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第二百六十三話 南部戦線⑰ イシュタル攻防戦(舞い降りた光)

帝国軍左翼部隊との戦いも、5日目を迎えた。

これは、ハストブルグ辺境伯軍が、サザンゲート要塞にて南部戦線の戦闘を開始してから、9日が経過していることを意味していた。


カイル王国軍右翼と、帝国軍左翼部隊の戦いは、局地戦では王国側が有利に戦いを進めるも、イシュタルは外壁を落とされ、更に全体的な数は圧倒的に勝る帝国軍が、大勢的には有利な状況であった。


そして、朝日が昇ると同時に、帝国軍各陣営は動き出し、各所で戦いが開始されていた。


この時、時を合わせたかのように動き出す、もう一人の男がいた。



「さて、ハーリー公爵もイシュタルの外壁を落とし、内部に迫ったというし、私もそろそろ戦果を挙げんと第一皇子の不興を買うことになるな。

ゴーマン、貴様には申し訳ないが遊びはこれまでだ。

今日はこの関門を落とさせてもらう」



そう呟いたキリアス子爵と彼の軍勢は、関門の内側へと侵入し、イシュタル方面を背に展開していた。

彼らは、ハーリー公爵たちが切り拓いた通路を使い、山岳地帯を抜け、いつの間にか魔境伯領内へと侵入していたのだった。



「て、敵襲! 関門の内側から敵襲です!

あ、あれは……、キリアス軍です!」



「祖国を裏切った者が懲りもせずまた現れたか。

帝国軍10,000の猛攻にも耐えたこの関門、1,000前後の寡兵で落せる訳がなかろう。

気球を上げて魔境伯に開戦を報告! 奴らを殲滅し、辺境伯の墓前に添えるぞ! 全員、奮えよ」



淡々と言葉を発するゴーマン伯爵の言葉には、言いしれようのない重みと、復讐に燃える凄味があった。


だが、次の瞬間、周囲を圧する雷鳴が轟き、城壁上に展開していた兵たちが、硬直して次々と倒れた。



「なっ! 雷魔法デアルか……、奴の血統魔法の」



ゴーマン伯爵は短く呟いた。

単に攻撃力だけなら、雷魔法と火魔法の威力は抜きんでており、ある程度距離が離れた攻撃なら、通常の兵器では成す術がない。

残念ながら、この関門にも避雷針が配置されているものの、配備されていた雷魔法士の数は少なく、全てを防衛できるようには整っていなかった。



「弓箭兵! キリアスめを集中して狙えっ!」



ゴーマン伯爵の命で、1,000もの矢の雨が城壁上から降り注ぐが、キリアス子爵配下の風魔法士が作る傘は、それらを全て排除していた。


そして、彼の放つ雷魔法の無双が始まった。

その雷撃は城壁上ではなく、今度は下の門を守備する兵たちに向かって放たれ、その隙にキリアス兵が門に取り付き、関門の要である門をこじ開けようとしている。



「くっ、此処からでは奴を倒せんか……」



そうゴーマン伯爵は無念そうに呟いた。

風魔法士を活用した防御戦術は、魔境伯から南部辺境の各家に伝授されていた。

今回はそれが災いしていた。

キリアス子爵は、タクヒールの教えに従い、弓矢の対策をしっかり行なっていたのだから。


そして、更に伯爵を驚愕させる新たな報告がもたらされる。



「て、敵襲! 魔境側より新たな敵、約6,000騎が此方に向かって疾走して参ります!」



「ろ、6,000騎……、デアルカ」



ゴーマン伯爵はそう答えるのが精いっぱいだった。



その頃イシュタルでは、夜明けとともに帝国軍の総攻撃が開始され、激戦の最中にあった。


深夜、各所の門を破り、それらを焼き払った帝国軍は、一旦安全圏に軍を引いていたが、翌朝になると格段に防御力の落ちた外部区画へ、再び侵入して来た。


彼らにとって幸いだったのは、魔境伯らの兵は全て、更に内側の区画へと撤退しており、外部区画と呼ばれる広大な場所には、容易く侵入できたことだった。



「敵軍の兵は残り少ない。我らの手で、この城砦に引導を渡してやれ! 全軍、総攻撃を開始せよ!」



ハーリー公爵は、10,000名の歩兵を城塞内部に進出させ、総攻撃を行わせるとともに、南、北、西の外周には鉄騎兵を千騎ずつを配置し、自らは1,000名の歩兵とともに、東側の外周を抑えていた。



