第二十三話(カイル歴503年:10歳)始動
年が明け俺もやっと10歳になった。
これまではずっと、予定された未来の不幸に対し、受け身の対策中心で提案を進めてきた。
けど、そろそろ攻めに転じたい。そう考えていた。
これまでやってきた事、そしていま進めている事、これらの流れでおそらく歴史はかなり変わるはず。
このまま、この先の【前回の歴史】対策を行っても、おそらく誤差が出てきてしまう気がしていた。
対応するには、自ら歴史を作っていくこと、それに対する準備が必要だと感じていた。
そのために決意した。
人材収集を進め、手足となってくれる配下を確保する。
そのために必要な自己資金を確保する。
まずは3年! これをしっかりやることにした。
「定例会にてご裁可いただきたい事案があります」
新年早々、家族を交えた定例会で、俺は次の手に出た。
「以前お話しした、射的場を建設し、これを運営する人材を採用したいと思います。
予算としていただいている、金貨の使用許可をください」
特に可もなく、不可もない、そんな反応だった。
「タクヒール、今の時期にかね?」
「はい父上、今だからこそ、です」
「その理由は?」
「射的場運営で雇用した人員は、万が一の災害時にも、中核として活躍してもらおうと思ってます」
「なる程、以前に受付所や炊き出し所で活躍した人材の確保ですね?」
父に代わってレイモンドさんが反応してくれた。
「はい、そして余裕のある今、動くべきかと。領民の戦力化もいずれ進める予定でしたし」
そう、過去の救済施策で採用した人員は、実施規模の縮小に伴い、徐々に数を絞り込んでいた。
「タクヒールの予算です。好きにやって構わないわ」
「母上、ありがとうございます」
「……」
途中からは父は蚊帳の外だった。
定例会議にて、人材の継続確保、領民の戦力化と優秀な射手の発掘を名目に、射的場の運営を与えてもらった予算(金貨1,500枚)で、俺が主体となり実施することの許可が下りた。
「さぁ、急ぎ色々始めないと、アン、悪いけどこれから忙しくなるよ。手伝ってくれるかな?」
「喜んで!是非お手伝いさせてください。今度は何が飛び出すか、私も楽しみでなりません」
アンは俺の事をびっくり箱の様に思っているのかな?
「先ずは今から工房に行くよ。よろしくね」
「はいっ」
「次に受付所に行くよ」
「問題ありません」
「あと、難民キャンプにも」
「どこへでもっ!」
こうしてアンと二人で、新たな目的の最初の一歩を踏み出した。
〇改良版クロスボウの量産
工房を訪ねてゲルド親方、カールさんに依頼した。
「使い易さと頑丈さ、納期を優先でお願いします」
「任せて下さい、坊ちゃんの依頼は常に最優先です」
〇射的場の確保と建設
俺たちは、エストの街の外れにあった、難民キャンプを訪問した。
「ここの利用ってどれぐらいの割合かな?」
「最盛期は9割ほど埋まってましたが、今は2割程度です。現在居住している者の配置も、調整していますので、活用できる空き地は十分にあります」
案内してくれた受付所のクレアの答えに、俺は満足した。
開拓地への入植、定職の就業などで、難民キャンプを出た者も多く、ここの居住者は徐々に少なくなっていた。
取り敢えず、ここに大きめの射的場を建設する。
流れ矢が周囲に行かないよう、建物の周囲三方には囲いの外壁、建物自体の壁は開放型にし、高めの天井を設置、隣に受付などの施設も整えた。
〇射的場の運営人員確保
クロスボウの扱い、管理にはそれなりの人間が必要だった。幸い、サザンゲート殲滅戦後、常備兵の数も増え余力があったので、彼らに交代で管理してもらう事にした。
夜間と午前中は兵の専用訓練施設とする、この条件で父は了承してくれた。
射的を行う者の受付や、射的場利用の登録については、専属の人員を確保した。主力となるのは、以前の難民救済で、受付所や炊き出し所で働いていてくれた人たち。
難民キャンプを案内してくれたクレアもそのひとりだ。
今は規模を縮小した受付所を彼女に任せていた。
現在は難民対応と言うより、エストの街の職業紹介所として、機能を変えつつあるが、射的場の建設後は、また賑わいを取り戻す筈だ。
そして他にも、確保しておきたい人達を、今まで何とかここで繋いでいた。
その他、難民や貧民街、孤児院などの出身者で、定職を求めていた人材を確保した。
※
数ヶ月後、施設も完成し、全ての準備が整ったところで、領民たちの娯楽の場として、射的場を解放した。
「射的をする方は、こちらで登録札を確認して矢をお渡しします、おひとり様一日30射までです」
「初めての方は、そちらの受付所で登録し、登録札をもらってから、此方の列に並んでください」
案内の女性が声を張り上げて誘導している。
解放してすぐに、射撃練習場は賑わいを見せ始め、数週間後には、毎日行列ができるぐらいになった。
これには理由がある。
射的場では単に的を設けるだけでなく、的に点数を付けた。
もちろん難易度の高い高得点の的もある。
