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第二百六十話 南部戦線⑭ イシュタル攻防戦(ダブリン再来)

新生都市イシュタル、それが建設された平原では、騎馬隊同士の追撃戦が展開されていた。

追われる側は、1,000騎より少し数を減らした、ソリス男爵率いるカイル王国軍。

追撃しているのは、ほぼ無傷のグリフォニア帝国軍が誇る最強打撃戦力、鉄騎兵7,000騎。



「ふう、なんとか逃げ切れそうか?

流石に儂では、団長のように上手く御しえなかったが……」



そう呟いたソリス伯爵自身、鎧には幾多の傷があり、身体にも小さな傷は至る所にあった。


彼の率いた騎馬隊は、帝国軍と同じ陣形で正面衝突する直前、花が開くかのように左右に分かれ、鉄騎兵の突進をやり過ごそうとした。


だが、数の差は如何ともし難く、後列の鉄騎兵集団は馬首を巡らせ、左右に分かれたカイル王国軍に襲い掛かってきた。


彼らは、側方からの圧力を、なんとか受け流すよう必死に馬を操り、殲滅の危機から逃れるべく戦った。

もちろん、逃げることが大前提で。

その過程で、100騎弱の兵が脱落し、尊い犠牲も出てしまった。



「ふん、以前と同じく逃げ上手か?

今回はそうそう逃がしはせん! 並行追撃でこのまま城門を突破するぞ!」



鉄騎兵の指揮官は、敢えて攻勢を控えめにし、並走しながら敵戦力を削り取り、イシュタルまで突入する体制を採っていた。

それは、逃げるカイル王国軍を、左右から両手で包み込むような形で、半分包囲しながら並走していた。


戦場まで往復し、イシュタルまで逃げ込もうとする王国軍の騎馬は、その多くが疲れ果て、今や息絶え絶えの状態であった。

そのため、重装備の帝国軍鉄騎兵も、十分に追い縋ることが可能だった。



「見えたぞ、城門だ! あと少しだ!

間違えるな、中央門だぞ、決して忘れるな!」



先頭を走る王国軍の騎兵たちが、安堵の叫び声を上げ、互いに何かを警告し合う姿があった。

東側の城門は、殊更大きく作られており、右、中央、左と3つの門は全て開け放たれていた。


そして、タクヒールが以前『まるでアメーバーのようだ』、そう称したイシュタルの特徴、それぞれの開拓村へと通じる防壁が、東の城門から左右に広がり伸びていた。

そのため、追走する帝国軍の兵たちは、城門に近づくにつれ左右の防壁が徐々に迫ってくるような錯覚にすら陥っていた。



「やっと、ここまで来たか。

ふん、息子たちや娘といい、いつも儂をコキ使いおって……。この上、娘婿にまでコキ使われるとはな……

まぁ、クリシアには似合いの婿ということか?」



ソリス伯爵は苦笑しながら愛馬の首を撫で、最後の力を振り絞るうよう促した。

追う者、追われる者が、防壁に挟まれ逆V字型をした頂点にある、城門へと差し掛かった時、それは突然起こった。



「鐘を鳴らせ! ロングボウ兵、弓箭兵! 一斉射撃を開始せよ!

