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第三百六話(カイル歴514年:21歳)望まぬ対面

旧国境に設けられた関門周辺の天幕では、帝国と王国との間で条約の締結がなされ、それぞれの担当者は実務作業に忙殺されていた。

この過程のひとつとして、第三皇子は、本人が『最も不愉快でできればしたくないこと』、そう言っていた対面を行わなければならなかった。


そして遂にその時が来た。



「グロリアスよ、此度は大きな失策であったな。

しかしこれも、其方が望んだ戦だ。信賞必罰は我ら武門に生きる者にとって当然のこと」



第三皇子は、大きな天幕に設けられた広間の、一段高いところから、第一皇子を見下ろして鷹揚に言った。

第一皇子は、その屈辱に耐えながら、青い顔で震えている。



「……、グラートよ。正式に皇位を継承するまでは、立場は対等のはずだ。

だが、今は敢えてこの恥辱を受け入れよう」



その様子を見て、グラートは冷笑した。



『ふん、対等なのは形式上だけの話であろう。

軍備や政治的にも、そして人望でも、もはや雲泥の差となっていること、こ奴は気付いておらぬのか?

相変わらず尊大な奴だな。少しは性根を入れ替えたかと、淡い期待した俺が愚かだったか?』



そう思ったが、勝者としての余裕、懐の広さを見せなければならない。

この場には、中立派や日和見を決め込んでいた者たちも列席しているのだから。



「其方もさぞ不自由な生活であったことだろう。同じく今日戻って参った彼らと同様にな。

これより帝都でゆっくり羽を伸ばし、傷付いた翼を癒し、戦没した兵たちの御霊を弔うがよかろう」



その言葉に応じ、虜囚となっていた第一皇子派の貴族、ハーリー公爵を始め11名の上位貴族たちが広間へと招き入れられた。



「先ずは我らが、無事に帝国に戻れるよう労をかけたことに関し、礼を言わねばならんだろう。

それなりに痛い代償を支払わされたようだがな。そしてお前たちも皆、この場で礼を述べるがよかろう」



そう言って、彼の後ろに並んだ彼の親派 (シンパ)たち、同様にカイル王国の虜囚となっていた者たちを促した。

グロリアス自身、虜囚となった間は、彼らと面会することすら叶わず、ただ息災でいると聞かされていただけであった。



「我らは帝国の名誉を損ないました。このように生き恥を晒し、帝国に多大な迷惑をお掛けしたこと、心よりお詫びいたします。そして、グラート殿下の温情に縋り、敢えて申し上げます。

どうか、再戦の機会を! 我らに、名誉を回復する機会を何卒!」



「やめよ! 見苦しいぞ!」



そう彼らを叱りつけて制したのは、グラートではなくグロリアスっだった。

そしてその様子をグラートは冷めた目で見ていた。



「我らは既に、再戦を望む武力も財力も失っておるわ!

グラート自身がこの度は所領を失い、我らは自身の所領を失っておらん。その意味が分からんのか!」

(もっとも、奴が失ったそれも、元々は我らの陣営に属する領地、実質奴は何も力を失っておらんが)



「はっ、ま、誠に失礼いたしました」



そう言って、全員が床に膝を付き、平伏して非礼を詫びた。



『見え透いているな……』



グラートはそう小さく呟いた。声にならないほどに。

彼には、事前にジークハルトから忠言されていたことがあった。



『万が一、グロリアス殿下が、ただ状況を理解せず、再戦と自身の失地回復を見苦しく叫ぶだけなら、逆に放置していても今後の障りにならないでしょう。そのこと自体がご自身を貶める形になりますし……、この先誰も支持しないでしょう』



奴自身にこのような振る舞いはなかった。

その臣下にはあったが……



『ですが、殊更卑屈に振舞ったり、分別を弁えたような振る舞いをした場合、これはこの先、形振り構わずあがき始める前兆です。まっとうな手段では敵わぬこと、それを理解した証と言えるでしょう。

かの御仁は、絶対に本心からそういった行動をされるお方ではないので……』



正に奴の今の行動が、正にそれではないか!


グロリアスはまだ帝位を諦めていない。

そのことを瞬時に悟ったハーリーは、老獪にも自身が見苦しく振舞うことで、殊更その意図を隠そうとしている。まぁそんな所か? 

