第三十一話(カイル歴503年:10歳)ソリス男爵家の勇と智
【ソリス男爵家に過ぎたるもの2つあり、勇のダレクに智のタクヒール】
石田三成かよっ!って思わずツッコんでしまった。
兄が島左近で俺が佐和山の城か……
元々俺は、領内では5歳の時点でソリス家の神童……
そんな恥ずかしい呼称もあったけど、あくまでもエストール領内の限られた人たちのなかで、だった。
・旗下の派遣部隊を率いてヒヨリミ領に行ったこと
・派遣部隊の皆が声高に俺を褒め称えたこと
・統率された部隊の動きが非常に目を引いたこと
その他のことも含め、評判が噂になってしまった。
実際、お蔵入りになっていた、おみくじ乾麺も今回、大いに役に立った。
長期保存の必要はなく、青竹に詰めた乾麺は簡単に調理ができ、食器など全て流された被災者にとって、器の代わりにもなり、鍋不要で大量に調理ができた。
他にも、大量に持参していた蕪の種はどこでも育ち、2か月後には食料として、茎や葉までが被災者の貴重な食材となったからだ。
派遣部隊は、ある程度支援体制が整い、ハストブルグ辺境伯からも支援が入った時点で撤収したが、残された蕪は領民の感謝の声とともに食卓に上った。
救済されたヒヨリミ子爵領の農民達は、ソリス男爵に敬意を込め「【蕪男爵さま】の恵みに感謝を」そう祈ってから、食事を始める事がいつの間にか習慣化していた。
きっと父も喜ぶ? だろう……
「ゴメンナサイ」
と、心のこもっていない声で、父に対するお詫びの言葉を呟いた。
貴族ながら、領民に交じって働く俺の姿、率いる部隊は女子供に至るまで、まるで軍の輜重部隊のように統率され、そつなく仕事をこなす。
派遣部隊の全員が、勇名を馳せた双頭の鷹傭兵団まで、まるで主君を仰ぐようにその指揮に忠実に従い、整然と行動している。
派遣部隊の人々の言葉は、自分たちが住むエストール領と、ソリス男爵家に対する好意で溢れ、被災者には誰もが思い遣りの気持ちを持って接した。
乾麺や蕪について、救援部隊も全て俺の発案、ということまで話が広まり、その他色んな要素が絡み、この恥ずかしい二つ名に繋がってしまった。
※
「父上、ヒヨリミ子爵領派遣部隊、誰一人欠けることなく只今帰還しました」
そういって帰着の報告をする俺に、父は鷹揚に答えた。
「此度の救援派遣、大儀であった。其方の働きぶり、先方の家宰からも感謝の書状があり、ハストブルグ辺境伯からもお褒めの言葉があったぞ」
「恐縮です、いささか出過ぎた事をしてしまい、男爵家の名誉を汚してなければ幸いです」
(蕪男爵の二つ名……、余計に広めてしまいました)
「ところで……」
父は打って変わってニヤニヤしながら続けた。
「洪水に対する対応はひとまずなんとかなった、この先、【智のタクヒール】殿はなんとする?」
「父上っ!」
動揺する俺に、父や母、兄やレイモンドさんまで笑っている。
くそっ! それなら言いたいことを全部言ってやる。
「改めて父上、ソリス男爵家が治めるエストールの地は幸運に恵まれ、これまでにない発展と繁栄を続け、領地と領民には力が蓄えられています。
また、先日のサザンゲートの戦いでも武威を示し、戦果を得たことでその力はもはや、いち男爵領を遥かに超えています」
そう、俺がいろいろやらかす前から、ソリス男爵家は既に子爵級といわれる経済力を持っていた。
治める辺境の領土は広大で、未開の地も多く、魔境に隣接していることを除き、ただ広さだけで見れば、中央の伯爵級に近い広大な領土を抱えている。
「しかしながら、無礼を承知で言えば、それでも辺境のいち男爵領、大勢には逆らえません。
持てる兵力にも限りがあり、その牙はまだ小さ過ぎます。
新興の豊かな成長し続ける男爵領と、商売上手な現当主、武勇に誉ある次期当主、これでは周囲の敵も味方も、益々警戒し、思わぬ所で足を取られかねません」
ここまで話してひといきついた。
この辺の現状分析は、この場にいるものなら全員が既にできている話だ。
「私としては、前回の戦役が敵の第一皇子と第三皇子の皇位継承権争いに絡んでいる以上、このままでは収まらないと考えています。そして次がある時、矢面に立たされるのは我々です。
前回はたまたま策が功を奏しただけで、次はおそらく同じ手は通用しないでしょう。
現状では1000騎の鉄騎兵とまともにぶつかれば、壊滅的被害を受けるのは我々です。
近い将来に備えせめてゴーマン子爵級の、できればキリアス子爵級の陣容を整える必要があります。
今は力を蓄え、牙を研ぐこと、そのためには父上が今の実力相応の立場になること、そして今以上に経済力と兵力を蓄える必要があります。
そうすれば、家格に合わせるため、大手を振って、兵力増強や領民募集もかけれますよね?
