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第二百八十二話 征旅⑥ 第一幕

俺たちがサラームの街に到着すると、城門の前には整列した一軍が待ち受けており、その中央にはクラリス殿下が軍装で俺たちを出迎えていた。


俺はちょっと嫌な予感にさいなまれた。

直ちに馬を降り、殿下の前に進み出ると跪き、帰着の挨拶をした。



「クラリス殿下に申し上げます。我らが陛下とフェアラート国王陛下とのご友誼に応えるための戦、勝利を収めて只今戻りました」



「ソリス魔境伯、大任を果たされたこと、陛下に成り代わりお礼申し上げます。王国の懐刀の武威を示し、陛下もさぞお喜びのことと思います。

……、おいてけぼりにされた私は、ちっとも喜んでませんけどね。ずるいですわ」



最後の一言だけは、俺にしか聞こえないような小さな声で、本音を吐かれてしまった。

殿下はそう言って、俺の母が怒ったとき父にするような、凍るような笑みを浮かべると、俺の横を素通りしていった。

そして、俺の後ろに居た漆黒の軍装に身を纏った偉丈夫の前に進み出ると、立礼した。



「!」



「陛下、初めて御意を得ます。カイル王が息女、クラリスにございます。

武勇に名高い陛下にお目に掛かれたこと、王女の立場としてより武を志す者にとして、大変光栄なことですわ」



ってか殿下、何を告白してるんですか!

そもそも殿下の存在は、兵士やティア商会の者たちにとっては、既に顔ばれしているために公然の秘密ですけど、本来は二人ともここに居ちゃダメな人たちなんですよ!



「おい……、ハリム、何で姫さんがわざわざ兄さんに挨拶してるんだ?」



「いや……、元締め、俺も知りませんよそんなこと。ってか……、今、陛下って言ってませんでしたか?」



「ハリム、陛下って何だよ! 俺は元締めやハリムと違い、肩まで組んじまったんだぞ!」



「俺なんて……、なんか凄い失礼なこと、言っちまったよぉ〜」



「それよりもお前ら……、俺たちの船には、あの首切り伯爵も居たんだぞ! 俺たち全員、無礼を働いたかどで首……、切られちまうんじゃねぇか……」



この元締めの最後の言葉は、彼らにとって死刑宣告に等しく聞こえた。

そして青くなってラファールに縋り付く。



「旦那、ずるいですよ。知っていたんでしょう?

後生だからそんな大事なこと、何で言ってくれなかったんですか?」



「馬鹿! お忍びなんだから、そんな事お前たちに言える訳がないだろ」



「ひっ、ひぃぃっ!」



最後の悲鳴は、彼らの内緒話を聞いたフレイム伯爵が一瞥したとき、ハリムらが発したものだった。



『ザハーク、ハリムよ、安心していいぞ。フレイム伯爵はそんなことで、無暗に首は切らないから。

久しぶりに民の声が聞けたと、陛下も相当喜んでいらしゃったしな。

だけど……、そんな話は小声でやるもんだ。俺たちにも丸聞こえだぞ』



俺自身、そう思ったが声にはしなかった。


それにしても、この姫はやらかしてくれる。

ここで話が色々とややこしくなったのも、このじゃじゃ馬姫のせいだ。



「祖国を救った英雄、カイル王国の女神とも言われた、クラリス殿下のご挨拶、誠に嬉しく思う」



「陛下、女神なんてお恥ずかしゅうございます。

ですが、一点だけ確認させてくださいませ。当然のことながらその女神、もちろん戦女神ですわよね?」



『そこなんかい!』

俺は思わず、心の中でツッコンでしまった。



「ははは……、も、もちろんだとも。その見事な軍装も、まさに戦女神そのものだな」



豪胆で鳴る、フェアラート王ですら若干引き気味だった。

ってか、この姫、初見で他国の王を圧するなんて、どんだけだよ!



「これはかつて、貴国の魔境でクリムト討伐の栄誉を受けた魔境伯が、特別に作ってくれた物ですわ。

今回の戦でも、幾度となく私の身を守ってくれました」



「それは……、殿下の身にまで危険を及ぼしたこと、改めて謝罪する。ここに控えるフレイムが貴国に同行し、改めて今回の件、正式な謝罪と今後の補償について相談するものの、いま私ができることがあれば、遠慮なく言ってほしい」