奴自身は、矜持の高さから役者になりきれていないが……



「まぁ良い。俺も何かと忙しい。先ずは半年ぶりに再会したのであろう。

敵地と言えどこの天幕の中は帝国領である。遠慮なく互いの無事を祝い、旧交を温めなおすがいい」

(どうせ、陰謀を巡らす会合となるのであろうがな。その辺りはあの狐が何とかするだろう)



「重ねて、其方には心より礼を申す。今後は、新しき帝国のために、尽力したいと……、思う」



そう言って深く頭を下げると、第一皇子ら一行は会見の間を辞し、彼らにとっては今や針の筵である、帝都や各自の所領へと旅立っていった。

彼ら自身、この時点では返還された捕虜の数、そして彼ら自身も含めて、失った莫大な財貨の大きさをまだ知らない。


詳細を知り、真に蒼褪めるのはまだ先のことである。



第三皇子グラートは、最も不愉快な対面式を終え、大きなため息をついていた。

この後は、場所を変えて彼が望んでいた対面がある。


以前より興味を持ち、配下の狐ですら並々ならぬ興味と関心を示していた男と、非公式の対面が。

彼の心は、既にそちらへの興味に満たされていた。



帝国の皇位継承者である二人が、互いの無事と友誼てきいを確認しあっていた頃、タクヒールは懸案事項の確認のため、捕虜家族の受け入れと、その確認に奔走するクレアやヨルティアの元を訪れていた。



「クレア、ヨルティア、お疲れ様。こっち(商人対応)は落ち着いたけど、そちらはどうかな?」



「そうですね。今回は信頼できる子たちを100名ほど連れてきています。先ずは確実に間違いのないと思われる呼び寄せ家族を優先して、対応を進めていますが、こちらは順調です」



「ん? どうして間違いがないだろうと判断できるんだい?」



「帝国から渡されたリストには、それぞれ印が付けられていましたので……」



そう言ってクレアは苦笑して見せた。

実際に渡されたリストを見ると、〇、▲とそれぞれ記されていた。



「ははは、ジークハルト殿も、前回は悉く見破られて懲りたのだろうな?

今回は本人の意に反して、偽物を紛れ込ませることに嫌気がさしたのかもしれない。

まぁ、その印自体が安心させる罠の可能性もあるけどね」



「はい、その前提で私たちも動いています」



「所でこの先、確認を進める上で『たまたま間違いであった』家族はどうなさいますか?」



そう言うと、ヨルティアは▲印のついたリストを俺に見せてきた。



「総数はどれぐらいだい?」



「500家族ほど居ますが……

まぁ全てが間違いであるとは限りませんが、明らかに捕虜の家族ではない者たちは、返還しますか?」



「うーん……、今回返還される捕虜の名前と照合して、そこにも該当や可能性がない場合に限り、本人たちにその意思を問おうか。戦死した兵の遺族で、帝国側に身寄りもなく暮らしに困っている者たちなら、俺たちは喜んで受け入れる。

ただし、一定期間登録カードは、正当な呼び寄せ家族と異なり、D群、一時滞在者と同様にしておこう」



そう、俺たちは帝国側の領地に住まう者たちについて、新たに数種類の登録カードを用意していた。



(A群)

①ウエストライツ公国の出身者で、魔境伯領に登録のある者たち

②ウエストライツ公国の出身者で、上記以外で登録のある者たち

(B群)

③公国以外で、カイル王国の出身者たち

④帝国軍の捕虜で、移住を希望した者とその家族

(C群)

⑤今回割譲された領地の住民で、もともと帝国側の領民たち

(D群)

⑥新たに、帝国側の新領土に移住を希望する帝国の者たち

⑦帝国側の人間で、新たに工事や事業に携わる一時滞在者たち



これらの種分けによって、旧国境の関門通過や、各都市での往来などについて、『暫定的な一時措置』という前提で、差を設けていた。

関門など各所の検問、旧魔境伯領の受付所などで、当面の間は対応が区別される。


もちろん、それぞれの出身区域でなら何の格差もないが、公国内で旧国境の行き来、帝国領から公国への行き来にはチェックが入る。



ここでは、家族の確認だけでなく、全員の情報を登録し、ひとりひとり登録札の金属プレートを渡すところまで、一気に進めている。


人数が人数だし、経験豊富な彼女たちでも、おそらくは半日仕事で、当分は慌ただしさが続くだろう。



「了解しました。ではそのように対処します。

後日送られてくる、『帝国側でも確認が取れない家族』についても同様でよろしいですか?」



「うん、それでお願い。あと忙しいなか、人手を借りるのは本当に申し訳ないけど……」



「あ、そうでしたね。こちらは大丈夫です。何よりも大切なことですから」



「ごめん、クレア」



そう言って忙しなく動き回る彼女たちの戦場を後にした。



この後俺には、望まぬ対面が待っていた。

そのためにも、ちょととした小細工は行っている。



「さて……、少し早いけど、声を掛けて向かうとするか……」



そう呟いて俺は、重い足を前へと進めていた。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『望まれた対面』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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