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第二百五十三話 北部戦線④ 不退転の攻防

モーデル伯爵率いる北部戦線防衛軍は、王都カイラールまで2日の地点、エージンクールの地まで軍を引くと、そこで再布陣した。率いる戦力は、本隊として7,000名、中央諸侯からの援軍部隊が4,000名、東部戦線からの援軍が2,000騎であった。


対するイストリア皇王国、ウロス王国の連合軍は23,000名、そこにコキュースト公爵軍が3,000名が加わっていた。その兵力数の差は約2倍、圧倒的な差であった。

更に、緒戦で手痛い敗北を被ったカイル王国軍に比べ、連合軍はメスキーノ辺境伯軍を撃破し、その勢いのまま渡河作戦でも圧倒的に勝利していたため、その士気は非常に高い。


彼らは、モーデル伯爵が立てこもるこの地まで軍を進めると、その手前で進軍を停止し、陣地を構築した。



「猊下、物見の報告では、どうやら王国軍はこの先の谷を拠点に立てこもり、そこに我らの必殺陣を真似た、縦深陣を敷いて待ち受けているようです。その数、約10,000前後かと思われます」



「ははは、神をも恐れぬ野蛮人どもめ。恐れ多くも我らの神が授けられし叡智を、真似ておるのか?

将軍、元は我らが編み出した戦術、その対処も心得ているのであろう?」



「はっ、付け焼刃で我らの陣形を真似たとて、奴らは射撃回数と射程に劣るクロスボウ兵が中心です。

使いこなせるとは思えません。そして我らは、この陣形の弱点も熟知しておりますゆえ。

ただ……、地理不案内な部分もあり、当面は物見を放って情報を収集すべきと考えております」



「そうだな、我らはこの辺りの地形、街道の構成にはいささか不案内だ。

そこでだ、公爵。其方であれば自国の領地、見識も深かろう?」



「はい、仰る通りです。この先、エージンクール峡谷は攻めるに難く守りに易しい場所なれば、例え勝てたとしてもいささか手こずるでしょう。本来であれば一軍を対峙させ、本隊は迂回すべきと思います。

真っすぐ南へと延びるこの街道を避け、間道を抜けて王都に迫ることも可能でしょう。ただ……」



「どうした?」



「王都騎士団の動向が気になるところです。山間やまあいの間道は道幅も狭く難所もあります。

伏兵による襲撃や、軍列が伸びきったところを襲撃されると、我らは不利になります。

彼らがその隙に乗じて攻撃してくると厄介です。

そして、道の整備されていない間道では、攻城兵器の移動が困難となる課題もございます」



「なるほどな。王都騎士団の件は、時間が解決してくれるだろう。

ただ、手をこまねいてここで待つ、というのも口惜しい限りではあるが……、将軍、どうだ?」



そう、カストロ大司教は知っていた。

間もなく帝国軍が南部国境より侵攻し、西側からはフェアラート公国軍が侵攻を開始するだろうことを。

そうなれば、苦戦しているはずの東国境、そして南と西方面の対処に、カイル王国の王都騎士団は分散せざるを得ないことを。



「はっ、それでしたら、ウロス王国兵を消耗品として使うご許可さえいただければ、手もございます。

我らは数の有利を戦術に反映したく思います」



「うむ、具体的にはどうするのだ?」



「ウロス兵を矢除けとして最前線に展開し、我らは地の御使い様と共に、防塞を作りそれを徐々に前進させます。左右に伸びる敵の縦深陣を、左右それぞれ50基のカタパルトで潰しながら。

そして、ある程度前進できた時点で、左右の渓谷の外側に拠点を作り、徐々に包囲を進めます。

少々手間は掛かりますが、奴らの防衛陣地をすり潰し、最終的にこの地を我らが時を待つ拠点とします。

如何でしょうか?」



「よし! 将軍に差配は任せる。公爵も防衛陣を築くに当たり、協力を期待したいがどうかな?

