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第三百十二話(カイル歴514年:21歳)積年の想いを貫く者

私がクレア殿の後に従い、簡易で設けられた城壁を越え、土壁で囲まれた中に入ると、目を見張る光景が広がっていた。

おそらく4キルから5キルの広大な敷地の中では、我ら以外に一万人以上はいると思われる者たちが、汗を流して工事を行っていたからだ。


そして各所に、臨時の住居であろう天幕が立ち並んでいた。



「申し訳ありません。まだどこもかしこも工事中で。

でも、閣下が引率されてきた方々の宿舎、それに関わる関連設備は最優先で整えておりますので、ご安心ください」



「自軍の兵たちよりも、ですか?」



「はい、わが主の仰せです。『手伝いに来てくれる方々の衣食住、そして余暇は最優先で用意する』これが我らの感謝の気持ちの一つです」



「なるほど、ここにも『マツヤマの精神』は生きているのですな」



さすがだ! 私は驚嘆せずにはいられなかった。

私もここでの滞在中に学べることは学び、治世に反映しよう。そう誓った。



「ところで、オリエンテーションとは何でしょうか?」



「ここで仕事をしていただくに当たり、宿舎の割り振りや食事の時間や場所、各種施設の利用方法、そしてIDカードの説明ですね。今回、全ての人足の方や関係者に配布しますので。

そして、就労時間や各種手当、それから簡単な規則についてご説明いたします」



「ほう、そういった仕組みが全て出来上がっていると」



「はい、テイグーンでも似たような仕組みが取られていましたが、今回は帝国の方々が戸惑うことのないよう、最初の段階できちんと説明しようと思っています。それで敢えて50人単位なんです」



これも私にとっては驚きだった。

工事人足というものは、基本的にただ指示された通りに働く、それだけの存在でしかなかった。

だが彼らは、共に仲間として受け入れようとする態度が、彼女の言葉の端々から伺えたからだ。



やがて、仮設ではあるものの、ある程度体裁が整えられた、建物が立ち並ぶ一角へと案内された。



「この辺りは、食料などの保管庫、そして受付所と商品取引所があります。

そしてこの一番奥に、仮行政府、そして仮の公王居館があります」



前を歩く彼女を目にした兵たちは、全員が直立して敬意を示していた。

そして、区画を区切る門は、彼女を前にすると次々と開いていき、我々は目的地へと辿り着いた。



「タクヒールさま、ドゥルール閣下をご案内しました」



「ご苦労様、中までご案内を」



その声に招き入れられて中に入るとそこは、30人程度が座れる、円形に机と椅子を連ねた会議室だった。

最奥部にウエストライツ公王、そして黒髪で眼光鋭い偉丈夫と、金髪の官吏と思しき男、さらに漆黒の髪をした美しい女性がいた。



「ドゥルール子爵、久しぶりだね。調印式では見掛けたものの、話す機会がなくて残念だったが、こうしてまた会えたこと、嬉しく思うよ」



「私こそ、役目上ご挨拶も憚られ、大変失礼いたしました。

公王陛下におかれましても、ご壮健そうでなによりです。

今回、公国と帝国を結ぶ人の架け橋、是非自らお届けしたく思い、不躾ながら商会の長として参上いたしました。

皆様にも改めてご挨拶を、マリンテーゾ・フォー・ドゥルールにございます」



その後私は、その場に居合わせた全員を紹介された。

公王の他に子爵が一名に男爵が三名、ここに公国の首脳部が集まっていることが理解できた。



「先ずは、ドゥルール子爵には礼を言わねばなるまい。

今回の戦いにあたって、我らと戦うことに異を唱え、開戦やむなしとなった後も、第一皇子の親衛軍に所属する者たちに対し、無用な殺戮を戒め、敵国人を保護するよう説いて回ってくれたこと、礼を申し上げる」



私はその時、大いに戸惑った。

小なりとも一国の王が、他国の子爵風情に頭を下げて礼を言うなど、考えられないことだったからだ。



「ど、どうか頭をお上げくださいっ! 私風情にお心遣いは無用です。

かつて私は、彼の地(テイグーン)で捕虜ながら人として扱っていただきました。まして敵兵でありながら命を救っていただいた方々に対し、少しでもその恩に報いたかっただけです」



