第二百五十四話 南部戦線⑧ 決意の出陣
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タクヒールたちが悲報を受け取る少し前、国境の要塞から半日ほど進んだ先、サザンゲートの砦は大混乱に陥っていた。
今回の戦いにて、ダレクはここを拠点とする辺境騎士団の指揮にあたると共に、事態の収拾を図っていた。
「ダレク様! 無念ですっ!」
帰還した将兵たちは、辺境伯を失ったことに涙を流して泣き崩れた。
ただひとり、ダレクだけはそんな兵たちを黙って見守っていた。
実は心の中では、ダレク自身が一番動揺し、溢れ出る感情を必死に押し殺していたのだが……
一軍の将たる者として、そんな姿を諸将に見せる訳にはいかなかったからだ。
今自分が醜態を晒せば、きっと義父の辺境伯は我が身の不甲斐なさを嘆くだろう。
泣くのは後で、人知れず泣けばいい。
ダレクは唇を強く噛み締めた。
そんな彼の口元は血が滲んでいたが、それに気付いた者も、敢えて誰もが気付かない振りをしていた。
「では、辺境伯が討たれたこと、キリアス子爵の裏切りは、違えようのない事実なのだな?」
「はい、誰もが確認できた訳ではありませんが、明らかに異なる命令、辺境伯らしくないご指示、そして戦場での敵軍の動向、最後に味方であるはずの我々に対する攻撃など、幾つかの事実を総合すると……」
「……」
戦場より撤退した3名の男爵、及び辺境伯軍の兵士から聞き取りを行ったダレクは決断した。
「これより直ちに行動を開始する。
ひとつ、撤退して来た兵士たちは応急処置の後、一旦ブルグまで後退させ、改めて配置に付ける。
ひとつ、王都に早馬を出し事態を報告せよ。そしてブルグを最終防衛ラインとし、援軍を集結させるようクライン公爵に依頼しろ。
ひとつ、辺境騎士団及び騎馬隊の計五千騎は、連絡員を残しここを捨て、魔境内の秘匿砦に移動する。
ひとつ、近隣の村、町に兵を走らせ、ブルグまでの避難を伝達し、その移動を支援しろ。
急げよ、そして気持ちは分かるが浮足立つな!」
誰よりも悲しみと怒りを感じているはずのダレクが、逆に諸将を嗜めている。
それを知ってか、彼らもダレクの意を素直に受け止めていた。
「ご命令に異存はありませんが、本当にこの砦を捨てて、よろしいのでしょうか?
復讐戦の拠点になる、そう思っておりましたので」
「ああ、クライツ男爵の懸念はもっともだが、敵は大軍だ。どうせ守り切れんさ。
それに敵には内情に通じた者も居るしな。
だったら敵にくれてやれ!
できれば奴らにはここを拠点に、暫く大人しくしていてくれると助かるんだがな……」
国境の要塞が健在で、連携し圧力を与えられて初めて、このサザンゲート砦もその意味を持つ。
周囲を平原に囲まれたこの砦は、大軍に包囲されれば打つ手はなくなり、ダレクの指揮する騎馬隊も機動戦力も活用する術がない。
まして、キリアス子爵が裏切っていたなら、この砦の弱点も攻略方法も敵軍の知る所となっているだろう。
そんな状態では、砦も単なる足枷にすぎない。そうダレクは考えていた。
「我々もダレク卿のお供をさせてください!」
「ボールド男爵、悪いが歩兵は足手まといだ。傷の癒えていない負傷兵もな」
「ならば、戦いに耐えうる騎兵のみお供をすること、それでお願いいたします!
