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第二百五十九話 南部戦線⑬ イシュタル攻防戦(帝国軍の罠)

アイギスとイシュタルを結ぶ重要拠点、テイグーン山の東裾野に設けられた関門は、魔境からの魔物と外敵の侵入を拒む、魔境伯領(旧ヒヨリミ領域)にとって重要な拠点のひとつだった。


ここに帝国軍の歩兵、約10,000名にも及ぶ軍勢が、東側の山岳地帯から進出し、突如として襲って来た。



「全軍! 我らは寡兵なれど、この関門は魔境伯が智謀の限りを尽くして建てられたものじゃ。

たかが10,000程度の敵軍、びくともせんわ! ゴーマン軍の勇猛、今こそ見せてやれ!」



そう言って味方を叱咤したものの、ゴーマン伯爵は窮地に陥っていた。


本来この施設は、魔境側に対する防御を優先した構造となっており、無数に取り付けられたカタパルトやバリスタの多くは、魔境側を向いている。


そして、帝国軍の歩兵は各自が大楯を装備し、更に竹林から伐採した竹を組み、ゴーマン伯爵軍の弓箭兵が放つ矢を防いでいる。

そのため、新たに彼らに配備された、最新式のエストールボウによる一斉射撃でも、痛撃を与えることも叶わず、帝国兵らに関門の真下まで取り付かれていた。


幸いだったのは、敵側も攻城兵器を持っておらず、魔法士たちをアイギス攻略に振り向けていたため、関門攻略に決定的となる決め手を欠いていたことだ。



今や最大の攻防は、関門下部に据え付けられた、巨大な門、それを巡る戦いに推移していた。

内外を結ぶ門の両側には、強固な鉄柵が設けられ、門に通じる通路を塞いでおり、厚い鉄板を打ち付けた門自体は、関門の内側に引き込んだ位置にあって、固く扉を閉ざしている。


ゴーマン軍の兵の一部は、その鉄柵の内側に展開し、侵入を試みる帝国兵と戦っていた。



「閣下、この数の軍勢に息つく間もなく攻め立てられれば、多勢に無勢、我らとて長くは持ちこたえられませんぞ。しかも、内と外に敵を受けている状況では……」



「デアルナ……」



そう、彼らを最も悩ましているのは、関門の内側からの攻勢に反応し、突然魔境側から襲い掛かった帝国軍の別動隊、キリアス子爵率いる裏切り者たちだった。


彼らは魔境に慣れ、竹林の中を小隊に分かれて用意周到に進んでいたため、そもそも発見が遅れた。

そして、内側からの敵襲に対応している隙に、外側からも取り付かれてしまう事態となっていた。



「我らは持ちこたえ、時を稼ぐ。これが総司令官より与えられた使命デアル!

なんとか3日、ここに踏みとどまるのだ!」



既に開戦を告げる気球は上げた。魔境伯なら、事態の解決に動いてくれるだろう。

そして、イシュタルにはソリス伯爵もいる。


元々お互いに嫌い合っていたため、個人的に友誼はない、だが、戦場での働きには信用に値する男だ。

その期待を裏切ることはないだろう。


ゴーマン伯爵が、そう考えていた時、物見の兵から報告が上がった。



「イシュタル方向から馬蹄の上げる土煙が見えます! せ、先頭には、ソリス伯爵の旗が見えます!

え、援軍だぁ!」



孤軍奮闘していたゴーマン伯爵軍は、喜びの声を上げた。




ソリス伯爵軍の援軍に、ゴーマン伯爵軍は士気を盛り返した。

しかし、この様子を見て、喜びの声を上げる者が他にもいた。



「ほっほっほ、わざわざ討たれに、寝ぐらから出て来おったわ!

後方に待機している鉄騎兵に下命、奴らの更に後方に回り込み、目の前の戦に夢中になる、馬鹿どもを狩り獲り尽くせと!」



そう、帝国軍は敢えて、歩兵だけに関門を攻めさせ、イシュタルからの増援をおびき寄せる作戦でいた。


通常であれば、歩兵に対し騎兵は圧倒的に優位であり、しかも挟撃の体制を取れるとなれば、数の不利をものともせず、王国軍の騎兵は突進してくるだろう。

ハーリー公爵はそう読んでいた。


関門や城砦に立てこもる王国兵を叩くのは、非常に手間が掛かりそれなりに犠牲を伴うものだが、野戦ともなれば、包囲殲滅の上、一網打尽にすることもできる。

それこそがまさに、ハーリーの狙いだった。


この日を期して、第一皇子親衛軍を基軸に鍛え上げられた鉄騎兵、その7,000騎の突進は、カイル王国軍の騎兵程度なら、簡単に蹂躙し、馬蹄で踏み潰すことだろう。


次々と駆け出す鉄騎兵たちを送り出しながら、彼は会心の笑みを浮かべ、勝利を確信していた。



ソリス伯爵を先頭に、戦場である関門に向けて愛馬を疾駆させる者たちにも、帝国軍の歩兵たちが視界に入った。



「これより、事前に指示した行動に移る!