もちろん、公爵の抱えている魔法士も同様にな」



「承知いたしました。大司教猊下の仰せのままに」



このやり取りの後、イストリア皇王国軍は一気に攻勢に転じた。


前面に歩兵5,000名を展開し、その後方には防塞とロングボウ兵を配した、必殺の陣形を敷きながら。

そして、防塞からは左右の峡谷斜面に向かい、一斉にカタパルトによる遠距離射撃を始めた。





突然始まったカタパルト攻撃により、モーデル伯爵が配した縦深陣の両翼、その先端分に配した伏兵たちは、一気に崩れ始めた。一方的な攻撃を受け、算を乱して後方へと後退していく。



「報告! 敵が新たな動きを始めました。

敵側も例の戦術を取りつつ、防塞そのものを徐々に前進させております!

我らの配した兵は、射程外より石弾の猛攻撃を受け、対処できずに後退しております」



「そうか……、奴ら力づくで、だが慎重に自軍に有利な体制を整えつつあるということか?

いかんな……」



モーデル伯爵は考え込んだ。

ハミッシュ辺境伯からは東国境での戦いで、皇王国が採ってきた戦術の報告も受けている。

そして先の渡河作戦での件もある。



「このまま手をこまねいていては、我らの防衛陣は摺り減らされ、数にものを言わせた奴らに苦戦を強いられ続けることになりかねませんぞ」



傍らの副将、クレイ伯爵からの進言も否定できない。

彼は王国中央部に領地を持つ貴族のひとりとして、各貴族を取りまとめた上で、手勢を率いて参陣しているが、その領地は西部戦線を守る最前線として、更に愛娘はクラリス殿下の近侍のひとりとして参戦している。


本心としては、一刻も早く北部戦線に決着を付け、西部戦線に進出したい思いもあるのだろう。



「クレイ伯爵、我が軍の目的は敵の攻勢を受け流し、一日でも長くこの北部戦線を支えることだ。

南で戦う、我らの友の奮戦を期待してな。

だが、そのためにはご進言いただいた件も、手を打たねばならんじゃろう。

奴らが東での戦いで使用した、厄介な物を撃ち込まれてはたまらんしな」



「おおっ! では?」



「まだこの局面で使用したくはなかったがな……

敵の防塞が1キル(≒km)まで前進するまで待ち、各カタパルトは攻撃準備と魔法士を配置せよ。

距離を見計らって遠距離一斉攻撃を開始する。狙いはまず敵のカタパルトを潰すことだ」



そう、この日を期して魔境伯に預けていた風魔法士たち、彼らは2名が一組となり、一基のカタパルトの射程を大幅に延長することを習得していた。


その連携による最大射程は、皇王国軍が東国境で使用した超大型カタパルトよりも遥かに長い。

北部方面軍には現在10名の風魔法士がいる。



「皆の者、良いか!

魔法士たちには負担を掛けるが、夫々の組が4基のカタパルトを受け持ち、間髪入れず全砲撃を加える。

奴らだけが、新たな戦術を構築している訳ではないこと、思い知らせてやれ!」



モーデル伯爵の命により、伝令は各所に走った。



皇王国軍の陣地では、5,000名の歩兵、2,000名のウロス兵、3,000名のコキュースト公爵兵は、汗水垂らしながら土木作業に勤しんでいた。


地魔法士が大地を穿ち、代わりにその後方の大地を隆起させ堤を作る。

そこに土嚢を抱えた兵たちが、次々と土嚢を積み上げていく。ウロス兵たちは穿たれた場所の前面に杭を差し、逆茂木を設置する。


この作業が完了したら、移動式カタパルトを前進させ、両翼の峡谷を掃射し、ロングボウ兵の一部を峡谷側から前進させ、両翼を固める。


このようにして、200メル(≒m)ずつ陣地を前進させ、その両翼を伸ばしていった。

だが、その作業は予想だにしなかった攻撃で、中断を余儀なくされた。



「どういうことだ? 今前線で何が起こっている?」



カストロ大司教は、思わず大きな声を上げた。


大地を揺るがす轟音が連続して発生し、それは今も断続的に続いている。

後方の防塞に設置された本営からは、舞い上がる土煙で最前線の状況が確認できなかった。


つい先ほど、三段目の防塞が完成し、カタパルトにて両翼の峡谷を攻撃を開始する。そこを制圧すれば、四段目の構築のため部隊を前進させる、そんな報告を受けたばかりであった。



「さ、三段目の防塞が攻撃を受けております!」



慌てて駆け込んできた伝令に、カストロは怒りの声を上げた。



「そんな事は分かっておるわ! 何処から、どのように攻撃を受けておるのか?

