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第二百三十八話 東部戦線 暁の勝利

カイル王国の東部戦線、ここには防御を固めた国境砦と、左右には登攀不可能な切り立った断崖の上に築かれた防衛陣地がある。

これらが連携し、砦を襲う敵兵に対し、弓箭兵が十字砲火を行う体制を作り上げ、国境の守りを難攻不落と言われるまでにしていた。


だが、イストリア皇王国の魔法士を活用したカタパルト攻撃と、塹壕戦に苦戦し、守備に当たっていたハミッシュ辺境伯は緒戦から打つ手なく、ただただ苦戦していたように見えた。



「あれから8日経ったが、状況の変化はどうだ?」



砦内の救護施設で、病床にあったハミッシュ辺境伯は、腹心のひとり、バウナー男爵に尋ねた。


辺境伯は、降り注ぐ石弾のなか、陣頭指揮にあたり味方を鼓舞し支えていたが、攻撃が始まって2日目の早朝、遂に降り注ぐ石弾を浴び倒れていた。


幸い、従軍した聖魔法士の処置が功を奏し、命を取り留めて、程なくして陣頭に立てるまでに回復していたが、彼が病床に伏して8日、戦端が開かれて9日が過ぎようとしていた。



「はっ、仰っていた通り、あれ以降攻撃は散発的なものとなり、我が方の被害も大したことはありません」



「ということは、以前に魔境伯が言っていた通り、皇王国は魔法士を移動させたか……」



皇王国の主攻は北部国境にあり、東国境は偽装である。

そう言われていなければ、辺境伯も攻勢を弱めた敵軍の意図を、恐らく測り兼ねていただろう。



「囮にしてやられた我らは、滑稽な道化としか言いようがないな。そろそろ我らも、反撃に移るとする。

改めて現状の被害と、魔法士の状況を教えてくれ」



「はい、最も被害の大きかったのは、左右の岩壁上に配した弓箭兵です。それぞれ500名程度が死亡または負傷により脱落しました。砦に配していた者は300名が脱落しています。

偵察に出た者、騎馬隊については、累計で600騎が失われました」



「1900名もか! ……、魔法士はどうだ?」



「はっ、指揮官級の者を含め、風魔法士が8名、地魔法士が2名、聖魔法士が1名ほど死傷し、戦力から脱落しております」



「そうか、彼らには惨いことをしたな。貴重な戦力を……」



そう言うと、辺境伯は押し黙った。

緒戦で全軍の2割以上を失うという、大敗北を喫しているのだから無理もない。



「男爵、水槽は無事か?」



「はい、ここ数年をかけて蓄えた水は、限界まで水槽を満たしております」



この報告を受け、ハミッシュ辺境伯は不敵な笑みを浮かべ、寝台から立ち上がった。



「そうか、では今度は我らが奴らを餌にする番だな。

魔境伯の打ってくれた手が、我らの反撃の狼煙となるだろう。男爵、準備は進んでいるな?」



「はい、地魔法士4名が不眠不休で作業に当たっております。明日には東側の防壁から300メル(≒m)、敵の弓箭兵が潜む塹壕から射程ぎりぎりの距離まで到達します。2日目以降、敵カタパルトも射程が変わり、その位置であれば石弾は届きません」



「では明日、一気に反攻に転じる。その旨を各隊に通達せよ」



「はっ! 直ちに」



ハミッシュ辺境伯の指示に、東部国境防衛軍は慌ただしく動き始めた。



カイル王国の東国境砦には、かつてそこを占拠していた、イストリア皇王国の知らない設備が幾つか追加されていた。

そのひとつは、外壁にも及ぶ高さの、地魔法士たちが強固に周囲を固め補強した巨大な水槽だった。


その水槽は砦の西側四か所に設けられ、左右の断崖から竹を利用した数十本もの樋を引き、城壁上からも溝を通じて雨水を集めるように設計されていた。

それぞれの水槽は、ここ数年間の雨水を集め続け、今や満々とした水をたたえていた。


タクヒールがテイグーン防衛の最終手段として用意していた、水流による一斉攻撃と似た仕組みが、ここの砦にも設けられていた。

本来は、東側の城門や防壁に取り付いた敵兵を一掃するため、厚い岩盤を掘削して堀を巡らす代わりに、設置されたものだった。


そして今、この水槽が初めてその真価を発揮する時が来た。



「地魔法士から報告です。敵の塹壕から約300メルの位置まで、4本の水路完成しました!」



「水門、および砦内水路の最終確認、完了いたしました。異常なし! いつでも行けます」



各所から上がる報告に、満足気に頷くと、ハミッシュ辺境伯は命を下した。



「では、こちらも日の出の奇襲といくか。緒戦の意趣返しじゃな。

全軍、砦を出て敵の射程外まで進出せよ!

