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【6巻11/15発売】2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。~歴史知識と内政努力で不幸な歴史の改変に挑みます~【コミック3巻1/15発売!】  作者: take4
第八章 最終決戦編(歴史との戦い)

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第二百四十九話 南部戦線⑤ 仕込まれていた宿り木

サザンゲート要塞は、グリフォニア帝国の猛攻を受け、その陥落は時間の問題となっていた。

そこに、諸将を驚愕させ、混乱する事態が発生した。


そのひとつは、首将たるハストブルグ辺境伯の戦死の報だったが、もうひとつの知らせが大きな混乱を招いていた。



「カイル王国軍全軍に告げる。ハストブルグ辺境伯は戦死された!

辺境伯より託された最後の言葉により、全軍に即時停戦と降伏を命ずる!」



辺境伯より後事を託されたという、キリアス子爵から、諸将が信じがたい内容の命令が下されたからだ。



「そんな筈はない! 辺境伯はサザンゲート砦への撤退を指示されていた」


「この期に及んで敵軍に降伏だと? その前の命令と全く異なるではないかっ!」


「辺境伯が戦死されただと? 負傷はされていたが、先ほどまでお元気であった筈だ!」



諸将からは反発の声が上がった。

事実、辺境伯は亡くなる直前まで伝令を出し続け、その命は諸将に届いていたので、キリアス子爵の言葉を誰もが不審に思った。



「話にならんわ! 我らは辺境伯直々の命に従い、これより敵陣を強行突破のうえ撤退する!

各々方、付いて来られよ」



「そもそも、左翼の城壁を破られた我らの責もあるが、右翼では城門を開き敵軍を招き入れたとの報告もある! そのような疑念がある以上、命には従えん!」



「敵軍が何故、右翼を攻撃せなんだか、合点がいったわ! キリアス卿の命など聞ける訳がなかろう」



クライツ男爵、ボールド男爵、ヘラルド男爵は、キリアス子爵からの使者を面罵すると、速やかに軍をまとめ敵軍の中を強行突破すると、サザンゲート砦へと撤退していった。

激戦の中、半数近くまでに軍を減らして。



「辺境伯が亡くなられた今、我らもお供するまで! 味方の退路を確保するため、全軍、突撃せよ!」



辺境伯の最後の命に従い、進んで殿軍しんがりに加わり、死兵となって戦い壮絶な戦死を遂げる者も後を絶たなかった。彼らの命を賭した奮戦があったからこそ、多くの兵たちが撤退することができていた。



そのため、キリアス子爵が守っていた要塞右翼以外は、要塞陥落後も激戦となり、帝国軍は容易に進駐できなかった。


その状況を、要塞右翼を守るキリアス子爵の方面から、要塞内に入場した第一皇子グロリアスは苦々しく見つめていた。



「キリアス卿よ、事前の申し合わせ通り其方の降伏は認めたが、この醜態、如何するのだ?

