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第二百八十三話 征旅⑦ 第二幕

活動報告の更新に伴い、後書きに追記いたしました。

王都フェアリーから陸路を進んだ兵たちの合流を待つには、まだ1日以上の余裕があった。

水上を進んだ俺たちは流れに乗って、馬の休息すら必要もなく、夜間も寝ているだけで進んだのだから。


それを待つ合間を利用して、俺たちは200名の精鋭、魔法士たちと共に、フェアラート公国の魔境、俺たちが『湿原の魔境』と呼んでいる地に、足を踏み入れた。


それにあたって、念のため外縁部に築いた拠点には、500名の兵を残してある。


正直言って200名は、魔物の討伐なら心もとない数だが、今回は事情が異なる。

狙った獲物を狩るためには、逆に許容範囲の最大数だ。

これ以上随行が増えると、統制された、かつ臨機応変な作戦行動が厳しくなる。



「殿下、この先三つのことを必ず守ってください。

ひとつ、絶対に突出せず、左右の連携を考えること。

ひとつ、迂闊に魔物に斬り掛からないこと。

ひとつ、道中はご自身の安全を最優先すること」 



そう、魔物はどこから襲ってくるか分からない。

次に、ここの魔物には毒の体液を持つものもいる。

役割分担と連携、これがここでは不可欠だ。



「分かりました」



「はい、言質は取りましたよ。

約束が守れなければ、殿下がどれだけ駄々をこねようと、その場で関門を経由して王都に連れ帰ります。

サラームにすら戻りませんよ。良いですね?」



「はい……」



元々この姫様は、腕試しがしたくて仕方ないのだ。

これまでの戦いでも前線に出ることはあっても、最前線には絶対に出させていない。

そのため戦場では、自慢の剣も振るいようがなかったのだから。



魔境の中に進むと、前回と同様にまず巨大なカエルが襲って来た。奴らは毒を撒き散らすため、クレアたちに任せて火魔法で焼き払うなど、できる限り魔法で対処を行い、奥地へと分け入っていった。


そして、前回クリムトを討伐したあの大きな池に到着すると、大急ぎで魔物ホイホイの設置に掛かった。

その時……



「魔物らしき集団が池以外の全方位から接近中です!

その数……、100前後、早いです!」



「全軍! 池には近づかないように留意しつつ円形陣に展開! 左右の連携を忘れるな!」



シャノンの警報と、団長の反応、兵士たちの行動がほぼ同時だった。


だが、襲撃してきた魔物の数は予想以上で、円形陣の一角が崩れた。

クリムトではなく、巨大な陸生の蛇が、その太い尾で兵士たちを薙ぎ払ったからだ。


咄嗟に陣の内側に居た、フェアラート王が崩れた部分に飛び出す。その横には、同じく抜剣した殿下も。

更に二人の左右には、カーラとシグルが駆け寄り、左右を固めた。


二人の突出した剣士の腕前は見事としか言えず、剣の達人同士だけが見せる阿吽の呼吸で、お互いをカバーしながら魔物たちを薙ぎ払う。



「タクヒールさま、水中から、来ます!」



「バルト、カウル、任せたぞ!」



俺はそう言って、魔物を挑発するため、水面に向かって投げ槍を放った。

挑発に乗った魔物が、水面から飛び出し、罠の先に立つ俺に向かって襲い掛かる。

そこに、樹上に控えていた彼らが、その巨大な鰐に似た魔物(グランチ)目掛けて巨石を落とす。


不気味な音と共に、頭蓋骨が粉砕されたグランチは沈黙した。流れ出た血は、魔物ホイホイに新たな獲物を誘引する。


その後も魔物の襲撃は続き、闘いは延々と続いた。

前回と比べると、桁違いに忙しいが、幸い打撲などの軽症者はいるものの、死者や重篤な負傷者は今のところいない。



「タクヒールさま、来ました! 森の奥から独特の音がします。前回と同じです!」



「前衛! 無理に受け止めるな、円陣を開いてクリムトを中に!」



基本的に全体の指揮は団長に任せている。

指揮者は戦闘に参加せず、常に全方位を見渡し、状況に応じた指示を出さなくてはならないからだ。



「クレア! 奴が現れたらクローラと共に、炎の壁を作り、こちらに誘導を!

