第二百八十話 征旅④ フェアリー凱旋
フェアリー郊外での決戦に勝利して、国王軍と合流した俺たちは、そのまま近衛師団第一軍と共に、王都フェアリーの城門をくぐり、王都の民から歓呼の嵐で迎えられた。
暫く王都を占領されていたとはいえ、フェアラート国王の人気は、凄まじいものだった。
「フェアラート国王、万歳!」
「クリーゲル陛下、万歳!」
「フェアラートの盟友、魔境伯万歳!」
「解放者魔境伯、魔境伯軍万歳!」
「殲滅魔導軍団、魔境伯軍に感謝を!」
ん? 歓呼する民衆の中に、おかしな事を叫んでいる者たちがいるが……
よく見ると、俺たちを称え叫んでいる者たちは一様に……、王都の領民たちとは明らかに風体が違う。
見るからに厳つそうな顔の男や、汚れた身なりの荒くれ者、ちょっと人相の悪い者たちが、揃って俺たちを讃える、一際大きな歓声を上げていたのだ。
「ラファール! やったな?」
俺は苦笑しているラファールを、睨みつけた。
あれは恐らく、ザハークの配下たちだ。ならば……、あからさまな仕込みじゃないか!
「まぁ、今回の決戦では、タクヒールさまの武勲は計り知れません。王国でもこの国にとっても。
ですので、それを事実として民に喧伝し定着させること、これは必要なことです。
そう思い、ラファール殿と協議して、勝手に動かせていただきました」
「団長が?
俺もこの国に対して狸になれ、そういうことですか?
これから俺たちをまんまと騙した、狸たちの巣窟に入るにあたって……」
そう、俺たちはフェアラート国王、そしてフレイム伯爵らの策略に、まんまと引っかかっていた。
近衛師団第二軍の裏切り、これ自体がフェアラート国王の仕掛けた罠だった。
正確には、上級貴族の出自である第二軍の師団長と、同様の立場である一部の上層部は、本心から裏切り、反乱軍に加担していたが、実働部隊の指揮官たちは全て、フェアラート王の策に従い、敢えて裏切りを偽装し、反乱軍に加わっていたのだ。
彼らは最終局面の最も効果的なタイミングで裏切りを止め、もとの鞘に戻った。
その結果、反乱軍は一気に瓦解した。1万を超える投降者を出して。
「そうですね、テイグーンを訪れたフレイム伯爵の無念そうな演技は、真に迫ってましたからね。
我々も含め、反乱軍は一杯食わされたということでしょう。ですので、このぐらいは当然かと」
「では団長、我々もその代償として、彼らに対しては図太く、必要経費は遠慮なく存分に、そういうことですね?」
「はい、そういう意味で、我々は我々なりに、自らの価値、恐ろしさ、功績をしっかり示していく必要があると思います。この国の指導部だけでなく、民たちにも」
そう言って団長は笑った。だが、目だけは全く笑っていなかった。むしろ凄みのある目つきをしていた。
彼は単なる職業軍人ではない。かつて、前回の歴史では、政戦両略の天才と言われ、帝国内の宮廷闘争でも第三皇子を支え活躍していたらしいし……
「頼りにしてます。これからも」
そう言って俺は、気恥しさをごまかすように、表情を必死で取り繕い、歓呼に応えていった。
※
俺たちは取り急ぎ、国王の命で貸切られたフェアリーの高級宿に入った。
もちろん、宿屋だけでは収まらず、収容しきれなかった人員には、近衛師団の宿舎があてがわれていた。
明日の午前中、王宮にて国王より謝辞を受ける謁見のあと、船でサラームに急行し、国境を抜けてカイラールへ凱旋する予定だ。
さっさと帰りたかったが、国として踏まなければならない手続き、フレイム伯爵からそう言われやむを得ず一日の滞在という条件と、取り合えず街に入り次第、兵たちに分配する一時金を貰うことで妥協した。
「良いか、交代で休養と食事を取れ。なお、希望者は休息中にフェアリーでの自由行動を許可する。
タクヒールさまより一時金を預かっているので、自由行動中の食事や買い物はそれを使用するように。
各隊の一時金は代表してお前たちに預けるので、遺漏なく全ての兵に分配せよ」
団長が中級指揮官たち、各隊の百人隊長を集め、当直と待機、自由行動の割り振りを行っていた。
俺と側近の者、魔法士たちは基本同じ行動をするため、食事は宿で用意されたものを利用するが、他の者たちは当直があり、バラバラの時間になるため、このような対応が取られている。
そして俺たちは夕食後、予想していた報告を聞くことになった。
「タクヒールさま、その、またいらっしゃいましたが……、いかがいたしましょうか?」
そう報告してきたのは、蒼い顔をしたラファールだった。
そう言えば前回、特使として此処を訪れた日の最終夜、彼は国王の隣に座らされて、酒を相伴するという名誉と大任が与えられていたんだっけ。
『俺なんかが隣に座り、恐れ多くて折角の酒も、全く味わう余裕もなく、酔うことすらできませんでしたよ。ホント、勘弁してください』
たしか……、そんな泣き言を言っていた気がする。
「今回は団長とも話したがっていらっしゃるから、俺と団長、二人でお相手する。連絡を頼む」
「はい、団長はもう既に、フレイム伯爵と共に談話室前で護衛として立っていらっしゃいます」
そっか、団長は動きが早いな。
ってか、ラファール、あからさまに安心した顔になってるぞ!
