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第二百七十八話 征旅② サラーム解放

タクヒールらが、遠くから城壁上の各所で酒を飲む公国反乱軍の敗残兵たちを、呆気にとられて見ていた時、同じように彼らの様子を遠巻きに伺い、ほくそ笑んでいた者たちがいた。



「元締め、旦那の言っていた通りですね。本当に奴らときたら、こんな事態に関わらず城壁の守備もそっちのけで、酒を飲んでますぜ」



「ああ、そうだな。旦那から『こっそり食事と共に、酒樽を各所に置いて来い』、そう言われた時は不思議でならなかったが……」



「今回の戦、奴らには大義などないからな。あるのは欲だけだ。上がそうだから、下も見習うものだ。

奴らはこれまでの敗戦で王国軍、いや、魔境伯軍の恐ろしさが身に染みて分かっているだろう。

戦いの恐怖と未来への不安を紛らわせるため、ちょっとは酒でも飲みたくなるさ。

統制する者もたしなめる者もないなか、飲み始めると抑えが効かなくなる。奴らは酒に溺れ、もはや兵士ではなく野盗と同じに成り下がると言う訳だ」



そう、完璧に勝利できると思っていたクレイラットでの敗戦、そして、鉄壁の防御と信じていた関門すら、いとも容易く打ち破られ、反乱軍の兵士たちは壊走してサラームへ逃げ込んだ経緯がある。


この過程で、軍を率いていた上層部は壊滅し、サラームの守備兵を10倍以上も上回る数の兵が逃げ込んで来たため、指揮命令系統は乱れ、全く統制が取れない状態になっていた。


そのため、ザハークがタクヒールへの報告に上げていた通り、町では兵たちの狼藉、略奪や暴行が横行し、収拾がつかなくなっていた。


そしてこの日、ザハークを通じてラファールの依頼を受けた街の有力者たちは、陣中見舞いと称し、食事と酒を彼らに運んでいた。



「ところで街の者たちの避難は?」



「旦那の指示通り、正門とこの裏門一帯は日が落ちると同時に、目立たぬように避難させましたぜ。

あと、駐留兵の詰め所など、戦になりそうな場所も同じく」



「そうか、助かるよ。で、ザハーク、奴らの背中から火を付けて回る者たちは?」



「それはウチの配下から50名ほどが、合図によって動きますよ」



「ふむ……、できる限り、戦禍を広げぬために手は借りたが、彼らにも決して無理はさせんようにな」



「ははは、俺の配下はみな一癖も二癖もある奴らばかり、命知らずのならず者でさぁ。

逆に遠慮や用心、手加減なんて言えば、却って戸惑っちまいますよ」



「元締めのところの男たちなら、確かに違ぇねぇ」



ザハークとハリムは声を上げて笑った。



「そうか……、今後はそういった男たちを含め、まっとうに働く意思のある者は、魔境伯がまとめて拾ってくださる。

こんな山賊顔の荒くれ者ですら、今や貴族様だからな……」



ラファールは自嘲気味に笑った。


彼自身、魔境伯から諜報を任されている立場上、信頼できる有能な仲間はもっと欲しいと思っている。

新しく魔境伯の陣営に身を投じたザハークの力量は、彼の期待を十分に越えるものだった。



「さて、俺たちもそろそろ動くとするか? 合図はどうだ?」



「はい、魔境伯領特産の燈火を、城壁の各所に吊るしております。こちらの準備は万端であること、間もなく行動が開始されることは、魔境伯に伝わっていると思います」



「そうか、ではそろそろ始めるか?」



そう言ったラファールは、城壁上で杯を交わす反乱軍の兵士たちを、憐れみを持った目で見つめた。

ラファールの予測した通り、彼らは戦いの恐怖を忘れるため、各所で酒を煽りながら、恐怖をうち払うために、カラ元気で口々に豪語していた。



「サラームの街は、魔物の襲撃に備えて防御も固い。数千の敵軍でも落とすことなど不可能だ!

