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第二百三十話(カイル歴513年:20歳)周辺国の動静 イストリア皇王国

イストリア皇王国では、いつもと変わらぬ年明けを装いながら、密かに秋に向けて出征の準備が整えられつつあった。

大司教となったカストロは、皇王国軍務卿兼軍総司令官として、皇王国の軍備増強と謀略の手配に余念がなかった。


その彼の執務室に、再び突然の来訪者が訪れた。



「ほっほっほっ、カストロよ、年明けから何やら忙しそうじゃな?」



「こ、これは老師! いつも突然のご来訪、感謝いたします」



カストロは恭しく跪き礼をとった。



「いやなに、そなたの算段、進み具合を確認し、激励に参っただけじゃて。

帝国側では秋に、5万の軍勢を以て攻め入る算段が整ったようじゃぞ」



「ほう、5万ですか! それでは益々以て、敵兵を南に釣り上げてくれることでしょうな。

東だけでなく、我らが北から大挙して侵入するとも知らずに。どちらにしても、王国には哀れなことです」



「して、其方の算段は?」



「これは、失礼いたしました。

先ずは近日中に、今なおカイル王国に抑留されているロングボウ兵1,000名の返還を求めます」



「返して来るかの?」



「恐らく……、返して来ないでしょう。ですが、それも我らの算段のひとつなのです。

休戦協定が結ばれている中、その不誠実さと、捕虜の非人道的な扱いに対し、我らは周辺国にカイル王国の非を鳴らします。これでは休戦協定の意味がないと。

それにより、我らが協定を破棄する土壌が整います」



「1,000名はそのための捨て石、ということか?」



「神の御心を忘れ、既に飼いならされている奴らなど、我らの力にはなりえません。

ロングボウ兵については、先の戦いの生き残りが3,000名、以前の捕虜返還で戻った者が1,000名、その他、三方の国境に配していた一千名ずつを引き抜き、合計が3,000名、そして新たに育成を進めてきました1,000名がおります。

これらの合計、8,000名のロングボウ兵たちが、今回の主攻となります」



「再建には10年を要す、そう言われていたが、この短期間にそこまで進めておったか?」



「はい、更に駒は用意しておりまする。

技量は遠く及びませんが、歩兵を弓箭兵にした偽装ロングボウ兵が5,000名ほどおります。

この部隊と歩兵5,000を合わせた、合計10,000名で、先ずは西の国境にある砦を襲撃します。

カイル王国の王都に、休戦協定破棄の使者が到着するのを見計らって」



「なるほど、そして注意の目が西の国境に向いたところで、次の手じゃな?」



「北からの主攻は、本隊としてロングボウ兵8,000名に、騎兵5,000、歩兵5,000となります。

そこに加え、我らの圧力と分け前に釣られて目が眩んだ、ウロス王国から兵5,000名程度を伴いましょう」



「ほっほっほ、合計23,000名もの侵攻軍か。その軍勢に恐怖した北の辺境伯と氷の氏族長は、こちらに寝返り、新たに6,000名もの援軍が得られるという算段じゃな?」



「はい、総勢29,000ともなれば、そこまで上手く運ばずとも23,000の軍勢が整えば、王都騎士団の10,000騎程度が王都に残留していようと、ものの数ではありません。

