第二百八十六話(カイル歴513年:20歳)壮大なすれ違い
フェアラート公国での任務を果たし、取り急ぎ国境警備を王都騎士団第三軍、シュルツ軍団長配下に引き継いだタクヒールらは、戦果報告と凱旋のため、一路王都カイラールへと進軍を開始した。
その途中で、クレイラットに立ち寄り、戦後処理と復旧を行っていた部隊と合流、その際にヴァイス魔境騎士団長には魔境騎士団の本隊を預け、テイグーンへと帰還させると、タクヒールは側近の者たちと、王都に凱旋する西部方面軍、王都騎士団第三軍を率いて一路王都へと進んでいた。
※
王都カイラールに近づくにつれ、西部戦線を戦い抜いた兵たちの表情は明るくなり、凱旋の喜びを表していたが、俺は逆に、徐々に気が重くなっていった。
それは、俺にとって重すぎる依頼を、サラーム出発前に受けていたからだ。
王宮にてどう報告すべきか、それを考えては、馬上でも上の空だった。
「どうしたのですかお兄さま。さっきから浮かない顔で。もっとイシュタルでのお話、今回の勝利の経緯などを、詳しくお聞かせくださいな」
俺は転戦する際、クレイラッドでは妹のクリシアとは会えず仕舞だった。
あの時は一人でも多くの負傷者を救うため、妹は聖魔法士たちと共に、彼女らの戦場の渦中にいたからだ。
そして俺たちの帰路、クレイラッドに立ち寄った際、妹たち聖魔法師とクラリス殿下に合流している。
そして今、行軍中に時折、俺の所に馬を寄せて来ては、南部戦線の話を聞きに来ていた。
「ああ、報告によると父上も、帝国軍鉄騎兵相手に、一歩も引けを取らない勇戦をしたそうだよ。
並みいる諸将を一喝して、軍をまとめ上げたり、時空魔法士の本領を発揮されたり……」
「いえ、お父さまのご無事は既にお聞きしました。なので、そんな話はもうどうでもいいです」
「……」
うわぁ……、そこまでバッサリ行かなくても……
俺は涙目になる父の姿が浮かんだ。いや、それだけでは絶対済まない。泣くぞ、絶対泣くぞ。
一度ならずも二度三度、数々の断罪イベントがあってからというもの……、クリシアは父上に容赦無くなったからなぁ。
「因みに父上には、アレクシスを『ソリス伯爵家の将来を担う婿』と言って紹介してあるぞ。
実際彼は、イシュタル方面軍司令官として、父上や叔父上(コーネル子爵)まで率いて、立派にその務めを果たしていたからな」
「まぁっ、お兄さま勝手に……、? まぁっ!」
妹の驚きの言葉は、最初は赤面し照れて思わず発した言葉で、その後は喜びに満ちた驚きの言葉だった。
「では、アレクシスさまは……」
「うん、今回の戦いで彼は、司令官として期待された以上の功績を示した。
論功行賞でも個別に賞され、昇爵はもちろんのこと、褒賞も得るだろうね。一気に英雄だよ」
「まぁっ!」
「……」
『ふっ、俺も年を取り、妹も成長した訳だ。
妹のこんな、蕩けるような顔を見るはめになるとはな……』
嬉しい反面、ちょっとだけ複雑な気持ちになったのは言うまでもない。
とは言うものの、行軍中や休息時も、妹の最優先任務は殿下のお世話だ。従卒として付き従っているため、基本的に自由な時間は少ない。
その後も幾度となく妹がやって来ては、彼の活躍に関する話をねだって来た。
そんな事もあり、俺はゆっくり物思いに耽る間もなく、王都の門を潜った。
※
王都に入ると、これまでにない数の領民が押し寄せ、歓呼の声を上げていた。
「クラリス殿下、万歳!」
「カイル王国、万歳!」
「魔境伯、万歳!」
「救国の英雄、魔境伯!」
「常勝将軍、魔境伯に栄光あれ!」
『は?』
クラリス殿下を称える声は分かる。以前もそうだったし、民衆が歓呼する声の半分ぐらいはそれだ。
でも、もう一人誰かを讃えている気がするが……
常勝将軍?
『ダレノコトデスカ?
ソンナエライヒト、ココニイマシタカ?』
俺は思わず呟かずにはいられなかった。
俺の功績は、今の時点では一般の民が知る由もないはず……
その後俺は、クラリス殿下を送り届け、王宮には帰還の報告で謁見を希望する旨を伝えると、一旦王都にある、ソリス伯爵家の屋敷に入った。
まずはゆっくり戦陣の垢を落として……
そう思っていた矢先、王宮からの呼び出しで召喚された。
※
王宮に到着すると、いつもの定例会議が行われていた秘密の一室、そこに通された。
中に入るとそこには、カイル王陛下、そして狸爺が満面の笑みで座っていた。
「これは陛下、帰還の報告すらままならぬうちに、大変失礼いたしました。
ソリス魔境伯、陛下と隣国とで結ばれたご友誼に応え、任務を全うして、ただいま帰参いたしました」
「ふむ、構わぬよ。この場は非公式のものじゃ。
魔境伯よ、此度の任務ご苦労であった。【想像以上】の結果をもたらし、余としても嬉しさ溢れて、少し困るぐらいじゃよ」
『ん、なんか、『想像以上』って単語に、やけにアクセントが入ってませんか?