それを報告せよ!」



「は、はい……、敵陣、およそ1,000メル先から、カタパルトによる遠距離攻撃を……」



「1,000メルだと! 馬鹿な……」



カストロの傍らに居た将軍が、思わず声を上げた。

皇王国が技術の粋を集めて制作し、西国境戦で使用した大型カタパルトでも、最大射程は800メル程度。

しかも、風魔法士の支援を受けて達成できた射程だ。



「将軍、落ち着け! 奴らも戦術を進化させて来た。そういうことだろう?

彼方にも魔法士はいるだろうしな。で……、この先、どうする?」



「はっ! 醜態を見せ失礼いたしました。

我らは一旦、第二段まで陣を引きます。両翼も現在の位置で待機させます。

そして作戦の二段階目に移ろうと考えていますが、ご裁可いただけますでしょうか?」



「ふむ……、もう少し陣地を前進させたかったが、致し方あるまい。

作戦二段階目の攻撃開始前に、今の敵攻撃で受けた損害の報告も忘れずにな。この次は、ないぞ」



「はっ! 肝に銘じて」



そういって将軍は彼の前を辞し、前線の指揮へと向かって行った。


その後、カストロの元にもたらされた被害報告は、予想以上のものだった。


・移動式カタパルト:50基 全滅

・ウロス王国兵  :5,000名のうち1,000名死傷

・皇王国軍歩兵  :5.000名のうち500名死傷 

・コキュースト兵 :3,000名のうち500名死傷

・その他     :損害なし


2,000名に上る死傷者が出たが、死者はその半数。そして今回は、戦場に聖魔法士を4名伴っているので、1,000名近い負傷者はいずれ戦線復帰できるだろう。



「ふん、あの時も聖魔法士を伴うことさえできておれば、アウラを失うことは無かったのにな……

ウロス兵や公爵軍は後回しでよいわ。わが将兵の治療を優先させよ!

この借りは、きっちり返してやるぞ」



カストロは復讐心で怒りをたぎらせ、遠く先に見えるカイル王国の山塞を睨みつけた。



カイル王国軍の陣地では、戦場の一局面ではあるものの、勝利の報に沸いていた。

本陣に控える諸将にも、険しい顔をした2人以外は、一様に安堵の表情が浮かんでいた。



「さて、このままうまく行きますかな?」



「いかんじゃろうな? 我らは最終局面で使う手を、早々に敵に見せてしまった。

いや、見せざるを得なかった。これでは、損害を与えたが奴らの勝利と言っても差し支えないであろう。

すぐに新たな手段で、ここを攻めてくるじゃろうな」



クレイ伯爵にそう答えた、モーデル伯爵の予感は当たっていた。

皇王国軍は、100名単位の少数部隊に別れて左右の山中に入り、山間部にモーデル伯爵が築いた防衛線を侵食し始めたからだ。


前回の東国境戦を参考に、モーデル伯爵は本陣を取り巻く山間部にも防衛ライン、柵を巡らせた哨戒網を構築し、警戒をしていた。だが、守る領域の広さに比して兵数は少なく、各所から上がる報告や敵襲に対し、少ない兵をやりくりして派遣することに忙殺された。



こうして、伯爵たちは防衛線を必死に維持、場所によっては縮小しつつ、神経をすり減らしながら戦いに応じることになっていった。


この攻防は、当事者たちが予想した以上に、長く続くことになる。

そして、北部戦線の防衛にあたっていた者たちは、南部戦線での悲報をまだ知らなかった。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『決意の出陣』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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