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間話11 利を追う者

今日も物資を満載した商隊が、隊列を作って我が領地ボータクレイを通過していく。


これは、帝国主要部からウエストライツ魔境公国という、成り上がり者の国家に通じる主要街道が、我が領内を通っているためだ。

捕虜返還の調印式以降、帝国中からひっきりなしに商隊が、物資を満載して通過していくことになった。



『これだけの物資、一体北部辺境域で何が起こっているのだ?』



そう思い、私は暫く呆然とその様子をみつめていた。

だがその時私は、肝心なことを失念していたのだ。



「子爵さま、奴らを勝手に通して良いのですか?」



「トーデンツよ、何を言っている。帝国内を帝国の商人が通過するだけ、我らには何も咎めることはできんだろう。

いささか口惜しい限りではあるが……」



「いえ、これだけ領内を商隊が通過するのです。黙って見過ごす手はないと思われますが……」



「どういうことだ?」



「あのいまいましい商人共に、以前我らは煮え湯を飲まされました。

意趣返しの絶好の機会とは思いませんか?」



「!!!」



そうだった。彼の言う通りだ。

私は何を呆けていたのだ。

かつて私は、グロリアス殿下の覚えもよく、国境への演習と称した侵攻作戦では、その一翼を担うべく共に従軍する名誉に預かっていた。


正直あの時は、この先の戦いに勝利すること、自身の明るい未来を夢見て有頂天だった。

そして……、あの忌まわしい出来事が起こったのだ。





それは旧ゴート辺境伯領まであと一日と迫った日のことだった。

その日の野営に入った際、兵士たちの様子がどうもおかしかった。



「どういうことだ? 兵たちが個人で携行している食料を持ち出し、夜陰に紛れて出掛けては大騒ぎで帰ってくるではないか?」



「はっ、何でもどこぞの商人たちが食料を高値で買い取っているらしく、二倍から三倍の値で次々と売れているようです。それに乗り遅れまいと、兵たちが今はこぞって……」



「なんと! 三倍だと!」



「はい、北東の隣国が大規模な凶作により、飢饉に見舞われているようで、商人たちがこぞって買い漁っています。少しでも早く隣国に持っていった方が高値で売れるらしく、この辺りまで進出して買い占めているようです」



私はここで即断した。


正直言って私は、第一皇子派に属していたものの、これまで殿下からお声が掛かることはなかった。

もちろん当然のことだ。たかが子爵風情、中央の殿下からお声が掛かる訳がない。


だが今回、直々にお声が掛かった。

その喜びのあまり、従軍する兵士と指示されていた手持ち物資を、実はかなり無理をしてかき集めていた。


無理した分の損失も、ここで余分な食料を高値で売り捌けば元が取れる。

幸いにも私は、今回大量の食糧を自前で用意することに成功していたため、相当数の余裕があった。



「よし! 二週間分の食料を残し、全てを売り払え!

大量に売る故、商人たちの足元を見て3倍以下では売るなよ。

そしてその足で我が領内に戻り、売った物資を通常価格で補給しろ! そうすれば今回の遠征費など十分にお釣りが来るというものよ!」



所が私にも誤算はあった。

あまりにも高値での買取のため、欲に目が眩んだ部下たちは数日分の食糧を残し、全てを売り払ってしまったのだ。彼らも帝国内なら直ぐに補充できると高をくくり、売った利益を自身の懐に入れるために……


