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第二百九十六話(カイル歴514年:21歳)新しい年、新たな歴史(新参者たち)

予想外の論功行賞が終わり、俺たちは晴れてテイグーンに戻ってきた。

新しく貴族となった者、陞爵した者の任命式や、団長やアレクシスの印綬儀式、報奨金の受領など、慌ただしく王都で過ごした後の帰還だ。


正直、色々桁違い過ぎて、逆に実感が沸かない。

テイグーンに戻っても、凱旋式や勝利祝賀会などで3日3晩祝宴が続き、あっという間に新しい年、俺が前回の歴史でも経験していない、未知の年明けを迎えることになった。



そして俺たちは、新しい新年を迎える宴を、ここテイグーンで開催している。

ここには、新しくウエストライツ魔境公国の主要者となる者たち、来賓や主要商人、領民の代表や移住者の代表たちも招かれ、かつてない盛大なものとなっていた。


そしてこの場で、俺がカイル王国の公爵待遇、魔境公に任じられ、更に、ウエストライツ公国の公王となる旨が発表され、参加していた者たちの歓喜は、最高潮になっていた。



「それにしても、私たちはとうとうやり切ったのですね。誰よりも家族を、そして領民や仲間を思うタクヒールさまが、幼き頃よりひとりで奮闘し、懸命に努力されて描かれていた、新しい未来を勝ち取られたんですね」



「ああ、アンはずっと最初から、まだ誰も味方のいない、幼少時から俺の傍で支えてくれた。

本当にありがとう」



「そうですね。ソリス家は、今考えるとその屋台骨が傾く程の危難と苦難の連続でした。それらに対し、タクヒールさまは必死に、その危難に打ち勝つよう、手を打たれていました。私は妻としてだけでなく、共に考え、過ごすことができて本当に幸せ者です」



「ミザリーにはいつも大変な役目を押し付けちゃっていたよね? 本当にありがとう。

まぁこの先も苦労を掛けると思うけど、少なくとも予算繰りで苦労はしなくなるかな?」



「タクヒールさまに救われた、多くの命、多くの人々が集い祝うこの場に、私も参加することができて光栄です。本来なら疫病で、ここに集う人たちの多くは、命を失ってたかもしれません。だからこそ、今回の戦いでは、皆が必死に頑張ってくれたんだと思います」



「ローザ、ありがとう。ローザこそ、その疫病で多くの命を救ってくれた第一人者なんだから。

今回の戦いでも、敵味方関わりなく、多くの命を救ってくれて本当にありがとう」



「私も改めて、タクヒールさまにお礼を申し上げたいです。貧困に喘ぐ貧しき者、行き場のない未来の見えなかった者たちにも、ずっと手を差し伸べ来られました。彼ら、彼女らがこの場に参加できているのも全て、タクヒールさまのお陰です。皆を代表して、改めて御礼申し上げます」



「いやいや、クレアを始め孤児院のみんな、難民だった人たちも今や、俺たちを支えてくれる大事な戦力だからね。クレアは最前線でずっと、それを導いてくれていた。改めて、本当にありがとう」



「そういう意味では私も、家を失い身を落としていたところを、タクヒールさま、クリスさまに暗闇から救い出していただきました。不当な差別や蔑み、そんなものがなく、誰もが胸を張って生きることができ、機会を掴むことができる、タクヒールさまの領地は、私たちの誇りでもあります」



「そういってくれてありがとう。でも、ヨルティア自身、俺を含め多くの人を救ってくれたよね。この街の危難を、最初に救ってくれた時のこと、その勇気に今でも感謝しているよ。本当にありがとう」



ん? そう言えば彼女たち……

前回の歴史では、俺が正に処刑されようとしていた時、俺を見送ってくれた人たちが、今や俺の妻か。


これも何かの因縁なのかな? あ、でも、ローザだけは独自の道を進んでいるけれど……


この先、何か新しいフラグとかあるのだろうか?



