお耳汚しても差し支えなければ……」



二人の貴人に対し、母は全く動じることなく対応し、会話に華を咲かせていた。


それにしても……、母さま、既にアラフォーの年なのに、どう見てもアラサー、いや、二十代後半にしか見えないのは俺の目がおかしいからでしょうか?


久々に見た母のドレスアップした姿、綺麗という表現より、可愛いという表現の方が相応しい様子に、何故かドキドキしてしまった。



「侯爵夫人は流石ですわね。

堂々たる立ち振る舞い、そして常に周囲への気遣いを忘れない様子など。彼女以外は気圧されて、会話にすら参加できていないというのに」



クラリス殿下がそう言いながら嘆息した。


……、いや、堂々としてるのは貴方もでしょう?

まぁ、もともと彼女は気を使われる側だから、慣れているだろうけど。


そんな場面をよく見ているからこそ、余計に母の応対が際立っていると分かるのだろうか?


彼女の指摘通り、男性陣は三名を除き緊張でほぼ固まっている。

同じテーブルのゴーマン侯爵、ソリス侯爵、フレイム侯爵、ファルムス伯爵(の名跡を継いだクライツ子爵)、バウナー子爵らだ。


動じていないのは黙々と食欲を満たしているジークハルトと、微笑を浮かべながら様子を見ているヴァイス団長、そして超然としていたドゥルール子爵のみ。


女性陣では、母以外にクラリス殿下と共にこの席にいるのはユーカだけだが、この三人は堂々としており、母と共に現国王と次期皇帝との会話に参加していた。


やっぱり、女子は強いな。精神的に……

俺は改めてそう認識した。



俺がそう思った矢先だった。話が変な方向に進みだした。



「私思うんですが、テルミラに王国の大使館を設けるより、クサナギに設けた方が良いのでは?

クリューゲル陛下も公国の大使館を設けられるのはどうでしょうか?」



「失礼、そのタイシカンとは何だろうか?」



「グラート殿下、かつてカイル王国は初代カイル王の御代に、各地に里を持つ氏族の出先機関として、大使館なるものを設けられました。

そこに全権代理となる大使を派遣し、重大な交渉以外は大使館との交渉により、迅速に物事が決定されたと言われております」



「ほう、なかなか面白いな。では帝国からも大使館をクサナギに設けるようお願いしたい」



「殿下、僕が大使として立候補してもよろしいでしょうか?」



そこに何故か、食欲を満たすことに専念していたジークハルトが加わった。



「馬鹿者っ! 貴様には戦場や中央で役に立ってもらわんとならんわ!

どうせここなら、美味いものを食べてゆっくり昼寝でもしてれると思ったのであろうが……」



「ちぇっ、折角楽ができると思っていたのに……」



この二人のやり取りで、一気にテーブルは笑いに包まれ、少しだけ座が和んだ気がした。

それ以降は各々が会話を始め、和やかに座は盛り上がった。


正直言って国と国との争いでは、お互いに殺し合うことさえ辞さない者たちが、身分を超えてこうして和やかに談笑する姿は、俺にとって感慨深いものがあった。

これが俺の求める未来の姿、きっとそうなのだろう。



そして宴の後半戦、テーブル移動が可能になると、俺は改めて妻たちを呼び寄せ、一人ずつ二人に紹介した。

先ずは既に挨拶を済ませているがユーカ、そしてアン、早馬を出して急遽呼び出したミザリー、クレア、ヨルティア……


アンまでは普通の表情だったグラート殿下も、次々と現れる妻たちに、最後は驚きの顔になっていた。

クリューゲル殿下も、ユーカ、クレア、ヨルティアは面識があったが、更に二人がいることに驚いていた。



「なるほど、俺の中で公王の称号をもうひとつ加えねばならんな。その道でも豪の者であったか……」



いや……、グラート殿下、どうかお願いですから辞めてください。

それだけは……



「友よ、それだけ妻が居て、クラリス殿まで手に入れようとしていたとは、いやはやなかなか……、見かけには依らないものだな」



いえ! 手に入れようとはしていません。

手に入れるように画策されていただけです。

ってかあのじゃじゃ馬! そんな事まで陛下に言っているのか……



その後彼らは、入れ替わり立ち代わり挨拶を受けた後、最後は……


ウエストライツ公国側は、俺とヴァイス団長、アレクシスと何故かラファール

グリフォニア帝国側は、グラート殿下とジークハルト

フェアラート公国側は、クリューゲル陛下とフレイム侯爵


この八人で座を囲み、終始戦術論に華を咲かせることになった。


と思ったら、いつの間にかクラリス殿下も加わっていた。

この間違って女に生まれてきたような王女は、そっちの話になるとむしろ飛びついてくる。



特に彼らが興味を持ったのは、公国の魔法兵団による猛攻を撃退した、アイギス、クレイラッドの防衛戦術、第一皇子の軍勢とフェアラート公国の反乱軍を撃滅した、魔導砲による大規模殲滅攻撃だった。


でも……、両方とも迂闊に話すことはできない。

特にジークハルトは、爛々と目を輝かせているし……


なんとか話せる程度の会話で抑え、この会食は切り抜けた。



そして散会後、4か国の代表者だけでサロンに集い、今後の話を行った。



「それにしても、今回はあの天幕での話より有意義だな。できれば定期的に、こういった会合を持ちたいが……、まぁ先立つ課題を解決してからにはなるが」



「そうだな。帝国と魔境公国の安定は我が国にも不可欠だ。そしてクラリス殿を通じ四カ国が共に手を携えれば……」



「先ずは口約束でも、我らが手を結ぶ。差し当たってそれで良いかも知れませんね。

反対勢力はこのことを知らないでしょうから」



「私は賛成だな」



「俺にも異存はない、むしろ歓迎したい」



「王国も賛成ですわ」



四カ国の代表者は、全員が満足気に頷きあった。

これは公式記録には残らない、四カ国の同盟が結成された、いわばその瞬間であった。



「どうだろう、今後も定期的に、少なくとも一年に一度は各国を代表する我らが集い、情報交換と友誼を深めるというのは?」



「そうですわね。私も父に相談してみます。早ければ来年には私も王国の人間ではなくなりますので」



「婚姻の式典に帝国からも祝いの使者を出したいと思うが、受けてもらえるだろうか?

三カ国からは、大きな贈り物を受けたこともあるし……」



「もちろんだとも。招待状を出させていただくので、何卒よしなに……

所でクラリス殿の話していた大使館、当然対価は支払うので、ここに土地をいただけるだろうか?」



「そうだな、帝国としてもお願いしたい」



「王国もね」



「はい、承知しました。その場合、予め大使館と大使や職員に関する取り決めを定めねばならないでしょう。例えば大使館内の治外法権や、こちら側の捜査権などについても。情報収集は当然のことですが、大使館が間諜や悪意を持った拠点となるのは避けたいところです」



「ほう、まるでこの仕組みの運用を、予め知っているような物言いだな?」



『やべっ! 第三皇子から予想外のツッコミが来た』



「まぁ色々と構想は考えていましたからね。先ずは草案をまとめて各国にお送りしますよ」



そう言ってなんとかごまかした。

この夜、今はまだ口約束でしかないが、四か国同盟が結ばれ、それぞれの国は、過去にない新しい共存の道を歩み始めた。

これは彼らにとって、記念すべき日となるのか、沈みゆく泥舟となるのか、それはまだ定かではない。

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『生まれ変わった大地』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何のかんので闇の包囲網まで進むのか皇国を四カ国でボコって頓挫させるのか楽しみですね カイル王がオワコンっぽくなって来てちょっと可哀想
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