だから俺たちは、固く城門を閉ざし、安心して酒でも飲んで、ただ援軍を待っていればいいってことよ」



「ははは、王国軍の奴らはたかが5,000前後、国境を空にしてここに押し寄せる訳にもいかんよ。

そうなれば数はもっと減る。つまり俺たちの仕事はもうこれで終わり、いや、もう沢山だな」



「もし奴らが全力で攻めてきても、逃げ場もなく袋の鼠となるぜ。いや、俺はそうあって欲しいな。

調子に乗った奴らにも、思い知らせてやる必要があるからな。死んじまった仲間の仇を取ってやる」



恐怖を紛らわせるため酒杯を煽り、自身に都合の良い未来を語る彼らは、暗闇のなかで密かに攻撃準備を整え、徐々に接近するタクヒールたちに気付きようもなかった。


そして突然、彼らとは反対方向、正門側の方向から鬨の声が上がった。



「て、敵襲だと?」


「ど、どこだ? 一体、誰が襲ってきたんだ?」


「正門だ」


「いや、あの声はもう、正門を越えて街の中だぞ!」


「カイル王国軍が、二万の大軍で押し寄せたぞ!」


「に、にに二万だと? そんな馬鹿な?」


「奴らは既に正門を落とし、街の中に入ったぞ!」


「何だと? そんな……」


「さっさと逃げろ! 敵うわけないだろうが!」


「もう駄目だぁ、フェアリーまで撤退しろ」


「ど、どういう事だ? 何が……、起こっている?」



狼狽する彼らは、兵士たち以外に切迫した事態を煽る、ザハーク配下の者たちの声に惑わされた。

そして、扇動者たちは二段階目の行動に移った。



「おい、誰だ! 勝手に城門を開けようとしている奴は」


「知るか! 二万相手に俺たちで勝てる訳もないだろうが」


「戦いたい奴は、せいぜいここで頑張ってくれ。俺たちが無事に逃げる時間を稼いでくれや!」


「くっ、俺は……、逃げ遅れてたまるか!」



まともな指揮系統もなく、酒の入っていた彼らは、冷静な判断すら下す余裕もなかった。

そして、ザハークの配下が敵兵に扮して誘導しているのだから猶更だ。

先ほどまで仲間の行動を咎めていた者でさえ、いつの間にか城門が開き切ると、我先に街の外へと走り出していた。


そう、タクヒールらが迎撃態勢を整えている、暗闇に向かって……



「本当に門が開きましたな。しかも潰走してわざわざ此方の陣に向かって……、ラファール殿の手並み、見事です」



「フォルク! 後ろの連絡兵に下命! レイアの合図で三打開始!

レイアは俺の指示で、奴らに向かって合図をぶっ放せ」



俺は城門を出て、こちら側へと駆けてくる兵士たちをじっと見つめていた。

俺たちと城門までの距離は約500メル、彼らの先頭が100メルを切るまで……



「対閃光防御、鐘! 準備をっ!」



俺の指示を聞き、後列の約1,000名は、或る者は盾で前方視界を隠し、或る者は目を手で覆った。

俺たち先頭の者は、ガラスを煤で黒くした、簡易ゴーグルを掛けた。


こうすれば、閃光に浮かび上がる敵軍の姿を、はっきり視認できるからだ。

この後放たれる矢を誘導するためにも。



「レイア、今!」



俺の掛け声とともに、此方に向かって駆け出してくる者たちは、正面から突如出現した眩い光に飲み込まれた。



「がぁっ!」


「ま、眩しい、頭が割れるようだ」


「目が、目が見えん」



狼狽する彼らに対し、鐘の三打目に合わせて一斉にクロスボウの攻撃が襲った。

王都やクレイラットから、援軍として此方に来た者たちは、全員がクレイラットにてクロスボウを受領していた。ただ引き金さえ引くことができれば、誘導はブラントとフォルクが風魔法で行ってくれる。そのため、1,000本近い矢が一斉に彼らに降り注いだのだ。



「これよりサラームに突入する。我に、続け!」



俺たちは矢を受けて混乱し、壊滅状態となった敵軍を薙ぎ払い、城門を潜ると、先に潜入していたラファールやザハーク、ハリムたちと合流し、一気に街を制圧していった。


一方正門側でも、突然の敵軍の出現と、城壁内の破壊工作により混乱を極め、まともな対処すらできない間に、裏門を制圧した俺たちが正門側まで押し寄せ、彼らは武器を捨てて降伏した。


本来なら、それなりに時間と犠牲を伴う筈であったサラーム攻略は、一夜にしてほぼ犠牲なく完勝という形で終結した。


もちろん、この結果はザハークやハリムなど、街の中に協力者が居たからこその話だ。



制圧が完了し、街に一角に臨時の駐留本部を設けると、俺は主だった者を集め今後の方針を定めることにした。



「先ずは全将兵に徹底してもらいたい。

略奪、暴行や街の住民に迷惑を掛けることは、固く戒めるようように! 麾下の兵たちに徹底させろ!

