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第二百四十四話 北部戦線② 北の道化師たち

復権派の領袖であり、かつては財務卿の地位にありカイル王国の重鎮であったコキュースト侯爵の領地から、二方向に使者が放たれた。

それは、侯爵がウロス王国よりの使者と面会したすぐ後、その日のうちに放たれたものだった。



ひとつは、北の国境防衛を任されている、メスキーノ辺境伯に宛てたものだった。



『近く起こる国難の危機に対し、兼ねてから友誼のあるウロス王国より兵5,000、私がウロス商人に直接手配した傭兵たち5,000、合計10,000の兵力が国境からカイル王国へ入ることになる。

これは王国を守るための兵であり、国境通過を認め、粗相のないように留意されたし。

この件は、既に王都に連絡し了解を得ているものであるゆえ、決して間違いのないよう心掛けよ。

また、辺境伯自身も、私兵を率いて参加し、共に国難を乗り切った功を分かち合うべし』



「なんだ、これは? こんな話、あの忌々しい軍務卿からも何も聞いておらんぞ」



辺境伯はひどく混乱した。


そもそも軍務卿からは、此度の国難に当たって国境の警戒を厳とし、火事場泥棒の跳梁を防ぐよう。

そんな命を受けていた。


その時はその時で辺境伯は激怒した。



『そもそも伯爵風情の男が、たまたま時流に乗り軍務卿と成りえたからと言って、何たる物言いだ!

差し出がましく意見するとは、奴は国境防衛の任を一任されている辺境伯の職責を軽んじるのか!』



そう言って、軍務卿からの使者を面罵したことがあった。


父上の代なら、そんな増上慢の態度も許されまいに……

これもみな全て、王国の正しき道が閉ざされたからだ。王権派の奴らが、国政の中心を握って、何もかも全てが悪い方向に進み続けている。


代替わりして、一気に凋落の一途を辿った自身の責を、彼らに擦り付け(なすりつけ)ては憤っていた。



さて、どちらの言い分を通すべきか?

このまま、国境で火事場泥棒の警戒や対処など、そんな些細なことでは武功も上げられない。

これでは、南や東の辺境伯との差は、絶望的なものになってしまう。





『魔境伯と同等の戦功さえ上げれば、新たな栄誉、二段飛びの昇進すら可能か……』



彼は以前、クランティフ辺境伯とともに、国王に抗議したさいに言われた言葉を思い出していた。

このままでは自身の名誉を回復する機会もなく、冷や飯喰らいの立場に甘んじることになる。


メスキーノ辺境伯は、迷っていた。

そして、かつて国王から言われた言葉を思い出し、新しい方針に舵を切った。



「よし! 国境へ連絡を送り、コキュースト侯爵の話を伝えよ!

俺自身、新しい波に乗って、奴らに追いつかねばならんからな。何かあった際の責任は、侯爵に取っていただくとするか?

同じく王都へ早馬を出せ! この書状を王都に持参し、密かに確認を求めよ」



そう言って、どちらにでも付ける体制を準備した。

ウロス王国からの軍が国境に到着するには、まだ時間がかかるだろう。辺境伯はそう考えていた。

その間は、どちらにも良い顔をしておけばよい。決断が必要なその時まで。



数日後王都では、コキュースト侯爵の書状と、メスキーノ辺境伯からの早馬を受け、外務卿を始めとする、国政の中枢にあった者たちは困惑していた。



「どうやら儂らは、いささか知恵に溺れておったようじゃ。

西のクランティフ辺境伯といい、裏切り者共の一部は、自身が裏切者となっておることにすら、気付いておらんと言うことらしいの?

これまでにも、国難に対し警鐘を鳴らしていたことが、却って利用されておるのかもしれんな……」



外務卿はそう言ってため息を付きながら、書状を机に置いた。

国難に対し、腹を割って互いに話をしていれば、このような事態を招く結果にならなかったかも知れない。


だが、王国内の権力闘争は根が深く、それをすることを誰もが否定していた。

後悔の念に苛まれ、一瞬呆然としていたおころ、商務卿が言葉を挟んだ。



「外務卿、急ぎませんと……」



「おお、そうじゃった! ゴウラス殿、急ぎ脚自慢の使者を3か所に送ってはくれまいか?