折角だし、話が終われば酒好きのラファールも酒宴に呼んでやろうかな?
ちょっと俺は、そう思ったが、既にフラグの立っていた彼は、翌日しっかり回収されるのであった。
その後俺は慌てて、この高級宿に設けられた談話室に向かった。
そして……
「おお、我が友よ! 約束通り酒を酌み交わすために参ったぞ」
『いや、そんな約束してませんでしたよ。まぁ陛下が送られた手紙には、そう書いてありましたけど……』
「陛下」
フレイム伯爵が何かフェアラート王をたしなめるように短い言葉を発した。
「ふむ……、そうであったな。
先ずはカイル国王、魔境伯、そして貴国の貴族や兵、民たちに、余は謝罪せねばならん。
我が国の跳ね上がりどもが、貴国に多大なる迷惑を掛けたこと、心よりお詫びする」
そういって国王は、数秒間頭を下げ続けた。
「次に魔境伯、ヴァイス男爵に心よりお礼申し上げる。
其方たちによって、形勢は一気に逆転し、最小限の犠牲で今回の反乱を鎮めることができた」
再び長い間頭を下げ、何とも言えない気まずい沈黙が俺たちの中に流れた。
お忍びとはいえ、一国の王が同格の他国、その他国の更に臣下に対し頭を下げるなど、常識的にはあり得ない話だ。
「陛下、陛下は以前、ここでの出来事は無礼講、そう仰いましたよね。
既に筋は通されました故、ここから先は無礼講といたしましょう。ね、団長」
「無礼講と言う言葉に甘え、武人として率直に申し上げさせていただきます。
臣下や目下の者に対し、率直に頭を垂れるそのお姿、感銘を受けました。
たったおひとり一人の例外を除き、そのようなお心持ちの方は、初めてです」
「ははは、その唯一の例外が、今の其方の主君という訳だな」
「私も、武人としては潔いと思うのですが、ご戴冠されて後は、どうも頭の痛い話でして……」
最後のフレイム伯爵の一言で、俺たち三人は心から笑った。
そして俺たちは酒を酌み交わし始めた。
「ところで魔境伯、あの見たこともない戦術、アレは何だ? 戦場では二度も驚かされたぞ」
「ああ、アレとアレですね」
フェアラート国王の指していたのは、ふたつ。
一つ目のアレは、団長が指揮した騎馬隊による遠隔機動戦術だった。
反乱軍との戦いの時、団長は横20列の縦陣にて敵中央に突進し、敵の魔法攻撃の射程外である300メルの手前で左右に展開、瞬く間に左右それぞれ縦10列の横陣に変化させて見せた。
そして、息をつかせぬ間に馬上からの第一斉射、そしてクロスボウに変えた第二斉射。
これらの戦術は、魔境騎士団と辺境騎士団を除けば、シュルツ軍団長の意を受けて早々にクロスボウを騎馬戦術に取り入れていた、王都騎士団第三軍にしかできない射撃だった。
各所に配置された風魔法士の支援を受けた矢は、300メル以上を飛翔し、都合8,000本の長射程高威力の矢が、反乱軍中央部を襲った。
この強力かつ一方的な攻撃で面子を潰され、一方的に蹂躙された中央軍と右翼軍は、激発して一気に彼らの魔法攻撃の射程を詰めるべく突出して来た。
そして、団長はそれを予測していたかの如く、横陣のまま距離を保ちつつ後退、敵軍を誘いだした。
このような戦術、敵軍を挟んで更に反対、離れた位置にいた国王軍からの見れば、まるでそれは魔法のようで、不思議でならなかっただろう。
なんせ、一筋の槍が降りて来たかと思うと、横に広がり蓋になり、その後は、まるで蓋全体が吸盤となり、吸い付けられたかの如く、敵軍は誘い出されて突出したのだから……
そして二つ目のアレである。
前段階として、団長らを追う反乱軍に向かって、超大型のメガホンとシャノンの音魔法で増幅した俺の声が鳴り響いた。
『反乱軍に告げる、武器を捨てて大地に這いつくばり降伏しろ。
さもないと、お前たちの四肢は引きちぎられ、大地はお前たちの血で赤く染まることになるだろう。
一度だけ、俺たちの警告を理解する機会をやる。
だが次はないぞ』
俺の声が終わると同時に、後退して俺たちとの距離が1キル以下になった魔境騎士団と第三軍の騎馬隊、数百メル離れてそれを追う反乱軍、二つの軍の中間地点である、1キル先に向けて、大地を抉る強烈な威力の魔導砲による4基連続発射が襲った。
もちろん、金属球は運動エネルギーがゼロになるまで大地を跳ね回り、不運な反乱軍の先頭部隊を、跳弾が多少は巻き込んでしまったが。
余りの高威力と長射程、広範囲一斉攻撃に反乱軍は驚き、そして恐怖し、動きを止めて呆然となった。
そこに追撃となる声が再び響き渡った。
『分かったか? 次はお前たちの軍の中央に魔導を落とす。あるのは無残な死あるのみだ。