「魔境伯の軍は、取り逃がせば今後の憂いとなり兼ねん。よいか、一兵残らず殲滅せよ!」



彼は、過酷とも言える殲滅攻撃の指示を出していた。

今回初めて、魔境伯の軍勢と直接対峙し、得体の知れない何かに恐怖していた。

力だけではない、その方針、対応の全てが、彼らの常識を揺るがす、理解を超えたものであったからだ。


人は理解できないものを恐れ、そして恐怖する。

そのため、容赦ない攻撃を行い、不安に打ち勝つ気でいたのだ。



数刻の攻防を経て、それまで防戦一方だった魔境伯軍にも、新たな転機が訪れることになる。

これまでは貝のように硬く蓋を閉ざし、防御に徹していたが彼らが、にわかに動き出したことにより、戦局は新たな局面を迎える。



イシュタルの外部区画に侵入した、帝国軍から猛攻を受けていた時、アレクシスたちを混乱させる新たな情報が、気球信号によってもたらされていた。


アレクシスは瞑目し、この意味を考え、事態の推移を見定めている中、伝令とソリス伯爵は事態の確認を繰り返していた。



「それは本当か? 間違いではなく?」



「はい、確かに旗の色は、黄-白-白、です。関門側で敵軍を撃退し、勝利したと」



「では、あの遠くに見える砂塵は何だ?

敗走する敵軍にしては多すぎる。あの砂塵、少なくとも5,000騎程度が、こちらに向かっている様に思える」



この問いに、明確に答えることができる者はいなかった。そして今起こっている、不可思議な現象にも……



「たった今、望遠鏡にて確認できました! 先頭にたなびくのは、辺境騎士団旗、及びソリス子爵旗!」



物見からその報告を受けた時、瞑目していたアレクシスは、かっと目を開き言葉を発した。



「全カタパルトに下命! 鐘の合図と共に、外部区画の内側に向けて一斉射撃!

この際、外部区画内の全てを破壊するつもりで、徹底的にやれ、そう伝えよ!

これに呼応し、全弓箭兵も一斉射撃を放つ準備を! 今こそこの戦いに、我らは勝利する時だ!」



中央区画に備えられた、大きな鐘の音が連続して響き渡ると、これまで各個で防戦に努めていた部隊の反撃が停止し、戦場には一瞬の静寂が訪れた。


そして次に、大きく3つ、澄み切った空に鐘の音が鳴り響いた。

帝国軍の兵士たちを、冥界へと誘う鐘の音が……



それまで、外部区画から猛攻を行い、戦場を支配していた帝国軍は、至る所で響き渡った轟音と土煙が収まったとき、周囲には阿鼻叫喚と苦悶の声に満ちた、まるで地獄のような光景を見た。


彼らの頭上に、30基ものカタパルトによる5千発近い石弾の一斉射撃と、2千本の矢の嵐が降り注いでいたからだ。

石弾は矢と違い、その運動速度がゼロになるまで飛び跳ね、跳弾となって周囲を襲い続けた。


無事だった兵たちも、呆然と立ちすくみ、またある者は意味不明の言葉を放ちながら、走り回った。

そして、彼らが思考停止した間隙を縫って、弓矢の第二射が襲った。


そうなると帝国兵たちは、安全な城門の外へ逃れるため我先に走り出し、この危険地帯から離れようと試みていた。



「ななな、何事じゃ? あの轟音は何だ? 街に攻め入った者たちに何が起こっているか、報告せよっ!」



城門外に陣を構え、事態の推移、いや、イシュタルの陥落を予期しながら見守っていたハーリー公爵は、算を乱して潰走する兵たちを見て、門の内側で起こった出来事を理解できずにいた。


更に彼らは、中央区画の高台にいたアレクシスたちと違い、平地に立っていたため、迫りくる砂塵を確認する術も、また、その余裕もなかった。



帝国軍の後背で砂塵を上げて迫る騎馬の一団は、イシュタルの城門近くまで迫りつつあった。



「やっと、やっとだ。

皆、辺境伯の仇、今こそ果たす時だ! 全軍、死兵となって突撃せよ」



「おおっ!」



眦を上げて、先頭を切って騎馬を疾走させるダレクに続き、5,000騎もの騎馬隊が帝国軍に向かって襲い掛かかった。


怒りに燃えるダレクらの騎馬隊は、南側に展開していた鉄騎兵1,000騎を勢いと数の力で一蹴すると、反時計回りに軍列を転じ、ハーリー公爵の本陣、1,000名の歩兵部隊に襲い掛かる。


