第二百七十二話 西部戦線⑨ 撃たれる覚悟
団長たちと馬脚を早め、鉄砲水の被害を避けるため、川の左岸側を大きく迂回しながら、クレイラットへと疾走していた俺たちは、敵軍が確認できるとある丘の上で停止した。
そこで、バルトに命じて拡散魔導砲を準備し、ヨルティア、カーリーン、リリア、イリナ、カタリナに命じて最大射程で4基連続発射を指示した。
「あの……、よろしいのですか?
タクヒールさまは帝国軍にすら、この攻撃を行うのを躊躇われたと聞き及んでいますが……」
「うんリリア、その通りだよ。
本当なら拡散魔導砲の攻撃、いや、殲滅弾すら使用したくない。個人としての気持ちはね。
これから行われるのは、まともな戦いではなく、一方的な虐殺に過ぎないから……」
俺の言葉に、傍らの団長は頷きながら、言葉を加えた。
「そう、我らだけではありません。奴ら魔法兵団の一斉攻撃も同様と言えるでしょう。
一方的に安全な距離から、多くの敵兵を一気に虐殺するという意味では……」
「ありがとう団長。みんな、改めて伝えておきたい。
『撃つ』ということは、『撃たれる』覚悟が伴うもの、その上で初めて『撃てる』ものだと俺は思っている。
奴らは既に撃った。クレイラットで、そしてサザンゲートやアイギスでも。だから今度は、奴ら自身が『撃たれる』番だ。
味方を救うためとはいえ、俺は既に覚悟を決めている。戦いで奪った敵兵の命すら、今後背負って生きていくことを。そしていつか……、俺自身もまた撃たれる側になる可能性も」
「ははは、私らも一緒に背負わせてくださいな。そうでないと、不甲斐なさ過ぎるというものです。
どう取り繕っても、戦は互いに殺し合いですからね」
団長の言葉に、ヨルティア始め、魔法士全員が頷いた。
そして、4基の拡散魔導砲が連続発射され、残ったフェアラート公国軍は一気に壊滅した経緯に繋がる。
※
タクヒールらが敵陣を殲滅し、クレイラットを守る防衛部隊と戦場で合流したのは、川の鉄砲水が落ち着き、なんとか渡河できるまで水量が落ち着いてからであった。
その頃には、フェアラート公国遠征軍司令官たるスキュリア侯爵、及び本陣に詰めていた諸将は、僅かに残った味方を引き連れ、国境目指して逃走を開始していた。
「魔境伯、本当に申し訳ありません。
数々の策と授けられておきながら、このような状態になってしまいました。味方にも多くの犠牲が……」
開口一番にそう言ったクラリス殿下は、声が震え沈痛な表情をしていた。
そしてその後ろには、シュルツ軍団長やゴルドなどの首脳陣も跪いていた。
「いえ、魔法兵団の攻撃力については、私の考えも甘かったと反省しております。
南部戦線でも随所で苦戦しました。それの数倍にも上る数の敵軍を相手にしたのです。むしろ善戦されたと言うべき話だと思っています」
「で、この後はどうされますの?」
「殿下の参謀として、意見具申させていただきます。
ひとつ、我らは魔境騎士団が主力となり潰走する敵軍を追い、カイル王国から奴らを駆逐します。
ひとつ、シュルツ軍団長には騎士団のなかで無事な兵士を率い、国内西部の平定をお願いします。
敵方に付いた2侯爵、そして彼らと行動を共にした貴族たちの領地を、早急に平定してください」
そう、俺たちはここに至る過程で、商人や諜報に携わっていた者たちから、ある程度の情報を集約しており、敵軍に加担した味方勢力のことも掴んでいた。
「国内に残る敵軍は、大きく数を減らしているでしょうが、それでも油断できません。
王都騎士団以外にこの平定をお任せできません。
そして殿下は最も大切なこと、戦後処理の指揮をお願いします」
そう告げると、クラリス殿下は少し不満顔だった。
どうせ掃討戦に、というか俺たちに付いて行きたかったのだろう。
「殿下、私が申し上げるものおかしな話ですが、左岸には目を背けたくなるような光景が広がっています。そして川の下流域は、溺死した敵兵で溢れ返っていることでしょう」
恐らくそれだけではない。
散り散りになったとは言え、数百人という単位で下流域で、川から這い上がった敵兵もいるはずだ。
その捕縛や保護、それに当たる人員も割かなければならない。
「各方面で相当数の兵士で早急に対処を行う必要がありますが。特に遺体の回収は、対応する兵の士気も大きく下がり、精神的にかなり参ります。
