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第二百六十九話 西部戦線⑤ 動き出した脅威

長らく膠着状態にあった西部戦線だが、この頃になると他方面での戦況が、間諜や商人を通じて漏れ聞こえるようになって来ていた。

そして、遠征軍総司令官たるスキュリア侯爵の元に、彼が待ち望んでいた報告をもたらす者が現れた。



「おお、リュグナー殿か。待っておったぞ。この度は2侯爵の軍勢、8,000名を率いてこられたとか。

我らとしても心強い話ではないか」



「勿体ないお言葉でございます。

ここに至り、各戦線の戦況も見えてまいりました。そのお陰で、王国への未練を残しておりました日和見者の貴族たちも心が固まり、軍勢が少々増えた次第です。それに関し、閣下にご報告がございます」



「ほう? 吉報であれば良いのだが……」



そう言いつつ侯爵はリュグナーを微笑みかけながら見た。

侯爵自身も、四方に放った間諜から、ある程度の内容は情報を得ていたし、リュグナーの余裕ある態度、先の言動からも吉報には違いないことを、確信していたからだ。



「仰せの通り、我らにとって吉報でございます。この国の終焉を告げる鐘は鳴りました。

南部戦線では、グリフォニア帝国の大勝利と、主将たるハストブルグ辺境伯が討ち死にしました。

王国はサザンゲート要塞、サザンゲート砦と、国境の二大拠点を失い敗走中とのことです」



「なんと! 一番固いと思っていた南が、もはや崩れ去ったというのか?」



南部戦線で戦端が開かれ、帝国側有利に戦いが進んでいること、これが侯爵の知りえた情報の限界だったので、想像以上の戦果に驚くしかなかった。



「はい、帝国の第一皇子と第三皇子、この2人が覇を競って王国南部から北進して参りましょう。

王国は今、四方から攻撃を受け浸食され続けております。今が好機かと」



「想像以上の助言、痛み入る。

我らも早速、これより全軍に命じ軍を動かすとしよう。魔法兵団を前線に押し出してな」



「なっ? 魔法兵団はレッサー伯爵とともに壊滅したのでは?」



今度はリュグナーが動揺する番だった。

確かに、自身が敗報と魔法兵団の壊滅を伝えたとき、不思議と侯爵は動揺していなかった。



「ははは、味方の其方でさえそうなのだ。王国軍は、大いに驚くことになるであろうな」



侯爵はそう言いながら鷹揚に笑った。

そう、緒戦でレッサー伯爵に預けられた魔法兵団300名は、本来、公国が誇る最精鋭の本物ではない。



「奥の手というものは、隠しておいてこそ意味があるというものじゃ。

レッサーに預けたのは云わば二軍、魔法兵団への入隊を志して選考に漏れた者、落伍した者たちを中心に各貴族家から招集した者たちよ。それでも十分な脅威ではあるがな。例え小者に預けても、十分な戦果を上げると期待しておったのじゃが……」



そう、今回の反乱で彼ら側に付いた魔法兵団は400名。

そのうち、250名は遠征軍に振り分けられ、騎兵に姿をやつしてこれまで同道していた。

このことは、一部の上層部にのみ周知されており、小者と評価されていたレッサー伯爵以下は知る由もなかった。



「公国が誇る真の魔法兵団、その力は偽物と比べるまでもないわ。彼らは王都攻略戦まで温存する予定じゃったが、この際一気に投入しようと思ってな。帝国に後れを取るわけにもいかんじゃろう?」



