第二百九十三話(カイル歴513年:20歳)論功行賞③ 新しき未来
話は少し前に遡る。
それは論功行賞が行われる前日のことだった。
論功行賞のため、王都に集った者たちのうち、密かに王宮の一室に招かれた者たちがいた。
その旨を誰に告げることも禁じられて……
そこに居合わせたのは、ゴーマン伯爵、ソリス伯爵、ソリス子爵、コーネル子爵、そしてファルムス軍の三男爵たち、そして何故か、ダレクの妻、フローラであった。
タクヒールを除いた南部戦線の主要貴族だが、それなら何故、魔境伯が呼ばれていないのか、誰もがそれを怪訝に思っていた。
「ふぉっふぉっふぉっ、陛下、皆集まりましてございます」
クライン公爵が発言すると、カイル王は無言で頷いた。
彼ら以外にその場に居合わせたのは、カイル王、外務卿たるクライン公爵、内務卿の三名だった。
どうやらダレクとフローラだけは先に呼ばれ、何かを密談していたようだが……
「皆には急遽集まってもらい手間を掛けた。実は事前に相談と、内諾を得ておきたい話があってな。
今回の論功行賞で、陛下は南部辺境の領地を大きく再編成したいとお考えなのじゃ」
「それは……」
「もちろん、皆には負担を掛けるのは重々承知じゃ。じゃが先ずは陛下と儂が、帝国と行った交渉の顛末、そして陛下の思いを聞いてほしい。無論、交渉の結果と対応の一部は既に魔境伯にも伝えておる話じゃ。実はな……」
そう言った前置きの上で、外務卿は彼らの考えていること、そして、その思いを実現するための手段を語り始めた。
「なっ!」
「デアルカ……」
「そんな……」
「それでは……、魔境伯は……」
想いを告げられた夫々の反応は様々だったが、一様に驚愕し言葉を失っていた。
「今、王国西部の国境は空白地帯となり、国境守備を担うだけの力量、人望を持つ者は周辺におらん。
そこで事前にソリス子爵とフローラ殿には話を付け、西部国境の辺境公となってもらう旨、先んじて承諾してもらった」
「では、ソリス子爵領は? いや、それ以前にハストブルグ辺境伯領は如何なさる御所存ですか?」
ソリス伯爵は、この件に関し当事者である息子、ソリス子爵が黙って聞き流しているのに、違和感を感じつつ、敢えてこの点について質問した。
「内乱前のハストブルグ辺境伯の旧領で、中央より南部分、ちょうどブルグの街より先は、キリアス子爵領とともに、魔境伯の新領地として預ける。そこでじゃ、コーネル伯爵」
「伯爵?」
「そなたの領地、旧領部分と元ヒヨリミ子爵領を魔境伯に渡してほしい。代わりにブルグを含む、辺境伯領の北側と、内乱時に辺境伯が得た新領地、ソリス子爵の得た領地などを繋ぎ合わせ、新しく伯爵領としたい」
その提案は、驚くべきものであった。広さだけなら、今のコーネル子爵領の優に倍を超え、かつ、ブルグを始め人口の多い街を幾つも内包している。
「なぜ私めに?」
「この横に長い領地は、将来に渡ってこの国の防衛線となる。むろん其方らが生きている間は、無用の長物となるがな。これを大地を友とし、多くの地魔法士を抱える其方に預けたい」
「なかなか、即答しづらい話ですが、我らにとって否と言う不都合な点は全くございませんな」
「続いてゴーマン侯爵、其方についてじゃ。
今回の武勲にて、其方には新たに男爵領程度の領地を遣わす。そして、帝国内の新領地にも子爵領を用意すること、このことだけは魔境伯には内諾も得ている」
「この件については、余からも補足しておこう。
帝国側の領地には、先の内乱で継承権を奪われた、息子か娘、どちらかを充てるがよい。身の立つ場所としてやるが良かろう。
これは亡き我が友(ハストブルグ辺境伯)の願いでもあったことじゃ。
そこはもう王国の土地ではない故、王国の法に縛られることも無かろう」
「なっ……、そのような……、有難うございます! 謹んで……、謹んで、お受けさせていただきます」
この言葉を受け、ゴーマン伯爵は深く平伏したまま、肩を震わせていた。
「さて、後回しになったがソリス侯爵、自慢の息子二人が……、そなたも感無量であろう?