私はかつての同胞たちが、今もこの方の元に付き従っている理由の一端が見えたような気がした。

グラート殿下もそうだが、上に立つ者がしっかりしていれば、下も然り。



「しかし、そのお話を公王陛下はいったいどこで?」



「あ、ああ。グラート殿からかな。その話を聞いた後、アイゼンやフェローたちにも聞いた。

彼らも感謝していたぞ。『子爵の話があったからこそ、敵軍を信じることができた』と。

彼らも今ここに来ているから、良かったら後で顔を見せてやってほしい」



「そうですか……。かつて私も男爵家を継ぐ前は、親衛軍鉄騎兵に所属しておりましたので……。

良かった、彼らも息災なのですね」



「さて、形式的な挨拶は済んだ。ここからは先はドゥローザ商会の会頭と取引先の会頭、対等な立場で話したいと思う。俺もグラート殿と同様、堅苦しいのは苦手でね。

気軽に話し、記録にも残さない。もちろん言質を取るつもりもない」



そう言って公王は微笑まれた。

そういう点でもこの方は、グラート殿下に似ているな。



「私の主も似たようなことをよく仰います。臣下としては、困ったものですが……」



「ははは、だよね」



公王は闊達に笑われた。

周りの者たちも、ちょっと苦笑していた。

どうやら彼らも、私と同じ気苦労をしているのだろう。



「で、単刀直入に聞くけど、ドゥローザ商会の提案の真意はどうなんだい?」



「では、正直に申し上げます。

私が今回の領土割譲の話を聞いたとき、進んで飛び地に所領をいただくよう申し上げました。

これは、見る者によっては、進んで死地に飛び込み贄となる愚か者、または、貴国の喉元に突きつけられた匕首となり、帝国の意地を示す者。

そう映っているでしょう」



「確かにそうだね。普通なら死間となるため敵地に潜入する者と思うだろうね」



「ですが私の思いはひとつです。

今後、何があろうとも帝国には、ウエストライツ公国を侵させない。両国が手を取り合い、互いに共存するための人柱たらんこと。それが目的です」



「それであの提案か」



「はい、我が主の意向も貴国との共存。なので決して主命にも背いておりません。

ですが……、我らの陣営にはまだ敵も多く、最悪の事態になれば、戦力を南に集中せざるを得ません」



「では、子爵はグラート殿下の信を受けて?」



「それも少し違います。あくまでも私の個人的な感傷です。

過去の私は、貴族の面子だけを笠に着た、人に好かれることのない鼻摘み者でした。

ですがテイグーンの戦いで、その後の収容所生活で、私は生まれ変わることができました」



そう、かつての私はブラッドリー侯爵の一門として、驕っていた。

だから、兵たちからも心酔されず、重傷を負った際は見捨てられた……。多分そうなのだろう。

それが結果として、命を拾ったのだから、皮肉なことではあるが。



「私はあの時、女神の癒しで命を救われ、テイグーンに住まう者たちからは、友として迎えられました。その時の恩は、一生かけてお返ししたいと思っております。

私は貴国ローザの盾となり、これからも戦い続けるでしょう」



「ほう、お見事な覚悟ですな」



同じ武人としてこの場に居る、ヴァイス殿は私の覚悟を称賛してくれた。

当然だ! 愛する者のためにこそ、我が命を燃やす覚悟でこれまで過ごしてきたのだ。



「私は命の恩人である彼女や、街の人々を守るため、相応しい力を持つよう努力して参りました。

万が一の有事の際には、公国を守る盾としてこの命、喜んで捧げて参りましょう。

彼女が奥方のひとりとなられた今でも、敬慕の情を抱くことをお許しいただければ幸いです」



「へっ?」



公王が変な声を上げ、きょとんとした表情になられた。

しまった! 私はつい、本心を言ってしまった。


クレア殿は一瞬目が点になったあと、笑いを押しこらえていた。



「タクヒールさま、どうかローザをここに呼んであげてくださいな。

それと閣下にお伝えします。ローザはまだ独身です。公王の妻のひとりではありませんよ」



「なぁっ!」



今度は私が変な声を上げる番だった。

一度失望で谷底まで落ちた思いが、再び翼を得て大空に駆け上ったような気持ちになった。