敵の前列は放っておけ、味方に誤射のないよう、中列以降を狙え!」



アレクシスの命によって、ロングボウ兵1,000名、弓箭兵500名、イシュタルに残っていた全兵力が、一斉に矢を放ち始めた。


ロングボウ兵たちは、イシュタルから腕のように左右に伸びた、その防壁上に隠れており、得意の縦深陣の中には、鉄騎兵を誘い込んだ形となっていた。

弓箭兵は正面の城門の上に待機しており、彼らの正面から矢を放っていた。


3方向から一斉射撃は苛烈を極め、さしもの帝国の精鋭、鉄騎兵といえど、大混乱に陥った。



「て、敵に伏兵!」


「挟撃されているぞ!」


「こ、後退を……」



動揺する味方に対し、鉄騎兵の指揮官は怒声を発した。



「狼狽えるな! 敵は寡兵。我らはこのまま前進すれば、城門を越えられる。

その先には矢は飛んで来んわ! 全軍、左右の門からそのまま突進せよ!」



矢の十字砲火を受け、大きな被害を被っている中軍以降の後続を無視し、先頭集団は城門を潜り、遂に敵軍の拠点、イシュタルの内部へと突入した。

そこは元々、牧草地として活用されている外部区画と呼ばれた広大な場所であり、騎馬が展開するに十分な広さが確保されていた。



「よし! ここで敵兵を殲滅する。左右より押しつつみ……、なぁっあっ?」



城門を抜け、この広い平地を利用し、味方を糾合して一気に攻勢に転じようとしていた、鉄騎兵指揮官の声が、突然裏返った。

彼の愛馬は、突然踏みしめるべき大地を失い、束の間の間、宙を飛んだ。

そして数瞬後、落下して激しく大地に叩きつけられた彼の意識は、永遠に閉ざされた。


そこにあったのは、布や脆い板で偽装されていた、巨大な堀とも呼べる落とし穴だった。

同時に、轟音とともに左右の門から入った先の大地が、一気に崩れ落ちた。


カイル王国の騎兵を追い縋り、並走していた鉄騎兵先頭集団の多くは、急停止することも叶わず、次から次へとその穴に飛び込んでいった。



「ど、どうなってい、るぅ?」


「わ、罠だぁ! 止まれっ!」


「無理だぁっ!」



そもそも、通常より濃く巻き上がっていた砂塵により、前の状況は明確に見通せなかった。

これも、アレクシスが風魔法士と地魔法士に命じ、わざと視界をギリギリにして砂塵による目眩しを行っていたからだ。



辺り一帯は、転落して後続の人馬に踏みつぶされ、絶叫を上げる者たちの悲鳴で満たされていった。

なんとか難を逃れた者たちも、もはや圧倒的多数となったカイル王国兵に次々と討ち取られていく。



「撤退! 全軍直ちに撤退せよ!」



鉄騎兵の中軍を率いていた、副司令官の号令に応じ、矢の嵐を受けて城門外で立ち往生していた中軍と後軍は、直ちに馬首を巡らせ撤退を試みた。


勿論それも、至難の業であったのは言うまでもない。


ここまで並行追撃の体制を取り、左右の城壁により徐々に狭くなる地形のため、人馬の列は先に進むほど密集しており、思うように後ろに下がることができない。

縦深陣に誘い込まれた彼らは、連射と強力な弓勢を誇るロングボウ兵たちの餌食となっていった。


もはや、数に勝るはずの鉄騎兵は、いいように蹂躙され、その場はロングボウ兵たちの草刈り場となっていった。


彼らの纏う重装備の鎧は、敵軍の放つ矢を弾き返すこともあった。だが、乗騎する馬が矢を受け、振り落とされると、どうしようもなくなる。


身を護る鎧は、彼らの撤退を妨げる足枷となり、徒歩となりヨチヨチ歩く彼らは、騎馬の退路を妨げる障害物か、狙撃の的でしかなかった。


そして、様々な混乱を収拾し、鉄騎兵が後退した時には、その数を大きく減らしていた。

死者、負傷者、そして徒歩となり、進退極まった多くの者たちを戦場に残して……



「ふう、これでなんとか、絶望的に不利な状況から、圧倒的に不利な状況までに格上げできたかな?

にしても……、この後処理、大変なんですけど……」



アレクシスは誰もが嘔吐したくなるような惨状を前にして、鬱蒼となる気持ちを、敢えておどけることで誤魔化そうとしていた。



グリフォニア帝国が誇る鉄騎兵7,000騎は、一日にしてその半数、3,500騎を失った。そのうち1,000余りは負傷し、カイル王国側の捕虜として捕らえられていた。


ゴーマン伯爵の守る関門を攻略していた12,000名も、2,500名にも及ぶ死傷者を出し、撤退していった。


どちらもそれは、圧倒的敗北と言っていい惨状だったと言える。



だが、大きな戦果を上げたカイル王国の陣営でも、勝利を祝う暇はなかった。

勝利こそしたものの、イシュタルの兵力に比べ、まだ5倍以上の敵軍が健在なのだから。



そして、イシュタルはもうひとつの課題を抱えていた。



「司令官のお言葉には承服しかねる!

