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第二百四十一話 西部戦線③ 魔法士相打つ戦い

クレイラットの地では、新たなる未知の戦いに備えた準備が、急ぎ行われていた。

元々、堤に偽装して作られていた陣地は、30名にも及ぶ地魔法士たちにより防塞化され、高さ20メル(≒m)にも及ぶ石造りの堅固な防壁が連なっていた。


元々、城壁を堤に偽装するため作られていたため、土に隠された基底部には石作りの防壁が仕込まれており、覆いの土壁を地魔法士たちが少し弄るだけで、堅固な壁へと変化することができていた。


また、城壁に囲まれた後方には、何基ものカタパルトが据え付けられていた。これらは、開戦まで各所に隠匿していたものを、カウルが時空魔法で輸送し、設置して回ったものだった。

更に、防壁に隠された内側では、至る所に高さ30メル近い金属棒が立てかけられていた。



「殿下は一体何をされているのでしょうか? 兵たちが不思議に思っていますが。

対岸の河川敷も、いつの間にか水浸しになっていますが……」



「ふふふ、不思議に思うのも無理ないわ。これも魔境伯立案の防衛戦術ですから。対岸の河川敷も、上流に隠匿していた揚水水車を稼働させましたから、水路を伝って水が行き渡っています。

ユーカさん、あちらの準備は万全かしら?」



「はい、大量の塩を混ぜた水で、あちらは水浸しになっています。

敵軍は、私たちが敢えて橋を落とさずにいたことを、後々思い知ると思いますわ」



「では軍団長にも種明かしをしておきましょう。全てに意味があることなのですよ。

実は……」



説明を聞き、再びシュルツは驚愕することになった。

そんな戦術、どうやったら思いつくのだろうか?

事も無げに話す彼女たちに比べ、自身はもう時代遅れの遺物でしかないのだろうか?



「でも、これらについては口外を禁じます。

魔境伯は常々言っておりました。新しい兵器、戦術はいつか模倣され、その牙は自身に剥かれてくると。

私たちは、それをできる限り回避し、その牙が自らに突き立つことを、遅くしなければなりません」



そんなこと、近隣諸国は到底真似などできないだろう。そう思ったが、シュルツは黙って頷いた。



フェアラート公国陣営、レッサー伯爵は復讐の喜びに身を震わせていた。

公国が誇る魔法兵団300名、彼らが満を持して前線に現れたからだ。


対岸の敵陣から約300メルの距離にある堤防の上には、300名の魔法兵団が立ち並んだ。



「ははは! 奴らの弓箭兵の射程はせいぜい200メルに過ぎない。それに引き換え、我らが誇る魔法兵団の魔法射程は300メルを超える。そもそも、ひょろひょろの矢と魔法では、比べようもないわっ」



こう豪語したレッサー伯爵自ら、堤防の中で一段高くなった高台の部分に陣取り、全軍を見据えた。



「盾を持った歩兵は河川敷まで展開せよ! 魔法兵団はその場で攻撃開始!

先ずは大地を焦がす、業火の雨を降らしてやれ!」



魔法兵団のうち、火魔法士たちで構成される部隊150名が、一斉に魔法を放った。

一人当たり10個、合計で1,500もの火球が、河を超えカイル王国の陣地に遅いかかる。


レッサー伯爵は、舌なめずりをしながら、その様子を眺めていた。



「……」



だが、火球の雨は敵の防壁を超え、降り注ぐ瞬間になって、何かに弾き飛ばされたように空中で盛大な炎を上げると、燃え盛る炭を水に投じた時のような音を出し消えていった。



「おおっ!」



姿こそ見えないが、攻撃の失敗に敵陣からは大きな歓声が上がった。



「ちっ! 風魔法士と水魔法士がおるのか?

致し方ない。雷魔法士部隊150名による、雷槍をお見舞いしてやれ。火球を防いだと喜んでいる間に、雷撃に焼かれて黒焦げになるがいいわ!

