第二百五十一話 南部戦線⑦ 皇子たちの思惑
カイル王国の最南端、国境に設けられたサザンゲート要塞は、第一皇子の新戦術とキリアス子爵の裏切りによって陥落し、二人の皇子は入城を果たしていた。
当初は難攻不落と言われた、彼らの補給線を阻害し、のど元に突き付けられた匕首とも思われていた要塞を、たった一日で陥落せしめたこと、帝国にも名の知れたハストブルグ辺境伯を討ち取ったこと、この二点は帝国軍でも驚く者が多かった。
それは第一皇子であるグロリアスの評価となり、彼は今回の戦いで第三皇子に対して大きくリードしたと言わざるを得ない。
第一皇子グロリアスは要塞の一室にて、上機嫌で束の間の休息を取っていた。
「はははっ! ハーリー、今回は正に快勝とも言える戦いであったな。
やっとあの、薄気味悪い老人も役に立ったということだな? あ奴の悔しがる顔が目に浮かぶようだわ」
「殿下、緒戦の勝利はお見事でした。ですが、本命はこの先ですぞ。ご油断なさらぬよう」
「だが、諜報に依ればあ奴(魔境伯)の抱える魔法士は、30名をも超えないらしいではないか?
我らは攻城戦に特化した50名、この差は大きいと思わんか?」
「恐れながら、公国の魔法士にはご油断なさらぬよう。いずれ、公国軍とは戦場で相見えることなりましょう。味方としてか、敵としてか……
今は共闘しているとはいえ、寝首を掻かれる危険もありますゆえ」
「そうだな、寝首といえばあの男も同様だろう。使い潰す算段はできているのだろうな?」
「はい、かの地を攻めるに当たって、奴は色々と内情を知っていることでしょう。先鋒に任じ、激戦の中で消耗しそのまま……、が一番かと思われます」
「ふふふ、裏切りとは過酷なことよな。自らの居場所を確保するため、常に同胞を手に掛け続けねばならんとは。奴が自ら望んで進んだ茨の道だ。これも致し方あるまい」
「左様ですな。あの老人共々消えてくれれば……」
「こうして王国を滅ぼす拠点は得ることができた。この先、王国が誇る豊かな実りを収めつつ、周辺一帯を平定し、じっくり王都を目指して行くとしよう。
漁夫の利を狙う周辺国の者共が、踏み慣らした道を通ってな」
「ほう? 殿下はそこまでお考えでしたか?」
「当然だ。あ奴らは我らが王国兵とぶつかり、互いに兵を減じ疲弊するのを待っておること、手に取るように分かるわ。公国の奴らもそれを期待して、我らの陣営に土産を寄越したであろうこともな」
「御意」
「なにも我らが、奴らのための贄となる必要はない。
我らが動き出したことで、奴らは安心して蠢動をはじめるだろうよ。
だが、我らの歩みは奴らが期待するほど早くない。
我らとて、奴らと王国兵が相撃つことを期待しているのだからな」
緒戦の大勝利で気を良くした第一皇子たるグロリアスは、王国攻略の方針を改めて定めていった。
サザンゲート要塞と魔境伯らがたてこもる辺境、この二箇所を陥落させたのちは、豊かだと名高い魔境伯領一帯の富と実りを奪い、暫く腰を落ち着けるつもりでいた。
彼自身、周辺国の期待通りに火中の栗を拾うつもりは毛頭なかった。
※
それとは別に、激戦地となった要塞左翼側の一室で、不機嫌そうに話す男もいた。
「ジークハルト、今回はあ奴に手柄を上げさせてしまったが、其方はどう思う。
我々の計画にも、少なからず変更を加えねばならない事態、そう考えているが」
「ふふふっ殿下、僕から言わせれば、グロリアス殿下はやっぱり阿呆ですね。
勝利に浮かれるのも良いですが、殿下は少なくとも4つの失策を犯していますよ」
「ははは、皇族を阿呆と言い切るお前は、やっぱり面白いわ。で、奴の失策とは?」
「一つ目は、出征計画では敢えて落とさずとも良いと定めた要塞を、本来は秘匿すべき戦術を用いて落としました。
彼の戦術は、初見であるからこそ有効なものです。
そもそも、魔法士の戦術運用に関しては、勇猛を誇るハストブルグ辺境伯でさえ小物です。
大物は王国軍の右翼陣営に控えているのですから。
その彼に、今回の情報はほぼ確実に伝わっているでしょうね」
「だが数は脅威だ。噂に聞く魔境伯でさえ、抱えている魔法士は数十名と聞いているが?」
「僕が独自に仕入れた情報では、今回の戦いに合わせて数百名の魔法士を、魔境伯領内で密かに訓練していたとの報告もあります。数の脅威、という点では、殿下は圧倒的に小勢となりましょう」
そうは言ったが、交易商人を掌握し間諜に長けたジークハルトにも、不確定要素はあった。
確かに自身が言ったことは事実だ。だが、その軍団の配置先には確証が持てていなかった。
ジークハルトが恐れていたのは、第一皇子の成果を見て、第三皇子が功に逸り戦線を拡大することだ。
「ふん、そういう事か。まぁ、そういう事で良いだろう。
所で残りの3つは?」
「二つ目は、裏切ったキリアス子爵を圧迫し、味方を討たせたことですね。
僕なら、彼の裏切りを秘匿したまま、最後まで内々に活用していきますよ。
降伏ならまだしも、これで敵軍は彼の裏切りに確証を持ったでしょう。そうなればどうなります?」
「当然、敵の中に内情を知っている裏切り者がいることを、警戒をするだろうな」
「そうです。ここに至って、時間とともに彼の知っている情報は使い物にならなくなります。
きっとその対処に間に合わない、サザンゲート砦などは、今頃空き城となっているでしょうね。
勝利に浮かれている阿呆を差し置き、殿下にはさっさと砦を受領しに出られることをお勧めしますよ」
「なっ……、何故それを先に言わん! して、3つ目は何だ?」
「首将が討たれ、混乱していた敵軍は物資を持ち出す余裕も、焼き払う知恵も回りませんでした。
グロリアス殿下は、進駐すると同時に、真っ先にそれらを抑えるべきでしたね」
「ん? 物資は既に持ち去られて、倉庫はもぬけの殻だったと聞いたが?
