第二百三十四話(カイル歴513年:20歳)涙ながらの依頼
決戦に向けた、最後の定例会議は終わった。
各位が席を立ち、会議室を後にする中、俺とクライン公爵のみ残っていた。
「毎回すまんな、魔境伯よ。
其方は今回のフェアラート国王の目論見、どう感じた?」
「弟妹を思う思いやりと政略、この二点でしょうね。
肉親のことを思っている、それに嘘はないと思われますが、一方で国王として国をまとめるため、この戦いを有利に進めることを考えているのでしょう」
「というと?」
「我々の力を借りる、なし崩し的に援軍を得ることも期待、いや、想定しているのでしょう。
神輿がこちらにあると分かれば、不平貴族の戦力は否応なしにでも分割され、こちらにも向きます。
我々には、それを煽っている者たちが王国内におりますし」
「水と火か……、困った奴らじゃて」
「恐らく、通常であれば公国内の反乱分子も襲って来ないでしょうが、こちらが帝国、または皇王国との戦端が開かれれば、漁夫の利を狙い進出して来るでしょうね」
「ふむ、陛下と同意見のようじゃな。では前置きはここまでとし、本題に入るとしようか?
其方、雷魔法士を集めていると聞いたが?」
確かにそうだ。だが、もうその事を知っているのか?
ある程度内密に動いていたつもりだったが……
「ゴーマン卿からも学園を通じて依頼があっての。信頼できる雷魔法士を融通して欲しいと。
それで今回の話よ。では、お通ししろ!」
狸爺が大きな声を上げると、通常使われていない会議室のドアがゆっくりと開いた。
「!!!」
俺はそこで、中に入って来た人物に驚き、思わず立ち上がった。
入室して一礼する人物を、俺は知っていたからだ。
いや、何故奴が此処に居る?
「トールハスト侯爵、魔境伯とは初めてではあるまい。其方の存念を聞かせてやってくれ」
「はい、我らはこれまで、この国の権力の中枢を巡り、各々方とは陣営を異にしておりました。
だがそれも、王国あってのこと。私には昨今の同胞たちの動き、狂気としか思えん。
他国の力を借りて反乱を起こし、この国の実権を手に入れるなどと甘い夢を見ている奴らとは……」
「そういうことじゃ。侯爵は昨今の水、火、氷の各当主の動きに嫌気が差されたようでの。
内々に王都の儂の所に参り、その動きを知らせに来てくれた。そういう訳じゃ」
「あの……、侯爵の告発があれば、彼らを事前に捕縛できるのでは?」
「愚かな奴らじゃが、そういう意味では証拠を残しておらんでな。
それで今回侯爵には、内々に我らと通じ、動いてもらうこととなった。其方の力にもなってもらおうと思ってな。魔境伯には過去の遺恨もあるとは思うが……、これは王国の大事じゃからの」
「私自身、あの後は領地に逼塞し、これまで見えていなかったものも見えてまいりました。
そして私は、初代カイル王とともにこの国を建国した祖先の想いと血を、今も受け継いでいると自負しております」
いや……、今までが今までだし。
その言葉を、おいそれと簡単に受け取ることはできないんですけど。
俺は答えに詰まっていた。
「侯爵よ、信頼の証として配下の雷魔法士、10名ほど魔境伯に預けてくれんか?」
「承知いたしました。すぐに手配いたします」
「今日は内々の顔合わせじゃ。用件は終わった故、侯爵は一旦下がってお待ちいただけるかな?
まだ話さねばならんこともある故」
狸爺の言葉に、トールハスト侯爵は一礼して退室していった。
俺はそれを待っていたかのように、狸爺に食って掛かった。
「私には、閣下のお考えがまだ理解できません。
彼を信用しろと? そう簡単に人は変われるとは、思えませんが……」
「ふふふ、信用することと、手元に囲うこととは全く別じゃな。だが少なくとも変わらぬ事実もある。
一つ目は、他の三侯爵と比べ、奴は出遅れておる。今更彼らの陣営に属しても後塵を拝むだけじゃ。
二つ目は、このままでは我らが勝利しても、この先もずっと奴は浮かび上がることはできんじゃろう。
この2点について、追い詰められた上で決断したのであろう。
我らが奴を袖にすれば、今度は三人の方へと走るじゃろう。できればそれは避けておきたい」
「しかし……、死間という可能性もありませんか? 我らと共倒れを狙った」
「もし奴が三侯爵の放った間者であれば、反間のため利用すれば良いことよ。
ただ長年奴は、商務卿という立場にあったゆえ、他の三人に比べ多少は世の中が見えておる。
まぁ、それだけではないがな。先の反乱後、未だに網に掛からない者もおるでな」
「そこまでお考えでしたら、私にはもう申し上げることはありませんが」
「それに雷魔法士の件、一人二人ならまだしも、それなりの数を集めるのはかなり難しい。
各貴族の子弟でまともな者たちはみな、魔法騎士団に所属して居るしな。それ以外の者は戦場に出る覚悟も無い者ばかりで、集めても其方の役には立たんじゃろう」
「使いどころを考えて、その10名を使えばよい。そういう事ですね?」
確かに、新たに考案したアイギスの防御で必要な雷魔法士は、いわば発電機として戦術の中でパーツとして働いてもらう想定であり、仮に何かあっても、戦局に変化を与えるほどのダメージはない。
監視下で運用すればことは済むことだ。
「承知いたしました。ありがたくお預かりさせていただきます」
「これで奴も、少しは我らに信頼されたと思うことじゃろう。そうなれば動きは見えてくる」
まぁ、俺も戦局全体を見る立場ではないし、言ってみれば南に配された駒のひとつだ。
盤上の駒全体を見ている、陛下と狸爺とは違うものを見ているのだろう。
そしてひとつ、俺と狸爺が敢えて言葉に出していない不安、それは先の内乱の黒幕、そして追捕の手を逃れ続けている、ヒヨリミ家長兄、リュグナーの動きだ。
その辺りのことを考え、敢えて獅子身中の虫となるかも知れぬ男を、抱え込んでいくということか。
「先ほどの会議で、ハミッシュ辺境伯の報告は聞いておったであろう?