その結果は火を見るよりも明らかだった。

我が軍だけでなく、グロリアス殿下の軍全てが、危機的な食糧不足に陥ってしまったのだ……


一日分の食糧を三日かけて食いつなぐひもじさ、それだけならまだいい。

私を含む多くの者が殿下から期待外れ、役立たず、無能者と面罵された。



『新たに食料を調達できない者は帰陣することまかりならん』

最後にそう言われて、我々も食料を求めて帝国北部を彷徨うこととなった。


しかし、これまで我々が通ってきた道は、すでに商人たちにより買い占めが行われ、全く手に入らなかった。



「我らとて商売なんでね。食料の買取なら喜んで応じますが、販売は致しかねますな」



そう言って各所で商人たちは、掌を返したように冷たく言い放ち、一度売った食料を買い戻すことは叶わなかった。



「金なら幾らでも払う、少しでも構わないから買い戻させてくれ!」



「困りましたな……、我らの買い取った食料は既に隣国へと送ってしまいましたし……、新たに仕入れたものなら、仕入れ価格以上のお支払いをいただければ……」



「構わん! この際だから金に糸目は付けん!」



そう言ったあと、私は自身の発言を後悔することになった。

商人たちが提示してきた価格は、私の想像を遥かに超えていた。



「なっ! なんだと? 何だこの値は!」



「旦那、今は収穫前ですぜ。一年で最も穀物が少ないんですよ。

しかもここから帝都に続く帝国北部一帯では、各地で商人たちが競って食料を買っていますからね」



「だがそれでも、帝国中から調達すれば、食料ぐらい調達する余裕はあるだろうが」



「ええ、一か月も余裕をいただければ、相当お安くご用意できますが……」



そんなに待てる訳がない。わが軍は明日の食糧さえ事欠いているのだ。

一か月もあれば、我々でも帝国各所から調達することができるだろう。



『足元を見よって……』



「今だから価値があるんですよ。だから我々も高値で買い取っています。

お譲りできるのは買取費とここまでの輸送費、それに我らの商売が成り立つ費用でないと、とてもとても……」



「ぐっ……」



この時点で私は、彼等に嵌められたことに気付いた。

だが……、いくら金貨はあっても腹の足しにはならず、遠く帝都付近まで行って買い付けていたら、食料不足で軍は崩壊するか、野盗に落ちぶれてしまう。


しかも北部辺境は、第三皇子の勢力下だ。

勝手に押し買いや徴発を行えば、それこそ大きな問題になってしまうだろう。



「老婆心ながら申し上げますが、決して無理な調達はなさらないように。ここいら一帯はケンプファー子爵の軍勢が巡回し、グロリアス殿下の名誉を損なう者や、民家の食糧を漁る者たちを脱走兵として、一刀両断に処断しているらしいですぜ」



「……」



もう私には返す言葉がなかった。

結果的に、我ら食料調達の任を受けた者たちは、競い合って彼らからばか高い食料を買い集めた。

大枚をはたいて……


この結果、先に食料を売却して得た利益などとうに消えていた。



そこまで努力したにも関わらず私は、軍務遂行不行き届きと言われてグロリアス殿下の不興を買い、次の出陣からは殿下率いる直属の軍から外された。

それの意味することは、前線に出て武功を挙げる望みが潰えたということだ。



そのため私は、次の出陣でも初戦から華々しい戦果を挙げ、意気揚々と魔境に侵攻するグロリアス殿下の軍を、ただ虚しくサザンゲート要塞から見送った。


後方待機を命じられた私は、この先勝利する殿下とともに歩む、明るい未来や希望はなかった。



だがそれは私に、予想外の幸運と不運を同時にもたらすことになった。


幸運は、勝利を約束された状態であったにも関わらず、歴史的な大敗北を喫した殿下の軍に、我らが同道していなかったことだ。

そのため私と率いる軍は、サザンゲート要塞より命を保ったまま帝国へと帰国できた。

もちろん、惨めな敗残者として……、ではあるが。


不運は、暫く経ってから我らに訪れた。

戦後交渉が行われた後のある日、中央の第一皇子派からとんでもない通達を受けることとなった。

使者となった者が示してきたのは、『グロリアス殿下の身柄返還に伴う、費用の分担金』だった。



「こ、こんな金額、我々に払える訳がないではないかっ!」



私は思わず使者に声を荒げた。

だが彼も動じることなく、ただ冷たく言い放った。



「グロリアス殿下をお救いするため、各家は身を削ってその費用を捻出されています。

誰一人として例外なく、です。この意味をお分かりいただけますか?