其方にも男爵領規模の領地を新たに追加し、帝国領内にも飛び地として、子爵領程度の領地を用意する」
「これは……、望外のご配慮、誠にありがとうございます」
「さて、クライツ男爵、ボールド男爵、ヘラルド男爵よ。今回子爵となる其方らに相談じゃ。
こちらとしてはそろそろ、ファルムス家の再興を考えておる。故に一先ず、帝国内の新領に、伯爵領相応の土地を用意した。
一人はそこで、ファルムスの家名を復活させてもらいたい。むろん、子爵の家名も存続を認める。
一人は新たに、ハストブルグ辺境公の片腕として、西部辺境域で公を支えてほしい。
最後の一人は、3男爵家の旧領を取りまとめ、その一部は旧ハストブルグ辺境伯領の一部と再編成する。
それぞれが、今後伯爵領として立つ程度の、領地の広さは確保するつもりじゃ」
「なんと!」
「それでは我らは……」
「あ、ありがとうござます!」
3名は机に突っ伏して、それぞれが号泣していた。
長年の思い、主家の再興が叶うのだから、無理もない。
「これで形が整いましたな。
ハストブルグ辺境公には、実戦経験豊富な2名の子爵が両翼を支え、新たな領地経営と国境防備に当たり、両国の懸け橋となる重責を担う。
ソリス魔境公を支える者たちは、より力を大きくし、公は新領地の開発に邁進できますな」
「ほっほっほ、内務卿の仰る通り、新しき未来、真に楽しみなことじゃて」
「ふむ、クライン公爵の言葉、皆は前向きな気持ちで了承した、そう考えて良いな?」
「はっ!」
最後のカイル王の言葉に皆が平伏した。
そして……、翌日に行われた論功行賞に至る。
※
「余から改めて皆に問いたい!」
国王陛下は再び立ち上がると、大きな声を発した。
「今から申す功績に、其方らはどう報いるのが相応しいと思うか? 考えのある者は遠慮なく申すがよい」
そう言うと陛下は、論功行賞式典に参列した者たちを睥睨する。
「10年も前から来る有事に備え、数々の妨害に屈せず道を貫き通した、忠義なる者の功績や如何に!」
『えっと、それは……、誰のことだろう?
俺は忠義などではなく、家族を、仲間を、そして自分を守りたかっただけだし……』
「此度の四か国からの侵攻を予期し、万全の迎撃態勢を提案した上で構築した、智者の功績や如何に!」
『予期したのは帝国のジークハルトだし……、迎撃準備全体を指揮したのは……、狸爺だよな?
俺は南部と西部の戦線の準備をしただけだ』
「魔法騎士団の結成を提案し、彼らを招集し鍛え、実戦で活躍させた、周到なる者の功績や如何に!」
『提案したのは俺だけど、招集にはユーカとクリシアが活躍し、彼らを鍛えたのは団長だし、戦場で指揮したのは殿下だよな?』
「東部戦線にて策を残し、圧倒的に不利な状況を覆し完全勝利をもたらした、巧者の功績や如何に!」
『罠を作ったのは俺の指示だけど、それを活用して勝利したのは、ハミッシュ辺境公だよな?』
「北部戦線にて策を巡らし、戦わずして四千名もの捕虜を得るという、深謀なる者の功績や如何に!」
『そりゃぁ……、兄さんだろう。そうなるよう配慮して戦いを仕向けたのだから』
「南部戦線にて3倍以上の敵軍を完全に撃破し、一万以上の兵を捕虜とした、強者の功績や如何に!」
『これは勿論、アレクシスだ。……、違うの?』
「周到な策により侵攻軍の首魁を捕らえ、広大な領地と莫大な賠償金を得た、賢者の功績や如何に!」
『捕らえたのは団長だし、交渉で得たのは狸爺。その認識で間違い無いかと……』
「西部戦線において我が娘の窮地を救い、数万の敵軍を一撃で完全撃破した、勇者の功績は如何に!」
『それはもしかして、ゴルドのことでは? 窮地の殿下を助けて、指揮権を預かって水攻めを献策したし』
「公国遠征で国境を奪還するだけでなく、反乱軍を撃破し勲功第一とされた、覇者の功績は如何に!」
『これは俺もちょっと、身に覚えがあるけど、覇者ではないし、それは言い過ぎだろう』
「配下となる優秀な人材を登用して適所に配置、それぞれに武勲を立てさせるよう対応し、王者の風格を持つ者に対し、相応しいと思われる褒賞に覚えがある者は答えて見よ」
『スゴイデスネ~、ダレデスカ、ソレ?
