第二百五十七話 南部戦線⑪ 真の攻略目標
アイギス近くの魔境において、帝国軍の宿営地では夜も更けたなか、まだ翌日の作戦を協議する者たちがいた。
彼らは、もう一つの方面の進捗状況を確認し、それによる翌日の作戦行動を協議していた。
「では、明日の朝、遅くとも日中には完成するのだな?」
「はい、今も内側に侵入した者たち12,000名が、三交代で夜通しで突貫工事を行っておりますゆえ」
「敵方に露見する可能性はないのか?」
「はい、4,000名が敵領内に進出し周辺警戒にあたっております。奴らの物見も立ち入る余裕はありません。残る4,000名が工事に、4,000名が休息しながら、交代で対応しております。
夜が明ければ周辺警戒の4,000を残し、8,000名で一気に魔境側の危険地帯を対応しますゆえ」
「そうか、なら明日も、せいぜい派手にやってやらんといかんな。
バリスタの配備は終わっているか?」
「はい、少々危険を伴いましたが、撤退すると見せかけて、夕闇に紛れて設置を済ませております。日中、これまでに討伐した魔物の死骸を、見当違いの方向に置いてまいりましたゆえ、犠牲なく対応は完了いたしました。
流石は魔境の畔に住まう者、キリアス殿の助言は的確でしたな」
「そうか、王国の奴らは今も、我らを魔境を知らぬ愚か者、そう思っておるだろうな。
人は苦い経験を元に学びを得て、それを生かす知恵を得るものだというのにな。
奴もこれで、些か役に立ったと言うわけか」
そう言うと、第一皇子は笑った。
かつて、自身が受けた屈辱を振り払うように。
「鉄騎兵団7,000騎はハーリー、お前に預ける。そちらの指揮を頼んだぞ。今や、お前だけが頼りだ」
「はっ! 殿下の栄光の道を切り拓く使命、確かに承りました。
大事な御身、決して無理はなさらぬように」
「分かっておるわ。今日もお前に救われた。余も熱くならぬよう、固く戒めることとしよう」
彼らの意図していることは、翌日になって明らかとなるが、タクヒールたちが漠然として抱いていた不安は、最も最悪の形で的中することになる。
※
左翼陣営の開戦二日目、黎明の時間帯に仮眠を取っていたタクヒールは、大きな衝撃音によって目を覚ますことになった。
物理攻撃と思われる衝撃音に加え、連続して行われた魔法攻撃の衝撃が、起き上がり駈け出そうとした直後に襲ってきた。
「ちっ、敵の攻撃か?
それにしても、いつの間に攻城兵器を配備していたんだ」
急ぎ砦の最先端、星形の突き出た一角の城壁上に駆け出そうとした俺の前に、目を覆う光景が広がっていた。
当直にあり、一足先に現場に到着していた団長が、大声で指示を出しながら駆け回っていた。
シャノンから、敵陣に何か移動する足音あり、そう報告を受け、警戒態勢を敷いた直後に、それは起こったらしい。
「浮足立つな! 各魔法士は更なる魔法攻撃を警戒し、防御の傘をいつでも張れるように準備せよ!
負傷者は後方に搬送し、応急処置を! バリスタの第二射が来る可能性がある。治療は搬送後だ!
全員、今すぐここから後方に退避しろ!」
団長の指示で、負傷者の搬送を含め、全員がその一角から退避した時、バリスタの猛烈な第二射が襲った。着弾と同時に、穂先に取り付けられた鋭利な何かが、辺りを跳ね回る。
更に追い打ちを掛けるように、火魔法と雷魔法が星型の魔境に突き出た防壁の一角を襲う。
「団長、これは……」
「申し訳ありません。してやられました。
これが辺境伯を襲った、敵軍の攻撃でしょうな。100基近くのバリスタによる一斉攻撃ともなれば、その威力は侮れません。この攻撃で我らの注意が逸れた隙を狙い、魔法攻撃を加えてくるとは……」
「全員、聞けっ!
この程度の攻撃、この砦はびくともせん。やられたらやり返すまでだ!
敵軍の攻撃は砦の先端から約300メルから400メル、その辺りからに決まっている。
シャノン! 大まかでいい、距離と方位は分かるか?」
「はい、右2番から4番の間にかけてです。距離、300メル!」
「弓を使える者は全員、号令に従い一斉射撃を!
風魔法士は、300メルの右2番から4番にそれぞれ誘導を行え! 鐘を連打せよ!」
傍らに居たシャノンが、機転を利かせて俺の声を拡声してくれたお陰で、多くの者に指示が伝わった。
彼らが一斉にエストールボウを掲げるのを確認すると、俺は攻撃指示を出した。
「鐘、三打始め!」
連打されていた鐘が、一瞬鳴りやみ、ゆっくりと三打を打ち始めた。
そして三打目に、一斉に矢が放たれた。
「続けて第二射、第三射用意っ!」
そう言うと、俺は傍らに控えていた団長に話しかけた。
「団長、以後の指揮はお願いします」
そう告げると、周囲の状況を確認しながら、俺は駆け出した。
いつの間にか、アンとシグルが俺の傍らを、まるで盾になるように、少し前に出て並走していた。
俺たちは平素から団長の訓練の一環で、就寝中に飛び起きて反撃する訓練や、夜中に暗闇に向かって方向にアタリを付け射撃する訓練、それらを嫌というほど積んでいる。
ある程度目標となる方角に番号を振り、砦のどの位置からも的確に狙う訓練も。
なので、奇襲を行った帝国側の方が、それをものともしない反撃を受け、逆に混乱しているはずだと思っていた。
俺が無防備に走り出したのも、それを見越した上で、この後の攻撃はないと踏んでいたからだ。
最初にあった一連の攻撃を受けたのち、防壁上に出ていた俺は、続く敵軍の第二射を見て、ある確信を持っていた。
火魔法で城壁上が炎に照らし出されたのち、彼らは狙撃位置を変えてきた。
ある程度攻撃は散らしているが、恐らく敵の狙いは星形に突き出た先端部分の各所にある望楼だ。
もしその予測が正しければ、彼らは見られたくない何かを行っている可能性がある。
彼方此方に残骸が飛び散っている、砦の突端部分、その最も先に辿り着くと、俺は目を凝らした。
そして、携帯していた簡易望遠鏡に目を当てた。
そこに見えたものは……
遥か遠く、帝国軍が宿営地としている場所から、東側に向かって続くかすかな土煙だった。
「やはりそうか! きっと敵の狙いはアイギスじゃなくイシュタルだ!
