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【6巻11/15発売】2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。~歴史知識と内政努力で不幸な歴史の改変に挑みます~【コミック2巻発売中】  作者: take4
第八章 最終決戦編(歴史との戦い)

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第二百七十一話 西部戦線⑧ 訪れた転機

メアリーとその護衛を務める10騎、それらを何とか目的地の堤へと逃がしたエランたちは、その場に残った60騎足らずの兵たちと共に、悲壮な覚悟を以て敵軍と対峙していた。


彼らを取り囲む敵軍はおよそ180騎、その戦力差は3倍にもなっており、全滅も時間の問題と思われたからだ。



「みんな、ごめん。最後の一人になるまで、どうか僕に力を! 王国を守る戦いに決着を!

少しでも長く、奴らをここに引き付けるんだ」



エランの周囲の兵たちは、無言で頷き、そしてそれぞれが覚悟を示すべく、剣を高く掲げた。

敵の騎兵たちは、まるで獲物を追い込むかのように遠巻きに再包囲すると、馬上から弓を番え始めた。

彼らを、一方的に射殺するために。


それを見てエランは、敵軍の指揮官らしき男に狙いを定めると、地魔法を展開しながらそこに突入すべく体制を取り、小さく呟きかけた。



「ごめん……、約束は果たせない。ごめん、サ……」



「蹴散らせっ!」



エランの呟きに、遠くで突入を指示した男の声が重なった。

それはリュグナー配下の兵たちの後方、険しい山道を抜けてクレイラットを目指していた、タクヒール麾下の魔境騎士団先遣隊、マルス率いる200騎だった。


マルスは遠くから、孤軍奮闘して戦うエランの様子を確認すると、即断即決のうえ烈火のごとく敵兵に襲い掛かった。



「てっ、敵?」


「新手か?」


「お、応戦しろっ!」



敵軍を包囲し、圧倒的多数で殲滅しようとしていたリュグナー麾下の兵たちは、逆に突然背後から奇襲を受けて酷く狼狽した。

しかも、襲ってきたのはヴァイス団長が長年鍛え上げた、カイル王国の中で最精鋭と言われる魔境騎士団たちだ。


マルスは敵陣の中央を一気に食い破り、指揮官らしき男を一刀で切り落とすと、そのままエランたちに合流した。



「エラン! 俺たちも気球を見て、大まかな状況は察しているつもりだ。後は任せろ。先に行け!」



マルスはそう言うと馬首を巡らせ、エランたちを庇うように再布陣すると、再び敵軍に突入していった。

奇襲に動揺し、かつ指揮官を失った敵兵たちは、最早敵うべくもなく、次々と討たれていった。


エランは一旦後ろを振り返り、その様子を確認すると、今度は全速力でメアリーの後を追った。



時系列は少し戻る。


タクヒールらは替え馬を伴い、強行軍でクレイラットを目指し馬を走らせていた。



「先頭部隊より報告です。

峠を越えた先、進行方向の上空に気球を確認! 急ぎこの先の指示を請う、とのことです」



先頭部隊が発見した気球は恐らく、クレイラットの指揮所付近から上げられているだろう。

高台の指揮所から100メル(≒m)の高さに上げていれば、地上高は120~140メルになる。


この世界の広さ、大きさが不明だが、仮に地球と同等サイズの惑星なら、遮蔽物さえなければ見通し距離は40キル(≒km)から45キル程度、しかも低い山とはいえ、峠を越えた俺たちからは、更に遠くまで見渡せる。


俺と団長は馬を走らせ、先頭集団に追いついた。



「クレイラットは最終手段に出ている、ということですかな? 戦況は良くないようですね」



「ええ、恐らく団長のご指摘通りかと。この距離なら……、なんとか間に合わせます!

堤にはマルス率いる先遣隊が既に向かっていますが、念のため支援部隊200騎を送ります。

我らは河沿いの道を避け、西側から迂回して奴らの後背に出ようと思いますが、どうですか?」



「承知しました。全軍、常歩なみあしから駆歩かけあしへ! これより戦場に急行する!」



俺たちは行軍の速度を、二段階早めた。

全速で向かいたい、逸る気持ちを必死に抑えて。



そのころエランは、彼が命を賭して送り出し、仕掛けのある堤に到着して、作業に取り掛かかり始めていたメアリーに追いついた。



「エっ、エランっ! 無事で……」



思わずメアリーはエランに抱き着くと、抑えていた感情を爆発させて泣き出した。

エランは泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫でると、ゆっくりと、そして柔らかな声で応じた。



