第二百四十七話 南部戦線③ 最終決戦の始まり
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【⚔ソリス男爵領史⚔ 終章】
カイル歴513年、グリフォニア帝国の大規模侵攻あり
帝国が誇る黒い鷹、皇帝の意を受けカイル王国を突く
国境を守る盾、ハストブルグ辺境伯は砦にこもり迎撃
これに対し帝国軍左翼は大規模な繞回進撃を実施
密かに内通した子爵領境を抜け、エストール領を突く
ソリス男爵軍はテイグーンに陣を敷き迎撃するも敗走
男爵は領民と残兵の助命、収穫期の実りを民から収奪しないことを願い降伏
エストール領は北方派遣軍軍団長ヴァイス将軍に下る
若き男爵は処刑され男爵家は断絶しその終焉を迎える
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カイル歴513年秋、ついに帝国の侵攻が始まった。
長年の努力と、歴史の悪意、紆余曲折の末、前回の歴史とは全く違った形で……
だがしかし、同じ終焉を迎えるように、様々な悪意を伴って。
ヴァイス団長もエロールも、今回の歴史では味方として頼るべき存在となっている。
反面帝国軍は、前回の歴史よりも遥かに多い軍勢を整え、より強い敵愾心で以って侵攻してくる。
そして、団長の存在の代わりとなるべき存在、第三皇子陣営にはジークハルトが存在する。
歴史とは、例え鍵となる誰かが欠けても、その代わりとなる人物が立ちはだかって来るということか?
では、エロールの代わりはどうなるのだろうか?
未だ追捕の手を逃れているリュグナーなのか?
それとも……
一抹の不安が俺のなかには残っていた。
※
俺たちがサザンゲート要塞を出た翌日、グリフォニア帝国軍は国境に大挙として進軍してきた。
「報告! 帝国軍の先鋒約三万、国境を越えこちらに向かってきております!」
満を持して待ち受けていた、ハストブルグ辺境伯のもとに物見の報告が入った。
辺境伯やその陣営の誰もに、一切の動揺はない。
「来おったか! 伝令、サザンゲート砦のダレク卿、アイギスの魔境伯に敵襲を伝えよ!
全軍、迎撃体制の準備を!」
辺境伯の指示は、直ちに実行に移された。
伝令が裏門から出て、二方向に騎馬を疾走させ、要塞内を兵士たちが慌ただしく走り配置に付く。
要塞中央をハストブルグ辺境伯率いる本隊4,000名が守り、要塞左翼はファルムス軍1,200名が、右翼はキリアス子爵軍1,400名が配置に就いている。
「敵をできる限り引き付け、敵の中軍をカタパルトの一斉射で薙ぎ払う。
前衛は弓箭兵が、風魔法士と連携し制圧射撃を行う。先ずは帝国軍の奴らの出鼻を挫くんじゃ!」
辺境伯の指示で、城壁上には約6,000名もの兵士がクロスボウを構え、斉射の合図を待っていた。
※
一方、最前線より遥か後方、サザンゲート要塞攻略のため、カイル王国軍と対峙する第一皇子の本営、その更にその後方には、後続として続いていた、第三皇子が陣を構えていた。
彼らは、第一皇子率いる先鋒の動きに合点がいかず、その意図を訝しんだ。
「ジークハルト、奴は単なる阿呆なのか? それとも何か策でも持っているのか?