忠義なる者、智者、周到なる者、巧者、深謀なる者、強者、賢者、勇者、覇者……、止めは王者の風格。
そんな賛辞のオンパレード……、言われた方が恥ずかしいのでは?』
俺は小さく呟いた。
「侯爵か? 公爵か? 辺境公か? 全く足らんわ!
余は次代の王配として、わが娘の夫にその者を迎えるつもりであったが……、その夢は潰えた。
例えそれが成ったとしても、それでも足らんわ!」
「スイマセン、デモソレハ、オレノセイデハナイデスヨ」
「余はここに、彼の者の忠義と、類まれなる武勲に対し、辺境公最上位として定めた魔境公に任じ、王族に次ぐ地位を与えるものとする。
それだけではない! 領内の自治と完全なる自由裁量権を与え、王族に等しい待遇、公王として迎えることを決意した。
異論がある者は、彼に対し相応しい褒賞と待遇を新たに提示し、余に申してみよ! 直答を許す!」
そう言うと、陛下は今まで見たこともない様な気迫溢れる顔で、居並ぶ一堂を見渡した。
周りの者たちは陛下の気迫に完全に飲まれ、物音ひとつ立てず静まり帰っている。
「彼の者には、旧ハストブルグ辺境伯領の大半と、その与力、2名の侯爵と3名の子爵、そして今回新たに貴族として任じられる者たちを率い、割譲された帝国領とを合わせ、我らが兄弟国となる公国、魔境公国を興してもらう。
この国は、公王自らもカイル王国に籍は置きつつ、独立した営みを認め、我が国にとっては南の防人として、大いにその価値を示す存在になろう!」
「はぁぁぁぁぁぁっ? 公国? 公王? あの……、何も聞いてませんけど……」
「異議なし!」
真っ先に声を上げたのは、何を隠そうハストブルグ辺境公、兄だった。
「素晴らしいお考えじゃ!」
次いで賞賛の声を上げたのは、モーデル辺境公だった。
「陛下のご英断に敬意を!」
いや……、ハミッシュ辺境公まで……、ってか、国境を守る重鎮である三公が揃って……
「我ら王都騎士団、陛下のご意思に対し全面的に賛同いたします」
ゴウラス騎士団長……、でもほら、他の軍団長も……
「我らも大賛成です!」
ホフマン軍団長、ちょっと声が大きいです。
「公王陛下、おめでとうございます」
いや……、シュルツ軍団長、陛下は止めてください。ってかこれで、王都騎士団はコンプしちゃった……
「我ら貴族一同、謹んでお喜び申し上げます」
クレイ伯爵、その他ユーカの学友のお父上一同で、頭を下げられても……
「我ら国政を担う職務の者全て、賛成致します」
あの……、大臣方、皆さんに跪かれても困るんですけど……
「我ら一同、改めて公王陛下に忠誠を!」
いや、ゴーマン侯爵、義父上がそう言うから、南部辺境諸侯全員が一斉に跪いているではないですか……
「タクヒールさま、我ら一層の忠勤を励みまする」
いや団長、団長の言葉に合わせて、仲間たちや妻たちも、一斉に跪いて……
「我ら古き流れを持つ氏族、謹んでお喜び申し上げます」
トールハスト侯爵、あなたそんなキャラでしたっけ?
俺をよく知る人から始まった声に続き、次々に声を上げる者が増え、その輪が広がっていく。
賛成の声は、更に居並ぶ全ての貴族たちに波及し、大きく広がり続けていった。
それはまるで、何か暖かい、光の輪が広がるような錯覚すらあった。
あれ……、なんだ、この不思議な感覚は?
