第二百八十四話(カイル歴513年:20歳)大きすぎる功績
2月13日付けで活動報告(2巻予約開始)を更新しました。良かったらぜひ作者名のリンクよりご覧ください。2巻の表紙には団長とクレアが登場しています。
タクヒールらからの早馬を受け、カイル王国の王都カイラールでは、その内容に頭を悩ます者たちがいた。
彼らは、グリフォニア帝国との休戦交渉、捕虜(第一皇子含む)の返還交渉をまとめ上げると、当面の守備をゴウラス騎士団長に任せ、王都に戻っていた。
そこに、魔境伯がフェアリーから送った『公国内乱の終結と国境の安全確保』を告げる使者と、同時にフェアラート王が送った『今回の戦乱に関する謝罪、援軍への謝意と内乱終結に関し魔境伯の勲功第一、後日正式に賠償を含めた使者を送る』旨を告げる使者が訪れていたのだ。
使者の告げる内容に驚愕したカイル王は、今後の策を再検討するため、そのまま外務卿たるクライン公爵を王宮に留め、善後策を協議する必要に迫られていた。
「それにしても爺、この魔境伯の報告、そして公国の国王より遣わされた感状には、儂も目を疑ったわ」
「仰る通りですな。これでは、少々……」
「少々どころではないわ。国境の戦いに勝利し、公国側の関門を制圧した上で周辺区域を固め、国境近くの主要都市サラームを攻略、それだけで、もう十分な戦果というに……
王都決戦では僅か4,000の戦力で敵軍30,000を撃破し、内乱終結の戦功第一とされたと言うではないか」
「ふぉっふぉっふぉ、これではどちらの国の臣か、分からなくなってしまいそうですな。
陛下の心中、ご察し申し上げます。じゃが先方も道理の分かったお方、内乱鎮圧の褒賞も陛下を通じて送りたい、そう申されていることですしな」
「国内の戦いだけでも、報いるに困るほどの戦果を挙げておるというのに、この上更に……
もうこの期に及んで、周囲の者とのバランス云々言っておる事態は、完全に超越しておるわ。更に問題は、ここまでの戦果に見合った、褒章のしようがないぞ。
余はどうすべきと思うか?」
「陛下の仰る通り、この期に及んでは、どうしようもございませんな。
金貨、領地、それぞれ限度一杯まで引き上げるとして、後は『人』しかござらんでしょう」
「だが、あの頑固者は承諾するだろうか?」
「この爺の見たところ、殿下もまんざらではないご様子、難攻不落の城を落とすには、まず搦め手から、そういった喩えもございましょう。
この爺めが、あの者の妻たちに働きかけましょうぞ。
殿下を迎え入れる『器』を作るために」
「それであ奴が納得するか?」
「王族とは国益のため殉ずる定めです。王国の安寧は、ひいては魔境伯の安寧といえます。
魔境伯の功に報いるため、そして魔境伯を守り国内の無用な混乱を防ぐため、この点を理詰めで説いて、説得いたしましょう。それが分らんほど、愚かな方ではございますまい。
また、いかに殿下とはいえ、命令を無視し勝手に公国へ赴いた罪は大きゅうございます。処罰の一環として反論は許すまじ、そのような断固たる対応を、陛下にはお願いしたく思います」
「王国の安寧? なるほど! 降嫁に伴う持参金、義理とはいえ王族に連なる者となり、王位継承権第二位にある者の夫であれば、飛びぬけた褒章すら、周囲の嫉妬や羨望、負の感情の盾になりうるか!