俺には単に餌食となるため、攻め寄せているようにしか見えんが……」
「そうですね……。彼らは間もなく敵のカタパルトの射程内に入るでしょう。
ただ、敵軍の放つクロスボウの射程は、我らより遥かに長いです。一見したところ、無謀な進軍としか見えません。が、しかし……」
「我が軍の知者を以ても、不可解な行動と言う訳か?」
「はい、そもそもですが、グロリアス殿下率いる軍の構成は、今までのものと大きく異なります。
自慢の鉄騎兵は予想より少なく10,000騎、そして残り20,000の歩兵全てに重厚な盾を持たせています。
今その20,000名が、城壁に取り付くべく動いていますが、その数ではあの要塞を落とすことは叶いません。
グロリアス殿下がそこまで阿呆とは思えませんし、何らかの策があるのでしょう」
そんな2人の会話を聞いていたかのように、前線で豪語する男がいた。
「ふっ、敵味方とも、余を無謀な突撃を行う愚か者と見ておるだろうな。真の愚か者が誰であるか、奴らはこの一戦で思い知ることになるわ。
ハーリー、敵のカタパルトの射程まで進めば、歩兵を一気に前進させよ! 彼らを伴ってな」
「承知いたしました。これは魔境での戦いの前哨戦ともなりえますな」
「ああ、敢えて余が難攻不落の要塞に挑む訳、奴らも思い知るだろう」
そういうと、第一皇子たるグロリアスは、敵の要塞を見据えながら不敵に笑った。
※
この戦いに遡ること数か月前、彼は側近のハーリー公爵と共に、不愉快な男と再び面会していた。
「ふぇっふぇっふぇっ、殿下、お久しゅうございますなぁ。ご壮健そうで何よりです。
此度の出征、敢えて火中の栗を拾われるとお聞きしましたが、何か具体的な算段でもございますかな?」
「ふん、お前たちの手を借りるでもないわ。
どうせ役に立たない裏切り者でも、用立てて来たのであろう? そんなものは不要だ。我らは奴らを、正面から叩き潰す所存だ」
「ほう、なかなか豪気なお話ですなぁ。
魔法士を駆使する魔境伯の要塞を、正面から突破されるとは。
人海戦術で落とせたとして、その後どうされるのじゃな? 減った兵力で王都を落とすと仰るのですか?」
「……」
「策は有っても決め手を欠く、そう推察された故、お邪魔した次第です。2つの土産を持って……」
そう言って不気味に笑う老人を、グロリアスは好ましく思っていなかった。
祖国を売り渡すことに執念を燃やす陰鬱な老人、裏切り者を使嗾し、国に害を及ぼす男に。
「では献策を許可する。もちろん、採用するかは話を聞いてから決める」
だが今、グロリアスが巡らせている策も、決め手を欠いているのも事実だ。
期待はしないが、少しでも思案の参考になれば……
彼にとってはそんな軽い気持ちだった。
「では、先ずは一つ目のお話ですが、魔法を駆使され、今までは一方的に蹂躙された殿下の軍に、光明ともなりえる手段を提供しましょう。
さすれば、敵軍の絶対的有利は一気に覆りましょう」
「ま、誠か? く、詳しく申せ!」
グロリアスは一気に身を乗り出し、老人を急かした。
そしてその後、この時老人から授けられた策があってこそ、グロリアスが緒戦での先陣を望み、そして敵右翼を破る算段に、自信を持つに至ったことに繋がっていた。
※
一方カイル王国のハストブルグ辺境伯を始め、前線を受け持つ諸将たちは戸惑っていた。
帝国軍の先陣は、カタパルトの射程500メルの手前で停止すると、一斉に盾を構えて陣列を整え始めた。
そして号令一下、無謀にもその半数、10,000名が盾を掲げて一斉突撃を開始し始めた。
「や、奴ら、犠牲を厭わず先鋒の10,000名を突撃させる気か? いや、そんな筈もなかろう。
カタパルトは後ろの10,000の敵に備え、射撃体勢を維持するのじゃ! 弓箭兵は敵軍を引きつけ、200メル(≒m)まで接近したら一斉攻撃を開始する!」
ハストブルグ辺境伯の指示で、各クロスボウ兵たちは射撃体勢を取りつつ、敵軍が200メル内に来るのを待ち構えた。
この距離なら、風魔法士の援護を受け、射程距離に勝るだけでなく、城壁上の高台に位置している彼らは、一方的に敵軍を斃すことが可能となる。
タクヒールの教えにより、城壁前方には距離を示す溝が大地に掘ってあり、全ての兵が正確な距離を掴んだ上で射撃が可能となっている。
ところが帝国軍は、250メルまで接近すると、再び盾を重ね合わせて幾つもの防御陣を作ると停止した。
「ふははは、勝ったわ!