家宝を売却したり、所領の収穫を担保に、商人から金を借りた家もあるぐらいですよ」



『ない袖は振れん』と言って拒絶すれば、我が家は貴族としても終焉を迎える……

おそらくそういうことだろう。



私は子爵家の財貨を売り払い、領内の資源を担保にしてまで金貨を調達する羽目になった。

そして私自身は、凋落した陣営のなかでも、更に落ち目の貴族として、もう二度と日の目を見ることはないと思われていた。


私に残ったのは……

商人たちから受けた辱めへの憤り、隣国への憎悪、商人への借財、そして第三皇子の腰巾着(ジークハルト)への憎しみだけだった。



だが今回の動き、これこそ意趣返しと、子爵家の財政を好転させる絶好の機会だ!

私はそう思い、急ぎ領内に布告を発した。


我が領地は特に目立った産業もなく、地方の鄙びた土地だが、誇るべきものが二つある。



一つ目は、領内に広がる広大な森林、特に建材として重宝される大木が多く、かつては山の恵みとして我々に大きな幸をもたらしていた。

そう、かつては……


二つ目は、領内を縦断する主要街道だ。

特に帝都から北部辺境に抜けるには、領内の森林地帯が大きな壁として立ち塞がっている。


そこに、我が先祖が切り拓いた街道があり、我らは代々その街道を整備して来た。

当然、街道には休息所や補給拠点としての街があり、街道を行き来する商人たちから恩恵を受けていた。



『今後、商人たちが立ち寄る領内各地の入城税を、積み荷の量に応じて課すことにする。特に木材については、材木一本単位で税を課し徴収する』



これで少しは失った資金を取り戻せるだろう。

特に材木に関しては、厳しく税を課すことにした。


本来ならば忌々しい隣国の建国特需に乗り、大量の森林資源を売り捌くことで、莫大な富を得られるはずだった。


だが……

我が領地の森林は今や私のものではない。

グロリアス殿下の身代金の分担で、資金に窮した私は、商人から借り入れを行う代わりに、宝とも言える森林を、借金の返済が完了するまで、期限付きで彼らに伐採権を譲渡していた。


それさえ無ければ……

私は悔しさに涙したものだ。


だが、最後に笑うのは私だ!

そう思ったのだが……

数日後には私が意図していなかった動きが起こった。



「商人たちが領内の町や村に全く立ち寄らないだと? 一体どういうことだ!」



「は……、どうやらこの街を始め領内各地の入城税が高過ぎると……」



「そんなもの、相手に売る価格に上乗せすれば済む話ではないかっ! 何故そうしない?」



そうだ、それだけで済むはずだ。

同じ帝国の者同士、お互いに潤えば良いだけの話ではないか。



「それに、商隊は旅の途中どこで休息や補給をしているのだ?」



「それが……、領内ではどの商人も野営し、税を逃れようと……

当初こそ大きな収入となりましたが、奴らはすぐに対策をとったようで……」



「いまいましい奴らだ。少しでも儲けを出そうと必死なのだろう。

ならば我らも、新たな手を打つ! 領内の街道出口に関所を設け、公国への交易品に税を掛けよ!