……、まさか、お前っ!」
「はい、まだ戦闘が続く混乱の中、時空魔法士を伴って既に押さえております。
グラート殿下の貴重な物資として」
「ははは! 前線視察と言って抜け出し、戦場に出ていたのはそういう訳か!
して、最後は何だ?」
「愚か者ほど、緒戦の戦果に喜び、これみよがしに武威を誇ることに終始します。
今頃阿呆は祝杯を上げていることでしょう。
本当にこの国を亡ぼす気なら、こんな要塞は後続に任せて先を急ぐべきです。
敵国の急所から攻め上がる、彼ら左翼軍に求められているのは電光石火、本来であれば息を付かせることなく、矢継ぎ早に進軍し、王国内深くに進んでいくことです。
ここはただの入り口に過ぎないのですから。
ここで我らが勝利を祝う間に、敵軍は緒戦の衝撃から立ち直り、体制を整え防備を更に固めるでしょう」
「阿呆に愚か者、散々な言われようだな?」
「所詮グロリアス殿下は宮廷の住人です。
戦場を往来し、最前線で兵たちと寝食を共にしてきた殿下とは、思考も施策も、そして器量も全く違います」
「ほう? 珍しく褒めてくれるのか? 気味が悪いな」
「僕なりに、殿下を買っているのですよ。長く続いた帝国の忌まわしき因習を断ち、できることなら周辺国との共存を考えられていらっしゃる、殿下を」
「ふん、それも変人とも言える優秀な参謀と、敵国兵にさえ肩入れする、変わり者の男爵、いや、今は子爵か、そんな奴らがいたからな。
俺も配下から、学ぶべきところは学ぶさ」
「では、殿下は今日の祝宴では3つの事を申し出てください。
ひとつ、要塞を攻略した第一皇子の功を認めること。
ひとつ、先陣を譲った代わりに、サザンゲート砦の攻略を願い出ること。
ひとつ、占領域を確保するため、当面は奪取したサザンゲート砦を起点に、周辺域の平定に専念すること。
この3点です」
「その意図は?」
「そう伝えておけば、第一皇子陣営もゆっくり王都を目指す時間の猶予ができたと、安心することでしょう。殿下は砦の中で、存分に昼寝ができます」
「昼寝をしたいのはお前だろう。
だがそうなれば、我らが王都方面に手を出す余裕が無くなるのではないか?
奴に獲物を取られる可能性もあると思うのだが……」
「この要塞の失陥と辺境伯の戦死は、王国にとって大きな衝撃となるでしょう。我々の想像以上に。
きっと王国側は、王都騎士団を始め、形振り構わず兵を集めて出てきますよ。
そうなれば北進した我々と必ず衝突します。勝てるとしても、犠牲は無視できないでしょう」
「だが、寝ている間により防衛線は強固になると思うが……
先ほど電光石火、矢継ぎ早に進軍すべきと言ったのは其方ではないか?」
「右翼と左翼の動きはむしろ逆ですね。
右翼はこの先、進むにつれ幾つもの困難が待ち受けています。ですが左翼は一番硬い守りが入り口の先にあり、そこからは柔らかい腹を抉るだけです。
戦略的な状況が全く異なります」
「ふむ……、他国の動きも気になるが……」
「ご懸念の通り、時間が経てば他方面、西や北もきっと動き出すことでしょう。
元々彼らは、進軍を停止して我々が動くのを、わざわざ待っていたのですからね。
そうなれば、我々に向かって伸びた槍は、方向を転じざるを得なくなります」
「だがそれは、彼らに漁夫の利を与え兼ねない話ではないのか?」
「いえ、違います。我らが攻勢に出て、その槍を折ってしまえば、それは他国を利することになります。
槍は刃こぼれのないまま、他国の軍勢に向かってもらう必要があるのです。
双方の槍が折れ、傷ついた時にこそ、殿下は自由な選択が可能になります」
「ふん、そういう事か。その際、全ての状況は左翼の動静次第ということだな?」
「はい、仰る通りです。
本人にその自覚があるかどうかは分かりませんが、魔境伯が、この国の行く末を握る鍵となっています。
滅ぶも、生き残るも、我らと友誼を結ぶも全て、魔境伯の采配次第です」
「ふむ……、話を聞くにつれ、会ってみたい男だな。
全てが我らの望む道に通じた際は、ジークハルト、お前にその手配を頼むとしようか?」
「あははは、面白い男ですよ。
我々がこの国を占領した場合でも、内政を預けるに足る器があると思っています。
僕の本心は、彼とは友でいたい。そう思っています。
阿呆なら相手にしたくありませんが、彼との対話は知的好奇心を刺激し、学ぶべき点も、驚かされる事も多いです。まぁ今は、お互いに敵同士ですがね」
「ふっ、今戦っている男を指して友か、グロリアスが聞いたら大騒ぎだろうな」
戦いの最中、当人が知らぬところで、このような会話がなされているとは、タクヒールは当然知らない。
そして、この会談が実現するかどうか、それも彼の双肩にかかっているといっても過言ではなかった。
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次回は『戦略的後退』を投稿予定です。
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