奴らの弓箭兵を全て、塹壕に引き込む囮としてな。

風魔法士は風壁で防御陣を展開しつつ、先頭で前進する水魔法士たちを守れよ!」



辺境伯の命は直ちに実行された。


日の出前、砦の城門が大きく開け放たれ、砦を守る全軍、2,500名の騎兵と3,500名の弓箭兵が、一斉に皇王国側へと躍り出た。



まだ日も明けきらぬなか、カイル王国軍が防御に有利な砦を出て、イストリア皇王国領内に大挙として侵入してきたことに、皇王国側の指揮官は驚きを隠せなかった。



「彼奴らは馬鹿か? それとも我慢の限界に達したということか?

あのまま大人しく、砦の中で息を潜めておれば死なずに済んだものを……

これでは囮ではなく、我らが勝利することになりそうだな?」



皇王国の指揮官は敵軍を嘲り、すぐさま対応の指示を出した。

主攻から外され、囮役として敵軍を引き付けるだけの任務を、カストロ大司教から命じられた時、彼は腐らずにはいられなかった。


皇王国の命運を掛ける一大決戦に参加できない、我が身の不幸を呪った。


だが今回は敵の失策により、砦を陥落させるという大きな武勲を上げ、戦功を誇る機会がやってきたのだ。

長射程、高威力こそなく、偽装ロングボウ兵とはいえ、5,000名の弓箭兵の威力は絶大だ。


逆光を押して攻め寄せる、たかが3,000未満の騎馬隊など、塹壕から十分に薙ぎ払えるだろう。



「全ての弓箭兵は塹壕に待機! せっかくこちらに出てきてくれたのだ。一騎たりとも砦に帰すな!

重装歩兵も塹壕に待機し、騎兵の突進をやり過ごしたあと、敵の弓箭兵を潰せ!

その他の歩兵は500名単位でカタパルトの防衛に当たれ! カタパルトは掃射用意!」



彼の命令は直ちに実行された。

イストリア皇王国の全ての兵が配置に就いたとき、戦場には鐘の音が響き渡った。


カイル王国軍は、射程ぎりぎりで立ち止まり、まるで何かを待っているようだった。

やがて戦場には、地響きのような不気味な音が、砦の方向から響き渡って来た。



「何だ? 何が来る?」



そう思った刹那、敵軍の最前列から一斉に水が、怒涛の流れとなって噴出した。

不思議なことに噴出した水は、大きく広がることなく、幾筋かの固まった流れとなって、勢いを保ったまま塹壕になだれ込んで来た。



「みっ、水攻めだぁ!」


「に、逃げろっ」



兵士たちが絶叫を上げるなか、濁流は塹壕を水路として駆け抜け、全てを一斉に押し流し始めた。



その様子を見たハミッシュ辺境伯は、ずっと待ち望んでいた攻撃指示を出した。



「今じゃ! 騎馬隊、突撃せよ! 弓箭兵、敵中に突進し林の中に潜む歩兵を薙ぎ払え! 奴らのカタパルトを無力化せよ!」



カイル王国軍は一斉に突進を始めた。

水魔法士たちは、水流を塹壕へと誘い濁流を流し込む。


そもそも二国の国境は、国境を連なる長大な山脈の切れ目、その僅かな空間にある。

当然、切れ目とはいえ山脈の一端に位置する、砦が建造されている部分の大地が最も標高が高く、それぞれの領内に向かって緩やかに傾斜している。

水流は、その傾斜によって勢いを増し、鉄砲水の如く土砂を巻き込んで流れる。


塹壕に潜んでいた皇王国の兵士たちは、水流にもみくちゃにされ、押し流された。

水に濡れた大地は脆く、塹壕から這い上がろうとして崩れた土ごと転落する者も相次いだ。



運良く塹壕から這い上がれた者は、突入してきた騎馬隊の馬蹄に踏み潰された。

水流に抗らうのに必死で、もはや彼らの手には反撃に使用するための弓が握られていなかった。


それ以外の多くの兵は、土石流に沈むか、濁流に飲まれて回転し、上下も分らぬまま溺死した。

最も悲惨だったのは、重装歩兵だった。重い鎧に身を包んだ彼らは、浮き上がることもできないまま、ただもがきながら水底を転がり続けた。



惨状を極めた塹壕の状況をよそに、2か所のカタパルトにはそれぞれ1,500名を超える弓箭兵が襲い掛かった。3倍もの兵力に襲われ、彼らは抵抗するも程なくして殲滅された。