イストリア皇王国では既に次の手を打っておるようじゃ。我らが捕虜返還を断ってまだ日がないというのに、既に近隣諸国、グリフォニア帝国、ピエット通商連合国、フェアラート公国には我らの対応の非を鳴らす書簡が発せられておるというしの」
「各国の反応もご存じですか?」
そう聞くと狸爺は苦笑して答えてくれた。
「帝国側は何も言っておらん。既に予定通りの行動に入っているということじゃろうな。
ピエット通商連合国は、反応が割れておるらしい。今のところこちらも目立った動きはないがな。
公国は……、国王一派は一笑に付したらしい。反対派は何かと騒ぎ立てておるらしいがの」
「なるほど、包囲網の土台は着々と整えられている。そういうことですね?
かなり強弁ではありますが、侵攻に向けて大義名分の準備が整ったということですか」
「そうじゃな。我らも南と東は公然と、その対応に動き始める。
西と北の兵力については、表向きはそれらの後詰として動くことを見せねばならん」
「それであの侯爵を利用すると? そういう訳ですか?」
「この際侯爵自身の考えは別にして、恐らく雷の氏族も一枚岩ではないじゃろうからな。
自然と我らの頭が、南と東に向いていることが伝わるじゃろう。それも利用する」
「了解しました。
魔法騎士団、弓箭兵2,000名については、ガイアでの受け入れ準備を整えております。
ですが、新規の三千名については、はっきり言って、こちらの受け入れ能力を超えています」
「其方については、元ゴーヨク伯爵領、今は王家の直轄地となっている地で預かることになるかの。
軍務卿の軍は、東側での戦端が開かれたと同時に、東へ向かって出立し陣を敷くじゃろう」
「そうですね。皇王国も我らの軍を東に引き付けるよう、若干の時間差はつけるでしょうから」
「そうじゃな。こちらに思惑を見抜いた知恵者が居るとも知らずにな」
「そうですね。まんまと策に嵌められた、そう見せる狸が王都にいるとも知らないでしょうね」
「では、南の右翼は任せるぞ。そこが崩れれば全てが終わってしまう。
西と東、北については、逐次報告を入れるゆえ、何かと助けてやってほしい」
「閣下は本当に、学園の生徒の時からいつも私に、大きすぎる宿題を課されますね。できの悪い生徒はいつも宿題を片付けるのに大変ですよ」
「誠にすまん。そして、其方には言葉で表せないほど感謝している」
「……」
こんな平謝りの狸爺は初めて見た。
特使の時も、それ以前も、詫びられたことはあった。
だが今回は、それとはまったく違い、ずっと頭を下げ続けている。
「今回に限っては、陛下も儂も前線に出て共に戦うつもりでおった。
陛下も儂も、かつては帝国軍と前線で戦ったこともある。ちょうど其方の父が武勲を上げ、男爵となった時の戦いじゃったな。
だが今回は、戦線が四方向にあり、中央にて指揮系統を保ち、王都騎士団の投入や采配を見る者が必要となってしまった。そのため、我らが前線に出向くことができん。それが忸怩たる思いでな」
「それは誰もが理解しております。盤上の駒とて、後ろが心配では前に進めません。
ご采配、頼りにしております」
「陛下や儂、そしてハストブルグ辺境伯は、かつての戦いで、この国の将来を担う若者たち、優秀な貴族の当主であった者たち、友と呼べる者たちを失った。
此度はそのような思いを、そして国を失うことがないよう、精一杯後ろから支えるつもりじゃ。
それが結局、其方への重しとなっていることも、分かっている。だが……」
狸爺の目からは止めどなく涙が零れていた。
正直言って、俺の生まれる前の歴史、父がソリス男爵となった経緯については、俺もよく知らない。
そんな事を調べるよりも、他にすべき事が多過ぎた。
だが、前エストール領の領主だったアベルト男爵、ゴーマン伯爵の長兄、今は断絶したファルムス伯爵、彼らは当時のハストブルグ辺境伯の盟友であり、南辺境を支える若き当主たちであった、そう聞いている。
そして彼らが失われた事で、王国南部辺境の守りは、計り知れないダメージを受け、再建に相当時間が掛かったこと、武勲を挙げた父が、その一翼を担う事を期待されて昇爵したこと、これらは歴史として知った。
狸爺も彼らと何か関係や因果があったのかも知れない。
そして、その時の事を後悔し、今回に思いを重ねていることも理解できた。
だから、俺たちは必ず生きて戦いに勝つ!
改めてそう思った。
【お知らせ】
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