決して騎馬の脚を緩めるな! 各指揮官は旗を見逃さぬように注意せよ。旗手は儂の後方に!」



そう叫ぶと、カイル王国軍の騎馬隊は疾駆しながら、ソリス伯爵とその直掩部隊を先頭に鋒矢陣を敷いた。



「黄旗を掲げよ! 突入態勢のまま、射撃準備を。鐘は連打を開始!」



カイル王国軍は突撃体形のまま、関門前に展開する帝国軍の歩兵部隊に突入するかに見えた。

関門を攻める帝国兵は、後ろから迫り来る馬蹄の響きに息を飲んだ、正にその時だった。



「左右に散開! 敵前を並走しつつ第一射撃て! 鐘を三打に!」



帝国軍の眼前、200メルを切ったところで、カイル王国軍の騎馬隊は左右に馬首を巡らせ、彼らを迎え撃つため陣列を敷いた、帝国軍位歩兵部隊の眼前を通過しつつ、馬上からエストールボウの射撃を加えてきた。



「て、敵の矢が? ……、ぐわっ!」

「ば、馬上からだと?」

「まだ200メル近く離れているぞ!」



アレクシスが出立前に言った、『騎兵として腕の立つ者』とは、実はこの馬上射撃の訓練を積んだ者を指していた。


ソリス魔境伯軍、ソリス伯爵軍、ゴーマン伯爵軍、コーネル子爵軍では、全ての兵士が騎兵として働ける訓練を積むことは、既に常識となっており、この騎射ができる者こそ『腕の立つ者』と呼ぶ共通認識ができていた。


彼らは、左右に展開しつつ、馬具に備え付けられたもう一つのクロスボウに持ち替えると、更に第二射を放ち、一気に反転、速度を維持したままイシュタル方面へと騎馬を走らせた。



「見事な一撃離脱戦法デアルな。

我らゴーマン軍に引けを取らない、統率された戦法デアル」



関門の城壁上から、その様子を眺めていたゴーマン伯爵が、感嘆の声を漏らすほど、統率された見事な動きであった。

もちろんこれは、多くの者が新兵の時から、辺境騎士団支部に派遣され、団長の猛訓練を経験した結果であるが……


更に、馬上からかき鳴らされる鐘の音に合わせ、風魔法士たちが矢を追い風に載せ、敵陣に誘導したことも否めない。

この攻撃で、騎馬の突入に備え密集体系を敷いていた帝国兵は、1,000名近い死傷者を出していた。

そして、その混乱で陣列は大きく乱れた。



「今デアル! 敵陣に向かって一斉射撃を! 三打を始めよ!」



機を見たゴーマン伯爵の指示で、関門側からも1,000の矢が雨の如く、目の前の騎馬隊の動向に気を取られていた帝国兵に襲った。



「たたみかけよ! 第二射、第三射と連続射撃!」



帝国兵が矢を防ぐための大盾を装備しているとはいえ、前後から矢で挟撃されれば、防ぎようもない。

しかもゴーマン伯爵軍は、自前の風魔法士たちの魔法により、手前の敵は無視して帝国軍の前列、騎兵と相対している隊列を狙って矢の雨を降らせていたのだ。


関門からの攻撃で、帝国軍は更に1,000名を超える死傷者を出し、大混乱に陥っていた。



「あれは……、な、何でアルか?」



最も高い関門の城壁上から、戦場全体を見渡していたゴーマン伯爵が、真っ先に異変に気付いた。

それは、ソリス伯爵が進もうとしている方角の、右斜め前方より彼らに向かって進む、夥しい数の馬蹄が上げる土煙であった。



「警鐘を鳴らせ! 彼らに届くように、急げ!」



ゴーマン伯爵の指示により、いつもとは異なる符丁の鐘が鳴らされた。

鐘の音は、ゴーマン伯爵配下の音魔法士によって増幅され、疾走するソリス伯爵まで届く。

騎馬を疾走させていたソリス伯爵も、ゴーマン伯爵の放った警鐘により、前方から迫る濛々たる砂塵に、いち早く気が付くことができた。



「成程、これも司令官の予想通りと言う訳か。クリシアの婿に……、その器量、認めざるを得ないな」



疾走する馬上でそう呟いたソリス伯爵は、口元に不敵な笑みを浮かべ、出立前にアレクシスに呼び止められて言われた事を思い出していた。



『伯爵、僕は帝国軍の行動が不審に思えてならないのです。

彼らは、その気になれば昨日、いや、僕なら昨夜を狙って夜襲を掛けてくるでしょう。

そして、総司令官の気球通信の意味と重ねれば……、今回の攻撃は我々を誘い出す囮かもしれません』



『な、なんと!』



『囮であれば伏兵を配置し、イシュタルから出てきた我々を、一気に殲滅することを謀ってくるでしょう。

なので、騎兵の攻撃は機動力を生かし、一撃離脱、先ずはそれで様子を見てください。

それだけでも、ゴーマン伯爵には十分な援護となります。そして伏兵が現れた時は……』



「ちっ! 帝国軍の最精鋭、鉄騎兵か……、まともにやっては、勝負にならんわ。

それにしても、この数、奴らはいったいどうやって山岳地帯を越えたのだ?」



そう呟いたソリス伯爵も、事前にアレクシスの懸念を聞いていなければ、初撃で騎馬隊を敵歩兵部隊に突入させていただろう。

それが最も効果的な、敵を屠る戦術なのだから。


そして、この砂塵に気付いても、訝しがりつつも対処に遅れていただろう。

そうなれば気付いた時にはもう遅い。鉄騎兵に包囲され、確実に殲滅されていたはずだ。



「良いか! 速度を維持しつつ、鉄騎兵の正面に突入すると見せかけ、急旋回でその横をすり抜けるぞ!

先頭集団が要だ! 味方を誘導する、我に続けっ!」



そう告げると、左右に展開していたカイル王国軍の騎馬隊は、再び合流して鋒矢陣を取った。

それに合わせ、グリフォニア帝国軍も、鋒矢陣を、いや、カイル王国軍に数倍する、太さと厚み、長さを持ったひと固まりの槍となり、正面から衝突する隊形に転じた。


二本の矢と槍は、今まさに正面から激突しようとしていた。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『イシュタル攻防戦(ダブリン再来)』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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