「心配かけてごめん。みんな無事に救われたよ。

今はタクヒールさまの軍が此方に向かっているので、僕たちは、今やるべき使命を果たそう。

メアリー、赤玉は?」



「さっき全て流したわ。

タクヒールさま……、じゃあ私たちは?」



「ああ、後は勝利するだけだ。そのためにも急ごう!」



2人は、この日のために10か月も前から仕込んでいた作業に取り掛かった。



クラリスたちはクレイラットの防塞に立てこもり、一時の窮地は脱したものの、20,000以上の敵兵に囲まれ、第二陣の防壁に拠って必死の抵抗を続けていた。


これまで各所で猛攻を加えて来ていた公国軍の一部が後退し、全体的に攻撃の手が緩められると、指揮所に詰めて常に前線に指示を送り支えていた、クラリスやゴルドにも少しだけ息をつく余裕が生まれていた。



「敵の一軍が引いたわね。私たちも交代で休息を与えることができれば良いのだけれど……

ゴルドさん、今の時点で味方の状況はどうかしら?」



「そうですね。敵軍が攻撃の手を緩めたお陰で、我らも負傷兵を後送することができました。

聖魔法士が数多くいるお陰で、2,000名近くは、当分戦力にはなりませんが、命は取り留めるでしょう」



「死者はどのぐらいなの?」



「貴族連合軍の死者が目立って多いですね。上流に展開していた2,000名はほぼ全滅、この防塞に詰めて居た1,000名も8割近い死者を出しています」



「えっ? 上流はまだしも、こちらの軍勢はどうして?」



「敵の魔法兵団の猛攻を受けた際、彼らは魔法の傘や避雷針の傘に入らず、逃げ惑ってしまったたせいで……、予め重々申しつけてはいたのですが……」



そう、彼らにとっては、今回が初めて受ける敵の魔法攻撃だった。

イシュタルで事前に訓練を受けた者たちや、初戦での戦いを乗り切った者たちとは違う。

予想外の攻撃に動揺し、あらぬ方向に逃げ惑い、結果として防御の傘から外れ、被害を大きくしていた。



「あと、最も危険な場所で連戦し、奮戦を続けた王都騎士団第三軍も、1,000名近い死者と同数の負傷者を出しています。志願兵たちは、最も安全な箇所に配置していたお陰もあって、負傷者は1,000名を超えますが死者は100名もいないでしょう。

最右翼を守っていた投降兵たちも、2,000名のうち、1,000名近くが死傷しています。ここは最も激戦でしたからね」



「そう……、騎士団の第三軍と、汚名を雪ぐため奮戦している、あの8名が率いる貴族軍が、私たちを支えてくれた、そういうことね? 彼らのお陰で私たちが生かされていること、改めて分ったわ」



当初拠点となる防塞を守っていた兵力は18,000名いたが、これまでの敵軍の猛攻で4,000名近くが死傷し、傷ついた者たちは後方へと送られていた。

また、上流域に展開していた貴族連合軍2,000名はほぼ壊滅し、下流域の2,000名は無傷だが今のところ、敵軍に阻まれて近寄ることもできないでいる。



それとは逆に、この頃になるとフェアラート公国軍は、わざわざ河を渡河する必要もなく橋を自由に往来し、軍を3つに分かち、2つの軍を攻撃に、1つの軍を左岸に下げて休息に充て、壊滅した魔法兵団も生き残りを招集して総攻撃の準備を整えていた。



「エランさんたちは、うまくやってくれたかしら?」



「きっとやり遂げてくれている筈です。気球を上げた時間から逆算すると、間もなく……」



「待ち遠しいわね……」



そんな2人の会話を聞いてたかのように、暫くすると遠くから鐘の二連打ちが響き渡って来た。

この待ち望んだ鐘に、2人は思わず立ち上がって、外を見渡した。



「来たわ!」



「はい、来ました。こちらも急ぎ対応を!」



「ええ、各所に伝達! 鐘の二連打ちを始めて! 見張りを厳重に!