流石は爺じゃの。クラリスは自ら進んで、負い目を背負ってしまった訳だしな」
「それでこそ、陛下の秘策もまかり通る道理が立つと思われます」
「ははは、愉快愉快、これで我らの思惑通り、事態は一気に解決すると言うものだな」
この時点で、この二人の思惑は既に決定的に破綻しているのだが、彼らはまだその事実を知らない。
彼らが受けた報告は、あくまでもフェアリーでの謁見が催された時点のものであったのだから……
「さて、大きな悩みが解決した上は、東、北、西についても、方針を定めねばなるまいな。
其方の存念はどうじゃ?」
「先ず大前提として、東では国境を越えた先、そこに広がる広大な大平原をハミッシュ辺境伯が占領し、暫定統治しております。皇王国には、戦時賠償として実効支配している土地の割譲、賠償金の支払いと、投降した敵国兵のうち、帰国を希望する者への身代金の支払い、そんなところでしょうか」
「で、その新領土の統治は如何する? 北もそれは同じ問題だが」
「そうですな。本来は辺境伯が4か所の国境を守備する任に当たっておりましたが、これまでは指揮する兵が侵攻軍の軍勢に及ばず、難儀な思いをさせておりましたからな」
「辺境伯領を拡大するか? 帝国と同規模程度に」
「ほっほっほ、それも結構ですが、それでは将来の災いの種を残しかねません。
辺境伯が全て、ハストブルグ、ハミッシュと同じ忠義の者とは限りませんでの。
それにもうひとつ、問題がございます」
「問題とは?」
「領地と勢力、それが王国内の序列を超えてしまいますぞ。身分的には侯爵待遇、じゃが、実力と領地は侯爵を超え、公爵すら凌ぐものになりましょう。陛下はこの二つの火種を、将来に渡って残すことになりまする」
「ではどうせよと?」
「辺境伯の地位は世襲となっておりますが、その上に辺境公を設けるのです。その辺境公は身分としては大臣と同様、爵位については公爵と同等と定めるのです。
辺境公は辺境にあり、新領地を中心とした広大な領域を領地とし、王国防衛の要とさせます」
「ふむ、それでは根本的解決にはならんと思うが?」
「故に大臣と同様、そう申し上げました。
今の辺境伯は世襲制で、地位が子孫に継続されますが、辺境公は一代限りで国王の任命制とするのです。
現在の当主が有能であっても、子の世代はそうとも限りますまい。そして辺境伯が辺境公の地位を兼任することは、武勲や功績に応じ可とする。そういった条件を付与いたします」
「なるほど、それは名案じゃの。そうすれば将来の危惧は回避できるという訳か。
だが、関門に守られた国境と異なり、辺境公は領地の大半が防備の弱い敵地、この課題はどうする?」
「はい、それも魔境伯領で帝国兵や皇王国兵に用いられている、屯田兵制度なるものを採用します。
平素は広大な農地を与え、農耕に従事させますが、戦時は自らの農地を守る兵として馳せ参じます。
その代わり、毎年領主から補助金を支給したり、税を減免するのです。言ってみれば彼らは、小さな領地の領主となれる訳です」
「ほう、面白い考え方じゃな」
「いやいや、これも魔境伯領の受け売りですわい」
「では、国境は辺境公に委ねることとし、論功行賞では金貨の褒章と所領の加増、それとは別に、一代限りの辺境公の地位とそれに伴う領地、そんなところか?」
「御意。今の時点で生存している辺境伯は一人のみ、そして、地位を受け継ぐ者が一人で、他はその任を全うできない家、廃絶となる家です。新規任命の場合は特に、問題となることはないでしょう」
「で、肝心の皇王国との賠償じゃが……」
「ハミッシュ辺境伯がその辺りは進めております。
先方は戦力の多くを失い、今や他方面の国境維持も危うい状態となり、新皇王は震え上がっていると聞いております。こちらの無理な要求も承諾せざるを得ないでしょうな。国が滅ぶよりはマシですからな」
そう言ってクライン公爵は、その要求案を提示した。
◆イストリア皇王国賠償案
ひとつ、賠償金は王国金貨百万枚相当とする。
ひとつ、辺境伯が実効支配している土地を割譲する。
ひとつ、これらの戦時賠償後、捕虜返還交渉に入る。
ひとつ、捕虜は予め定められた対価で返還する。
ひとつ、移住を希望する捕虜の家族は王国に送る。
捕虜を返して欲しければ、先ずは先に戦時賠償を完了させること、それを大前提として定めていたことだ。
それが定まらないうちは、交渉のテーブルにさえ付かないと言う、強気なものだった。
「ふむ、捕虜については以前の例に倣う、そんな感じか?」
「東の戦いで得た捕虜は、大した数ではございませんが、北では皇王国兵だけで9,000名あまりの捕虜を得ておりまする。そのうち4,000名は、魔境伯配下の者たちの功績によって……」
「ふむ、ここでもまた魔境伯か……、頭が痛いの」
「報告によると、この4,000名は戦いの最中、魔境伯が講じた説得に応じて下った者たちで、そのうち11人の魔法士を含んでおります。少なくとも彼らの半数以上は、特に魔法士のうち8名は帰国を望まぬだろう。