国境のメスキーノ辺境伯、コキュースト侯爵、そして軍を率いて防衛体制にある軍務卿に宛てて……」



「はい、直ちに手配いたします」



「もっとも、イストリア皇王国側も万全の準備を整えておるじゃろうから、きっと今頃は……

魔境伯、すまん。あれだけ事前に警告をもらっておきながら儂らは……」



そう言って外務卿兼、防衛線作戦総参謀たるクライン公爵は、その場に居るはずもない者に深く頭を下げた。



カイル王国の王都にある首脳陣が、イストリア皇王国側の策謀に頭を悩ませていたころ、王国の北の国境でも異変が起こっていた。



「恐れながら申し上げます。ウロス王国からの援軍、既に10,000名近くが国境を通過しましたが、更に軍列は続き、途切れることがありません。総勢で20,000名に届きそうな勢いです!」



「なっ、なんじゃと! そんな話、聞いておらんわ!

急使を送れ、侯爵と国境、そして王都に! 今その数の軍勢を受ければ、王国が……、滅んでしまう」



そもそも不審な点はいくつもあった。


そもそもコキュースト侯爵が、他国よりの援軍の差配を任されていることがおかしい。

彼は復権派の領袖の一人であり、近年まで現在の王国の中枢を占める者たちと暗闘していた敵なのだ。


更にウロス王国は、カイル王国と良好な関係にあったとは言い難い。

北の国境を接する二国と比べ関係は薄く、近年は闇取引の魔石を皇王国に横流ししている嫌疑もあり、中央の命によって、辺境伯自身が国境の商品の流通に制限を掛けていた。


彼自身、国境を通過する荷の関税を引き上げ、事前に届け出(おくりもの)のない商隊は、関門通過の際に難癖を付けさせ、賂分を現地徴収していた。

そのため、ウロス王国との関係は近年悪化の一途だった。


辺境伯自身が時流に取り残され、状況を逆転する機会を狙っていたため、コキュースト侯爵やそれらの陣営も同じ考えなのだろう、安易にそう考えてしまっていた。



だが、ここに至って初めて、彼は事態の深刻さを理解した。

そもそも、数万の軍勢が安易に移動することなどできない。予め万全の準備を整え、国境近くで待機していない限り、こうも早くこちら側に来ることはできないからだ。



「ぜ、全軍に出動態勢を整えさせよ! 我々はこれ以上醜態を晒す訳にはいかん!

国境を通過した敵軍はどうなっておる?」



ここで彼は初めて、『援軍』ではなく『敵軍』という言葉を使った。

ここに至り、本来辺境伯として国境の守備を任じられた職責に目覚めたといっていい。



「国境を通過後、先鋒の歩兵10,000が陣を敷き、万全の態勢を取りつつここに向かい進軍しております。

歩兵の足で1日もあれば、ここに到着します」



「我らは全軍併せて3,000名……、話にならんな。

ここに至るまでの街道に、地形を利した陣を敷き迎撃に当たる。少しでも王都からの援軍が到着するまでの時間を稼ぐんじゃ! 屋敷に残った者たちは、急ぎ王都へ避難させよ」



メスキーノ辺境伯は悲壮な覚悟を以て出陣し、北に通じる街道の要所に布陣した。

侵攻してくる敵軍を迎え撃つために。



一方、北の国境では全く犠牲もなく悠々と関門を通過し、敵国内に入り終結しつつある軍団があった。



「ふふふ、セルペンスよ。使徒としての其方の仕事ぶり、誠に見事であったな。

こうも易々と国境を越えれるとは、思ってもみなんだわ」



「はっ! これもカストロ大司教のご采配の賜物です。ところで、この先いかがしましょうか?

真実を知った辺境伯や侯爵がどう出るか、未だにその思惑は分かりません……

どうやら辺境伯は、街道の途中に陣を敷き、迎撃態勢を整えているとの報告もありますが」



「ほう? 僅か3,000足らずで我ら23,000を迎え撃つということか。是非もなし!

積年の恨みもある故、叩き潰してやるとするか?

先行するウロス兵5,000と我が歩兵5,000に伝令を。我らの進路を妨げる邪魔者を踏みつぶせ、と」



「はっ、直ちに!