攻撃開始を告げる銅鑼を鳴らせ! 奴らの頭上に業火の雨を、轟雷の嵐をお見舞いしてやれ!」
第一皇子の合図とともに、50名もの魔法士による一斉攻撃が始まった。
「な、なんだぁっ!」
「ぐわぁっ!」
「た、助けてくれっ!」
城壁上では、カイル王国軍の兵士たちが上げる絶叫が各所で響き渡った。
「な、何故じゃ! 何故奴らが魔法士を抱えておる?
こ、この攻撃、10名や20名程度ではないぞっ!」
各指揮官が狼狽して絶叫するなか、要塞上は各所で火の海に包まれ、圧倒的に優位な立場で攻撃態勢にあった筈の、辺境伯率いる兵たちは大混乱となった。
「ふん、何も魔法による攻撃が、王国軍だけのものではないわ。自身がこれまで行ってきた所業、その身に受けて己の愚かさを思い知るがよいわ」
第一皇子は、積年の恨みの中、胸のすく思いで王国軍の惨状を眺め、そして高らかに言い放っていた。
これこそが、薄気味悪い老人の手土産のひとつだった。
その提案とは、カイル王国への侵攻に際し、フェアラート公国反乱軍との共闘についてだった。
その取引として、攻撃に特化した火魔法士40名と、雷魔法士10名を、彼らが供与する用意のあることも添えられていた。
第一皇子はその提案に歓喜した。
すぐさま、二国間で使者が頻繁に行き来し、今日に至っている。
「畳みかけるぞ! 第二陣に配備したバリスタを前線に押し出せ!
この勢いに乗じて、一気にこの要塞を我が物とする」
突出していた10,000名の後方で待機していた、もう一方、10,000の歩兵たちも前進を始めた。
その傍らには、前線の混乱に乗じて運び込まれた、大型の攻城兵器であるバリスタが、鈍い色の刃先を光らせ、敵陣へと放たれる準備が整えられていた。
※
「報告します! 城壁中央部、そして左翼は敵の魔法攻撃により各所で寸断され、効果的な反撃ができません。死傷者多数、急ぎ救援を求めています!」
「報告っ! 要塞内にも各所で火災が発生しております! 断続的な攻撃で消化、追いつきません!」
その報告の合間にも、大きな衝撃音が響き渡った。
「報告です! たった今、敵軍からバリスタの一斉射撃を受けております! その数、およそ100基!
こちらのカタパルトが狙われ、初撃で大半は機能を喪失しております!」
ハストブルグ辺境伯のもとにもたらされる報告は、どれもが悲鳴交じりの絶叫に近いものであった。
「儂らは……、魔法士を抱えている優位に驕っておったということか。
攻撃魔法が我が身に降りかかること、そんな想像もできん程に……、いや、これまで幾度も窮地を魔境伯に救われ、その存在に頼りすぎていたということじゃろうな」
辺境伯は小さく呟くと、顔を上げた。
「全員、狼狽えるなっ!
まだこの要塞が落とされた訳ではないわっ!
敵の魔法士の数では、この要塞全てに攻撃を行うことも叶うまい。天蓋のある位置に弓箭兵を移動させよ。
魔法士のいる位置目掛けて、長射程のクロスボウで集中攻撃せよ!
当たらずとも良い、それ自体が牽制となる。魔法攻撃が止めば、体制を立て直すんじゃ」
辺境伯の叱咤に、動揺していた司令部は落ち着きを取り戻した。
だが、未だに状況は好転した訳でもなかった。
要塞の中央と左翼の城壁上は、至る所で火の手が上がり、水魔法士たちが懸命に消火活動を行っている。
カタパルトはほぼ壊滅状態であった。
「中央の予備兵力を防壁上左翼の援護に回し、空いた穴を埋めさせよ。
キリアスに下命、中央部の右翼側を援護させよ!」
一気に壊滅へと転落しかけていた要塞の防御態勢は、ハストブルグ辺境伯の粘り強い指揮のもと、なんとか最後の一線で踏みとどまることができた。
戦いはまだ始まったばかりであり、辺境伯らは一時的に持ちこたえたに過ぎなかった。
そして、さらに彼らを窮地に堕とす。第一皇子陣営の新たなる一手が、彼らを襲うことになる。
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次回は『南部国境要塞陥落』を投稿予定です。
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