そう言えばユーカは……、あ、今ゴーマン侯爵の傍らか。

流石に元ゴーヨク伯爵の娘である奥方は、遠慮してかこの場に居ないけど、今回晴れて、貴族として復権できた娘と息子、侯爵はこの二人を同行しているから。


俺からの冒頭の挨拶が済んだあと、歓談の時間ぐらいは彼方に、そう彼女を促していたんだっけ。



「折角の花園、お邪魔してもよろしいでしょうか?」



そう言って輪に加わって来たのは、ヴァイス子爵だった。

訓練や戦闘では鬼の団長も、こういった席では至極スマートで物腰も別人の様に柔らかい。



「それにしても今回の宴は、華やかさだけで言えば国王陛下、クラリス殿下がいらした時を凌ぐものがありますなぁ」



「そうですね。団長の仰る通り、長年抱いていた不安の支えが取れ、皆も心から楽しんでいるように見えますね。まぁ、目を丸くしている人たちもいますけど……」



そう、初めてこの宴に招かれ、華やかさだけでなく、これまでの常識が全て引っくり返ったような顔で、立ちすくんでいた集団が幾つか目についた。


それはまるで、最初の10人の仲間、彼らが魔法士として召し抱えられ、初めてソリス家の新年の宴に招かれたときを見ているかのようだった。


北部戦線にて自ら投降した、かつてイストリア皇王国で12使徒と呼ばれた御使い、その内の8名と同行者たちは、あまりの煌びやかさと、初めての『無礼講』に訳が分からず呆然としていた。


北部戦線の最終局面で、アウラの説得を受け入れた11名の御使いたちのうち、3名は賠償金の支払いと共に皇王国に帰国し、結局こちらに移住を決めた者は8名だった。


そのうち6名が女性なのには理由があった。


アウラから聞いた話によると、4人の聖魔法士たちは前皇王によってその尊厳を汚され、裏では日々教会内の権力者の慰み者にされていたという。


良しも悪しも、唯一カストロ大司教だけが、彼女らを庇い後ろ盾になっていたが、その彼はもう居ない。

そうなれば彼女たちにはまた、辛い未来しかない。

そして、以前とは全く違ういきいきとしたアウラと再会し、彼女たちの心は大きく傾いた。


結局、聖魔法士の4名全員、音魔法士と水魔法士の女性、風魔法士の男性2名が移住の決断をした。

ハミッシュ辺境伯は論功行賞の後、行方不明の闇魔法士を除く残る3名、彼らの返還を条件に、移住希望者の家族の呼び寄せを取り付けていた。



そんな事を思い浮かべていた、俺の視線に気付いた団長も、笑顔を浮かべた。



「ははは、彼女たちもすぐに慣れるでしょう。アウラやカーリーン、リリアが話し掛けに行ってますし。皇王国の逸材たち、今後訓練するのが楽しみですよ」



「ははは……、優しくね。

ですがこれで、うちのロングボウ兵も合計5,000名、ちょっとした戦力になりますね」



そう、ハミッシュ辺境伯は、投降し移住を希望した者たちを、魔境公国の新しい領民として斡旋してくれた。アイギスやイシュタルには、元皇王国のロングボウ兵やぞの家族が移住しており、受け入れ態勢も整っているので、彼らへの負担も少ない。


結果、3,000名にも及ぶロングボウ兵と、1,000名の歩兵の移住が決まり、その大多数は家族を待つため、今はハミッシュ辺境公の元に居る。

そして、それらの代表者15名が、テイグーンに先乗りして受け入れ準備部隊に加わっている。



「そうですな。帝国との関係は表面上安定したとはいえ、我らは彼らの土地で、柔らかい腹を晒した状態になします。彼らの参入は、我らにとって大きな力になるでしょう」



「帝国の狐、ジークハルト殿の深慮遠謀にしてやられましたからね」



そう、俺は帝国との2国間交渉、そこで交わされた国境について、重大な事実を知った。

今更なんだけどね……


帝国ジークハルトより外務卿が受け取った、新しく定まる国境線を記した地図を王都で模写し、テイグーンに持ち帰った後、マスルールや屯田兵、帝国移住者連絡会の面々とその地図を見て協議した。