敵を四方から攻め込むという、老師の遠大な策があって始めて、生きてくる攻め口ですが……」



「安心せよ。全ては順調に動いておるわ。

王都騎士団は、王国の南と西、そこに張り付くのは最早確定しておるわ。そして、其方らの囮にも喰らい付くであろう。さすれば、北の軍勢は無人の野を征くが如くよ」



「はい、その謀があってこその北でございます」



「ふむ……、ならば我らの授けた策や調略、全てが順調に進んでいるということで良いのじゃな?」



「はい、ピエット通商連合国も6つの小国が、今や3つの勢力に分かれております。ご指示に従い焚きつけるのは簡単でございました」



「そうじゃな、カイル王国と境を接する3国のうち、2国は王国と誼を通じて繫栄しておる。

が、貴国と王国、双方に境を接するウロス王国は常に日和見者、それ故王国からも冷遇されておるでな。

いや、領境を接する北の辺境伯が足枷になっておる。そんなところじゃったかの?」



「はい、王国占領の暁には通商の優先権と、残る二国への侵略を援助する旨を約したら、たちどころに旗幟を明確にいたしました」



「其方らの矢除けに使われるとも知らず、哀れなことよの。

当代の北の辺境伯はどうじゃ? 嫉妬深い狭量の男。南と東の繁栄に我慢がならない様子であろう?」



「仰る通りです。先の内乱では処罰こそされませんでしたが、奴は勝ち馬に乗り損ねたと焦っております。

虚栄心で対抗するため、領内に無茶な税を課し、益々商人共はかの地を避け、他の二国を通じて交易に勤しんでおります。

嫉妬により、自らの首を絞めた愚か者です。この先の計略にも乗ってきましょう」



「奴も攻め滅ぼされると知れば、立ちどころに此方になびいてくるじゃろうな。

そして凋落した氷の族長は、元来陰湿な陰謀好きじゃったからの」



「仰る通りです。仲間であった火と水が、フェアラート公国と誼を通じ、新しい策謀を進めていることに相当焦っていたようです。

むしろ此方の提案を行う前に、ウロス王国に謀略の手を伸ばして来ようとしておりました。

我らが後ろにいるとは知らずに」



「ふふふ、公国の動きが我らの策であるとも知らずにな。謀略に溺れているのは自身だと気付かぬか?

誠に以て、愚かだな。せいぜい気付かれぬよう、奴には自身が描いた夢で躍らせてやるがよい」



「御意!」



「カストロ、安心したぞ。では引き続き、励むがよい。其方がこの二国の統べる教皇として、歴史に名を遺す栄誉を受ける日も、近いであろう」



そう言い残すと、老師と呼ばれた男はいつの間にか姿を消していた。



「老師はいつも神出鬼没なお方だな。

それにしても……、2国を統べる教皇か? 

それも悪くないな」



そう言って暫く物思いに耽ったあと、カストロ大司教は大きな声を上げ、近習を呼んだ。

すぐに行動に移さねばならないことが幾つもある。それを実行するためだ。



「カイル王国への使者を出立させよ! 予め指示した内容に沿って動くようにな。

それと12使徒を直ちに招集せよ! 作戦会議に入るとな」



やっとここまで来たのだ。

屈辱に耐え監禁されていた時の苦労も、魔法士たちの再建も、兵力の再編も簡単なことではなかった。

それらが報われる日は近い。


命を受けて走る近習の背を見ながら、カストロ大司教は口角を上げて不敵に笑った。



イストリア皇王国12使徒、御使いと呼ばれる彼らは、その名の通り12名。

元々9人いた御使いの一人を失った代わりに、ここ数年の努力で、4名を新たに加えることができていた。


風魔法士 2名+2名

聖魔法士 3名+1名

音魔法士 1名

地魔法士 1名

水魔法士 1名

闇魔法士 0名+1名


前回のカイル王国との闘いでは、カストロが動員できたのは、風魔法士が僅か2名のみ。

しかも、そのうち一名アウラを戦いで失っていた。


だが、魔法士を囲い込み、特に聖魔法士たちを自身の欲望の捌け口にしていた、先の皇王はもういない。

以前と比べ、圧倒的な権力を手中にしたカストロは、全ての御使いを動員できる立場にあった。


そして、御使いたちを汚れた権力者たちの手から解放したカストロは、彼らからの信も厚い。

一堂に並び、膝を付く12名を前に、カストロは上機嫌だった。



「12使徒よ、皆揃ったな。永きに渡る忍従の日々ももうすぐ終わる。

我らがカイル王国の権力者たちに囲われ、不当に扱われている魔法士たちを解放する日が訪れる。

これらは神の意志である。神のご加護により、御使いとなった其方らの崇高なる義務を果たす時が来た」



「おおっ!」

「では、ついに」

「はい!」



「神をも恐れぬカイル王国の王族、貴族どもは、其方らの同胞を囲い、その尊厳を穢し、見世物として不当に扱っている。かつてこの国の、権力者たちがそうだったように、権力者の欲望の贄にされた者たちが、苦渋の日々を送っているのだ」