マルスとダンケは二人を援護してやってくれ!」



そう叫ぶと、俺は傍に居るヨルティアに目配せをした。彼女にはそれだけで十分だ。


円陣が開いた箇所に炎の壁ができると、凄まじい叫び声を発して、クリムトが俺目掛けて突進してきた。

そして……、見えない壁、いや、急激に増した自身の重みで身動きできなくなり、しきりに体を揺らして抵抗を始めた。



「バルト、カウル!」



俺の合図で巨石がクリムトの頭部目掛けて降り注ぐ。

巨石の一撃、続く第二撃、背筋の凍るような、断末魔の声を上げてクリムトは絶命した。


だが、その後も魔物の襲撃は終わらなかった。



「左手より新手! こちらに真っすぐ向かって来ます!」



「左翼は陣形を固めろ! 無理に支えようとせず、後方からの火魔法士の援護を仰げ!

マルス、ダンケ、二人は左翼の援護を!」



「右翼、退路方向にも動きがあります!」



「くっ、次から次へと……、タクヒールさま、ヨルティアさまを右翼の支援にお借りします!」



正に魔物たちの猛攻、そんな状態だった。

団長は臨機応変に魔法士たちの配置を変え、対処していく……


俺たちは間断のない魔物たちの攻撃に晒され、徐々に消耗していった。

もちろん、死者や重傷者はいないものの、戦闘で負傷する者たちも徐々に増えていった。

後方に控えていた聖魔法士も、各所に移動しながら応急処置を施している。


ここに至って俺たちは、異常に多い魔物たちと、間断のない襲撃に違和感を感じ始めていた。



「団長、キリがないですね」



「ですね、そろそろ十分でしょう」



団長の言葉で俺は決断した。

目的は達したし、これ以上の長居は無用だ。



「全軍、陣形を維持したまま拠点まで撤退する。団長は引き続き撤退の指揮をお願いします」



俺がそう言った頃には、既に六匹目のグランチ、三匹目のクリムトを倒していた。

だが俺は、永遠に続くのではと思われるこの状況に、ある危機感を抱いていた。


そのため、余力のあるうちに撤退を決断し、円形陣を維持したまま、魔境の外縁部へと移動を開始した。


円形陣の最後尾は、マルスとダンケに守られた、4人の剣士たち。

俺たちを追う魔物は、そこであるものは業火に焼かれ、あるものは強烈な斬撃で切り裂かれていた。



「拠点の予備隊に連絡、これより魔境の出口付近を半包囲し、俺たちを追って魔境より出た魔物たちを殲滅する!」



周到な準備の下、配置された兵たちは、俺たちの脱出後、魔境から出た魔物を殲滅していった。


そして魔境の外縁部に出て数時間後、やっと一息つくことができた。



「ふぅ……、今回は多くの成果もありましたが、散々でしたね。やはり魔境は恐ろしいと、改めて認識しましたよ」



「そうですな。場所は違うとはいえ、慣れた我々でもこの様です。正直、かなり危険な状況だったと思います」



「これも団長のお陰です。的確な指揮をありがとうございます。今回も死亡者が出なくて幸いでした」



「もしかすると、関門戦で流れた血の匂いが、未だに魔物を刺激しており、奴らを奥地から呼び集めていたのかもしれません。あの波状攻撃は我々でも危い、そう思うことが何度もありましたよ」