これには降伏した敵兵も含まれる。狼藉を働き王国の名誉を汚した者は、身分を問わず厳罰に処するからな。俺に二言はないぞ!」



そう言って俺は集まった者たちを見回した。

魔境騎士団には、日頃からそういうことを徹底しているので、恐らく何も心配ない。

王都騎士団第三軍も、多分大丈夫だろう。

唯一の心配は、最後に援軍として参加した千名の歩兵部隊だ。



「良いなお前たち、クラリス殿下の名誉を汚すこと、それは死より重い罪だと理解しろよ」



俺は敢えて、高圧的に宣言したが、団長も嬉しそうに頷いていた。きっと俺と思いは同じなのだろう。


なんせ、捕虜の扱いなどに関しては、カイル王国でも俺たちと、そしてハミッシュ辺境伯らが常識外であり、通常なら占領地での略奪も、兵士たちのガス抜きとして目をつぶられているのだから……



「団長、ラファール、敵軍の現状は?」



「ヴァイス団長とも確認を進めておりますが、暫定で200名近くを討ち取り、600名近くが投降または負傷して捕虜となっています。未だ街の中に逃げ込んでいる者は100名程度でしょう。

ただ、100名前後は、どさくさに紛れ、街の外に逃亡しているかもしれません」



「この100名、ちょっと厄介ですな。

我々がサラームを占拠したことは、いずれ知れるにしろ、それはできる限り後であってほしい。

少しでも稼げる時間は、稼いでおきたい……」



団長の言葉を受け、ハリムと目を合わせたザハークが恐る恐る手を挙げた。



「申し訳ありません。街から繋がる街道、北に50名、南に50名、西の船着場に100名ほど潜ませておりまして、逃げ散った奴らの剥ぎ取りを行っております。

俺たちは、王女殿下の名誉を……、汚してしまいましたか?」



蒼くなった彼らの神妙な言葉に、俺と団長は感心した後、思わず吹き出しそうになってしまった。



「ザハーク、この戦いが始まる前、俺はこんなことを依頼していたと思うよ。

サラームから逃亡する敵兵を、無理のない範囲で捕らえ、投降を拒んだ者は対処を任せると。

人々を動かす対価を払うことができないが、逃亡兵の所持品を現物支給すると……、ね。

まぁこの先は、投降した者は丁重に扱い、こちらに引き渡してほしいけど」



そう言って、青い顔をした彼にウィンクした。

もちろんそんな依頼はしていないが、彼の機転が俺たちの一助となったのも事実だ。

まして彼らは、街を荒らされた被害者であり、公国人だし。



「取り急ぎ、歩兵1,000名は明日まで防壁の警戒に配し、250名ずつ交代で休息させてほしい。

団長、魔境騎士団はこの街の周辺警戒と休息を交代でお願いします。

王都騎士団は、街の後始末と治安維持、それらを行いつつ、交代で休息させてほしい。

日が昇れば騎馬隊は全て、各方面に進出してもらうので、それに備えることも忘れずに」



そして俺は、ザハークとハリム、そして彼らが連れてきた街の代表者たちの前に進み出た。



「この度はこの街を開放するため、また、フェアラート国王の援軍依頼に則って行動したこととはいえ、この街を戦禍に巻き込んでしまったこと、深くお詫びします。

街の修復に関し、こちらでもできる限り協力させていただきます。対価をお支払いするので、人足の手配をお願いできますか?

また、物資の調達や個人の買い物は、真っ当な対価で行いたいと思います。ただ、不慣れな俺たちに対し、この街の慣習である段階を踏んだ交渉だけは、どうか勘弁してほしいです」



俺の言葉に表情を和らげていた彼らは、俺の最後の言葉に皆、笑い声を上げた。

そう、ここの交渉が前提の買い物、あれだけは勘弁してほしかった。


まぁそれも、ザハークやハリムを通せば問題ないが、駐留する以上、兵士たちが個人的に買う場合もあるだろう。


略奪や押し買いを禁じた手前、兵士たちが不慣れな為に、買い物でぼったくられることは避けたかった。



「街を狼藉者たちから解放していただいたというのに、有難い仰せです。改めて御礼申し上げます。

街の住民は皆、多大なる恩を感じております。なのでお買い物に関して、ご心配には及びませんが、我らからも通達を出しておきましょう。

そして、街に潜んだ狼藉者たちは、必ず我々で炙り出して、捕縛いたします」



「ザハーク、ハリムやティア商会のみんな、今回の戦いでの一連の功績は、公式記録に記載するものとし、いずれその功績に相応しい、対価を払うよ。

差し当たり今は、兵士たちの食事、この先の糧食について、二人の商会に発注するので、手配を一任したいからよろしくね」



「寛大なお言葉ありがとうございます」


「いつも本当にありがとうございます」



二人は感激して平伏した。

その様子を見た街の代表者たちも、安堵した表情で平伏した。



後日、フェアラート公国の中に唯一存在するカイル王国領として、サラームはこの時に端を発し、自由貿易都市として大きく発展し、魔境伯とも緊密な関係を保ち続けるのだが、詳細はまた後日に語られることになるだろう。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『王都決戦』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 波動法発射!
[一言] この小説…後日に語られすぎだな 作者さん大好きなんだろうな、この絞め方
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