第二百七十四話 西部戦線⑪ 西部国境戦
タクヒールらが指揮する、カイル王国西部国境の関門上では、眼前に聳え立つ公国側の関門から見えないように偽装を施した後ろで、着々とカタパルトの設置と担当する魔法士たちの配置が整いつつあった。
「タクヒールさま、間もなくです。
カタパルトの設置と射角調整は既に完了し、各々の配置も完了しております。
魔導砲を担当する風魔法士以外は、第二射後に騎兵部隊と合流、突入の際に防御の風壁を展開します」
「団長、ありがとうございます。
団長たちのみ、不眠不休の作業で申し訳ないです」
「いえいえ、我らはそういった訓練も積んでおりますので」
団長が笑って答える間に、続々と報告が入った。
「魔導砲、四基とも初弾として制圧弾を装填し準備、完了しております!」
「カタパルト、六基共制圧弾装填、魔法士も待機しております。各々の照準にセット出来ています。
最大射程で行けます!」
「魔境騎士団、全て乗馬し突入の準備できています。ご指示をお待ちしています!」
その報告が入ると、団長は俺に向かい跪いた。
そう、あとは俺の指示を待つだけ。団長の様子は、無言でそれを伝えているかのようだった。
「最終確認!
魔導砲の第一射は制圧弾の収束射撃へ、敵関門の上部構造物に照準を固定! 次弾以降は魔導砲による拠点破壊攻撃に変更する!
その他の各カタパルトは、関門から公国側へ伸びる城壁上の回廊に照準を固定し制圧弾を拡散発射! 次弾以降は通常弾を用いて攻撃を継続する。
風魔法士は各カタパルトで弾丸の誘導を頼む!
騎兵部隊は魔導砲第二射後、此方の門が開くのを合図に突入を開始せよ!
ラファールたちに合図の鐘を鳴らせ! 彼らが仕掛けるまで攻撃態勢を維持しつつ全軍待機!」
俺の指示とともに、複数の鐘が一斉にかき鳴らされた。
それは、タクヒールらが前回の生で最後に聞いた、葬送を告げる教会の鐘の音にも酷似していた。
そう、あたかも何かの終焉を告げているかのように……
※
この鐘の音は、フェアラート公国内の関門にも届き、不気味に響き渡っていた。
これまでの経験から、彼らにもこの鐘の音は、敵軍が何かをはじめようとしていることは理解できた。
だが……、それが皆目見当もつかなかった。
「おい! あの鐘の音は何だ?
奴らはいったい何を仕掛けてくるつもりだ?」
スキュリア侯爵は、一抹の不安に駆られそう言って周囲の者たちを見渡した。
だが、その問いに答える者は誰もいなかった。
少し距離を置いて互いに向き合っているとはいえ、カイル王国側の関門とは優に500メル以上離れている。
そしてなにより、公国側の関門は堅固でありその城壁も高い。
遠距離から何かを仕掛けるにも、到底無理があるように思われた。そう、常識的に考えれば……
「もっ、申し上げます!