そもそも雷魔法士の雷撃は、風壁程度で防げるものではないからな」



火魔法士たちに代わって、前面に出た雷魔法士たちが、それぞれ雷の矢を放った。

それらは、雷のように空気を振動させ、轟音とともに敵陣目掛けて飛翔した。


敵陣からは絶叫と悲鳴が、響き渡る……、筈だった。



「……」


「わはははははっ」



だが実際には、沈黙のあと敵陣から響き渡ったのは、嘲笑の笑い声だった。

レッサー伯爵は激怒した。



「近いように見えて、対岸まで優に300メルを超えているのか?

射程外で良い気になりおって! 奴らに思い知らせてやるわ! 魔法兵団、河川敷まで前進!

河の手前で再展開し、距離を詰めて雷撃をお見舞いしてやれ! 敵が怯んだら火魔法士の出番だ!」



魔法兵団300名は、堤防を駆け下りて一気に河川敷の河岸近くまで距離を詰めた。

河川敷は河が氾濫した後なのか、一面が足首程度の浅い水溜まりであったが、気にするほどの深さでもないため、そのことを気にする者は誰一人としていなかった。



防壁に包まれた陣地のなかで、クラリスたちは安堵のため息を漏らしていた。



「イシュタルで散々訓練を行ったとはいえ、本番で上手くいくかどうかは心配だったわ。

でも……、避雷針は上手くこちらの雷魔法士と連携して、機能しているみたいね」



「はい、火魔法と違い雷魔法は速いです。気付いてから対抗することはできませんからね」



ユーカも安堵のため息とともに応じた。

そして、この戦術を最初にタクヒールから説明された時のことを思い出していた。



『いいかい、そもそも雷撃は誘導することができる。通り道を作ってやればね。これは大前提だ。

そしてこの避雷針、これは道へと導く入り口だ。

大切なことは、ただ立てていても雷を誘引することはできないんだ。常に、微量の電流で放電……、いや、雷魔法を流しておく必要があるんよ。

そこだけが問題で、頭が痛いんだけどね』



タクヒールは、この課題を魔法士の数で補う、最も単純な方法で解決していた。

45名が9組に分かれ交代制とし、そのうちの3組9名がタイミングを僅かにずらして、常に弱い雷魔法を使い続け、避雷針を帯電させるという手段で。


この仕組みに必要な銅や鉄は、ゴーマン伯爵領とテイグーン鉱山より産出する。

タクヒールは義父となったゴーマン伯爵に話を付け、大量の銅と銅を叩いて伸ばし線上にしたもの、いわゆる銅線を購入していた。



「敵の魔法兵団、堤防を下り河川敷に展開しております!」



報告を受けて我に返ったユーカは、すぐさま指示を出した。



「では、アースを切り替えてください!

クラリスさまは、次の手配をお願いします」



「旗手に伝えよ、全軍一斉射撃の準備を! カタパルトは焼夷弾攻撃の準備を! 旗上げっ!」



クラリスの指揮のもと、直ちに一斉反撃の準備が整えられていった。

カイル王国の陣営には、同調攻撃を行うための鐘の音が鳴り響いていた。



対岸の河川敷でも、全ての準備が整っていた。

レッサー伯爵は、各部隊に向けて最終指示を出していた。



「雷魔法士が雷槍を放った直後に、火魔法士たちは敵陣に業火の雨を降らせろ。

それに合わせて騎兵部隊を中心とした突入部隊は橋から敵陣に突入せよ。

歩兵部隊は敵が退路に使った浅瀬を利用し、敵陣に取り付いて蹂躙しろ!

敵の王女は恐らく後方で控えている筈だ。混乱している敵を踏み破り、逃げ出した王女を捕らえよ!