その言葉を受けた瞬間、殿下の目が鋭く光ったような気がした。

秀麗な口元は、口角が微妙に上がり、なんとか笑いを抑えているのが見て取れた。


なんか……、凄く嫌な予感がする。



「ではお言葉に甘え、武の道を志す者に、些細な褒美をお与えくださいませ。とても簡単なものですわ」



「う……、うむ」



『やばいっ! この姫、言質を取ったと、今度はあからさまに笑っている』



「お願いしたいことは二点ございます。

一点目は、どうか私に一手、ご教示くださいな。

剣技にて名高い陛下に、教えを請いたく思います。

二点目は、公国の魔境にて、魔物の討伐許可を。

私自らの手で得たクリムトを使った鎧を、我が父、カイル王に捧げたく思っております。戦勝式典に華を添えるために……」



『やりやがった! この脳筋姫、俺があの手この手で逃げていた魔境への出入り許可を、違う形で要求するなんて……、しおらしく父に捧げる、これは単に方便でしかないだろうが!』



「姫を魔境に……、それは承服しかねることだが、言質は取られてしまったしな。

よろしい、こうしよう。剣技で私から一本取る……、いや、我が鎧に傷ひとつでも付けること叶えば、魔境でも十分その身を守ることができると判断できよう。それでいかがかな?」



「寛大なるお言葉、誠にありがとうございます。お約束、しかと承りましたよ」



『いや、違います。それは悪手です。せめて勝ったら……、そこで言葉を切って欲しかった』



確かに一年前は、既に剣鬼へと階位を進めていたクラリス殿下でも、実戦経験の違いから、格下の剣豪である俺でも軽くあしらうことができていた。


戦いは剣だけでするものではない。

まぁ、それまで殿下の相手をした者たちは、真っ当な剣術でしか『お相手』してなかっただろうが、俺は遠慮や忖度など一切しなかった。


隙さえ有れば、容赦なく剣以外の肘や足も使った。

初めての撃ち合いでは、組み合った時に油断していたじゃじゃ馬を、右足で思いっきり蹴飛ばしてやった。


上品な試合ならまだしも、戦場ではこんなこと当たり前だ。そして、この先のことを考え、殿下の鼻っ面をへし折る意味もあった。


その後も、型通りの剣しか知らなかった殿下は、悉く俺に敗退した。



だがそれが、余程悔しかったのだろう。

カーラから聞いた話によると、暇さえあればこのじゃじゃ馬姫は、カーラに対戦を所望され、その結果、今は相当腕を上げているらしい。


かくいうカーラ自身、天賦の才に恵まれ、現在の魔境伯領では、団長に少し劣る程度の比類なき凄腕だ。


俺が学園に通うのに同行して学園の生徒となり、王都では騎士団の面々と腕を磨き、領内では団長と実戦さながらの対戦を積み重ね、その結果、相当な腕前に成長していた。

そのカーラから、最近では対戦でたまに負けることがある、そう言わしめるまでに殿下は成長している。



「お二方に申し上げます。衆目の中、お互いの立場もどうかお考え下さい。

一旦はサラームの街に入りましょう。そこで先ず落ち着いてからゆっくりお話を……、我らは先を急ぐことでもありますし」



「ふぅ、魔境伯、仰ることはわかりました。

一旦兵たちをサラームに、私たちは場を改めるといたしましょう。落ち着ける場所は既に確保しておりますので」



「は? 場所?」



「魔境伯、驚くには値しませんわ、貴方がいつも仰る脳筋姫は、手綱を握っていないと何処に走り出すか分からない、じゃじゃ馬ですからね。たまたま今日の対戦相手が、貴方から陛下に変わっただけですわ」



そう言って殊更姫らしく、手で口を押さえて『ホホホ』と笑う殿下を見て、俺は頭を抱えた。

こんなこと、どう陛下に報告すりゃぁいいんだよ!