そんな報告も来ております」
「ふむ……、ではその者たちも、魔境伯に優先権を与えねばなるまいな。先例もあることだし、あの者には新領地の領民や兵も必要であろう?」
「はい、かの地なら潜在的な敵は帝国、かつての祖国に弓引くことにもなりませんし」
「では仔細は任せる。それで……、北は如何する?」
「軍務卿率いる軍勢は、ウロス王国の王都まで至っております。彼の国は早々に無条件降伏しました故。
陛下のご意思は奈辺にございましょうか?」
「ふむ、ピエット通商連合の手前、併合ともいかんじゃろう。これまでの我が国の方針もあるしな。
我が国と交流のある通商連合の二国からは、王族の助命嘆願と、王国の存続依頼も来ておるでの」
「そうですな。ですがウロス王国の兵は、捕虜となった500名を除きほぼ残っておりません。
これでは国を維持することも叶いますまい。
我らが陛下のご心中を慮り、周辺国の顔を立てつつ協議した原案がこちらでございます」
カイル王は、そう言って恭しく差し出された『ウロス王国分割統治案』と書かれた書状に目を通した。
◆ウロス王国分割統治案
ひとつ、今回の侵略国として責任を認め賠償を行う。
ひとつ、賠償の支払いにより王家の存続を認める。
ひとつ、賠償金はカイル王国金貨百万枚相当とする。
但し、ウロス王国独自の選択で賠償金に代え、領土を割譲して賠償に当てることも可とする。
その場合……
ひとつ、割譲はウロス王国全領土の三分の二とする。
ひとつ、今回割譲される領土は西側と中央とする。
ひとつ、割譲地の西側部分をカイル王国へ割譲する。
ひとつ、中央部分は通商連合国の委任統治とする。
現在、カイル王国で拘留されている捕虜は、いずれかが履行された後に返還されるものとして、新たに返還に関する対価は設けない。
※
これはカイル王国側で領土を奪い取るのではなく、賠償金の支払いか、領土の割譲かを選ばせることにポイントを置いたものだった。
奪ったのではなく、自主的に選ばれたものと体裁を作り、ちゃっかり通商連合にも領土を与えている。
しかも委任統治領は、緩衝地帯とするように、ウロス王国の残った領土と、カイル王国に割譲される領土の間に配している点も抜け目がない。
「ははは、流石狸め! 余の存念を聞くと言いながら、既に道筋は整えておるではないか。
しかもウロス王国は小国、単独では百万枚もの金貨など、到底払える訳がなかろう?
故に領土の割譲となる筋書きか。これで二つの隣国へも顔がたち、我らはついに海を得るわけだな」
「はい、そして我らは、友好国による壁も得ることができます。皇王国、ウロス王国とも、再侵攻を企図しても、我らが領土に入る前に、ピエット通商連合が委任統治する領域を通過せねばなりません」
「それでは我らに敵対する場合、通商連合国とも争うことになる。そう言う訳だな」
「御意」
「ははは、見事な狸っぷりよの。常に中立であるはずの通商連合国を味方にし、防壁とするとはな。
で、その次は我が国の課題じゃが……」
「北の辺境伯は、これまでは些か問題もありましたが、命を以て北方守備の役目を果たしてくれました。
これに報いる必要はございましょう。ですが……、既に兵力も人材も、その任を負うのは実質不可能です」
「ふむ、その辺りを考慮せねばならんな。では、残った一族には侯爵待遇を与え、優遇しつつ辺境守備からは解放する。そんな感じか?
因みに……、其方の申していた辺境公は如何する?」
「それに相当する功績を上げた者がおりましょう。彼をその任に充て、我が国の『海』を任せたく思いますが、いかがでしょうか?」
「良かろう。北にある氷の領地も空白と断じてよいであろう。これらを含め、差配の仕様もあろうて」
「はい、侯爵は戦死したそうですが、馬蹄に踏み荒らされ、カストロ大司教とともに、遺体の回収はできておりませぬ」
「ふむ……、無理もなかろう。さて、残った人事の懸案は、西じゃが……、爺はどう考えておる?」
「そうですな、これには思い切った対応を考えねばなりますまい。辺境公に相応しき人物、そして、空白となった侯爵領が二つ、更に辺境伯領、伯爵、子爵、男爵領など、まさに草刈り場となっております故……」
彼らの議論は、この後も夜明け近くまで続けられた。
そして、翌朝早朝、東のハミッシュ辺境伯、北のモーデル伯爵に使者が走った。
この結果は、数週間後に開催された、論功行賞にて反映されていく。
【追記】2/13日付けで活動報告を更新しました。
第二巻の4/20販売の情報が公式サイトに公開され、2/13日より予約が開始されました。
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次回は『二枚舌』を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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