あともう少しよ!」



2人は伝令を招集し、味方を鼓舞するための指示を出すと、河面をずっと見つめていた。

この鐘の音は、エランが途中の各所に残してきた100名の者たちが、一定間隔で分散して待機し、エランたちの知らせを中継しているものだった。


そして鐘の音は暫く続いたあと、指揮所の指示で停止した。

その後、遠くから再び鐘の音が響き渡って来た。今度は、切迫した感じの三連打ちで……



「申し上げますっ! 流域に赤玉が流れてきております! そして今、鐘の三連打ちが始まりました!」



「全軍に伝達! 避難指示の三連打ちを! 急げっ」



報告を受けたゴルドが大きな声を出すと同時に、防塞内の全ての鐘が三連打ちをを始めた。

まるで大規模な警鐘を鳴らすかのように……


クラリスらの指揮する軍勢が、避難準備から避難開始の知らせを受け、一斉に高台へと移動する。


程なくして、緩やかな川の流れは、みるみる速度を増し、やがて上流から轟音を伴った濁流が襲い掛かってきた。

それは、公国軍の兵たちが何も予期する時間もないほどの、一瞬の変化だった。



「みっ水がぁ! 助けてくれっ」


「水攻めだっ!」


「だめだ……、間に合わない」



上流でエランとメアリーが切った堰は、数か月貯めこんだ大量の水を一気に流域に吐き出していた。

瞬く間にに増水した川の流れに足を取られ、公国兵たちが各所で押し流され始めた。

激流は河川敷はもちろん、比較的低地の第一防御陣まで飲み込み、堤や防壁は最上部を残して水没していった。



そう、エランがこの策を講じたのには理由があった。

彼が初めて魔法士としてその存在価値を見せたのは、遡ること10年前、オルグ川の氾濫に始まる大洪水の時であった。


その時彼は、橋の崩落で生じた鉄砲水を前に、自然の力の大きさと、自身の無力さを強く感じていたのだ。


そして前年、初めてこの地を訪れたとき、潜在的にこの地に潜む危険性と、水流による罠の可能性を感じ、タクヒールに提言していた。


いわばエランの過去の経験と悔悟の念、その後に学んだ建設の知識と工事指揮の経験が、今回の作戦のベースとなっていたといえる。



周囲に響き渡る轟音に驚き、急ぎ高台に上り河と河川敷を見渡したスキュリア侯爵は言葉を失った。


先ほどまで目の前に広がっていた両岸の河川敷は、激流に沈み、対岸の敵陣に取り付き、攻撃を加えていた多くの兵たちも、その姿を没していた。



「ななな、なんじゃとっ!」



「……」



侯爵はそれに続く言葉を発することができなかった。

そして、その傍らにいたリュグナーも衝撃のあまり言葉を発することはできなかった。


先ほどまで、自軍の勝利は目前だった。

この先、生き残った魔法兵団50名を使い、敵のカタパルトや更に奥の陣地を集中砲火で潰していく。


それらの脅威がなくなれば、一気に突入して陥落させる。そんな話をしていた矢先のことだった。



「ほ、報告します! お味方、濁流に飲まれ10,000名以上が……」



「見れば分かるわっ! 10,000どころの話ではないわ、攻撃中の14,000、その殆ど全てではないか!」



侯爵はやり場のない怒りを報告してきた者にぶつけた。

だが、彼らはこの後、更に絶望の淵へと叩き落されることになる。



突然、空気を切り裂くような不気味な音がしたと思うと、彼らの周囲、左岸の堤防よりかなり後方、安全圏と思われた位置に待機していた、7,000名もの軍勢の周りで轟音が響き渡り、激しい土煙が舞い上がり辺りが全く見えなくなった。


確認できないほどの距離、左岸の上流から襲ったその攻撃は、周囲の樹木を粉砕し、大地を抉り、一発の金属球でさえ、何人もの兵たちを巻き込む威力のものが、一度に数百発以上襲って来た。


彼らを死へと誘う金属弾は、大地を削るだけでなく、四方に跳弾して暴れ狂った。


そして、土煙が収まると、その一帯には見るに堪えない、無残な光景が広がっていた。



こうして、後に第二次クレイラット会戦、そう呼ばれた戦いは終結した。


カイル王国に侵攻したフェアラート公国の反乱軍、総計30,000、そして復権派の2侯爵家を中心とするカイル王国反乱軍8,000は、ほぼ全滅に近い被害を受けて敗北した。


たった僅かな時間で、20,000名以上の被害を出すという、驚愕すべきカイル王国軍の戦術により……

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『撃たれる覚悟』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一発逆転といえばやっぱ水攻めだな
[一言] 備中高松城の水攻めですかな。
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