彼らのカタパルトは、遠距離射撃に特化しており、射程の調整や至近距離への対応には時間がかかった。

そして、押し寄せる水流と塹壕の凄惨な状況を目の当たりして、呆然とした指揮官は貴重な第一射の機会を失っていた。


王国軍弓箭兵の攻撃を免れた、他の二か所のカタパルトは、石弾の第一射を放っていたものの、その多くは風魔法士が展開する風壁に阻まれ、大きな効果を上げることはできなかった。



そのうち、2か所のカタパルトを制圧したカイル王国軍の弓箭兵たちが、残った2か所の攻撃に回り、彼らはカタパルトを捨てて潰走した。



「騎馬隊、追撃せよ! 一人として帰してはならん! 他で戦う味方のため、奴らを殲滅せよ!」



ハミッシュ辺境伯は、非情な決断をした。

通常であれば、ある程度大勢が決した時点で、降伏を勧告するか、逃げ落ちる敵兵は見逃していたが、今回は掃討戦を行い、敢えて敵軍を殲滅する道を選んだ。



イストリア皇王国の兵士たちは、皇王国領内に進出した騎兵たちによって次々と討たれていった。


大地を赤く染めて昇る朝日だけでなく、皇王国の兵士たちが流した血によって、国境は赤く彩られた。



「ふむ……、今回も魔境伯の残した策によって救われたな。我ながら情けない話じゃが……

またひとつ、大きな借りを作ってしまったか……」



敵軍を掃討しつつある戦果を確認しながら、ハミッシュ辺境伯はひとり呟いた。



「残敵の掃討は騎兵に任せ、地魔法士はこれより先に新たな防塞を構築する。

火魔法士は防塞より1キル(≒km)以内の林を全て伐採し、遮蔽物を焼き尽くせ!

弓箭兵はカタパルトの射線を変え、皇王国に向かって発射できるよう変更しろ!

その他の魔法士は作業の協力を」



こうして、東部戦線はカイル王国側の勝利で収束し、イストリア皇王国はほぼ全滅した。

ハミッシュ辺境伯は、国境より800メル進出した地点に、新たに橋頭保を構築し、皇王国の反撃に備えた。



「これで、何とか役割を果たせたと言えるな。まだ終わった訳ではないが……

少しでも北に、兵力を回さねばならないというのに、面目もない話だ」



ハミッシュ辺境伯が心配する北の戦場では、双方の陣営はまだ、東国境の変化を知らない。


軍務卿たるモーデル伯爵は、この4日後、ハミッシュ辺境伯から送られた増援の騎兵2,000騎が到着するのを以て、その事実を知るが、カストロ大司教は事情が違った。


開戦2日目に西の国境線を抜け、カストロと魔法士たちは北に進出している本隊に合流すべく、急ぎ騎馬を走らせ北へと向かっていた。


この戦いが終わった開戦10日後には、既に本隊に合流しており、ウロス王国を抜けて移動し、カイル王国との国境に向かう途中であった。


もう一つの不運は、カストロ大司教の号令一下、今回の戦いに賭け、かなり無理をした戦力の動員を行ったため、東国境には後詰の兵力が一切なかった。

東国境から王都、王都からウロス王国に通じる領域の兵力は、それぞれの方面に全て動員されていた。


この点、本来は戦いと縁遠い世界にいたカストロは、素人だったことは否めない。



ごく僅かだが、壊走した囮部隊から追撃を免れた兵も、本来なら各町や村に配されているはずの駐留軍の支援も受けることも叶わず、ほうほうの体で王都に敗報を届けたのが、この戦いの8日後だった。


そして西の国境ががら空きになったことに混乱した、王都に残った者の対応も悪く、カストロへの伝令が遅れた。結局、彼に向かって発せられた伝令が、ウロス王国を経由し、カイル王国に侵攻したカストロの下に到着するのは、更に16日が経過したあとで、結局24日以上を要してしまっていた。


このことが、カストロの命運を左右することになる。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回は『欺かれた者たち』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃ英雄伝好きな人が書いているのは、よく分かりますよ。俺は好きだけど、次の名言待ってます。ちなみにちゃんと小説も買いました。
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