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第三百八話(カイル歴514年:21歳)入札の行く末

捕虜交換調印式の翌日、渋る殿下を連れてクライン公爵は、旧サザンゲート要塞を出発することになった。

俺自身、その判断は至極正しいと思う。


あのまま旧国境の関門に居たら、新領土に進出する俺たちと共に旧帝国領を見聞する、なんて言い兼ねないことは、俺も狸爺も十分に承知している。



「ユーカ、王都までの護衛おもり……、どうか頼んだよ」



「はい、ただ殿下なら私達が護衛されそうですけどね」



「まぁ、ここからなら王都まで、主要街道で道なり真っすぐだし、ブルグのコーネル伯爵には既に先触れを出しているから、そんなに問題もないだろうけど」



「ええっ! そちらですの? 

折角テイグーンかイシュタルに立ち寄れると楽しみにしてましたのに」



ほらね、やっぱり思った通りだ。

テイグーンかイシュタルではない筈だ。アイギスや以前ゴーマン伯爵(当時)が守備した、魔境の関門を拠点にして、どうせ魔物掃討とか言い出すつもりだったのだろう。



「絶対に! ダ・メ・で・す!

第一に、私が不在中に魔境に入るなんて、もっての外です。絶対に許可しませんよ。

第二に、殿下にもしものことがあれば、陛下だけでなくクリューゲル陛下にも申し訳が立ちません。

第三に、殿下が動けば、多くの人たちが巻き込まれます。私には無用の混乱を防ぐ責務があります」



「なんか……、公王になられてから私に、一層厳しくなったのではありませんか?」



「ええ、小心者が望外の立場に昇進し、調子に乗っているだけです。器の小さな奴と笑ってやってくださいな。

ついでに申し上げると、ここは王国ではありません。なので、公王の命が優先します」



「ぐぅっ……」



俺は胸を張ってそう言い切り、無理矢理に殿下を出発させた。

そして、不安要素の一つが解決したので、今度は別の課題対応に頭を切り替えた。



「バルト、朝の入札の結果はどうだった?」



「それが……、なんと申し上げたら良いか……」



ん? あの時の飴とムチが効かなかったのか?

バルトの様子を見て少し不安になった。



「いえ、調達は無事に済みそうです。

依頼リストは全て埋まりました。しかも、想定価格の範囲内で。ただ……」



「どうした?」



「応札された内容ですが、見事に商人同士の被りが無いんです。一部の零細商人を除いて……

まるで全員が申し合わせたかの様に、綺麗に配分して応札して来ました」



成程な。一寸の虫にも五分の魂。

そう言うことか……

やられっ放しじゃ済まない、商魂たくましい所を見せたい、彼らの気持ちはそんな感じなのだろうな。



「これは彼らの意思表示だろうな。今回は誠意を以って対応するけど、いざとなれば全員で団結して、牙を剥けると。まぁ気にしなくてもいいよ」



「それとあの……」



まだあるのか?



「建設資材や人足についてですが、この三つの商会のみ応札して来ているのですが……」



そう言って見せられたリストで、俺は飲みかけたお茶を吹き出しかけた。



人足手配 ドゥローザ商会

建設資材 ケンプルナ商会

材木関係 アストラル商会



「……」



あからさまやんっ!

しかも、ネーミングセンスもへったくれもないし。



「抑えるところは抑えに来た、そう言うことだね」



「はい、他に応札者もなく、この3社の応札額も至極妥当でした。

しかも、それぞれが我々に有利な提案を示して来ました」



「どんな?」



「ドゥローザ商会は……

多少の重労働も可能な屈強な男たち五千名と、各種職人500名、人足の食事や世話などで働ける女性たち500名を手配可能だと」



「なるほど……、元スーラ公国兵、それと、ジークハルト殿の言っていた『自称移住者家族』か……」



「彼らは追加提案で、理解に苦しむ内容を提案してきています」



『人足たちの中に、両国の不和を願う不届き者が紛れ込み、情報収集や不当な扇動を行なって来る可能性が多いにある。

我々はそういった者たちの洗い出しと、告発に進んで協力する』



「はぁ……、ごめん、続けてくれ」



「他にも、ケンプルナ商会、アストラル商会はそれぞれ、帝国内の石材の産地と木材の産地を抑えているそうです」



「こちらも追加提案が有ると?」



『産地を抑え、資材は確保はしているが、輸送には幾つかの貴族領を通過する必要があり、そこで莫大な通行税を要求される可能性がある。なので、ある条件を呑んでくれれば、今の提示価格を二割引くことが可能』



「彼らはそう言っています」



「条件?」



「彼ら曰く……

『公王の持つ特別な輸送手段(時空魔法士)が有れば、公国から暴利を貪ろうとする彼らの目論みは潰え、双方に益をもたらすだろう』と」



「ははははは」



もう笑うしかない。

予めしっかり俺たちの動きを想定し、何段階にも手を打っていた、そう言うことか。



第一段として、帝国内の戦略物資を先に抑える。

第二段として、商人が連合してぼったくる算段。

第三段として、たとえぼったくれなくても、俺たちが組まざるを得ない提案を、裏に持っておく……



「これで、ジークハルトの反対勢力は、甘い汁を吸えず、しかも、情報戦で劣勢となり、我々を撹乱することができなくなる……、と言うことか。

片や彼らは、我々の懐に益々食い込んでくる」



「はい、私もそれを危惧しております。

あからさまな商会名といい、提案内容といい、彼らの思惑が不気味でなりません」



これがあの時、ジークハルトが言っていた、

『末長く付き合うための真っ当な誠意』か?