そこで俺は、ゴート辺境伯やブラッドリー侯爵、マインス伯爵などの旧領について、帝国側に都合の良いように改ざんされていた事実を知った。


『伊達政宗かよ!』、その事実を知ったとき、俺は思わず呟いたくらいだ。

ニシダの好きな歴史小説で、秀吉の奥州仕置きの際、新しく得た領土をやむを得ず返上せざるを得ない時、ちょっとした仕掛けを行った上で、旧領と偽ってちゃっかり相馬郡を取り込んでいた、そんなエピソードを思い出していた。



「ですな、あの男は決して油断ができません。そして我らはまだ、一度として彼に勝利できていません。あの智謀は恐るべきものだと……」



「そうだね、俺たちはこの先も、彼とはより深く関わり続けなくてはならない。対策は……、頭が痛いな」



「魔境騎士団も、なお一層の戦力強化を図っていきます」



そんな話をしていると、ある場所が俄かに賑やかになった。

まぁ……、なんとなく予想はついていたけど。



「旦那! 折角の宴ですよ。酒も良いですが、我らにも女神殿にご挨拶させてくださいよ」



「そうだ、酒の御使い様とはいえ、我らの御使い様の独り占めは良くないですぜ」



「はははっ、グレン、ギース、アラン、レイム、お前たちは新しく仲間になった御使い様たちの傍に行ってたんじゃねぇのかよ?」



「挨拶は行きましたよ。でも、俺たちが最も敬愛して止まないのは、マリアンヌ様とラナトリア様、お二人の女神様だ。これだけは譲れないぜ!」



「ってかグレン! お前ももう準男爵だろうが。同格のマリアンヌは別として、ラナトリアは騎士爵、お前から『様』は違うんじゃねぇか?」



「ははは、旦那、分かっちゃいねぇな。今はありがたい無礼講というものだろ? 爵位なんか関係ねぇ。

そして、無礼講でも女神様は女神様だからな」



ラファールに軽口を叩く者たちは、俺が初めて皇王国と戦った時に捕虜となって以来、ずっとラファールの飲み仲間として、かつ、命を救ってくれたマリアンヌとラナトリアを崇拝し続けている。


その中でもグレンは、総指揮官のクリストフから1,000名のロングボウ兵を預けられているほどの優秀な男で、今回の論功行賞では、俺の推薦により準男爵の地位を得ている。

また、他の者たちも実は、騎士爵を得ていたり、100人単位を束ねる隊長だったりする。



「はははっ、一本取られたな。女神様を囲んで、皆で楽しく飲もうぜ!

おいっ! ハリムにザハーク! お前らも隅っこで小さくなって飲んでないで、こっちに来いよ。

お前たちの女神様ヨルティアは、まだ暫くは公王様の花園にいらっしゃるだろうからな」



「あら? 私ならここにいるわよ」



「げっ、姉さん」



「『げっ』はないでしょう。楽しそうだから来てみたのに。サリムさん、ザハークさん、この人の傍なら遠慮しないで済むわよ。何せ、毎日が無礼講の人ですもの。さぁ、一緒に飲みましょう」



「は、はいっ、喜んで!」



「あとラファール、ここは無礼講で公式の場ではないわ。なので『公王様』はダメでしょ」



そう、俺は式典や公式の場以外、公王と呼ぶことを禁じていた。

王様なんて、なんか偉そうで嫌だったし、そこに生まれる距離感がもっと嫌だった。

そのため、昔からの仲間は俺のことを、『タクヒールさま』、『魔境公』、単純に『公』と呼ぶ。



「あの……、アウラちゃん、あれってありなの?」



すぐ近くで陽気に盃を交わす、ラファールたちの様子を見た元皇王国の御使い、シオルが思わず驚きの声を上げた。


カイル王国の貴族と平民、それも元皇王国のロングボウ兵たちが、肩を組んで飲んでいる。しかもそこには、新たに仰ぐべき主君、そして公王となる方の奥方まで、座に加わって盃を交わしている。