ってか、本来なら魔境の出入りを賭けて、戻って来た俺に挑むつもりで、せっせと準備を進めていたと言うことか……



頭を抱えて悩む俺をよそに、彼女の脳筋振りが何かの琴線に触れたのか、フェアラート王も乗り気になってしまっていた。

同じく俺の隣で頭を抱えていたフレイム伯爵に、異常な親近感を感じたのは言うまでもない。


『フレイム君、今夜は二人で酒を酌み交わし、互いの主人の愚痴を言い合おうではないか!』

俺は思わず、そう思っていた。



そして、第一幕は上がった。


人目を避けるために、街の郊外にいつの間にか整備されていた習練場は、周辺警護の兵を除き、限られた者しか立ち入りできないよう、俺は全力で一帯を封鎖した。


そもそも、場合によってはこの試合、無かったことにしないといけない可能性すらあるのだ。

いや、可能性ではなく、どう転んでも無かった事にしなくてはならない。


王国の姫が隣国の王と剣の対戦に興じる……、あり得ない話だからだ。


そんな俺の気持ちをよそに、勝負は始まっていた。



お互いに木剣を持ち、正眼で構える二人。

勿論見守るのは限られた者たちだけ。万が一に備え、聖魔法士のローザも、すぐ脇に控えさせている。


フェアラート王は強い。剣の腕は公国随一と、噂には聞いていたが、実際見るとその威圧感は半端ない。

腕前なら王国内でも敵う者がいるかどうか……、威圧感なら正直言って兄より上だ。


そして王は、お得意の諜報により恐らく殿下の腕前も正確に把握しているのだろう。ただし、恐らく王都の学園時代のものだが……

そこが唯一の勝機かもしれない。


いや、勝ってもらっては困るんだけど……



「……!」



無言の気迫とともに、殿下が切り掛かる。

それをフェアラート王が受ける。いや、斬撃を正面から受けて弾き返す、といった方が良いかも知れない。

リーチと膂力が格段に違うこと、これは大きなハンデともなる。


王は斬撃を弾き返しあと、踏み込みと同時に、目も止まらぬ速さでの振り抜きでの反撃。

それを殿下は正面から受けず、柔らかく手首を返すことで、見事に流していた。


その後も暫くは、殿下が目にも止まらぬ斬撃を放ち、王が弾き返す、その一進一退の攻防が続いた。



「お二人とも見事ですな」



「団長はどちらが勝つと思いますか?」



「実力はまだフェアラート国王陛下が上でしょう。

だからこそ、楽しんでおられる。だがそこに……、隙が生まれる。

それに殿下は、まだアレを出していませんしね」



そう、殿下の強さは、ただ大剣を振り回すような剣技ではなく、王族に伝わっているらしい、日本刀を扱うような剣技だ。

剣特有の叩き切る動きというより、日本刀のように鋭利に突くことや切ること、そんな独特の剣技を使う。


だか、そんな剣技はこの世界にはない。

彼女らを除いて……



「そろそろですよ」



団長の言葉通り、殿下は体力的にそろそろ限界だ。

息切れしかけた呼吸を整えながら、渾身の一手を出すため、霞の構えを取った。


王は何かを悟ったのか、ニヤリと笑った。

一瞬の静寂のあと、互いの剣が交差した。


王の目を狙った殿下の木刀がはじき返される寸前、素早く手首を捻ると同時に重心を下げ、殿下が異なる斬撃に切り替える。

それすら王は弾き返すつもりで動くが、ここで殿下は叩き切る動きから、鋭利に切る、突くに剣技を切り替えた。


突然の変化に不意を突かれつつも、それでも素早く反応した王は、殿下の剣を薙ぎ払おうと動く。


変則的な殿下の動きにすら、なんとか対応しているが、一瞬だけ王は、防戦一方になっているように見えた。


そして……、互いの剣戟が交差し……

勝敗は決した。

フェアラート王の勝利として。


王の突き出した剣は、殿下の首元の寸前で止まっていた。

だが、殿下の剣も、自らの首を差し出す代わりに、王の腰元の鎧を切り付けていた。



「ふむ……、見事! 敵わぬと悟ると、相打ちを狙ってきたか? もう少し踏み込みが鋭ければ、実戦では俺が、切られていたな。その覚悟、見事だ。

賞賛に値する」



「残念ですわ。もう少し手が長ければ、歩幅が大きければ、もっと深く切り込めましたのに……

でも、お約束ですよっ」



「あっ!」



そこで俺は初めて気付いた。殿下は初めからこれを狙っていたのではないか? 

明らかにまだ力量に差があると感じ、『我が鎧に傷ひとつでも付けること叶えば……』、この言質を取ったことに一縷の望みをかけて。それまでの攻撃を、いや本命の攻撃さえ捨て石にして。



「と言うことです。魔境伯、約束通り私を連れて行ってくださいな」



殿下は満面の笑みで、まるで『褒めて、褒めて、ご褒美もね』とじゃれつく犬のように迫ってきた。


仕方がない……



「殿下、お見事な戦いでした。感服いたしました。

お約束通り、魔境へお連れします」



「ふむ、面白そうだな。ここはひとつ、私も同行させてもらうとしようか」



「へ、陛下っ!」



フレイム伯爵が悲鳴を上げたが、もう後の祭りであった。



「カイル王国の姫君が魔境に入られるのだ。国王として、安全を図り見届けるのが筋であろう?」



もしかして、フェアラート王はわざと、防げるはずの打ち込みを受けた? 殿下に花を持たすために……


ニヤリと笑う王を見て、俺はそう思わずにはいられなかった。これだから脳筋は……

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『第二幕』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
いやぁ、このクラリス殿下、めちゃくちゃ苛つく。 ホント嫌いだわぁ。 自分のことしか考えてないんだもの。
言い方悪くて申し訳ないですが『この女マジで嫌い』 この言葉しか出てきません、、、 さっさと脳筋女は脳筋男のとこに嫁がせてご退場を 願いたいです、、、
うん、この先じゃじゃ馬姫のお世話は、こちらにお任せしよう。
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