ここの予備の馬をお借りできれば、我らと辺境伯軍から1,000名近くは参加できます。
我々にも辺境伯の仇を討つ機会を!」
「ヘラルド男爵、では急ぎ其方に命じる。
騎兵として訓練を積み、戦傷が戦いに支障のない者たちのみを選抜のうえ、我らへの合流を許可する。
しかし、3名の男爵のうち、少なくとも1名以上は撤退する兵を率いブルクに向かうこと。それが条件だ。
兵たちを指揮し、面倒を見る指揮官も必要だからな。それを3者で話し合え」
「ありがとうございます!」
ダレクの指示は、速やかに実行された。
その日のうちに、サザンゲート砦は完全に撤収が行われ、空き城状態となったが、城壁上には夥しい数の旗が立てられ、兵が集結しているかの如く偽装された。
そしてダレクは、1,000騎増えた騎馬隊を伴い、いずこかへと姿を消した。
増えた兵のうちその多くが、無傷とは言えない傷を負い、中にはそれなりに深傷を負っていた者も混じって居たが、ダレクはこれに関し何も言わなかった。
翌日になって、サザンゲート砦から北進した第三皇子、グラートによってザザンゲート砦は接収された。
一本の矢も交えることなく。
グラートはここを拠点に、2万騎の兵を展開し暫くは周辺を固めることに専念する。
タクヒールから、ジークハルトの提案や秘密を共有された、ダレクが想像していた通りに。
※
この3日後、王都では早馬の到着により騒然となる。
奇しくもその時、北と南の2つの動静を告げる早馬がほぼ時を経ず到着し、その対応に大混乱となった。
「爺っ! 爺よっ!
辺境伯が……、ハストブルグが討たれたというのは」
カイル王は、凶報を受けると居ても立ってもいられなくなり、作戦本部へ駈け込んできた。
「はい、誠に……、誠に無念でございます。
この国を支える柱石、その一柱たる者であり、我らにとっては長きに渡る友、かけがえのない者を失いました」
クライン公爵もまた、苦渋に満ちた表情で答えた。
カイル王も茫然となり、言葉を失っている。
「辺境伯は、余が王太子時代から支えてくれた……、かけがえなき友であったというに。
無念……、誠に無念じゃ……」
「ですが陛下、南部戦線の戦はまだ始まったばかり。
奮戦する者たちを支えるため、我らにはまだすべきことが残っております。
惚けていれば、ハストブルグ辺境伯に叱られますわい」
そう言うクライン公爵自身、肩を震わせており、なんとか言葉を絞り出した状態だった。
「で、戦況はどうなっておる?」
「第一皇子率いる帝国軍左翼は、予定通り魔境伯領に侵攻している模様です。
報告には時差がありますゆえ、詳細は分かり兼ねますが、既に戦端が開かれているころでしょう」
「で、もう一方は?」
「第三皇子の軍勢はサザンゲート砦を起点に、今は進軍を停止しております。
今一番の懸念は、これへの対応です。万が一に備え、南部諸侯から募った兵約1万が、辺境伯領の手前で布陣しております。
ソリス子爵からの使者も、ブルグを最終防衛ラインとし、進出するよう依頼を受けてはおりますが……
それらの兵は士気も練度も低く、本格的に侵攻されれば一蹴されてしまいます」
「ならば今こそ、王都騎士団を出すべきじゃろう。
第一軍と第二軍、合計2万騎の増援があれば抑えが効くのではないか?」
「そ、それが……、軍務卿から北部戦線に関する報告が届きまして、そちらの敵軍の数は25,000を下らないと申しておりまする」
「な、なんと! では我々は3方向から全て、数に勝る敵軍に囲まれておる、そういことなのか?」
「はい、援軍を送るにしろ、陛下のご在所たる王都を空にする訳にもいかず……」
その言葉を聞き、カイル王は瞑目し暫し何かを考えるように沈黙した。
周囲には言いしれようのない重い空気が広がり、誰もが口を挟むことが憚られる雰囲気となった。
そして突然、かっと目を見開くと、今までとは全く変わった、重厚で重みのある声を発した。
「……、クライン公爵よ、勅命である!」
「は? はっ!」
突然雰囲気の変わったカイル王と、勅命の言葉に、クライン公爵を始め、ゴウラス騎士団長など居並ぶ者たち全てが、慌ててその場に跪いた。
「其方らに勅命を以て命じる。
皇王国との対戦経験のある王都騎士団第二軍は、北部戦線のモーデル伯爵の元に派遣せよ」
「はっ! 勅命、確かに承りました」
「加えて、王都騎士団第一軍は、予が親率し南部戦線へと向かう。
道中、周辺貴族軍を糾合して進む故、ゴウラス、其方にはその先触れを命ずる」
「へっ、陛下! それはなりませぬ!」
この言葉に、クライン公爵、ゴウラス騎士団長は慌てて顔を上げ、言葉を挟もうとした。
「黙れ! 余は勅命と申したであろう? 否やは言わせぬ。
余が親率し、士気云々などと言わせぬつもりじゃ。
そして余らが負ければ、この国は終焉を迎える。
その覚悟で、皆は奮起することを命ずる。これで王都に、騎士団を置く理由もなくなるだろう?
