第二十五話(カイル歴503年:10歳)人材収集② 候補者選定
「タクヒール、また悪い顔になってるぞ」
会議の終わり、兄に指摘されてしまった。
兄も家宰も2人ともニヤニヤしながら俺を見ていた。
ともあれ、会議で両親の許可は得た! これで小銭稼ぎができる!同時に人材確保も。
それが嬉しくて仕方なかった。
その後は地味な作業の連続だった。
俺には誰にも知られていないチートがある。
俺が歴史書と呼んでいるソリス男爵領史には、領地の歴史だけでなく領民一覧の頁がある。
【前回の歴史】で、エストール領に住み、ソリス男爵家の領民だった者の名前が、歴史書には全て記載されていた。
・名前(領民は殆どの者が苗字を持たない)
・年齢(カイル歴513年時点、死亡者は没年と年齢)
・居住地(町や村の名称)
・特性(※ここが凄くチートな情報だった)
この特性の情報を初めて見たとき、俺は狂喜した。
そこには本来は、高額な適性確認の儀式を受けないと分からない、魔法適性が整然と記載されていたからだ。誰に適性があり、それが何の適性か一目瞭然だ!
事前に分かってさえいれば、少ない費用で、効率的に魔法適性を持つ者、即ち魔法士を集められる。
歴史書の特性欄を軽く目を通しただけでも、相当な数の魔法士適性を持つ者が確認できていた。
ピンポイントで、数多くの魔法士を1本釣りができる、このメリットは計り知れない。
『歴史を知っている、というチートに、簡単な一発逆転なんてない』そんなこと誰が言ったんだ。
「これってめちゃめちゃ一発逆転の情報じゃん」
俺はひとり舞い上がっていた。
ただ……、思いもよらぬ所に落とし穴があった。
この世界にはちゃんとした戸籍がないっ!
税収の為の戸別情報はあっても個別情報がないのだ。
「行政府にある領民の情報って、まさかこれだけ? なんでだよっ、これじゃあ使えないじゃん!」
思わず資料を叩き付けてしまった。
「お役に立てず申し訳ありません。家宰にも確認しましたが、これ以上の情報はないようです」
「あ、ごめん。アンを責めている訳じゃないんだ」
恐縮する彼女に八つ当たりを謝罪し詫びた。
俺はこの世界の制度を恨めしく思った。
「やっぱり……、簡単な一発逆転なんて…ないよね」
先ほどの大喜びと、一気に上がった気持ちはマイナス域まで急降下していった。
例えば歴史書の領民一覧に、地魔法の適性を持つ◯◯村在住のメアリーという人がいたとする。
税金を払う一家の戸長であれば、行政府に〇〇村のメアリーと名前を記載した資料がある。
でも年齢の記載は一切ないし、同じ名前の他人でも区別がつかない。
更に戸長でなければ、戸長の名前以外は、妻1名、娘2名、といった記載しかない。
なので、〇〇村のメアリーが戸長の妻や娘だった場合、こちらの記録では調べようが無い。
人を◯◯村にやって、メアリーという名の人を、しらみ潰しに調べあげるしかない。
でも同じ名前の人がいるかも知れない。
そして、更に問題を複雑にしているのが、住まいや年齢は今から10年後、カイル歴513年の情報だ。
なので、今現在は該当するメアリーという人が、◯◯村に住んでいない事も十分にあり得る。
言ってみれば歴史書の記載情報はこんな感じだ。
氏 名:メアリー
居住地:マーズの町
年 齢:14歳(カイル歴503年没)
特 性:地魔法士適性
氏 名:メアリー
居住地:エストの街
年 齢:18歳(カイル歴513年)
特 性:鍛冶職人適性
氏 名:メアリー
居住地:エールの村
年 齢:24歳(カイル歴513年)
特 性:風魔法士適性
氏 名:メアリー
居住地:エストの街
年 齢:32歳(カイル歴513年)
特 性:剣士適性(剣豪)
仮に3番目の、カイル歴513年時点でエールの村に住むメアリーを探したくても、現時点では14歳。
24歳ではエールの村在住だが、今の時点でエールの村にいるとは限らない。
今時点の情報が分からない事、そして、既に俺が歴史を変えてしまっているため、誤差が発生している事、この2点が課題だった。