味方の中の一軍が、指令を無視して打って出るようです! 侯爵閣下のご命令と言って関門を開き、敵軍に突入すると言っております」
「馬鹿な! そんな命令、司令部は出しておらんぞ! すぐ引き返させよ!」
侯爵の参謀の一人が、伝令を怒鳴りつけた。
その様子を見ていた侯爵が割って入る。
「捨て置け!」
「が、しかし……」
「もし、血気にはやって指令を無視する者どもであれば、王国軍を死地に誘う餌となってもらう。
そして、裏切り者だった場合も同様だ。関門が開いたことで、奴らに誘われて敵軍は大挙して侵入してくるだろう。延々と続く、左右を城壁に囲まれた死の回廊ヘとな」
そう言って侯爵は不敵に笑った。
勝利に驕り、殲滅されるために死地へと進んでくれるのであれば、むしろ有難い話だ。
侯爵自身、どうやってカイル王国軍をそこに誘い込むか、悩んでいたところなのだから。
「各弓箭兵に下命、左右の城壁上から、入り込んだ鼠共を殲滅せよ。
生き残りの魔法士たちも、城壁上に展開してるのであろう? 彼らにも同様の指示を!」
この指示に従い、ラファール率いる隊のうち、300名程度が関門を内側から開かせ、カイル王国側の関門へと叫び声を上げつつ突進していった。
※
公国軍の一部が関門を開き、王国側の関門に向かって突進してくる様子は、俺たちが立つ望楼からもよく見て取れた。
「タクヒールさま、今です!」
「全カタパルト、所定の目標に一斉攻撃開始!」
団長の合図で、俺は一斉攻撃を指示した。
魔導砲4基、通常カタパルト6基はそのアームを大きく振り下ろした。
そして、千を超える制圧弾が風魔法士に誘導され、フェアラート公国が誇る関門、その城壁上へと飛翔した。
「続けて魔導砲は弾丸を換装して、収束攻撃の準備を行え! その他カタパルトも通常弾の発射準備!」
俺は制圧弾が飛翔するのを目で追いながら、次の指示を発したが、その指示を待つまでもなく、各カタパルトの配置要員は、初弾発射後直ちに次弾換装、第二射の準備に入っていた。
そして、放たれた第一射は各々正確に、予定されていた位置で着弾し煙を上げていた。
「魔導砲、第二射用意できています!」
「カタパルト、間もなくです」
重力魔法士のヨルティアが付いている魔導砲は、装填も早くアームの巻き戻しと同時に、次弾が装填が速やかに行われていた。
俺たちは固唾をのみながら、各カタパルトの状況を見守る。
「カタパルト、1番から6番、全て青旗が上がっています!」
「では団長、突入部隊の指揮はお願いします」
「承知いたしました」
俺は団長が階段を下り、真下に控えさせていた騎馬に跨るのを確認してから、命令を発した。
この間、第一弾の発射から、時間にして200を数えるまでにも至っていない。
「先ずは魔導砲の全力攻撃だ! 鐘、三打始めっ!」
戦場に鐘が鳴り響き、魔境伯最強の武器、金属球を弾丸とした魔導砲が、正に放たれようとしていた。
※
「ふぉ、ぶえっくしょん、ほ、報告、ぶえっくしょん、だれか……、びえっくしょん!」
スキュリア侯爵は、命令を発しようとするも、くしゃみが止まらず、まともに話すことすらできない。
それは、彼を取り巻く参謀たちも同様であった。
彼が本陣を構える、関門の中央には信じられない距離を飛翔してきた何か、それが多数着弾と同時に炸裂し、白い煙に包まれていたからだ。
だが、彼らはまだ、幸せなほうだったかも知れない。
左右の城壁の上で待機していた弓箭兵や魔法兵団の生き残り部隊は、その多くが目を抑えて絶叫しながら転げまわっていた。
そこに再び、王国側の関門から鐘の音が響き渡ってきた。
その音を聞き、侯爵は全身に鳥肌が立ち、脚が震えた。
「ひっ、卑怯な……、全軍……、庇の下か……、屋内に……、退避を……」
侯爵がやっとの思いでそう言い終えた時、関門全体が大きな振動に包まれると共に、轟音と悲鳴が響き渡った。
侯爵は思わず駆け出していた。
危険を顧みず望楼から外を見渡すと、幅約300メル程の関門正面、その左奥部分とそこから延びる城壁部分の上部構造物が、無残な形で破壊され、濛々と煙を上げていた。そこにいた兵たちを巻き込んで……
「ば・ば・ば、馬鹿な!」
その惨状に、侯爵は言葉に詰まった。