要塞攻略にあたって、そなたの内通に功があったことは認める。だが、敗残兵を御しえないこの様では、事前に其方が申し入れていた、占領後の地位の保証もままならんが?」



「先ずは失態をお詫びします。

これより殿下の温情と御意に従わぬ愚か者共を排除いたします。それでよろしいでしょうか?」



「うむ、立場を変えるとは難しいものでな。昨日までの友を敵とせねばならん。

それができぬようでは、我らも信頼できんということだ。其方も理解が早く、重畳ということだな」



戦いの蚊帳の外に置かれ、ほぼ無傷だったキリアス子爵軍は、撤退するため交戦していたカイル王国軍に向けて、一斉に襲い掛かった。

ハストブルグ辺境伯の命令に従わぬ罪を鳴らし、軍令違反を咎めるという、大義名分を掲げて。


このような結果、要塞内に残る抵抗勢力は全て排除されたが、同時に、カイル王国軍のなかで、キリアス子爵の裏切りは疑念から確証へと変わっていった。



このような経緯で、サザンゲート要塞は陥落した。

攻防が決したのち、キリアス子爵はひとり、ハストブルグ辺境伯が本営に定めていた指揮所にいた。


この辺りは、キリアスが辺境伯を討って後、放置されたままだった。

幾人かの亡骸が横たわる中、彼はめぼしい人物の亡骸の前に進むと跨いた。



「もう我が身は完全に堕ちる所まで堕ちた。今更弁解のしようもないわ。

これは全て、辺境伯、貴方のせいですよ」



辺境伯の亡骸に向かって語り掛けていた彼の双眸には、涙が溢れていた。



「貴方は最後に、何故、とおっしゃいましたな?

それは私も同様です。

何故、私は貴方の後継者になれなかったのですか?

何故、成り上がりのあの小僧ダレクなのですか?

何故、私が武勲を上げる道を閉ざされたのですか?」



そう、キリアスには延々と積み重なった、やるせない思いがあった。



「私は、かつて汚辱にまみれ没落した、キリアス伯爵家を再興すること、ただそれだけを夢見て生きて来たというのに……。

貴方の為されようはあんまりです。

この戦い、左翼の私には何の武勲を立てる機会すら、与えていただくことがなかった。

更に、我が領地は敵軍に蹂躙され、私は捨て石としてこの要塞を守るだけ。それでは失うものの対価に、何も得るものはないではありませんか?」



キリアスはかつて、王都騎士団長を務めるキリアス伯爵家の跡継ぎとして、将来を嘱望された立場で幼少期を過ごしていた。

その運命が急変したのは、20数年前にグリフォニア帝国軍から初侵攻を受けた際、父の失策によりカイル王国軍が惨敗してからだ。


キリアスの父は王都騎士団長の職を追われ、家は伯爵から子爵へと降爵処分された。

この敗戦は、キリアス伯爵に責が無かった訳ではないが、中央の権力にしがみついた老人や前国王が、敵軍や戦を甘く見た結果、王都騎士団の投入を渋った事が最大の原因だったと言われている。