それとも……



「先ずは彼らの思惑に乗ろうと思う。決して油断はできない相手、だが……

俺たちが阿呆でない限り

俺たちが和平を望む限り

俺たちが武力を持つ限り

そして……

俺たちが新領土を潤す限りは、彼らは背を向けることはないと思う。俺の勘だけどね……」



「了解しました。これでイズモの開拓と、クサナギの建築、周囲の防衛網構築には、目途が立つと思います」



「これで最初の報酬は、この三社が独占するか……」



「ですね……、おそらくこれ以上の提案は、もう出てこないでしょう」



「輸送に当たっては、今回王都に派遣を依頼した、時空魔法士を充てる。バルトやカウルも同行してもらうこともあるかもしれないが、彼らの前では力を見せないでほしい」



さて、どうする……

他に抜け漏れはないか?



「バルト、それに加え、敢えて一回に運べる量の三分の一は、通常輸送にしてくれ。

対価は掛かっても構わない。むしろ、帝国内の貴族たちの反応が見たい。

もう一つの懸念もある。全ての魔法士に対し、その力の使いどころを考えて抑えること、使用には慎重を期してほしい旨伝えてくれ」



俺は俺で、思惑に丸ごと乗るのではなく、それを活用しながら能力の一部を隠蔽する手段に出た。


そして、俺の中での懸念……

時空魔法士だけではない。帝国に魔法士たちの力、その全てとは言わずとも、力量を推し量られるような対応は慎むべきだと。


◇◇◇


タクヒールのこの懸念は、的を射ていたようで実は的外れでもあった。

彼が、過去と未来を紡ぐ歴史が織りなした、偶然から生み出された産物を、何も知らないのは当然の話だった。


本来、帝国では魔法士の存在は非常に稀有で、その偶然生まれる彼らはとても希少で、貴重なものだった。

もちろん彼らが、初代カイル王からカイル王国に綿々と受け継がれて来た秘事を知る由もない。


だが、ケンプファー家だけは特殊だった。

それは、ケンプファー家の中興の祖ともいわれる、500年程前のジーク・ケンプファーの時代から、運命付けられたことだった。


彼は……

・初代カイル王に協力し、王国創成期に力を貸した

・その見返りに、触媒となる当時も価値の高い大量の魔石を送られていた

・魔の民の末裔、当時はまだ魔境が広がる世界で、人外の民を積極的に保護していた唯一の存在だった

・ジーク以降も、人外の民を保護し領民とする施策は、その後も代々受け継がれていた

・ケンプファー家には、ジークが隠匿していた秘事と魔石が、代々受け継がれていた


その結果当時、ケンプファー領には大量の人外の民が流れ込み、魔の民の血統は帝国領の中でも受け継がれていった。更に、その血の濃さは、他領と比べ物にならないもので、今のカイル王国に匹敵するほどだった。


そして500年後、変わり者で先祖の残した秘伝に興味を持ち、それに関わる幾多の書を愛読し、魔境に関心を持つ当主が誕生することになった。



ただその誕生すら、タクヒールの歴史改変によるものだった。


・歴史の改変によりジークハルトは世に出て、かつてないほどの権限を得るに至った

・カイル王国からかつて、王族の婚姻により流出した教会が旧ローランド公国内にあった

・第一皇子陣営の衰退と伴に、その教会がある地域一帯の内政を、ジークハルトが掌握した

・王国内の反乱で罪を逃れるために、教会に席を置く首謀者一族が、帝国へと逃れた


彼らが逃れた先はもちろん、ジークハルトが統治する北部辺境域だった。

そして彼らは、帝国での生活の対価として、知りえた知識をジークハルトに売っていた。



これらの偶然が、全てジークハルトという魔境と魔法士に並々ならぬ関心を持つ男の元に集まり、カイル王国側が秘匿し続けていた内容の一端を、彼は知ることになった。



ジークハルトは驚喜し、彼の趣味とも言える研究に没頭し、試行錯誤を繰り返した。


ケンプファー領に限らず、人外の民には、祖先の魔の民の属性を示す魔石を、家宝として代々受け継いで来た者たちもいた。

彼はその手掛かりと、あやふやな伝承を元に、管理下にあった古い教会にて、数打てば当たるくらいの勢いで適性確認の儀式を行った結果、極秘裏に数名の魔法士を復活させていた。


その中にはもちろん、先の大戦で第一皇子陣営を出し抜いた、時空魔法士も含まれていた。



だが、彼の抱えていた触媒となる魔石も、無限に有る訳ではない。

そこから導かれたことが、帝国内での魔境の復活だった。



歴史とは時に、小さな結果の結びつきが、思わぬ事態を生み出す母体ともなる。

帝国側でも既に、前回の歴史とは大いに異なる、全く新しい道を歩み始めていた。


いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『兵力再編』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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