生き残れるのは、降伏の方法を実践した者たちだけだ。無駄に死ぬか、生き残るかはお前たち次第だからな。さあ! 選択するがいい!』
無論これはハッタリだった。正確には彼らの中央部は有効射程外であり、1キル以上では狙点固定すらままならず、本当の意味で拡散、どこに飛ぶか分からない攻撃となることを、俺たちだけが知っている。
だが彼らは、これを物理攻撃ではなく魔法攻撃と誤認した。あり得ない飛距離を飛んだ第一射と、彼らを馬鹿にしたような余裕のある警告が、それ以上の可能性を誤解させるに十分だった。
まぁ、重力魔法と風魔法の高度な連携なので、ある意味では魔法攻撃で正解だけど……
この事態に中央に位置した部隊が、恐慌状態となって我先に潰走を始め、各々が戦場を離脱し始めた。
そこに突然、味方だった筈の近衛師団第二軍が襲い掛かり、それに呼応して俺たちの反対側に対峙していた国王軍三万が、反乱軍右翼を押し包んだ。
この状況に至り、多くの下級将校、兵士たちが武器を捨て、大地に寝そべったため、勝敗は一気に決した。
「まぁアレとアレは、俺たちの秘匿戦術ですからね。王国内でも信の置ける、ごく一部の方々にしかお伝えしておりませんし……」
「俺たちは友として信の置けない者か?」
もう種明かしをして欲しくて、フェアラート王は我を忘れ、国王としての体裁もどこかに飛んで行っているようだった。
「そうですね……、『信の置けない』俺たちは今回、お二人の狸っぷりにすっかり騙されましたし。
俺たちは近衛師団第二軍のこと、何も知りませんでしたよ。直前まで敵と間違えて、うっかり殲滅するところでしたし……」
「そこは謝る、だから……、なっ、頼む。
フレイム! 元はと言えば、お前の演技が迫真過ぎたからだぞ!」
「な! 陛下こそ、敵を欺くにはまず味方から、王国側でも上手く演じるよう頼むぞ、そう仰っていたではないですかっ」
「いや……、それにも相手と程度というものがあるだろう。魔境伯は我が友……」
「そもそも、真実は私以外に他言無用、そう仰ったのは陛下ですよ!」
「そ、それは……」
酒も入り、国王と臣下、そんな関係ではなく、上司と部下の見苦しい責任の擦り付け合い、そんな感じに見えてきた。
団長は何故か、そんな様子を微笑ましく見つめていた。
俺は結局、散々焦らして楽しんだあと、一部の最高機密(重力魔法、及び滑車などの一部秘匿事項)を除き、差し障りのない範囲だけ彼らに話すことにした。
そして、宴もたけなわとなった頃、今度はフレイム伯爵から爆弾が投下されてしまった。
「陛下、サラームの街には、カイル王国の王女殿下がご滞在で、指揮官としてかの地の防備を固めておいでです。
今回の反乱軍殲滅にあたり、王女殿下は西部方面軍総司令官の任にあり、多大な功績を立てられております」
「あっ!」
「あっ……」
俺はその、投下された爆弾に思わず声を上げてしまった。
殿下がこの国にいることは、対外的には知られてはいけない話だ。迂闊にも俺は、事前にフレイム伯爵に口止めするのを忘れていた。
そして、俺の動揺した声に伯爵は、酒に酔い自身にも災いとなる情報を、迂闊にも漏らしてしまったことへの、後悔の悲鳴が続いた。
『ってか、気が付くのが遅いんだよ!』
俺は思わず、そう愚痴りそうになった。
クラリス殿下の件は、知ってしまった以上は、外交儀礼上も国として動かねばならなくなるからだ。
思わず頭を抱えた俺たちを見て、今度はフェアラート国王がニヤニヤ笑った。
「ふむ……、公式に訪問せねば良いのであろう?
近衛兵団の第二軍と三軍は、未だに国内平定のため奔走しておる。余が彼らを激励するためフェアリーを出て、彼らに合流する途上で、たまたま忍びでサラームを訪れた。そういうことで問題なかろう?」
「いや、せっかく取り戻した王都をまた空けられては……」
今度は俺のジト目を浴びながら、フレイム伯爵が大いに焦り始めていた。
『あの方をよく知る伯爵なら、自ずとこうなるのは分かっていたでしょうに……』
俺は心の中で大きな溜息を吐いた。
しかし、このことが単なる面倒くさい話から、今後両国においての一大事に発展するとは、盃を呷り談笑する俺たちは、想像すらできなかった。
タクヒールは知る由もないことだが、歴史の皮肉は、思いもよらぬ展開を演出するのである。
いつもご覧いただきありがとうございます。
次回は『事件の始まり』を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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