父上にはそのお覚悟を決めていただくこと、ハストブルグ辺境伯を通じ、働きかけをお願いすることが先決と思います」
「んなっ!」
思いもよらぬ俺の反撃に父は絶句した。
辺境の男爵である限界、それは今後のソリス男爵家で大きな足枷になる。
それは以前から思っていた。
「ハストブルグ辺境伯からも子爵へ昇爵の内示はあるのですよね?」
これは根拠のないカマかけだった。
ただ、飢饉の際の隣領支援、サザンゲート殲滅戦の戦功、今回の救援部隊派遣など功績は十分に積んでいる。
さらに一息おいて、敢えてゆっくり、力強く続けた。
ここからが、俺にとっては一番の本題だ。
「戦力の充実、並行して魔法士の確保を更に進め、同時に可能な限り秘匿することも必要です。
戦場での窮地に、逆転の一手となる魔法兵団の創設を強くお勧めします。
できればこの任を私に一任し、魔法兵団を預からせていただきたく思います。
有効な戦術を編み出す指南役として、ヴァイス団長を迎え、魔法兵団を強化、戦力化していきます。
そして、魔法兵団を秘匿する拠点として、男爵領の南の護りとして、テイグーンとその一帯の統治をお任せいただきたく……」
「タクヒール、ずるいぞっ!」
ここで兄が突っ込んできた。
「ダレク兄さまは次期当主です。我々の上に立つ立場、それに、先日ソリス鉄騎兵団の団長になったばかりではないですか」
兄は、ヴァイスさんに師事してから、剣術の腕前は【達人】に、騎乗の能力も上がり軍略にも通じてきた。既にソリス男爵家では【剣豪】の3人を除き、最上位レベルになっている。
そして、今後も更に伸びること、一軍を指揮させればとんでもない力を発揮することを俺は知っている。
「以上が父上の『問』に対して、私が考えている『解』となります。父上のご存念や如何に!」
ここまで言って、俺は思いっきり悪い笑顔になった。
「……」
父は沈黙してしまった。
「完全に貴方の負けですわ。今度は貴方が、智者の提言を受け入れる度量を試される時ですわ」
母が笑って話していた。
そう、俺が一番敵にできないのはもちろん母だ。
自分から言い出したことに、父は頭を抱えていた。
なかなか言い出せなかった事を、偶然にも父の悪戯心から、言い放つ機会をもらえ、俺は少し嬉しかった。
「採るべき点はあると思われる、が、しかし……」
「あ・な・た!」
「献策に対し、できうる所から実施……、しようと……」
「そ・れ・で?」
「魔法士含め、魔法兵団はやはり私が……」
「ピキッ」
母の笑顔がまた凍り付いた。
「ひっ!」
父の悲鳴が聞こえたような気がした。
「ま……、魔法兵団に関わること、テイグーン一帯の領主として、正式に認める」
「だ・れ・を?」
「本件、す……、全てタクヒールの提言を認めるものとし、魔法士及び魔法兵団、テイグーンをタクヒールに全て任せる事と……、する」
「よくできました♡」
母はこの日一番の笑顔で笑った。
俺は母に深く感謝した。言いようのない恐怖と共に。
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