これでこの戦、我らの勝利が確定し、恩賞は思いのままだぞ!」



「応っ!」



「攻撃開始の合図を出せっ!」



レッサー伯爵の号令のもと、河川敷に展開している魔法兵団は一斉に攻撃を開始した。

雷魔法士の放つ雷光が、目にも止まらぬ速さで敵陣を襲う。

全てを薙ぎ払い、焼き尽くすために……



「あばばばばばばっ!」

「ぐがぁぁっ」

「あ゛あ゛あ゛っ!」

「……」



伯爵は目の前の前に広がる光景に、我が目を疑った。

河川敷に展開した魔法兵団、兵士たち、橋を抜けて突入を開始した騎兵たちが、奇妙な絶叫を挙げて痙攣している。


いや、痙攣している者の多くは、無言で海老反りになり身体を硬直させていた。

もちろん、全ての兵たちではない。展開する場所によってその差は激しく、理解の及ばない攻撃で苦しむ仲間を、呆然と周囲から見つめていた者もいる。



そして同時に、対岸の空を真っ黒に染めるがごとく、大量の矢が河川敷を襲った。

以前、伯爵が豪語したような、ひょろひょろ矢ではない。速さと威力を持った矢の暴風雨だった。


痙攣する者、既に息絶えた者、全く無事で周囲を呆然と見ていた者たちは、等しく矢の暴風を浴びて斃れていった。



「な、ななな、何が! 何が起こっておる!」



伯爵がそう叫んだとき、彼が本陣を構えていた高台目掛けて、大量の投石物が飛来した。

それらは、正確に高台に着弾すると、一気に火が付き、高台全体が炎に包まれた。



「ぐわぁっー!」



それが伯爵が発した、最後の言葉だった。

伯爵だけではない。高台とその周辺に居た者たちは全て、沸き起こった炎に包まれていた。



そもそもこの高台は、敵軍が本営を置きやすいように、タクヒールの命を受けたエランたちが、敢えて丘を作ったものだった。堤防より少し後方で、戦場を見渡しやすい絶好の位置、誰もが本営を置こうと考えるような場所だった。


燃えやすい枯草が丘一面に植え込まれ、火の手が上がりやすいよう、密かに散布されていた物もあった。

エランたちは、一度仮で設置した10基程度のカタパルトで、予め十分な試射を行い、狙点を固定していた。


そしてタクヒールらの狙い通り、レッサー伯爵はそこに本営を構えてしまっていた。


そこに油が詰まった容器や、高温で焼かれた石炭や炭などの着火剤が空から飛翔し、僅かな時間で丘をまるごと炎に包んだのだった。



もうひとつ、タクヒールたちは避雷針に繋がる銅線を、竹の内部をくり抜いた筒を使い、橋げたの下から対岸まで通していた。それらの銅線は、橋に床板として敷かれた銅板や、対岸からは地中に埋没させて大きな水たまりの各所に接続されていた。


もちろん水たまり自体も、予め粘土で固めた浅いが広大なプールを作り、そこに上流で揚水水車で汲み上げた水に塩を加えた、電気を通しやすい食塩水だ。


魔法兵団は、自らの雷撃で、自らを焼いた形となっていた。



敵軍の本営が炎に包まれたのを確認したクラリスは、更なる指示を放った。



「シュルツ軍団長、第2射を行ったのち、王都騎士団10,000騎で掃討戦をお願いします。

更に西にある敵の本隊の足留めを行って下さい。

残った部隊は2,000名を引き続き防衛に充て、残りの4,000名は対岸に進出し、敵軍の亡骸や遺留物の回収を行います。屍毒が河に流れ込めば、下流域は大変な被害を受けます。直ちに対処を!」



クラリスの命令は、直ちに遂行された。


フェアラート公国先遣隊は、主将たるレッサー伯爵以下首脳部は全滅し、10,000名の兵力はほぼ全滅した。

虎の子の魔法兵団も自らの雷撃と、弓箭兵たちが放った矢で、その多くが斃れ、首脳陣を失った敗残兵たちは、その後の掃討戦で次々と討たれていった。


こうして、この戦いが終わった半日後、1,000名以下に減った僅かな生存者が、出発時と比べ見る影もない姿となって、本隊まで合流することになった。



タクヒールが最も心配していた西部戦線は、その心配により過剰なまでに手を入れられた重厚な防御陣と戦術によって緒戦の大勝利を得ることとなった。


だが、彼女らには敵対すべき相手として、20,000名にも及ぶ反乱貴族軍の本隊と、7,000名を超える味方の裏切り者たち、自軍に倍する敵軍が残されていた。


そして、敵軍の秘策も……

だがこの時点で、勝利に沸く彼女らはそれを知る由もなかった。

後日、彼女ら自身で、そのことを思い知ることになる。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『膠着』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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