第三百四話(カイル歴514年:21歳)張り巡らされた罠
後書きにお知らせを記載しております。
ジークハルトとタクヒールが、目録の確認作業にかこつけた、目に見えない戦いを繰り返している間に、帝国側から支払われる身代金となる金貨の確認も終わっていた。
第三皇子グラートと、第一王女クラリスが調印書にサインを行い、両国の印が押印されると、正式に休戦協定が締結され、領土の割譲及び対価の支払い、捕虜の返還が実効的なものとなった。
「さて、先ずはめでたい!
これで長年相争った両国が、晴れて手を握り、互いに新しい未来へと歩むこととなったな」
「そうですね殿下、私共からはこの和平を記念して、また、グラート殿下の皇位継承をお祝いして、お贈り物を用意して参りましたわ」
クラリス殿下はそう言うと、傍らに控えていた従者に目配せした。
暫くして、二人の従者は慎重に、覆いのかかった立像のようなものを会議室に運び込んできた。
「こちらは、武人としても誉れの高い、グラート殿下にこそ相応しい逸品と思われます」
そう言って殿下は、勢いよく覆いの布を取り払った。
「おおっ!」
「こ、これは……」
「み、見事な」
「鎧が……、虹色に光り輝いている」
帝国側の、特に武官たちが目を輝かせ、感嘆の言葉を漏らしている。
「カイル王国の職人が、丹精込めて作り上げた最高の品です。素材には、フェアラート国王、ウエストライツ公、そして私自身が共に魔境に入り、討伐したクリムトの鱗がふんだんに使われております。
皇帝となられる大事な御身を守る、鎧となってくれるでしょう」
殿下はドヤ顔でその品を披露していた。
あれ? そう言えば……
クリムトの鎧って、戦勝式典に華を添えるため、殿下が父親であるカイル国王に贈る、そう言ってませんでしたっけ?
「あんなわからず屋には、いい薬ですわ」
複雑な表情の俺に、殿下が小さく呟いた。
婚礼のことでまた、俺の知らない間に王宮で一悶着あったのだろうか?
俺は国王陛下が涙目になる姿が浮かんだが、敢えてスルーした。
狸爺はその事情を知っているのだろう。蒼い顔をして冷や汗をかいている。
「殿下自らが魔境に入り? 伝説の魔物と言われる……、クリムトの鎧を俺に?」
グラート殿下は、驚きのあまり席を立ち、かぶりつくようにその鎧を眺めている。
高揚した様子の表情で……
「ふむ、この贈り物の意味は大きいですな。
これでカイル王国、ウエストライツ魔境公国、フェアラート公国は、グラート殿下の皇位継承を認めたこと、公的に支持すると報じたに等しい」
団長の言葉で、俺も改めてその意味に気づいた。
確かにそうだ、でもまぁ、これは王国が既に決定した既定の路線でもある。
反乱軍と第一皇子陣営が結んでいた以上、フェアラート公国としても、同じ結論だろう。
しかし……
「殿下、あの……、公国側への承認は?」
「クリューゲル陛下には、ご賛同いただきましたわ。あれからも、文の遣り取りは頻繁に続いておりますもの。だから折角サラームで……」
ソウデスカ……、ご馳走様です。
最後の一言は、聞かなかったことにしますね。
「クラリス殿下、改めて深く、深くお礼申し上げる。
望んだだけでは決して手に入らないもの、それがクリムトの鎧だ。武の道を進む者にとって、これは最高の贈り物と言えるだろう」
『え? そうなの? ……』
価値が高いこと、その防御力は比類ないことを俺は知っていたが、大事な妻や身内、魔法士たちとはいえ、バンバン周りに配りまくって俺のやってたことって……
「グラート殿下、同じく武の道を志す者として、かつての私も同じ気持ちでした。
私もこの鎧を贈られた時、もし同時に求婚されていれば、間違いなくその方の手を取っていたと思います。
まぁ今は……、そんな事はどうでもいいお話ですけどね」
「ドウデモイイオハナシ……、ナンデスネ」
「クラリス殿下には、礼節を以て使者を整え、改めて返礼の品を用意させる。
3国の思い、この鎧にて確かに胸に刻ませていただいた!」
グラート殿下の万感の思いを込めた言葉と共に、調印式は締めくくられた。
※
さて、国対国の儀式は終わった。
でも、俺にとってはここからが本番だ。未来のための戦い、剣を伴わない商戦という戦いがこれから始まるのだから……
クレアとヨルティアに指揮された、家族受け入れの確認を行う100名余りの受付所部隊が、それぞれの家族と面談を行っている中、俺はジークハルトが集めてくれた、商人たちと会うことになった。
俺自身、ティア商会を除けば、直接商人と遣り取りすることはまずない。
これまでも基本的に、誰か仲間を介して対応を進めているし、古くからのお抱え商人たちでも、直接顔を突き合わせて話すのは、新年の宴の場ぐらいだ。
それぐらい忙しかったこともあるが、バルトやヨルティア、ラファールたちが優秀で、俺のすることが無かったとういうのが、主な理由だ。
なので商人たち、まして帝国に比重を置く商人たちは、まず俺の顔を知らない。
仮に面影程度は知っていても、平服に着替えてラファールやバルトに交じっていれば、常識的に言って、先方もまさか公王とは思わないだろう。
「さて、これから彼らの心底を確かめるとしますか……。いや、彼の罠を食い破りに行く、といった方が正しいかな?」
ともに移動する、バルトとラファールにおどけて話しかけながら、俺たちはジークハルトが用意していた天幕に入った。
「今日は皆さん、ご足労いただき誠にありがとうございます。
今回集まっていただいたのは、我らが新しく帝国内に得た領地、その開発事業に関する調達の依頼です」
冒頭にそう挨拶した俺は、集まった彼らの顔をゆっくりと見渡した。
誰もが海千山千、百戦錬磨の商人らしく、上辺では満面の笑顔を浮かべているが、何を考えているか分からないような男たちばかりだった。
「せっかく時間を掛けてここまで来たんだ。俺たちの眠気が覚めるような、商談を期待してますよ」
彼らを代表したひとりが、どう見ても上から目線と感じる言葉使いで、話し掛けて来た。
まぁこの辺も予想通りかな?