もしかして……、あの件か?』
そう思って俺は、少し身構えずには居られなかった。
「ほっほっほ、魔境伯よ、領民たちの歓迎ぶりも一入で、驚いたじゃろう?」
『いや、あれって……、この二人が仕込んだことなのか? 一体、何のために?
というか、狸爺の満面の笑顔……、危険な匂いしかしないんですけど』
「其方は既に、カイル王国にとって救国の英雄、その評判はあ奴を凌ぐ程じゃ。
其方の功績は誰もが知るものとして、王国中の貴族も認めざるを得んだろうな」
(それもこれも、婚姻を進めるための大事な布石じゃからの)
『陛下、貴方もですか?
その含みのある笑いは何ですか? 嫌な予感しかしないんですけど……』
「今回急遽、正式な謁見の前に呼び出したのは他でもない。クラリスのことじゃ。
あれのこと(婚姻相手)で、我らもいささか頭を痛めておってな。それでお主に相談しようと思ってな」
『ということは、早速殿下が約束通り自分自身で、今回の経緯を話してくれた、そういうことか?』
「ちょうど私も同じ悩みを抱えておりました」
(そうであればあれこれ悩む必要もなかったかな)
「ほう?」
(これは……、我らも期待して良いのか?)
「その、クラリス殿下のご婚姻に関し、私もご報告とお願いがありまして……」
(ってか、報告すべき俺の役目はもう終わってるよね。さっき相談って言ったのはまさか、まだ保留なのか?)
「なんと! 魔境伯も我らと同じ思いであったか!
それにしても電光石火、戦場の雄は戦場だけにあらず、ということか?」
(父や兄に似て、手が早いということは些か問題じゃが……。今回はそもそも、我らにとっては都合のよい話ではあるが、あ奴の父親としては、少し複雑な気持ちであるな……)
「正直言って私自身、どうお話すべきか悩んでおりました」
(こんな話、いきなり振られてホント困っていたし)
「さもあろう、さもあろう。余(初代カイル王の末裔)と其方(初代カイル王と同じ世界の者)は、不思議な縁で結ばれた者同士、遠慮はいらん!」
(とは言ってみたが、此奴は既に五人もの妻を持つ、その道でも雄、父や兄を凌いでおるからな。多少は遠慮してもらう必要もあるか……)
「では殿下は(フェアラート国王との)婚姻のお話について、既に陛下にお伝えされたのですね?」
「ああ、聞き及んでおるわ!」
(正確には奴に婚姻の話、そう言っただけで真っ赤になって『後は魔境伯にお聞きください!』そう言って部屋に逃げて行ったがな。あんな初々しいあ奴の姿は、余も初めて見たわ)
「私自身、相当なお叱りを受けると、帰国の道中もずっと悩んでおりました」
(俺の監督責任を問われるかと、戦々恐々としてましたよ)
「ほっほっほ、若い者にはままあることじゃ。きっと陛下も、お許しくださるじゃろうて」
(まさかこ奴、既に事実を先行させておったのか!
時に若者は、情熱を抑えきれん事もあろう。しかし……、王族にまで手を出すとは、侮れんな)
「そうですか。少しだけ安心しました」
(なんだ、基本的には賛成、と言うことか。相談なんて思わせぶりな……)
「じゃが儂にも気になることはある。其方の身内に関してじゃな。儂も内々に彼女らを説得しようと思っておったのだ」
(特に今は正妻となっておるゴーマンの娘には、一段身を下げてもらう必要もあるしな。女同士、色々と都合もあろうことじゃし)
『ん、狸爺は何を言っている? 身内とは、ユーカやクリシアのことか?
確かに彼女らは殿下の近習として仕えているからな。
でもユーカは俺の妻だし、クリシアもあの様子だから、殿下に付いて公国まで行くなんて言わないだろうし……』
「クライン公爵閣下に、そこまでご配慮いただいていたとは、思いもよりませんでした。ですが、其方については大きな問題ではないと思っております」
(公国に同行する人員は、二人は既にアウトですからね、そちらで他の随員を見繕ってください)
「ホホホ、それは結構なことじゃな」
(歴戦の勇者も家庭内のことでは脇が甘いの。ゆくゆくはその点も年長者として、王族の一員として、儂らが導いてゆかねばならんようじゃな……)
「では陛下、魔境伯の承諾も得たということで、ここは一気に話を進めるとしましょうかの?