そして残った魔法兵団は、フェアラート公国宰相を名乗るイフリス公爵の元に100名、公爵の特命を受けてグリフォニア帝国に派遣されていた者たちが50名だった。

この50名は時至れば、帝国軍の後ろから魔法攻撃を行い、第一皇子や第三皇子を討つことすら含ませた上で、帝国に派遣されていた。



「いやはや、二線級でもあの魔法攻撃です。呼ばれもしないのに戦場にしゃしゃり出た王国のじゃじゃ馬は、さぞかし肝を冷やすことでしょうな……」



そう言いつつもリュグナーは舌打ちした。

侯爵が小物と称した、レッサー伯爵と、自身が同じ扱いを受けていると思ったからだ。



「誤解の無いように卿には言っておくぞ。

魔法兵団の存在は公国の中でも秘匿事項、レッサーといえど全てを知らんし、知らせる理由もない。

そういった類のもの、そう理解いただけるとありがたいな」



「はい、理解しております。志を同じくしているとはいえ、所詮私は他国の人間です。

どうかお気になさらないよう……」



「では我らも、そのじゃじゃ馬を捕らえに行くとするかの。我らの傀儡と引き換えるためにな」



この日、暫くの間、カイル王国西部に侵攻し、軍を留めていたフェアラート公国軍は再び動き出した。

彼らが現在待機する補給拠点より、1日先の距離にあるクレイラッドの地を目指して。



タクヒールらが第一皇子の軍勢を破って4日ほど経過していたが、彼らには同盟国の敗報は未だ届いていなかった。

これには幾つか事情もあった。


戦いの趨勢が見えない時点では、商人たちはどちらが勝っても対応できるよう、双方に良い顔をする。

だが、南部戦線でのあまりに大きすぎる勝利は、その天秤を一気に傾けた。


彼らは各方面の侵攻軍に背を向け、これまで流していた情報を遮断した。

これまでの経験から、魔境伯らが戦勝の際に行う大盤振る舞いと、訪れるであろう未曾有の好景気、その勝ち馬に乗るために。


唯一、侵攻軍と変わらぬ繋がりを持っていたのは、ジークハルトの息の掛かった商人たちだけであり、彼らには、今後の帝国と王国の行く末だけを注視し、他方面に展開する侵攻軍など眼中になかった。



カイル王国軍の西部戦線では、俄かに動き出した公国軍の情報を受け、慌ただしくその対処に追われていた。



「報告します、敵の軍勢は約30,000、既に拠点としていた地を進発し、明日にはここに到着する模様!」



「ほう、新たに兵力を補充したということか? 

やはり侮れんな。殿下、こちらの布陣は終わっておりますが、何かご確認される情報はございますか?」



「そうね……、その30,000、全て公国の兵かしら?」



「物見の報告に依れば、2侯爵の軍旗、そして他にも王国西部の貴族を指し示す軍旗が上がっているとあります。それらの兵数は不明ですが……」



「ありがとう。シュルツ軍団長、公国ももう余裕はないということかしら?

自国の増援はなく、増えたのはこちらの愚か者だけ、そう思ったのだけど」



「殿下の仰る通りかと。河を挟んでの対戦ともなれば、こちらも数が増えました故、なんとか……

数字に等しい働きはできないでしょうけどね」



そう、西部戦線の彼らの元には現在、約22,000名の兵士が詰めていた。

魔法騎士団250名、弓箭兵5,000名、王都騎士団10,000騎に加え、投降してきた2,000名の西部諸侯軍、新たにクライン公爵から派遣された貴族軍5,000名から構成されている。


だが、その援軍とも言うべき5,000名は各貴族家の混成軍であり、指揮系統も一本化されておらず、その装備も旧来のものでクロスボウを装備していない。


更に、この地に戦いに備えて統制された訓練を受けていないため、戦力としてはあまり期待できないものだった。



「それでも数は数ね。でもその配置は難しいわね」



クラリスはそう言って、その場に跪く男たちを見た。

彼が当の5,000名を率いて来た者たちだ。



「殿下の仰りたいことはよく理解しております。

我らは河の上流と下流域に進出し、その方面からの敵の渡河を防ぐこと、敵軍に隙あらば逆に渡河し、敵軍を包囲できるように努めたいと考えていますが、ご裁可いただけますか?