「そうですね。クレアさんの言う通り、私は閣下を、失礼な表現ながらお仲間としてお迎えしたい。

それぐらい、同じ女として感動しました。後は……、ローザさんのお気持ち次第ですが……」



「そういうこと? はははっ、いや失礼。俺が妻たちを迎えたのも、彼女たちを守りたい。

その思いからだったので、つい、昔を思い出して自分に笑ってしまったよ。

誰か、ローザをここに!」



な、なんと!

いえ……、お心遣いは大変嬉しいのですが、まだ心の準備が……



「にしても……、ドゥローザ商会、なるほどな……

でも、同じ聖魔法士でもローザで良かったな。瞬殺女神の二人でなくて……

あっ! ごめん、余計なことだった。忘れてほしい」



何だその、恐ろしい異名は?

女神の中には、そんな恐ろしい者が二人もいるのか?

同席した者たちも全員、笑いを忍堪えていた。


その時だった。



「失礼いたします。お呼びと伺い、参上いたしました」



そう言って現れたのは、紛れもない彼女ローザだった。

まだ幼い顔立ちをしていたあの頃と比べ、美しい女性に成長し、神官服に身を包む上にたなびく黄金の髪は、むしろ神々しくさえあった。


長年思い続けていた彼女が、女神のような姿で目の前にいる!



「え? あっ! もしかして……、あの時の!」



私の顔を不思議そうに眺めていた彼女は、遠い記憶に答えを見つけたようだった。

思い余った私は、自分自身でも予想もしなかった行動に出てしまった。



彼女の前に進み出ると、思わず片膝を付いて跪き、両手に剣を捧げた。



「ずっとお伝えしたかったです。あの時は命を救っていただき、誠にありがとうございました」

(そうだ、先ずは礼を述べるだけで十分だ、これ以上は……)



「初めて会ったとき、命を救われた時より、ずっと……」

(待て、衆目のなか私は何を言っているんだ)



「貴方を生涯かけて守り抜くと、貴方に相応しい男になると誓っておりました」

(ダメだ……、言ってしまった……)



私は溢れる想いを抑えることができなかった。

この場に居る者たちは、公王始め皆、呆気に取られている……

どうする?



「貴方を……守る騎士として、そして友と呼んでもらえれば、先ずは……、お願いいたします」

(なんとか、求婚の言葉だけは自制できたが……。思わず言った騎士というのも、おかしな話だな)



ローザ殿は無言で真っ赤な顔をしている。

この空気……、どうすれば……



「お見事なご覚悟、このような清々しい求婚……、いや、忠義の誓い。子爵の立場にある方が、中々できるものではありませんな」



魔境騎士団の団長であるヴァイス殿の言葉に、救われた思いがした。

しかし……



「子爵にひとことだけ申し添えさせてもらうね。

ローザは現在、カイル王国と公国、双方で男爵の地位を得ている。そこに子爵のお立場で騎士はないけど、今回のウエストライツ公国の建国により、彼女は中央教会の名誉司教に任じられた」



なんと! 中央教会の司教と言えば貴族でいえば伯爵以上の待遇となる。

見ように依っては、彼女は私よりも上の身分にいるということか?



「なので、教会のしきたりで言えば、司教を守護する騎士、それは成り立つ。

ローザ、どうかな? ひとまずは彼を騎士とし、その先はおいおい……、素直な気持ちを伝えれば」



「は、はい。先ずはお友達であれば……、喜んで」



ローザ殿は照れながら、それだけを小さく答えた。




この日、ウエストライツ公国と、グリフォニア帝国を結ぶ、新しい架け橋が生まれた。

それはまだ、守護騎士という小さなものであったが……


その経緯と展開は、その場に居合わせた者たちも、当人たちすら驚くほどのものではあったが。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『蠢動の始まり』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
うむうむ。 隠しきれない思い、実によき。
[良い点] さすがに今の世情でイチャコラはどっちかが国を捨てる覚悟じゃんね だが愛とはそういうものなのかもしれない
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