くそっ! 俺はしてやられた、そう言う事か……」
昨日の早朝、イシュタル側の山岳地帯に敵が取りついたという報告があって以降、何も動静も無かったことが、俺には腑に落ちなかった。
昨日の敵軍が行った、アイギスへの中途半端な攻撃も。
「シグル! 急いで気球を上げるよう指示してくれ!
気球は二つ、赤-赤-青、そして、黄-赤-青だ!」
アレクシス、ゴーマン伯爵、どうか俺の伝えたい意味に気付いてくれ。
俺は祈るように、東の空を見つめた。
※
タクヒールが帝国軍の意図に驚愕していた頃、奇襲を行った帝国軍側でも驚きを隠せない者がいた。
「ちっ、奇襲を受けたにも関わらず、すぐさま統制された反撃を行って来るとはな。
前線に展開させた部隊と、魔法士を直ちに後方に下がらせろ! このままでは損害が馬鹿にならんわ」
第一皇子が驚いたのも無理はない。
今回の奇襲で、初めてこの砦に痛打といえる打撃を与えることができた。
だが、彼らは即座に反撃に出てきた。それも正確な射撃で。
魔法攻撃が通じたということは、バリスタの初撃で敵軍にもそれなりに動揺があったはずだ。
なのにすぐに立て直して来た。
「ふっ、これがこの要塞の防御力か。確かにあの老人の言った通り、侮れんわ。
当初余は、ここをまともに攻める気でいたということか。今考えると空恐ろしいな……」
そう呟いたあと、再び顔を上げた。
「だが、わざわざ難攻不落の要塞を、好んで攻める訳がなかろう。
お前たちはそこに立てこもり、不敗を誇っているがよいわ、この王国が滅ぶまでな。
痺れを切らして平原に出てくれば、それこそ俺たちが蹂躙してくれる!」
第一皇子は、まるで目の前にタクヒールらが居るかのように言い放つと、胸を張った。
そう、彼はテイグーン攻略に関し、大胆不敵な戦術を採用していた。
彼の率いる本隊は、鉄騎兵3,000騎と歩兵8,000名。合計しても11,000名に過ぎない。
別動隊は、先ほどの攻撃に乗じて、密かに宿営地を離れた鉄騎兵7,000騎に加え、歩兵12,000名。
合計すると19,000名だ。
イシュタル及び関門を守るカイル王国側の全戦力に対し5倍以上となる優勢だ。
自身は囮として、アイギスの攻略に当たるも、それでも防御側に倍する戦力を保持している。
彼らは、事前の諜報により、各方面の戦力をおおよそながら掴み、最も有利に、かつ、どちら側でも負けないだけの兵力を配分していた。
そもそもイシュタル方面へ抜ける山岳地帯は、急峻な崖や逆茂木などが至る所に展開されており、障害物を手で排除し、更に崖を登攀できる歩兵しか侵入することができないため、馬や魔物は通過できない。
この前提にも、第一皇子は12,000人という人海戦術で対応していた。
まず初日、山岳地帯に取り付いたと見せ、一部隊だけを越境させて警戒に当たらせると、残りは魔境からの侵入可能な通路を構築すべく、作業に当たらせていたのだ。
夜間は、全員が魔境側から、魔境伯領内に進出して安全を確保し、逆に魔境方向に向かって通路を切り開く工事を進めていた。
彼らは夜を徹して急峻な崖を削り、逆茂木を排除し、土嚢を積み重ねて騎馬の通行できる道を作っていたのだ。
これらにより、イシュタル側に展開不可能と言われた鉄騎兵を進出させ、数と突進力で防衛軍を圧し潰す作戦を実行するために。
これが、第一皇子が立てた攻撃計画の全容である。
数年前、ジークハルトがタクヒールに語った戦略と、似て非なるものではあるが、戦術的には似ていた。
ジークハルトはイシュタルなど無視し、出兵により手薄となった王国領内を、無人の野を駆けるが如く突き進み、王都を目指す戦略であり、第一皇子はイシュタルを殲滅し、魔境伯領を裏側から浸食して徹底的に破壊することを目的としていた。
このことに大きな違いがあるため、似て非なるものとなっていたが……
彼と彼の率いる軍が抱える、魔境伯に対する逆恨みの深さ、それが大きな枷となっていた。
こうしてタクヒールたち、王国側右翼防衛軍、特にアレクシス率いるイシュタル防衛軍は、ここに最大の危機を迎えることになる。
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次回は『イシュタル攻防戦(開かれた戦端)』を投稿予定です。
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