そう言えば、この場にいるアン、ミザリー、ローザ、クレア、ヨルティアは、前回の人生最後の時も居てくれたよな……
状況や内容、その他の人物こそ全く違うが、これってどこか、前回の歴史の最後に似ていないか?
俺が処刑された秋と、少し季節はずれるが同じ20歳の年に……
まさか今回もここでエンディングとなり、俺がまた最初に戻るという、そんな無情な話は……、ないよね?
「ほっほっほ、魔境伯、いや公王陛下、観念なされませ」
俺の心配をよそに、狸爺と陛下は、会心の笑みで笑ってるし……
もしかしてこれって、殿下の時の仕返しですか?
ドッキリですか?
ドッキリですよね?
きっとそうですよね?
これがかつて、陛下がいつか果たすと言っていた、俺に対する約束、初代カイル王の遺言を果たすという道なのか?
「さて、新たなる公王よ、ここに至ってはもう戻れんぞ。覚悟を決めてもらおうかの。
おおっ、そうじゃ! 大事なことを忘れておったわ。新しき公国の国名を何とする?」
『いや、そんな、突然言われてもほら、こんな話はゆっくりと考えるもので……。普通なら、内々に根回しとか、国内の調整とかあるでしょう?』
俺は下を向いて、小さく呟いたが……
なんと返して良いか言葉が出てこない。
「悩む必要はなかろう。そもそもこの国の名『カイル』とて、幼子が気軽に初代カイル王を呼びやすくするため、名付けられたという秘話もあるぐらいだからな。国とは名ではない、その在り様よ」
『いや、そんな王国の秘事、別に今聞きたくないですし……。しかもそれって、気軽にさらっと話しちゃっても良い話ですか? ってか、本当にどうしよう……』
俺は焦った。そして思いっきり動揺していた。
新しい国の名前……
『ローエングラ……』いや、それはダメだ。響きは最高だけど、似合わない。
そして、それを使ってはいけない気がする。
『ニシダ公国』いや、それは一番ない。響きも悪い。
世の中のニシダさんには申し訳ないが……
カッパーとか咄嗟に思い付く様な、オチと笑いを含んだナイスなセンスなんて、俺にはない。
ニシダ……、西田? 西(WEST)、田(ricefield)?
「ウエスト……、ウエスト、ライス……、フィールド?」
「おおっ! ウエストライツ! 良い響きではないか!」
「いえ、ライス……フィールド」
「よし決まりじゃな! ウエストライツ魔境公国! 大臣! 直ちに公文書にそう記載せよ!」
「あの……、ライスフィールド……」
もう諦めるしかなかった。
ってか、もうひとつ気になることがあるんですけど。
魔境公国公王、それって長くてめっちゃ言いにくいですよね?
短くして短縮読みとか……、したりしませんよね? 最初と最後の文字だけ取って呼ぶとか……
俺は世界中から討伐される者、そんなフラグなんて要りませんからね?
どう足掻いても俺はこの世界で、どうやらラスボス扱いの呼称になってしまいそうだ。
父の蕪男爵、芋男爵を笑ったバチが今頃ですか?
※
カイル王国の分国、ウエストライツ魔境公国が、この日誕生した。
栄えある新しい国名は、些細な行き違いで定まってしまったが、その事情を知る者は一人しかいない。
また後年、ウエストライツ魔境公国と、公王率いる精強無比の軍勢と敵対した者たちは、公王タクヒールを指し『魔王』と呼び恐れたという。
その魔王自体は、極端に自己肯定が低く、日ごろの言動や振る舞いも、一介の貴族(以下)の、気安いものだったと言われる。
公王や魔王と呼称されるには不似合いな、自らの功績にも謙虚な王であったととも言われるが、後世に伝わる歴史書には、そのような記載はなく、伝承が残るのみであった。
こうして新しい未来は、タクヒールらしいオチのついた、済し崩しで始まり、これより新たな歩みを進めることになる。
いつもご覧いただきありがとうございます。
今回の終わりは、なんとなく、エンディングっぽくなってしまいましたが、申し訳ありません。
こらからももう少し、お付き合いください。
次回は『論功行賞 未来を担う者』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
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