カストロがそう言うと、4人の聖魔法士たちが身を固くした。

彼女たちは皆、若き見目麗しい女性たちだったため、以前は先の皇王から日々辱めを受けていた。



「助けてあげなきゃ……、あの地獄から」



その内の一人が、意を決したように呟いた。

それに釣られるように、跪き頭を下げていた男性の一人が、顔を上げた。



「アウラの仇、先の戦いで亡くなった同胞たちの仇、あの悪魔どもに思い知らせてやりたく思います」



彼は風の御使い、アウラと共に先の戦いで従軍していた。

アウラは瀕死の重傷を負わされ、砦が落城する混乱で逃げ遅れ、命を落としたと聞かされている。


共に魔法の修練を積み、ロングボウ兵たちと共に戦った彼にとって、アウラはかけがえのない仲間だった。

ゆえに、カイル王国に対し、ひと際強い敵愾心を抱いていた。



「カイル王国の欺瞞情報により、新たに連れ去られた縁の者たち、今なお敵中に捕らわれ、捕虜として奴隷のように扱われている兵たち、我らは3,000名を超える皇王国の者たちも救わねばならん。

此度の戦い、我らは解放者として、敵国の権力者とその尖兵に対し、神の裁きを与えねばならん」



もちろん、跪く彼らに与えられている情報は、カストロたちにとって都合の良い事実だけをつまみ、意図的に加工された言わばキリトリ情報だ。

だが、彼らにとっては、それが全てであり、事実を知る手段もない。



「セルペンス、ウロス王国の件、仕上げに入ってもらうぞ」



「はっ、全て想像以上に順調に進んでおります」



このセルペンスと呼ばれた男は、カストロが監禁されて不遇の時を過ごしていた時、老子と呼ばれる男の配下であったアザルが、闇魔法士の候補者として紹介してきた男だった。


言葉数も少なく、どこか影のある男で、皇王国の生まれであるかも定かではない。

だが、皇王国初の闇魔法士を御使いの一人に加えることで、当時はまだ虜囚となっていたカストロは、その優秀さと『生かしておく価値』を示すことができていた。


そしてその後、彼は先の皇王暗殺事件の折も暗躍し、主犯の密告と捕縛(せんのう)にも暗躍していた。



「我らの大義、先方にもよく理解してもらえるよう、引き続き使者の任を任せる」



「はっ! 承知しました」



「他の者は、ロングボウ兵との融合戦術、敵の攻撃対策の研鑽をこれまで以上に進めよ。

良いな、残された日数は少ない。奴らの卑怯な戦術に後れを取らぬよう、心して掛かれ!」



イストリア皇王国でも、先のカイル王国との戦いの戦訓は取り入れていた。

特に、敗戦の大きな要因となった、カタパルトと風魔法の融合戦術には、力を入れていた。



それは、タクヒールが最も懸念していたことのひとつが、現実のものとなりつつあることを示していた。

『この世界で再現できる戦術は、必ずいつか模倣され、今度はそれが自身に向かってくる』

このことを、彼はずっと恐れていた。


そして、そう遠くない日にカイル王国側の陣営は、それを思い知らされることになる。

ご覧いただきありがとうございます。


次回は『周辺国の動静 フェアラート公国』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


【お知らせ】

いつもご覧いただきありがとうございます。

9月1日よりしばらくの間、投稿は今までの隔日から三日に一度のペースとなります。

お待たせして申し訳ありませんが、何卒よろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

ブックマークや評価いただいた方、本当にありがとうございます。

誤字修正や感想、ご指摘などもいつもありがとうございます。

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