でも、誰かがしなくてはなりません。
そんな兵を鼓舞し、労わることができるのは、殿下しかおりませんからね。
そして、潰走しているとはいえ、逃げる敵を追えるのは、我らの騎兵のみです」
「魔境伯にお願いがございます!」
そこで言葉を挟んできたのは、シュルツ軍団長だった。
「追撃戦に王都騎士団から3,000騎、どうか魔境伯に同行させてください。
現在、傷付きながらも戦闘可能な者は約8,000騎、そのうち私は5,000騎を率いて平定に向かいます。
どうか、兵の一部を共にお連れいただき、王都騎士団として活躍の場を与えてやってください」
「そうなると、5,000騎しか残りませんよ? それでは西部一帯の統治回復に足りないでしょう?」
そう、少なくとも2侯爵の領地、彼らと共に反乱参加貴族の領地の制圧、そして明確に反乱に加担していた訳ではないが、少なくとも当初はその一翼を担っていたクランティフ辺境伯など、当主が戦死した貴族領などをを加えると、その制圧範囲は膨大となる。
「魔境伯のお心遣い、痛み入ります。
我らもここに至るまでに、兵力の再編、そして動ける者たちの確認は済ませております。
我らに加え、汚名を雪ぐため奮戦した貴族軍で、動ける者が約1,000名ほどおります。また、唯一無傷の戦力、貴族連合軍の2,000名は、戦後処理が済んだ後、我らの後衛として続かせる予定です」
うん……、それなら数だけは合計8,000名。何とかなるか?
「では殿下、後事はお任せします。我らは急ぎ、国内から敵軍を掃討しますので。
殿下の兵も魔法騎士団も、今や傷だらけなのです。彼らを休ませる必要もあります。
それで、構わないですよね?」
俺はダメ押しのように、殿下を真っすぐに見据えて言い放った。
彼女もちゃんと理詰めで言えば、理解してくれるであろうことを、俺は期待していた。
「……、はい、魔境伯の言葉が道理だと思います。お任せします」
うん、予想外に素直だな?
期待していたとはいえ、余りにも素直に聞いてくれていたので、俺は少しだけ意外だった。
「では、我らはローザ、ゴルド、エラン、カウルなどの一部魔法士を合流させ出立します。
クラリス殿下、シュルツ軍団長、あとは頼みます」
そう言って俺は新たに加わった軍勢を伴い、街道を西へと進み、掃討戦を開始した。
物見の報告では、概算で5,000名近い軍勢が敗走しているらしいが、数でいえば今の俺たちとほぼ同数といえる。
彼らは足手まといの負傷兵を置き去りに、一目散に国境へと目指しているようっだった。
「落伍した敵兵には構うな! 後に続くシュルツ軍団長に任せればいい。
一兵たりとも、国境を越えさせるなよ!」
「応っ!」
そう、この追撃で少しでも敵兵を削り取っていくこと、これがカイル王国だけでなく、恐らく隣国にて戦いの渦中にある、フェアラート国王への助力にもなる。
北部戦線は、ダレク兄さんが精鋭を率いて援軍に駆けつけているだろうから、俺は西部戦線に集中すればよい。
そして個人的な感情では、妻のユーカや妹クリシアを苦しめた敵軍、利己的な理由と卑怯な手段でこの国に攻め入った彼らが許せなかった。
ここに至り、西部戦線も最終局面に突入しようとしていた。
◆カイル王国陣営
死傷者数 参加兵数
魔法騎士団 20名 / 250名
王都騎士団第三軍 2,000騎 / 10,000騎
弓箭兵 1,500名 / 5,000名
西部辺境貴族軍 2,500名 / 3,500名
援軍部隊貴族連合軍 3,000名 / 5,000名
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死傷者数計 9,020名 / 23,750名
◆フェアラート公国陣営
死傷者数 参加兵数
先遣隊 9,600名 / 10,000名
魔法兵団(二軍) 300名 / 300名
本隊 16,000名 / 19,450名
魔法兵団本隊 200名 / 250名
カイル王国反乱軍 7,000名 / 8,000名
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死傷者数計 33,000名 / 38,000名
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