我らの同胞を討った、憎むべき敵を治療するですと? しかも埋葬のため捕虜を放つとは……

司令官の仰りよう、我らはとても納得がいかん!」



勝利が確定したあと、アレクシスが出した事後の指示で、彼らは激発していた。

味方の負傷兵を治療した後、聖魔法士たちによって敵捕虜を治療すること、そして、敵捕虜を活用した敵軍の遺体の埋葬、これらを伝えた時、件の準貴族たちが猛反発したのだ。


彼らの同胞の一部は、敵軍の並行追撃で命を落としており、生き残った者たちは、敵愾心を滾らせていたから猶更だ。



「生き残った捕虜たちは、全て首を刎ね、後顧の憂いを断つべきた!

死んでいった者たちの墓前に添えてこそ、彼らの無念も晴れるというのに……、我慢がならんわ!」



『やれやれ、敵と味方、それしか頭にない馬鹿は本当に疲れる。どうやって説き伏せようか……』



アレクシスが困り果てたとき、彼らを一喝する者たちがいた。



「お前たちは、儂らのもとに参じ、一体何を学んだ!

第一に、司令官の軍略が無ければ、我らは関門で挟撃され全滅しておったわ!

第二に、敵味方、それで区別するなら、以前反乱軍に身を投じていたお前たちも、敵ではなかったのか?

第三に、我らの窮地を救ったロングボウ兵、彼らは戦場で魔境伯が救った敵であること、知らないとでも言うのか!

我らの総司令官たる魔境伯の流儀に、異論のある者は直ちにこの場を去るが良い!」



「ソリス伯爵が申された、道理だけではないぞ。お前たちは、司令官の深慮遠謀が分らぬか?

我らが敵兵の亡骸を葬ることに奔走するより、敵兵にそれを行わせるほうが良いのではないか?

遺体は放置すると死毒をもたらす。魔境伯が築いたこの街を、汚染した人の住めぬ街にしてお返しするのか?」



そう、人馬合わせて相当数の敵兵が、城門の内側で亡くなっている。

地魔法士を各地に派遣し、街の建設事業に関わっているコーネル子爵の懸念は、無視できないことだ。


そして再び、ソリス伯爵が全員を睨みつけ、言葉を放った。



「よいか、我らと司令官では考える立ち位置が違う。

敵兵を亡骸と共に放つこと、これは敵軍にこの街の守りの固さを伝え、敵軍に恐怖をもたらすだろう。

正式に亡骸を返却されれば、敵軍は埋葬のため、侵攻を中断し、我らに時間をもたらす。

この意味が理解できんほど、其方らの頭の中は怒りで空っぽになったか?」



二人の上位者から、厳しく叱責された彼らは、大きく項垂れた。

援護者の言葉に、アレクシスは大きく安堵の息を吐くと、言葉を続けた。



「先ずは、負傷者の救護を最優先し、軽傷者には同胞を葬るため、そう言って手を貸してもらいましょう。

そして、次に堀から人馬を引き上げましょう。

亡骸は、ここから最低でも5キルは離れた地に集めます。輸送には、帝国軍の遺棄した軍馬のうち、使える馬を使用し、馬の遺骸については火魔法士の力を借りて、街の外で焼いて埋めます」



「はっ、承知しました」



この言葉に、ソリス伯爵と、コーネル子爵が真っ先に跪いた。

続いて、指揮官クラスの全将兵がこれに倣った。

もちろん、これまで不平を述べていた者たちも。



関門よりも東方、山岳地帯を抜けた先に本陣を構えていたハーリー公爵は、次々と舞い込む凶報に茫然自失となっていた。


圧倒的に有利な状況にあり、作戦の推移も目論み通り順調であったはずだ。

だが……



「鉄騎兵が半数も失われたというのは、ま、誠か?