そして、30射である程度の点数が獲得できれば、ちょっとした景品が貰える。
・街の酒場でお酒二杯無料券
・乾麺セット1日分
・現金(上記2種を現金換算したよりは少ない)
このなかから好きなものを選べる。
「今日の酒、俺がいただきだ!」
「今日はカカアから乾麺取って来いと言われてる」
「ほう、ならどっちがいただくか、一杯賭けるか?」
実は最初の頃は景品が出やすいよう調整していた。
そして少しずつ、難易度を調整し、景品を入手しにくく変えていった。
今入手できるのは一日で数名のみ。
無料で参加でき、ちょっとした景品が貰える。
この成功体験で毎日通う様になる。
そして段々面白くなり、仲間と得点を競うなど、娯楽として、暇な時間や、仕事帰りに立ち寄って射的を楽しむ人が増えていった。
不正防止も含め、予め設けたルールは以下のとおり。
〇利用ルール
大前提として、射的場の利用は、エストール領の領民(と難民登録した難民)のみとした。
年齢や性別に制限は設けないが、事前に受付所で必要事項を登録した者のみ、利用可能にした。
登録のイメージは、よくある会員登録と同じイメージだ。
・自力で弓をセット、構えられることが利用条件
・利用するには、射的場受付で登録札の提示が必要
・射的できる回数は1日ひとり最大30射までとする
〇その他
受付所や射的場には、その他の案内掲示もされており、落ち着けば、月に一度を目途に定期大会を開催する予定であること、定期大会上位者には、日々の景品とは比べ物にならない景品(金貨)を出すことが、告知されている。
・定期大会は登録札を持つ者なら誰でも参加できる
・年に一度、最上位大会を開催し、高額賞金を準備
・最上位大会の参加資格は、定期大会の上位3人のみ
こうして、登録された領民の情報や、景品受領者情報は、行政府に集約されていった。
俺はこの情報が一番欲しくて、この流れを作ったといっても過言ではない。
詳細はおいおい……
こうして、日々射的場が盛況を極める中、改良型クロスボウも増産されていった。
在庫や、運営要員にある程度余裕ができた時点で、他の4つの町(フラン、マーズ、フォボス、ディモス)でも、簡易の射的場と受付所を順次設立していった。
これは、エストの街の射的場が賑わいを見せる中、
『自分達の町にも射的場を!』と言った声が高まったからだ。
余談だが、射的場がある町からは、遠く離れた村のひとつが
『自分たちで射的場を作ったので、クロスボウと矢を支給して欲しい』と願い出て来たのには驚いた。
まぁ、管理ができないから景品は出ないけど、村の世話役が登録札を管理、発行し、駐留兵や警備兵が交代でクロスボウを管理する、その条件で許可は出した。
こうして、ソリス男爵領では射的ブームが起こった。
この様子では……、定期大会だけでなく、早めに最上位大会も行った方がいいかなぁ……
そんな風に思い始めていた。
因みに、射的場を管理してくれている兵士たちは、男爵家の常備軍なので賃金の負担をせずに済んだ。
ただ、受付や登録者の情報を集める事務方の給料、景品の代金、射的場の建設費は、俺に預けられている予算(金貨1,500枚)から捻出していた。
いずれ投資は回収しなくてはならないが、今は突っ走るだけだ、そう考えていた。
そうこうしているうちに2か月が過ぎた。
「昨日の登録者情報、集まりました。昨日は新規登録者が100名を超えました!」
そんな報告も入る様になった。
射的場の運営も軌道に乗り、住民の参加も増えてきた。
他の町や村からも、随時、登録者の情報が集まり、登録者を管理する部署では、山積になった書類を前に頭を抱える事態になってきた。
「タクヒールさま、累計登録者も1,000人を超えたので、そろそろ定期大会を始めても良いかと思います」
報告してきたクレアは、今や射的場運営の中核となる存在だ。
もともと彼女は、難民対応の際、受付所で雇用した孤児院出身の女性だ。
それ以降もずっと働いてくれており、俺の意図を良く理解してくれるので、今や右腕に近い存在だ。
そっか……忘れていた。
他の4箇所の射的場建設や、運営人員の手配、教育など、日々走り回っていたので、定期大会の開催まで頭が回らなかった。
色々準備もある為、第一回定期大会は3か月後、そう告知してたけど、その期限も近づいていた。
そろそろ開催されるのでは? 射的に来る領民の間でも、そんな雰囲気になっているようだ。
「クレア、それぞれの部署で、優秀な人を集めて貰えるかな? 最初は数人で良いから。
定期大会実施に向けた、実行委員会を作ろうと思う」
「はい、お役に立ちそうな人材の選定は、既に済ませております。直ぐに召集しますね」
……、うん、クレアも凄く仕事ができる。
俺は各射的場に、1ヶ月後に定期大会を開催予定である事、その準備を進める事を通達し、実行委員会に選ばれたメンバーには、腹案を披露、実現に向けた対策を、日々協議していった。
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