なのに、自身の父だけがその責を負わされ、貴族社会からは無能者の烙印を押され、キリアス家は汚名を永劫に背負うことになった。


それ以降、キリアス家の栄誉を取り戻すこと、これが彼の生きる目的となった。

その階梯は生易しいものではなかったが、ある程度までは順調に進んでいった。

ソリス家から2人の兄弟が世に出てくるまでは……


ハストブルグ辺境伯の娘婿に見初められ、それに見合う評判と武勲も積み重ねた。

彼はいつか、辺境伯の後継としてその地位に就くことが有力視され、自身もそれを既定路線と夢見ていた。


そしてその夢は、実現する一歩手前まで来ていた。



だがそれは、残酷な形で崩れ去った。

それでも、武勲を積み重ね、昇爵して栄誉を取り戻そうと努力した。


だが、その栄誉は常に、他者へと流れていった。

何をしてもあの兄弟には敵うことはなかった。


キリアスは彼らの行う施策について、積極的に情報を集め、長所と思える事は進んで自領にも取り入れていった。

だが、結果として彼らとの差は開くばかりだった。


自分自身が取り残される焦り、日々それに苛まれていたといっていい。



「今回の戦ですら、例え勝っても栄達できることもなく、またもや小僧たちの後塵を拝むだけです。

貴方には、そんな私の惨めな思いを、理解できなかったでしょうね」



キリアスの心には、いつの間にか闇が芽生えていた。

当人の意識しない所でそれは成長し、闇はより深くなっていった。


今は亡き、ヒヨリミ子爵はそんな彼の闇を見出した。

生真面目で、真っ直ぐな心を持っていた彼は、闇の住人の宿り木として、その価値を見出されることになった。


本来なら、実力に見合った相応しい処遇も、彼らの言葉により、嫉妬や恨みへと変えられていった。

心の中に生まれた小さな猜疑の芽は、彼らによって育まれ、その後も、ヒヨリミ子爵や長男のリュグナーによって、彼の心に潜む闇は増幅されていった。


そしてこの戦いの数ヶ月前、怪しげな老人の訪問を受けたとき、遂に彼は完全に闇側へと堕ちた。

嫉妬と猜疑、逆恨みの渦巻く、深い闇の中へ……



彼が辺境伯に投げかけた疑問、それは冷静な普段の彼ならば、自分自身で明確な理由を見いだせるものばかりだった。

辺境伯が後継者にキリアスを選ばなかった理由、それらは幾つかあった。


キリアスは大きな目標を達成するため、自らを厳しく律していた。

それは同様に、同僚や配下にも同じことを求め、何かにつけて非常に細かく、かつ厳しい男だった。


優秀だが、生真面目さから些細なことも気になる性格は、部下たちを委縮させる傾向にあった。

言葉少なく口下手で、部下を思う彼の心は伝わらず、彼の真面目さを息苦しい、そう評価する者すらいた。


そのため、諸将や多くの者たちを率いる人望、これがキリアスには決定的に欠けていたのだ。

生真面目さと堅苦しさと厳しさ、それだけでは人は付いてこない。

終始隙が無く振る舞う彼に対し、周囲は息苦しさを感じるだけだった。


事実、タクヒールですら無意識に、彼とは一定以上の距離を保っていた。



片や気さくなダレクは、時には豪放であり人情味も多く、抜けた部分も隠さず、多くの者が親近感を抱く存在だった。

また、ダレクは彼より身分の低い者たちから特に人気があった。そして、ここ数年の栄達によって、彼より身分が高い者たちの数は、格段に少なくなっていた。


実際、直接の配下を除けば、より栄達した弟のタクヒールより、ダレクを信奉する者の方が多い。

それは弟のタクヒールですら、自ら認め、公言して憚らない事実であった。


だからこそ辺境伯は、多くの諸将を率いる立場の後継者に、人望と将才のあるダレクを選んだ。



そもそも、タクヒールやダレクが武勲に恵まれ栄達したのは、それなりに窮地を潜り抜けた結果であり、キリアス自身は彼らほど命の危険に身を晒していない。


多くの苦難に打ち勝ち栄達したからこそ、彼らは大きな力を手に入れた。その結果として、その力を振るう機会を与えられただけであって、2人の兄弟はその期待と責任の重圧を、常に背負って戦っている。


当のキリアスには、その責を全うする力も兵力も、そして器量もなかった。

彼は戦場の一方面を指揮する、指揮官としては非常に優秀だが、戦局全体を俯瞰して指揮する力、将として諸将を率いること、戦術ではなく戦略的に考え、全軍を指揮することに関しては、到底2人には及ばなかった。



冷静なキリアスなら、それらの事実を至極当然の事として、受け止めることができたはずだった。

だが、彼の心は徐々に歪められ、猜疑心と嫉妬のみが拡大された結果、キリアスの心にあった小さな闇が、彼を支配するまでになっていた。



「辺境伯、見ていて下され。

私が、キリアス家の名誉を取り戻し、この国に新しい道を切り拓く者となるか、これまでの汚名に、裏切り者という新たな名を加え、歴史に消される者となるか……

この先私が、進んでいく姿を……」



そう告げるとキリアスは、瓦礫の散乱した指揮所を後にした。

その目は既に濁り、能面のように表情はなく、ただ虚ろであった。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『悲報』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


<補足>

今回の宿り木の件ですが、142話で登場した老人の言う『新しき芽』や、200話でリュグナーの言った『宿り木』が全てここに繋がっております。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
もうダメ…ギブアップ! 作者様のメンタル傷つける気持ちはないですが、言わずにはいられない! 最初からチート要素無くして書いた方が良いですよ! 主人公にチート要素なけりゃ、群像劇って割り切って楽し…
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