我らは圧倒的に数で優っており、彼らは帝国軍の最精鋭じゃぞ。あり得ん、絶対にあり得んことだ!」



彼は、これまで小僧と呼び、蔑んでいたソリス魔境伯に、得体の知れない恐怖を感じた。


考えてみれば、敵の主将であるハストブルグ辺境伯が守る要塞を、あれほど簡単に陥落させた攻撃が、魔境伯には全く通じなかった。

今回も、絶対に勝てる勝利条件を整えていたにも関わらず、圧倒的な敗北を享受することになった。

戦いはまだ序盤、自陣の優位は揺るがないものの、言いようのない不安を拭い去ることはできなかった。


そんな時、新たな使者が彼の元を訪れた。



「申し上げます! 捕虜となっていた鉄騎兵の者たち数名が、敵側の書状を携えて戻って参りました。

閣下にお目通りを願っております」



「ふむ、怪しいところはないであろうな? 不審な点がなければ、ここに通すが良い」



使者を引見したハーリーは、更に驚かされることになった。

その書状には、以下のことが書かれていた。



『本日の戦い、両国の使命を背負ったものとはいえ、貴国の犠牲者には深く哀悼の意を捧げます。

魔境伯の全権代理として、貴軍に通告します。


ひとつ、本日の戦いで亡くなった貴軍将兵の亡骸を、一か所に集めていること。

ひとつ、その地には、荼毘に付する用意が整えられていること。

ひとつ、その地で死者を弔う貴軍に対し、一切の攻撃を加えないと約すること。


どうか、故国のために戦い亡くなった英霊たちが、安らかに眠りにつけるよう、懇ろに弔ってほしい。

亡骸の運搬に協力してくれた貴軍の一部兵士は、その地を守るために残しており、そのまま返還する。


なお、貴軍の負傷兵については、救護の上適切な処置を行っており、戦後、捕虜交換の用意があることを、事前に通達させていただく。

彼ら負傷兵が収容された施設には、鹵獲した帝国軍の軍旗を掲げているため、誤って攻撃されぬよう』



そういった内容が記載されていた。



「戦場で何を甘いことを……、くっ、我らは、人としての器量で奴らに劣っているということか?」



そう呟くと、ハーリーはサザンゲート砦にて、自軍が行った所為を思い返した。


カイル王国兵の亡骸は、一か所にまとめ穴に打ち捨て、埋めただけだった。

捕虜の救護も行わず、戦傷が元で亡くなった者たちも、一顧だにしなかった。

そもそも、帝国や周辺国では、捕虜は首を撥ねるか、余裕があれば奴隷として連れ帰り、一生使い潰すだけの存在だった。


彼らの対応は、非常識と呼ぶには余りある、理解を超えたものだった。



「其方たちはこの書状の内容を?」



「書状自体に何が記載されているかは存じません。

ですが、我らは使者として解放される際、魔境伯のご存念という形で、この後の対応を伺いました」



「ふむ、してやられたな……」



本来なら、書状の内容など無視し、攻略を継続してもよい。

だが、身内に敵軍の申し出を知っている者たちがいる。恐らく、亡骸を守っている者たちも同様だろう。


ハーリーは、既に今後の対応が、敵軍によって規定路線とされてしまったことに、改めて気付かされた。



「儂らは、とんでもない男を相手にしているのやも知れんな。

世の常識を無視し、魔境を統べる魔物たちの王……、儂らはこんな奴を相手にしているのか……」



ハーリーが思わず発した呟きを、聞いてしまったひとりの兵が、思わず呟いた。



「魔境の王、俺たちの相手は魔物を統べる王、魔王伯……、こんな相手、勝てるわけがない」



この兵士の呟きと、カイル王国軍の捕虜や負傷者、戦死者の処遇は、箝口令が敷かれた帝国兵の間に、瞬く間に広がった。

この時よりタクヒールは、世の理を超えた『魔王伯』として、帝国軍から陰ながら畏怖される存在となった。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『イシュタル攻防戦(不協和音)』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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王なのに伯爵とはこれ如何に。
[良い点] 魔王伯 いよいよ魔王ですか
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