「はい、善処させていただきます。
まず発注したいのは、この先3か月の2万人規模の糧食、仮設住宅1万軒分の資材と日用品、そして街の造成、治水工事に関わる建設資材などです。詳細の発注内容は、これからお配りする書面に記載されていますので、先ずはそちらをご覧ください」
そういうと、そこに集められていた大小50近い商会の者たちに、発注予定品目のリストが配られた。
だが、受け取った者たちから上がった声は、ネガティブなものばかりだった。
「時期が悪いな。冬を越し収穫前となると、穀物もそれなりに値が張るし、ましてこの量じゃなぁ」
「今日の今日言われても、集められるかどうか……、まぁそれなりに対価は覚悟いただかないと」
「これだからお役所仕事はいけねぇ、段取りってものがあるだろうが」
「建設資材はある程度買い占められているからなぁ、調達するには骨折りですぜ」
そんな声が上がるのも、むしろ予想の範囲内だった。
誰もが難しいと言いながら、目だけは別だった。
美味しい獲物を目の前にしたような、そんな目付きをしていた。
「旦那、この想定価格ってのは、何だい?」
「もちろん書いてある通りです。これは調達に当たり、こちら側で想定している価格や単価です」
「ああ、だから素人はいけねぇ。いいかい旦那、商売する上で価格ってもんは相対的なものだ。
需要が高まれば価格は上がるし、物が無ければもっと上がる。それを一気に購入ともなれば在庫は底をつき、価格は何倍にもなるんだよ」
「どうやら旦那方は、流通ってものもご理解されていないと見える。
スーラ公国ではなんとか庶民でも手が出せる砂糖も、帝国を経由して北の国々に卸される時には、とんでもない値段になるだろう。荷はタダでは運べない、人手や馬、そしてそれらの人や馬の食糧や宿代、各所を通過するのに必要な税も上乗せされるんだ。
それが丸っきり考えられちゃいねぇな」
「そうだな、こんな価格で取引する奴がいたら、見てみたいもんだぜ。わざわざ商売で赤字を作るなんて、商人と名乗るのもおこがましいや。楽観的に見積もっても、少なくともこの想定価格の倍は必要でしょうな」
はいはい……、よーく分りました。
思いっきり根回しされていますね。いや、しっかり躾けられている、そう言った方がいいのかな?
俺たちはバルトやこれまでも直接関わりのあった商人たちに協力を仰ぎ、綿密に市場と価格、流通経費を計算した上で、正当な利益を上乗せして想定価格を算出した上で話しているのだから。
「続けますよ。調達は基本的に三か月単位で行い、その都度市場の様子を見て想定価格を変えます。
先ずは第一回の募集ですが、我々は複数の商会に発注して……」
「だからその想定価格が間違っていると言っているんですよ! こんな価格で応じる者など、帝国内におりませんよ」
「旦那方、いいのかい? このままじゃ何も調達できなくなって、ご領主様にも迷惑が掛かるぜ」
いやいや、ここまであからさまだと、逆に笑い出しそうになってしまう。
俺は途中から、どこまで引っ張って楽しもうか? そんな考えにシフトしていたぐらいだ。
「そうですか? 我々も市場を調査して……」
「いやいや、どこの市場だい? まさか……、カイル王国の市場じゃないよな?」
「しかも調べたって、まさかテイグーンとかじゃねぇよな? 自給自足できる街の価格とは全く違うぜ。この時期にその量だと、食料なんかは帝国中からかき集めなきゃいけねぇんだ。
それを分かっちゃいねぇな?」
だが、そろそろ良いかな?
そろそろ、クレアやヨルティアの様子も見に行きたいし、いつまでもここで遊んでいる訳にもいかない。
では、教育的指導の時間を始めようか……
俺は、自身の中のスイッチを、意図的に切り替えることにした。
いつもご覧いただきありがとうございます。
いよいよ今日、書籍版の二巻が発売されます!
そう言えば、書籍化が決まったのがちょうど一年前。
長いようであっと言う間だった気がします。
ここに至れたのも、小説を読んで支えていただいた皆さまのお陰です!
本当にありがとうございます。
そして、帯にも記載の通り、既に三巻の発売も決まっており、改めて皆さまのご支援に御礼申し上げます。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
次回は『商人たちに向けた秘策』を投稿予定です。