それにしても、辺境伯が骨のある人間だったとは、少々意外でしたが」



「ふむ、窮地に陥った際初めて、人の本質が見えてくるものよ。

そういう意味では、奴も遅まきながら、辺境伯としての役割に目覚めたのであろう?

まぁ、味方として矢除けに使えなくなったのは残念ではあるがな」



カストロの指示により、先鋒部隊10,000は街道を急進し、半日後、イストリア皇王国とウロス王国連合軍は、メスキーノ辺境伯率いる守備隊を全滅させ、辺境伯領を制圧下に収めた。



「さて、約定通り我らは北を抑えた。後は帝国、公国の動きに合わせるとしよう。

我らだけが敵軍の猛攻を一身に浴びるのでは、割が合わんでな。

近隣の実りを全て徴発し奪い取れ! 我らが食料として有効に使わせてもらう。

同時にコキュースト侯爵には、領境まで進出し、降伏勧告の使者を送れ。

愚かな道化師として、我らを引き入れた奴にとって、王国内にはもはや居場所もなかろう」



「はっ! あ奴の野心を見抜き、この状況に追い込まれた大司教猊下のご慧眼、お見事です」



「ふふふ、身の丈に合わぬ策に溺れる輩ほど、その策によって滅ぶものよ。

奴は自らで以って、この状況を作り出したのだ。それなりに感謝をせねばなるまい。

セルベンス、奴に関しては任せるぞ」



「御意」



彼は短く答えると、いつの間にか姿を消していた。



自軍の7倍以上の大軍が押し寄せ、孤立無援だったコキュースト侯爵は愕然としていた。

救国の英雄となり、復権を目論んでいた彼は、亡国を誘う裏切り者として、弁明の余地のない状況に陥ったことを悟った。


そんな時、カストロ大司教からの使者であるセルペンスが、敵軍より和議の使者として訪れた。



「そ、そなたちは、私を騙し……、いや、私は単なる道化者だったということか?」



侯爵はこの期に及んで、彼を追及したりなじることはなかった。



「閣下、道化師とは本来、幕間にて次の舞台へと誘う者です。

閣下は王国の旧弊に幕を引き、新しい歴史へと誘う、大切な役割を演じられました。今後は我らと共に、新しい王国の建国者として、その一翼を担ってください。我々には閣下を受けいれる用意があります」



「ふん、今更汚名をすすぎようもないわ。こうなれば致し方あるまい。

カストロ殿にお伝えくだされ。敗残の我が身をお任せすると」



「!!!」



今度はセルベンスが驚く立場だった。


この短い期間で状況を整理し、ウロス王国の後ろにイストリア皇王国があり、侵攻軍を率いているのがカストロ大司教だと推測するに至ったということか?


ただの策謀好きな、自己顕示欲の肥大した道化者、そう評価していた認識を改めた。

頭の切れる男なら、今後の禍にも成り兼ねない。

『この男、今のうちに処分しておくべきでは?』

そんな思いも頭をよぎった。



「それも良かろう。我が身から出た錆ゆえな」



セルベンスは再び戦慄した。

こちらの思っていることを読まれた、そういう言動だったからだ。



「何を仰います。カストロ大司教も、閣下の智謀を頼りにしていらっしゃいます。

新しき王国の礎を築く一柱たるべきお方として」



「ふん、人柱か……。それこそ我が身に相応しいかもな。

どうかカストロ殿へのとりなし、よろしくお願いします」



こう言ってコキュースト侯爵は卑屈に笑った。

セルベンスは、何か心の奥にひっ掛かるものはあったが、主人であるカストロの指示した対応に則って、侯爵を自陣に迎え入れた。



この時、コキュースト侯爵が何を考えていたか、何故なにゆえの降伏だったかを知る者は、この時点では誰もいない。ただ、この後に紡がれた、歴史だけがそれを知っている。


北国境から侵攻したイストリア皇王国、ウロス王国連合軍は、コキュースト侯爵軍3,000を加え、総勢26,000名の兵力となり、侯爵領にて一旦軍を停止させた。


まるで何かの到来を待っているかのように。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『開戦への道』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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