目的も伝えず、◯◯村、または近辺に住む14歳のメアリーという名の娘を全て探して欲しい。
この方法は採れない。
怪し過ぎるし、これで魔法士をどんどん発見すれば、周囲に余計な疑念を持たれてしまう。
それに、上手く見つけられたとしても、【もう一つの課題】もある。
これを解決する為、考え出した手段の一つが、射的場であり受付所の登録だった。
景品はより多くの登録者を集める為の餌に過ぎない。
定期大会に出なくてもいい、娯楽として該当する14歳のメアリーさんが、受付で登録さえしてくれれば……、少なくとも候補は大きく絞れる。
同じ名前で、同じ年齢の他人、その可能性はある。
でも、この地道な絞り込みを続ければ、高い確率で見つける事ができるだろう、そう思っている。
地道な作業だった。毎日ずっと歴史書と睨み合った。
歴史書から魔法適性がある人を片っ端から抽出する
↓
俺が歴史を改変する以前に亡くなった人を除外する
↓
残った人の年齢を、全て現時点に換算しなおす
↓
最後に、居住地別、年齢別に一覧表を作り直す
「……」
パソコンとエクセルが欲しかった。
手作業で行うのは大変な作業だったが、まだソートする母数が少なくて助かったといえる。
何とか抽出できた人の数は、なんと200名! を超えた。
「なんだこの数、有り得ないんだけど!」
思わず叫んでしまった。
本来、約8,000人の人口で、統計的には0.02%しか居ないとされている魔法士。
潜在的に能力が有る者を調べる事ができれば、2.5%も居る、そんな事が分かった。
凄く嬉しい誤算だったが、やり過ぎると余計な誤解や詮索を受けてしまう。
ここからは警戒しながら、慎重に進めていく事にした。
次のステップとして、作成したリストを元に、現時点で10歳以上、子供を含む比較的若い領民を絞り込み、50人程度のリストが完成した。
この時点で、ほぼ燃え尽きてしまったが……
毎日、射的場の受付から上がってきた登録情報を、手持ちのリストと照合する。
そんな作業を毎日繰り返した。
そして最初の一人は凄く身近に居た!
知っている人物で照合すら必要すら無かった。
そして、もう一つの課題の心配も皆無だ。
これも巡り合わせだったのかも知れない。
見つけた時は、大喜びし過ぎて周りから怪訝な目で見られてしまった。
その後も、過去の難民救済や、射的場の運営で雇用していた人員の中でも、何人かそれらしい名前が見つかり、慎重に確認を進めていった。
彼ら(彼女ら)なら、もう一つの課題も、無視していい。
ここまで来て、やっと単純な作業は人任せにできた。
といっても、俺の指示に何の疑念もなく、黙々と作業をこなしてくれる人物。
アンやクレアなど、信頼できる限られた人にだけにしか、任せる事はできなかったが。
そしてその後も着々と候補者は見つかり、10名近くの候補者が割り出されていった。
ただ、直ぐには適性確認の儀式を受けさせる訳にはいかない。
候補者の為人の確認や、ソリス男爵家への忠誠度、そして、強引でも良いから儀式を受けるための理由付けが必要だった。
魔法士の適性が確認できた途端、他領に売り込みに行かれては目も当てられない。
そう、これが、もう一つの課題だ。
最初の理由付けは定期大会を利用しよう。
そう考えた俺は、定期大会の打ち合わせ、進捗状況の確認という名目で、日々射的場に顔を出し、心当たりの人物が来るのを待ちわびた。
更に、定期大会の運営要員、という理由を付け、候補者のなかで囲い込める人員は、どんどん囲い込んでいった。
ご覧いただきありがとうございます。
30話ぐらいまでは、ほぼ毎日投稿していく予定です。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、ありがとうございます。
凄く嬉しいです。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。