いやはや、儂も一安心ですわい」
(我らの思うままに進み、案ずるより産むが易し、であるな。ただ……、本当に産まれる予定が立っていては困りものじゃぞ! 何かと世話の掛かる奴めっ)
「うむ、父親として不本意な点はあるが……
この国にとって、非常にめでたいことじゃしな」
(それにしても魔境伯め、王女に対し少し手が早過ぎるのではないか? この際、不問に伏すしかないが、この場では一つ説教でもせねばならんな)
「私も、クラリス殿下の想いに応えることができ、肩の荷が下りた気分です」
(これでお二方の言質は取りましたからね。まぁ、予想以上にチョロいので、違う意味で驚きましたけど)
「何と! クラリスからとは! ふむ……、そうか」
(狸爺の目は正鵠を得ていた、そういうことなのか。しかし……、あのじゃじゃ馬め! 王族の立場にありながら、あ奴から積極的に身を差し出したとは……、頭が痛いわ! 万が一説教でもしていたら、余が恥をかくでところではないか)
「では陛下、論功行賞の場でこの吉事を発表し、国を挙げて祝うとするのは如何でしょうか?」
(陛下、どうかここはお心を鎮めてくだされ。これで全て、我らの思うまま、ということで……)
「うむ、それが良かろう」
(うむ、爺よ、分かっておるわ。ここで些細なことにこだわれば、この先がややこしくなるでの)
「あの、それは少し早計かと思われますが……」
(ってか、予想外に展開が早すぎるんですけど)
「いや、政治向きの話もあるでな、そこが相応しい場と考えておる」
(こ奴め、余の思いと苦労も知らず……、誠に困った奴じゃ)
「政治向きな点を考えれば猶更です。陛下、せめて求婚を告げる使者の到着を待たれては?」
(論功行賞が何時になるか分からないし、それまでに公国から使者が到着しているかも分からないし)
「正式な使者じゃと、誰からのじゃ?」
(本人が来ておるのに、使者も何もなかろう。それとも何か、かの世界での婚姻を結ぶ流儀とは、そういう迂遠なものなのか?)
「もちろん、フェアラート国王からの使者ですよ」
(この二人は嬉しさのあまり、失礼だけどボケているのか? こちらの世界の、王族の流儀を俺は知らないけど)
「ほほほ、魔境伯よ、陛下もご了承の上じゃ、ここは控えるがよい」
(公国の使者により、戦功を明らかにして、それを殿下を娶る大義名分にしたいのか? この者は我らの苦衷も知らず……、政戦両略、知勇兼備の者と思っておったが、政治に関しては改めて仕込む必要がありそうじゃな)
「ですが閣下、ことは両国の問題です。拙速すぎませんか?」
(狸爺め、敢えてすっとぼけてているのか? 学生の時のように、後から合格、不合格と言われるのも癪だし、俺は正論を言い続けるべきだよな?)
「魔境伯よ、ものには優先すべき順序というものがある。今更其方にする話でもなかろう」
(公国での戦功がなくとも、其方は十分に王族の姫を娶るに相応しい、多大なる功績を立てておるわ!
意外と気の小さな奴じゃな)
「いえ、陛下。フェアラート国王より、正式に求婚の使者が到着する前に、そんな事を発表すれば、この国が鼎の軽重を問われかねません」
「だから使者など……、いや、い、今……、何と言った?」
「ですから、フェアラート国王がクラリス殿下に求婚するための使者が、恐らく既にフェアリーを立っていると思います。クラリス殿下は今、一日千秋の思いで、それをお待ちです。
なので、お二人の思い、そして両国の懸け橋となるこの婚儀、温かく見守るべき、そう愚考します」
「はぁぁぁぁあっ?」
二人は大きく声を出して立ち上がり、身を乗り出して来た。
『俺……、何か変なことでも言ったか?
ふん、そんな圧迫面接まがいのことに、俺は負けませんよ』
「政治的理由、政略での婚姻が定めの世界で、お二人は真に互いを思いあい、婚姻を望まれています。このことは、王国の安泰にも繋がる最良の縁と考えます。
既に陛下も外務卿もご賛同いただいているお話です。吉報を逸るお気持ちは分かりますが、婚約発表の時期については、筋を通されるべきかと……」
『どうだ狸爺、これが正解でしょう? 誤ったことでも、正しく意見できるか、そんなドッキリ、いや試験だと看破しましたよ』
「クラリス……、婚姻? そんな……、公国……?
余は何も……、聞いとらん……、ぞ?」
何故か陛下は、椅子にへたり込み、宙を見て譫言の様に何かを呟いていた。
方やクライン公爵は……、泡を吹いて卒倒していた。
『は? なんだ? 一体どうした?』
しばらくして……
「ク、クラリスを呼べぇっ! 奴を直ちに、此処へ引きずって参れっ!」
突然、青筋を立てた陛下の絶叫が響き渡った。
その後、笑みあふれる和やかな報告会は、一気に地獄の会合となった。
そして俺は……、針の筵に座らされた気分で、その後親子で交わされる激しい応酬を、ただ見守ることになった……
『オレ……、ナニカイケナイコト、ヤラカシテシマイマシタカ?』
いつもご覧いただきありがとうございます。
次回は『託された想い』を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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