だがその瞬間、再び大きな振動と轟音が再び彼らを襲った。
衝撃の煽りを受けた本営にも、様々な破片が飛び交い、悲鳴と怒号が飛び交う。
「ててて、敵の魔法攻撃です! どうか、退避くだされ」
「こんな魔法、聞いたことがないわ! どういうことだ!」
そう怒鳴り散らしたものの、あんなものまともに浴びれば命はない。
関門上部の、どちらかというと右寄りの位置にあった本営から、今は無事な右側の城壁へと、侯爵たちは慌てて移動を開始した。
城壁は右と左に別れ、フェアラート公国に広がる魔境の中に、安全地帯となる回廊をつくりつつ、2キル先まで伸びている。
本来は回廊を抜ける敵軍を殲滅する目的で作られた、城壁上の通路を伝っていけば、射程距離外の安全地帯へと逃げることができるはずだ。
侯爵たちは必死に走り始めた。
「攻撃、来ます!」
兵の報告に東の空を見ると、空気を切り裂く音を発しながら、彼らを死へと誘う何かが、凄まじい速度で飛んできていた。
「ひぃっ! 何故じゃぁ!」
それが侯爵の発した、最後の言葉であった。
関門上を右側の城壁へ移動する最中、フェアラート公国の反乱軍は、スキュリア侯爵を始め首脳陣を全て失った。
その後更に、侯爵が向かおうとしていた右側の城壁、そこに繋がる部分にも魔導砲の攻撃が襲い、更に左右の回廊上には大量の石弾が降り注いだ。
彼らは、回廊上を駆け抜けようとする王国軍を殲滅するため、その多くが正面、そして左右の城壁上に展開していたため、それらの戦力は壊滅的な損害を出し、敗走していった。
もちろん、僅かばかり生き残った魔法兵団の者たちも等しく、ここで斃れていった。
※
関門に陣取るフェアラート公国軍の一部に、不穏な動きをしている者たちがいた。
彼らは先程、指令を無視して関門を開き、カイル王国軍に突入した者たちとは、また別の一隊だった。
彼らは関門の門が開かれると同時に、関門を反対側(フェアラート公国側)に進み、関門から続く回廊の出口付近にまで後退すると、そこで待機していた。
「関門方向、大きな衝撃音4回、その他カタパルトからの着弾音は多数確認できます!」
「ふむ、まもなく敵の生き残りがこちらに向かって敗走してくるだろう。無理して正面から当たるなよ。
奴らの後方から、距離を保ちつつ敵の背中を撃てばいい」
混乱に乗じて早々に後方、サラーム側へと撤退していたラファールら200名は、回廊の出口付近で待ち構えていた。彼らは、テイグーンの隘路を抜け、そこを潰走する敵兵への対処も訓練を積み、心得ていた。
ここでは、その訓練を生かし、無理をせず潰走する敵軍を葬っていった。
「反乱軍の奴らは、合流した関門守備兵を含め5,000名近くいたはずだ。壊走して散り散りになっているとはいえ、こちらに敗走して来た奴らは合計しても1,000名強。魔導砲……、分かってはいたが、恐ろしい兵器だな。それをお考えになった魔境伯も……」
ラファールは、そう呟いて改めて自身が魔境伯の配下で良かった、そう思った。
彼自身、クレイラットでの攻撃は見ていない。そのため、これが彼にとっては初めての魔導砲の実戦運用だったのだから。
※
西部国境線の戦いが始まって数時間後、俺たちは団長たちが制圧した関門と、回廊内を進み、回廊出口でラファールや団長たちとも合流した。
難攻不落と思われたこの関門、回廊戦も、カタパルトや魔導砲のお陰でほぼ完璧な勝利となった。
そして、フェアラート公国の反乱軍、カイル王国への遠征部隊は壊滅したことを確認した。
これで完全にカイル王国西部戦線の戦いは終結し、王国の危機は取り除かれた。
そう、王国だけではない、俺たちの勝利が、公国南部で恐らくしのぎを削っているであろう、フェアラート国王、俺を友と呼んでくれた人の助力にもなったはずだ。
俺たちは念のため、地魔法士たちによって公国側の回廊出口付近を整備し、万が一に備えた防衛拠点を構築していった。
それと同時に、サラームにはラファールを偵察に出し、王都カイラールに向けても伝令を放った。
いつもご覧いただきありがとうございます。
次回は『エージンクール挟撃戦』を投稿予定です。
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