それでも王都には、近衛部隊だけでもまだ3,000名はおるのじゃ。守りとしては差し支えあるまい?」
「ですが、陛下……」
「差し出口はならんぞ、ゴウラス!
この国が亡ぶやもしれん国難に際し、それでも貴様は余に玉座を温めておけとでも言うのか?
我が娘すら前線に出ておる今、国王として当然のことであろう。
クライン公爵には全権を与える故、王都に残留し引き続き全軍の指揮を任せる。
余すらもその戦略の駒として、今後の其方の采配を期待する!」
いつになく強硬なカイル王の姿勢に、クライン公爵始め一同は愕然となり畏怖した。
カイル王自身、辺境伯を失った痛み、そして強い自責の念に苛まれていた。それ故の強権発動であり、その意志は固く、ゆるぎにないものだった。
「爺よ、余に万が一のことがあれば、後事は任せる。可能であれば、幼い王子を盛り立ててやってくれ。
其方が教育してくれれば、間違った王に育つことはないだろう。
ゴウラス! 時は一刻を争う、直ちに出立の準備をせよ!」
「はっ!」
こうして、王都カイラールから2万騎の軍勢が北と南、二方向に向けて出立した。
それはこの4百年以上に渡ってなかった、国王自らが最前線に身を投じ、親率するための出陣だった。
そして、途上にある各貴族家には先触れが走った。
『王国の命運、この一戦にあり。
各家は可及的速やかに軍勢を整え、国王陛下の軍列に参ぜよ』
それを受け、王国南部に影響力を持つ、かつては復権派の領袖のひとりであったトールハスト侯爵が、真っ先に手勢を率いて参陣した。
この効果は絶大で、それ以降は次々と手勢を率いて合流する貴族たちが相次いだ。
南進する途上にない貴族もまた、我先にと手勢を率いて王都に参集を始めていた。
ここに至り、平和に慣れた、いや、平和ボケしていたカイル王国が目を覚まし、挙国一致体制が整っていくことになる。
※
国王の出発した翌日、王都の作戦本部でクライン公爵は、もたらされた報告書を見て一人呟いた。
「いやはや陛下のご決断が……、いや、ハストブルグ辺境伯の死が、この国を救ってくれたやも知れんな。あの者は死してなお、この国の護り手として、力を発揮するとは、頭の下がる思いじゃな。
お陰でこの国が、永き眠りから目覚め、本気になったということか」
圧倒的に不利であった各方面での兵数が、各所で数において拮抗し始めていた。
唯一、一か所を除いて。
「ふむ、今となっては魔境伯ひとりに負担が集中しておるな。
だが、生半可な援軍では役に立つまい。どうしたものかの……」
クライン公爵は各戦線の兵数と配置図を睨みながら、ひとつの決断をした。
「なるほど、この部隊であれば……
誰か! 火急の伝令を手配してくれ。儂からの命令書を最前線に届けるのじゃ」
ほどなくして、総参謀長たるクライン公爵の命令書を携えた兵が、急ぎ王都を出立した。
◇南部戦線
南部諸侯連合軍 10,000名
王都騎士団 10,000騎
新規加入戦力 10,000名
その他既存戦力 15,000名
◇王都周辺
近衛部隊 3,000名
新規加入貴族軍 5,000名
◇北部戦線
軍務卿指揮下 8,000名(→7,000)
中央諸侯連合軍 5,000名(→4,000)
王都騎士団 10,000騎
東部戦線援軍 2,000騎
魔法騎士団 50名
◇西部戦線
魔法騎士団 250名
志願弓箭兵など 5,000名
王都騎士団 10,000騎
新規加入貴族軍 5,000名
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