第二十八話(カイル歴503年:10歳)新たなる一手
「父上、以前にお願いしていた通り、バルトを私の選任従者として配属していただきたく思います」
俺はある日唐突に、父に以前の約束を求めた。
10人の魔法士を揃えた時点で、俺は父との約束により、新たに700枚を超える金貨を手に入れ、当初承認が必要な予算1,000枚とは別に、自由に使える1,000枚以上の金貨を手にしていた。
そこで、父の伝手を借り、次の手を打つことにした。
「バルトを使って何をするつもりだ?」
「はい、彼は時空魔法士で、父上と同じく空間収納が使えます。彼には交易商人に同行してもらい、ある役割を果たしてもらいたいと考えています」
父も似たような事を考えていたのかもしれない。
少し渋い顔をした。
「うむ……、その件か……、実は、儂もな……」
「領主の貴方が約束を違えてどうなりますか?」
明確に答えない父に、母が笑いながら差し込んだ。
いや眼だけは笑ってない。
いつもの、絶対逆らったらアカンやつ、です。
「も、もちろんだともっ!約束通りバルトをタクヒールの専属使用人として認める」
母の背後からどす黒い霧のようなものが上がるように感じた父は、慌てて認めた。
「もう一名については、今は専属という形ではなく、必要に応じ都度手を借りたく思います。既に定期大会の運営にも皆、手を貸して貰っていますし」
「そうですね。元々タクヒールが射的大会の人員として見つけて来た子たちです。当然ですよね?」
母さまは、ちゃんと父を追い込んでくれる。感謝。
「も、も、勿論だとも、ただ、何人かは魔法士としての戦闘訓練には参加してもらうが、それは異存ないな?」
「はい、当然のことと考えます。そのあたりは本人の適性に応じて、差配はお任せいたします」
「バルトの件で父上にお願いしたいのは、信頼のおける交易商人、特にカイル王国にはない海辺へ行商に行っている商人を紹介いただきたく……
また、交易商人に対し、バルトの同行を願うにあたり、父上からの依頼、といった形にしていただけませんか」
そう、信用してない訳じゃないが、父からの依頼だと商人たちも無下にはできないはず。
「それは構わんが、タクヒールは何を始める気だ?」
「海辺にある、打ち捨てられている素材で、このエストールの大地を豊かにする算段です。それをこれから試すために、彼の力が必要です」
「ふむ、面白そうだな。その素材が入手できたら私にも報告すること、結果を共有すること、それが口添えの条件だ」
「勿論です。ご了承いただきありがとうございます」
まぁ……、目的は今伝えただけではないんだけど、それについては、おいおい後ほど……
元々交易に才のある父と、好景気に沸くエストール領には商人の出入りも多い。
ほどなくして、父を通して、ある交易商がバルトの同行を認めてくれた。
そしてある晴れた日に、領主館付きになった魔法士たち、受付所のみんな、射的場関係者、孤児院の仲間達に見送られ、バルトは交易へと旅立っていった。
見送るのは俺にとって、一緒にいるのは、これからの事業を進める大切な仲間たち、やっとここまで来たんだ、そう思い感慨深かった。
バルトには大きく3つの事をお願いしていた。
◯牡蠣殻の収集(最優先)
・海辺の町で打ち捨てられている牡蠣殻の回収をする
・牡蠣殻は少しでも多く、対価が発生しても構わない
◯穀物の種の収集(可能なら)
・領内で栽培されていない種類の、穀物の種の入手
・特に米が有れば優先的に。併せて栽培方法の確認
◯芋の収集(可能なら)
・領内で栽培されていない、色んな種類の芋の入手
・種芋を収集し、それぞれの栽培方法の確認
これに合わせ、それなりの量の金貨も預けていた。
「タクヒールさま、牡蠣って何ですか?」
「えっと、海の岩場に張り付いている平らな貝で……」
「申し訳ありません……貝ってなんですか?」
「!」
海を知らない者なら当然の疑問だ。
カイル王国は海に面していない。
しかもここは海の方向とは反対の最辺境の地だ。
絵を描こうにも、牡蠣の絵って意外と難しい。個体によって形が全然違うし……
見た事もない牡蠣について、説明するのに苦労したが同行する交易商人が知っていたので助かった。
あと、往路は何も運ぶものが無いので、自由に空間収納を活用して良いとも伝えた。
米は勿論、俺の願望、いや熱望に近い。
いつか白米のご飯を食べる。これは俺の夢だ。
青竹を飯盒にしたご飯も食べてみたいし。
エストール領で稲作ができれば最高だ!
ただ入手できるか分からない物なので優先度は低い。
米の説明も難しかったので、穀物なら何でも、と表現を変えた。
そして芋。カイル王国でも北部の地域では芋の生産も行われており、食料として活用されている。
だが、エストール領ではあまり浸透していない。
荒地でも育つ芋が見つかれば良いのだが……
特にテイグーンの高地で育てば最高だ。
芋についても、同行する商人が知っていたので、道中で見かけたらバルトに教えて貰うようにした。
以前読んだ書物や交易商人の話から、この世界にはまだ多くの種類の芋が存在することは確認している。
良い種芋が見つかれば、孤児院でも栽培を進め、孤児たちにも育てて貰いたい、そんな考えをバルトには伝えている。
もちろん、預けた金貨を持ち逃げされれば身も蓋もないが、将来的には孤児院をもっと改善し、孤児たちの雇用も促進したいと行動してる俺に、バルトは多大な恩義を感じているようだ。
俺もそういった心配は気にも留めていない。
バルトの活躍次第で、6年後、9年後の未来はきっと変わるはず。そう考えていた。
そのための第一歩がやっと踏み出せた。
「必ずや成果を持って帰ってきます!」
バルトは無事の帰還を祈る皆に何度も手を振って旅立っていった。
こうしてバルトを送り出した後、益々盛り上がる射的場の利用や次の定期大会、登録者の増加を受けて、魔法士候補者の洗い出し、洪水対策などを着実に進めていった。
次回の魔法士適性の確認は、目立たぬよう候補者の選定と囲い込みを進め、時期が来たら一気に行うつもりでいる。
そうそう、年に一度の最上位大会、この企画や賭け事(お金儲け)の仕組みも考えないと……
多分一年なんてあっという間だし。
俺は机に向かいぶつぶつと独り言を言いながら、構想を練るためにペンを走らせていた。
ご覧いただきありがとうございます。
30話ぐらいまでは、ほぼ毎日投稿していく予定です。
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