前線に殿下のご出馬を仰ぎ、我らが後方待機ともなれば、援軍として馳せ参じたことの道理が立ちませぬ!」



「うーん……」



クラリスは悩んでいた。

この防塞ならばそれなりに防衛設備が整い、対魔法兵団対策も施している。

だが、この地を大きく離れてしまうと、何の準備もない。



「殿下! シュルツ軍団長も何卒お口添えを!」



結局彼らの強い希望で、貴族連合軍のうち2,000名は上流に、2,000名は下流に、それぞれ本陣より数キル(≒km)離れた位置に配置されることになった。

残る1,000は防塞の最右翼に、そして初戦で投降してきた8貴族、彼らの率いる2,000名は防塞の最左翼に展開し、西部方面軍は両翼を広げ、陣を構えることとなった。



「ただこれは絶対の厳命です。

ひとつ、対岸の川岸より350メル以上距離を保って布陣すること

ひとつ、布陣は必ずこの辺りの堤より高台となる場所を選んでおこなうこと

ひとつ、防御に徹し、本営からの指示があるまで絶対に攻勢に転じないこと

ひとつ、鐘の二連打が聞こえれば、何を置いても高台に撤退すること

これらを遵守することが条件です」



クラリスはその約束を守ることを条件に、彼らの申し出を最終的に承認した。

彼女の不安をよそに、武勲を上げる機会とばかりに、彼らは意気揚々と上流と下流に軍を移動させていった。



翌日、対岸を埋め尽くさんとばかりに、フェアラート公国の軍勢が大挙として押し寄せてきた。

彼らは河川敷に侵入することなく、対岸で待ち受けるカイル王国軍の陣地より300メルの距離の堤防の上で停止した。


一旦間を置くと、最前列の盾を掲げた兵たちが河川敷に走り出し、続く後列の兵たちは盾を背負い、両手に土嚢を抱えて走り出た。

先頭の盾を掲げた兵たちが、盾を重ねて壁を作ると、後列の兵たちは水が溜まった場所に土嚢を並べ、その上を進み、更に最前列に並んだ盾の壁に加わる。



「ちっ! 奴らも前回の戦いから知恵を付けてきたということか?

だがこの先、魔法士の助力もなしに、強引に河を押しわたるつもりか?」



そう呟いたシュルツは、言いしれないような不安に襲われた。

その不安は、彼だけではなかった。



「エランさん、万が一に備えて連絡部隊を同行の上、あの場所に進出してください!

使いたくはありませんが、前回の敗戦を知って、彼らが敢えて同じ布陣をして来たことが気になります。

こちらからの指示は、気球を用いますので、それに従ってください」



「はい殿下、承知いたしました」



唐突な命令ではあったが、エランは直ちに幾人かの地魔法士と、配下として預けられた兵200名を率い、急いで何処かへと姿を消した。



そして、公国軍の陣営から、ラッパのような音が鳴り響くと、戦いは突然始まった。

突然、空を焦がすような数千もの火の玉が、自陣めがけて飛翔してきた。

それは、前回の戦いの優に倍、西側の空が真っ赤に燃えるような光景だった。



「て、敵襲っ!」


「何故だ? 何故魔法攻撃が……」


「ぼ、防衛陣展開っ!」



要所に配置された、風魔法士と水魔法士たちが慌てて魔法を発動し、防壁を展開した。



「かっ、数が多すぎます!」


「防衛陣、防ぎきれませんっ!」


「各所で火災発生中!」



悲鳴のような報告が相次ぐ。

シュルツは先程の不安、その答えが最悪の形で見え始めたことに蒼白となった。



「まさか……、何故魔法士が、あれが全てではなかったのか?」



「第二射! 来ますっ!」



「いかんっ! 浮足立つな。雷魔法士は警戒をっ!

殿下っ! ここは一旦お引きくださいっ!」



シュルツが叫んだと同時に、辺りに轟音が鳴り響き凄まじい雷光が襲った。

直撃を受けたカタパルトの多くが吹き飛び、凶器となった木片を撒き散らすか、勢いよく炎を上げて燃え盛る。



「河川敷に展開した歩兵が、一斉に渡河して来ます。反撃、追いつきませんっ」



西部戦線はここに至って、フェアラート公国が誇る魔法兵団の真価、その恐ろしさを知ることになった。

かつて、ハストブルグ辺境伯や、タクヒールが味わった攻撃を、その数倍の魔法士が展開したものによって……

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『孤独な勇者』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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