「ですね、俺が迂闊でした……」



そんな二人の反省をよそに、二人の剣士はお互いの健闘を称えあっていた。



「私、魔境は初めてでしたが、陛下の隣で戦うのは、すごく安心感がありましたわ」



「ははは、それは此方の台詞です。お見事でした」



まぁ、俺たちにとって幸いだったのは、クリムトが三体討伐できたことだ。

フェアラート王に一体、クラリス殿下に一体、そして俺たちに一体と、公平に分配することができた。


なお、他の魔物については、素材や魔石を全て俺たちに預けられた。



こうして無事、目的も達せられたので、俺たちはサラームにて祝杯を上げ、本場のスパイス料理に舌鼓を打った。


そして、酒宴は明日の出立に備えて夜半にお開きとなり、解散した。



はずだった……



翌日、カイラールに向けて出発する際、事件の第二幕が上がった。

しかも、特大級の……



サラームの街を出るとき、俺はわざわざ見送りに来られた、フェアラート王に改めて挨拶した。



「これまで大変お世話になりました。

私も王都に戻り、その後は領内の再建と開発に力を尽くす所存です。お目に掛かることは、これで最後になるかもしれませんが、陛下もご壮健で」



「こちらこそ世話になった。そうだな……、魔境伯とは少なくともあと二回、会えることが確定していると思っているがな。それも、そう遠くない日に」



「なんか、お話が凄く具体的に聞こえるんですが……」



「もちろんだとも!

一度目は余が、正式に求婚するためカイラールを訪問した折に。当然、王都に駆け付けてくれるのだろう?

二度目は卿が、我らの婚儀に参加するため、来賓としてフェアリーに参った時にな」



「へっ? 求婚? 婚儀? ……、我らって?」



「もちろん、私と、クリーゲル陛下ですわ」



そういって横槍を入れたのは、いつの間にか俺の隣にいた、クラリス殿下であった。

しかもその言葉と同時に、国王側に移動し、二人は仲睦まじく並んでいる。



「は? 二人は……、いつの間に?」



「私は生まれて初めて、理想の女性に出会えたのだ。宮廷や茶会に居座る淑女など問題外だ。

政治の道具にされ、古臭いしきたりだの余計な面倒を抱え込むことは、御免被りたいと思っていたが……

同じ剣の道に生き、共に切磋琢磨できる女性などと、まさか巡り会えるとは思っていなかった」



そりゃあ……

お互いそっち方面では突出してるし、話も合うでしょうよ。いい意味でも、悪い意味でも……



「私も今まで、心が揺らぐ男性などお会いしたことがありませんでした。政治の道具にされるのも癪でしたし、姫というだけでかしずいてくる男など、魅力の欠片もありませんでした。

まぁ正直に言えば一人、私を蹴飛ばすぐらいの方はおりましたが、いくら気持ちが揺らいでも、その方は既に子持ちの奥方持ち。親友の夫に割り込むのも気が引けて……、コホン、まぁ、そういうことですの」



ってか、二人はいつの間に?

あと、何やら凄く不穏な言動も、含まれていた気もしますが?

というか昨晩、あの後二人で会ってましたね?



「あの……、不躾な質問ですが昨夜お二人は?

まさか……」



俺は『お楽しみでしたね?』の言葉を言いかけて、なんとか自制した。


確かに昨晩は、殿下自ら『労をねぎらう』とのお達しで、最近お付きになったユーカやカーラなどは、祝宴が終わったあと、身辺警護や身の回りの世話から外されていた。


殿下の側に居たのは、王都から付いてきた昔からのお付きだけだ。

その隙を突いて、このじゃじゃ馬は寝所を抜け出したのか?