「ええ、シオルさん、だって今日は、無礼講ですもの」



シオルはそれを平然と答えて明るく笑う、アウラにも驚いた。



「本当に……、皇王国の常識からは考えられないわ。

誰もが生き生きと楽しむ、明るい世界がここにあるのですね。かつて捕虜だった同胞が抜擢され、貴族にまでなる。そんな……、夢のような世界が……」



シオルは改めて驚愕し、気付けば涙を流していた。

皇王国で籠の中の鳥として囲われ、辱められていた辛い日々と比べて……


そして、こんな国を自分たちは、同胞を虐げる悪魔の国、そう言って攻め滅ぼそうと刃を向けていたことを思うと、心より申し訳なく思った。



「シオル、私も同じ気持ちだ。アウラは同じ風魔法士として、故国でも我が妹のように接していたが……。私の知る彼女は、いつも張り詰めた顔をして、何かに怯え、殻を閉ざしていたように思う。

今の彼女を見ると、猶更だな。先程まで戦った敵すら敬い、命を救い、功ある者は取り立てる。

これがこの国の流儀か」



「ですね……、私たちもまた、御使い様とかしずかれていた、過去の自分と決別しなくてはならないようです」



彼らの隣では、皇王国出身の者たちと同様に、驚いて固まっていた一団が居た。

それは、屯田兵、帝国移住者連絡会に混じり招待されていた元鉄騎兵の代表者たちだ。


彼らは今回の戦いで捕虜となったが、

『我らが受けた恩を返すまで、当分故国には帰らん』

『故国に翻る、第三皇子の軍旗を仰ぎ見たくはない』

そんなことを言って、第一皇子と共に故国に帰ることを拒み、移住を申し出た者たちだった。



「マスルール殿、我らは……、悪い夢でも見ているのだろうか?

彼らは元々敵同士、かつては互いに戦った者同士と聞いた。だが、あれは、長年辛苦を共にした戦友の様ではないか?」



「ははっ、アイゼン殿たちが驚かれるのも当然です。ですが、これがこの国、いや、あのお方の流儀です。だからこそ我らも、この国に移住し、今回の戦いで祖国と皆さま方に、刃を構えることを自ら望みました」



「ふむ……、ドゥルール殿が話されていた事の真意が、やっと今分かった気がする。

捕虜収容所のマツヤマ方式も、自身が体験して初めて理解できたが、これがこの国の在り様か……」



そう、彼は先の戦いで、ハーリー公爵から忌避され、武装解除された鉄騎兵と共に、負傷兵の護衛を命じられた鉄騎兵で、アイゼン、フェロー、フェルム、ヤウルンはその代表格だった。

その後4人は、エロールに傷病者の保護を求め降伏を申し出ることを決断し、アイゼンが単身で使者となり交渉に臨んでいた。



「我らは自らの命、傷ついた仲間たちを救ってもらった恩を、温かく迎えていただいた恩を……

この先返して行かねばならぬな。我らの名誉にかけても。

幸いマスルール殿はこの国に認められ、新たに貴族となられた。これも我らの心の拠り所となるだろう」



各所で新参者たちに対して、意図しなかった演出がもたらされた宴は、その後も大いに盛り上がり、その日の夜遅くまで続いた。



タクヒールが望んだ、4か国の民が共に笑い、共に楽しみ、ともに苦難を乗り越える、四族協和の世界が今まさに、始まろうとしていた。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『新しき道の始まり』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] >そう、俺は式典や公式の場以外、公王と呼ぶことを禁じていた。 ヨシ!『魔王さま』と呼ぶのは禁じられていないぞ!
[一言] ローザも嫁さんに成ると思ってた。 久しぶりに人物紹介シリーズも見たいね。
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