そして、そのまま、北、西へと敵軍を馬蹄にかけ、押し潰しながら、進んで行く。

最後の西側では、アレクシスがカタパルトとロングボウ兵を指揮し、斉射により南側への退路を封じた。

こうして帝国軍は、進退極まって壊滅し、当てもなく潰走を始めることになった。



このようにダレクが、本来現れる筈のない戦場に参戦できたのには、事情があった。


遡ること数日前、ハストブルグ辺境伯の訃報を受け、カイル王自らが出陣したことで、南部戦線の迎撃体制が整ったと確信したクライン公爵は、遊撃戦を行うため魔境の中に築いた拠点へと姿を消していたダレクに対し、命令書を携えた急使を放っていた。



曰く……


『総参謀長としての命を伝える。

国王陛下の出陣に伴い、ブルグ周辺には3万の兵力が展開することになった。

これにより、帝国軍の北進に蓋ができた故、其方の部隊が敵右翼との交戦を継続する必要はない。

其方らは、機動戦力を率い、可及的速やかに魔境伯の援軍に向かわれたし。

戦況に応じ、自由な裁量を与えるが、先ずはイシュタル方面の安定に心を配られたし』



「ふん、狸爺も味なことを……、クライン閣下、心より、感謝いたします」



その命令書を受けたダレクは涙を流して喜んだ。

同様に、ハストブルグ辺境伯兵、ファルムス兵たちも敵討ちができると、涙を流して狂喜した。


だが、ひとつだけ課題もあった。

辺境騎士団の中にも、キリアス子爵軍から派遣された者たちもいたからだ。

戦場へと向かう前、ダレクは彼らの意思を再度確認した。



「わが主君の不明、我らが正したく思います。

思いは複雑ですが、我ら自身が主君を討ち、奥方様の無念を晴らすことこそ、残されたお子様の未来を拓くことだと、今はそう確信しております。何卒、お連れくだされ!」



彼らの苦渋の決断のうえ、涙ながらに吐いた言葉を受け、ダレクは彼らの同行を許した。

そして、夜陰に紛れて密かにサザンゲート平原を横断すると、慣れ知った魔境の畔、竹林を密かに進み、ゴーマン伯爵の守る関門まで辿りついていた。



「先ずは関門を攻め立てる敵兵を一掃する! 者共、続けっ!」



当初彼らを、敵襲と誤解していたゴーマン伯爵も、望遠鏡にて辺境騎士団旗、ソリス子爵旗が確認されると決断を下した。



「勝機デアル! 直ちに門を開き、味方の進路を確保するのだ!」



ゴーマン伯爵の大胆な機転により、ダレクたちは勢いのまま関門に突入し、キリアス子爵軍と激突した。



「ふん、雷魔法か、視界が定まっていなければ、魔法とて無力よ」



そう言って突入と同時に光魔法を展開した。



「目が、目がぁっ」


「くっ、これでは何も見えん」


「ぐわぁっ!」


まばゆい光に照射され、あるものはそれを直視し目が眩むだけでなく激しい痛みに襲われた。

直視しなかった者も、一瞬盲目になった。

そして、一人だけ絶叫し、頭を抱えてのたうち回る者が居た。


この機会に乗じ、次々と関門を超えた騎兵たちは、キリアス子爵軍に襲いかかった。


その中でも、ハストブルグ辺境伯兵、ファルムス兵は尋常ではないほどの力を振るい、キリアス子爵軍は殲滅されていった。

その中で、密かに兵士たちに抱えられて、戦列から運び出された男に、気付く者はいなかった。



そして、ゴーマン伯爵の伝令から、イシュタルの窮地を知ったダレクは、直ちに決断した。



「エロール、一隊、1千騎を率いて山間部に赴け! 敵の侵入経路、即ち退路を抑えてそれに蓋をしろ! 俺は残りの5千騎を率いイシュタルに向かう」



「承知っ! カッパー隊、我に続け!」



こうして、隊を二分したダレクは、アレクシスたちの元に現れたのだった。



「戦意を喪失してバラバラに潰走する奴らは、捨てておけ! どうせ奴らは逃げることもできん。

俺たちは残された集団戦力を叩き潰す! 敵は帝国軍最精鋭の鉄騎兵だ。油断するなよ!」



ダレクたちは完全に戦場を支配した。

傷ついた敵兵、戦意を失った敵兵たちは、次々と降伏し、兜を脱いで剣を捨てていった。



南部戦線最大の激戦と言われたイシュタル攻防戦は、ここに終結した。

東方から舞い降りた、光の剣士率いる軍団によって。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『歴史の悪意』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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[良い点] また光の勇者がいいとこ持っていきよるな!
[一言] 地図がほしいな
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