ってか、お姫様のすることじゃないぞ……



「ははは、会って互いの夢を語らっただけよ」



「想像されていることは分かりますが、陛下は紳士でしたよ。昨夜は互いに身分を忘れ、庶民の酒場や私の知らない世界をエスコートしてくださいましたわ。

私、昨夜は初めてのことで、すごく楽しかったです」



「シラナイセカイ……、サクヤハ、ハジメテ、ダッタノデスネ?」



「王として庶民の暮らしぶりを身を以て知ることも大事だからな、また次はフェアリーの街を案内しよう」



「まぁ、それは楽しみですこと」



「……」



殿下の言動は、すっかり柔和な、女性そのもの言葉になっていた。

時折俺に対する、あからさまな女言葉ではなく、目をキラキラさせながら話している。



『そっちの方が、驚きなんですけど……』



しかも、俺の言葉はそっちのけで、こうも堂々と二人の世界に入られると、もうこっちの方が馬鹿らしくなって来た。



「殿下、カイラールで陛下への報告、この後のご対処はご自身でお願いしますよ。

私はこの件、知らなかったことにさせていただきます。変に関わって陛下の逆鱗に触れたくありませんからね、くれぐれもお願いしますよ」



「まぁ、魔境伯はてっきり私たちの味方だと思っていましたのに……」



「すまんが、これは王としてではなく、其方の友として頼む。カイル王への仲立ちと、クラリス殿の立場を守ってはもらえないか? 

フェアリーに戻れば、急ぎ使者を整え、求婚の件をカイル王にお知らせするつもりだ。

そして国内が落ち着けば必ず、私自身が王に、彼女をもらい受けるようお願いに上がる所存ゆえ……」



そう言って二人は、手を握り合ってじっとこちらを見つめている。


何故だ? これでは俺が意地悪しているみたいじゃないか……



「……、分かりましたよ。私も協力させていただきますが、今後は必ず、筋を通してくださいね。

特に、陛下へのお話は……、私も援護しますので、段取りを間違えないよう、くれぐれもお願いしますよ」



呆れつつもそう言って俺は折れた。

いや、自分の保身なんてどうでも良かったが、新たな不安に襲われていたからだ。


『俺はまた、またやらかしまったのか? 

自身と家族、仲間たちの身を守るため動いていたとはいえ、殿下やフェアラート公国の運命を、歴史を大きく変えてしまったのではないか?

成り行き上引き受けたが、こんな爆弾発言、そもそも何て報告すりゃぁいいんだ?』



「タクヒール殿、クラリス殿のこと宜しく頼む。このサラームの街ととともに、末永く……」



そう言って頭を下げたフェアラート国王に見送られながら、俺たちは出立し帰路に就いた。

俺自身は、大きく頭を抱えながら……



実はこのことに関して、タクヒール自身も知らない歴史の流れがあった。


それは前回の歴史で、カイル王国が滅びに瀕したとき、カイル王は隣国、当時は弟に国王の座を譲り、宰相として公国の内政を取り仕切っていた元第一王子のクリーゲルを頼るように遺言していた。


そして後日クリーゲルは、クライン公爵に伴われて隣国へ逃れた、カイル王国の王女と王子、すなわちクラリスと出会うことが定められていた。


この一連の出来事で、異なる流れに進もうとしていた歴史が、一部は同じ結末となるように強引に、少し違った形で帳尻を合わせて来た結果であることを、当事者たちは知る由もない。


一方、タクヒールたちについては、既に歴史が抗らえないほどに改編が進み、もはや帳尻どころではなくなっていた。

そのためこれ以降、全く異なる流れに分岐し、新しい歴史が幕を開けることになる。

【追記】2/13日付けで活動報告を更新しました。

第二巻の情報が公開され、2/13日より予約が開始されました。

皆さまの応援、本当にありがとうございます。

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いつもご覧いただきありがとうございます。

ずっと長い間、戦いとそれにまつわるお話が続きましたが、こちらでひと段落となります。


次回からは『大きすぎる功績』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
なんで自分たちで尻拭いせずにタクヒールを巻き込むんだ? クリーゲルは嫌いでも無かったけど、今回で嫌いの方に振り切れたわ。 今後二度とストーリーにでてこなければいいけど、まだ2回も出番があるのが苛つく。…
うん、脳筋女だけでなく脳筋男もマジで嫌い、、、
吊り橋効果ならぬ魔境効果?でもまぁ既定路線ということで。
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