素通りは許さぬとな」



そもそも我が領内に出入りする商人が減ってしまえば元も子もない。

自分で自分の首を絞めることになってしまう。

そのため関所では、交易商人に絞って新たに税を徴収するように変えた。

あの国との商売に限ったものだ。



そもそもあの腰巾着も言っていたではないか。

『カイル王国との血で血を洗う戦いは、ひとまず休戦ですが、商いの場で互いに(しのぎ)を削る戦いは、これからが始まりと考えています。

我らはこの先、経済という戦争で、勝利を収める目的で戦いを続けます。勝利に浮かれた王国を調子に乗らせないように……』と。



大義名分としてはいささか不本意ではあるが、この経済戦争に参戦するということで、大手を振って商人たちに協力させればよいのだ。



だがその目論見もうまく行かなかった。

最初こそ不承不承で交易税を納めていた奴らも、ある日を境に全ての荷は交易目的ではなく帝国南辺境に輸送する内需品だと言い始めた。



「勝手なことを言う。これまでそんな取引で頻繁に我が領内を通過することなど、一度として無かったではないか! 奴らの二枚舌にも呆れ果てるわ!」



「ですが彼らはみな、アストレイ伯爵領、ケンプファー伯爵領、ドゥルール子爵領に拠点を設け、そこに販売するという形で荷を下ろしています。

どうやらそこで積み替えを行っているようですが、販売先と結ばれた証文まで用意されており、これでは手出しができません」



「忌々しい奴らだ。そしてあの三家は第三皇子の腰巾着で信用がならん。

おそらく商人たちと組んで、阿漕なことをしているのだろう」



そう、この時になって私は気付いた。

私に資金を貸した商人の後ろにも、彼らの影がチラついていたことを……


伐採場から大量の材木を集めているのは、ケンプルナ商会という、ふざけた名前の商会だったからだ。



「こうなってはやむを得ん!

材木、石材などの建設資材に関しては、内需品交易品の如何に関わらず、積荷の量に応じてたっぷり税を課せ。

トーデンツ、関所にて其方が直接指揮せよ。身内の狐どもにしてやられるなよ!」



「はっ! しかと搾り取って参ります」



「首尾よく搾り取れば、成果に応じて徴収額の一部を其方にやろう。励めよ」



これならトーデンツも目の色を変えて、奴らから徴収していくことだろう。

ふふふ、もう奴らには逃げ場もない。

今度こそ我らがが笑う番だ!

そう思って私は彼を見送った。


が、しかし……

再び事態は私の期待を裏切る方向へと進んでいった。



「どういうことだ! 伐採場の監視からの報告と、実際に徴収された税が明らかに違うではないかっ!

トーデンツ! まさかお前……」



私は信頼する部下の裏切りに対し、怒り狂った。

少なく見積もっても7割前後の材木の税が未徴収となっているからだ。



「あっ、いえっ……。

関所を通過する荷は全て厳しく詮議して徴収しております。そんな筈はありませんっ」



「どうやら厳しく詮議して徴収された税の行方を、厳しく詮議する者がいなかったようだな。

誰かっ! トーデンツを縛に付けよっ。後日私が厳しく詮議するゆえ、牢に入れておけ!」



「そんなっ……、私が何を?」



「徴収した税の7割近くを懐にしまいこみ、今更何を言うかっ!」



そこでトーデンツの顔色が変わった。

慌てて平伏して弁明を始めた。



「子爵さまの仰せに従い、私が懐に入れたのはほんの一部ですっ! 7割なんて大それたことは……」



「では伐採場から領境に出るまでに、7割もの材木が消えたとでも言うのか?

もう少しまともな言い訳をしろっ!」



これを機に、私は考えを改めることにした。


今回のトーデンツといい、ずっと以前に食料の売却を命じた部下といい、奴らは自分の懐を暖めることばかりに夢中となっていた。

私のように大義というものを全く理解していない。



『もう私は部下を信用しない!

強欲で不埒な商人共には私自らが交渉しよう。奴らだけが潤わないように』



心の中でそう誓った。

これまでのように足を引っ張られてはたまったものでわないわ。



待てよ……、なにも商売は商人だけのものではないではないか?


あの国は食料を、物資を大量に求めているのだ。強欲な奴らが目の色を変えて商売に勤しむほどに。



『ならば我らも商人に身をやつし、かつて我らが調達に苦しんだ意趣返しをすれば良いではないか!』



そう思うと、私の中に笑いが込み上げてきた。

奴らがあそこまで必死になるほど旨味のある商売が、目の前に転がっているのだ。


そしてこれは、帝国への貢献にもなる大事な役目だ。


意を決した私は、食料などの物資を大量に買い占め始めた。

どこも品薄で多少は値も張ったが、倍の値段で捌けば何も問題ないだろう。



そして私、カーミーン子爵が率いる商隊は、一路ウエストライツ魔境公国へと進発した。

新たな目的と希望を胸に、心を躍らせながら……

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回は『第三回入札』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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