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第二百二十九話(カイル歴513年:20歳)周辺国の動静 グリフォニア帝国

グリフォニア帝国では、年明け早々から各派閥の面々が精力的に動き出していた。

それは、今年に予定されていたカイル王国への出征が、本格的なものになったからだ。



「殿下、今日の会議ではどこまで本音を仰る予定ですか?」



「ふふふ、ジークハルト、そう心配せんでも良いわ。

公開して差し支えない部分だけだ。

こちらから送り出す兵力と、主な指揮官、そんな処だな」



「で、その主な指揮官に僕は入るのでしょうか?

できれば僕は、本を読んで寝ていたいのですか……」



「分かりきっていることを、いちいち今更聞くな! で、其方の想定はどうなっているのだ?」



「南から引き抜けるのは、せいぜい2万といったところでしょうか? 

少なくとも1万は新国境の防衛に残す必要がありますし。あの国はカイル王国と違い、休戦協定を必ず守るとは言い切れませんしね」



「そうだな。引き抜くのはお前の言う通りだが、率いる数はお前の言う数より、もう少し多いな。

以前にお前が厄介払いした男、今は子爵に昇爵させたドゥルールが活躍してくれたお陰でな」



「捕虜となったスーラ公国兵ですか? その……、使い物になるのですか?」



「ああ、収容所の待遇で感銘を受け、相当こちらに傾いているからな。それに加え、次の戦いで勝てば新領地の兵士として、または希望する者はスーラ公国へ帰してやると約束した。奴らが戦うのは故国でもなく、何の遠慮もない見知らぬ国だ。

これにより5,000名の歩兵が新たに増えたわ。

お前の所領からはどれぐらい出せるのだ?」



「そうですね。元々連れてきた殿下の兵士5,000名に加え、アストレイ伯爵軍が2,000名、ここに来て新たに徴募した兵士が1,500名程度ですが、残留部隊を考えると7,000名程度ですかね」



「ほう? であれば総勢で32,000名か……」



「僕は25,000名程度で、言葉を濁しておくことをお勧めしますね。こちらが30,000名以上を派遣すると知れば、向こうも意地になって兵をかき集めるでしょう。そうなれば面倒ですし、損害もばかになりません」



「ははは、今から負けることを考えているのか?」



「僕が考えているのは、そのどちらもです。

戦術的に勝ち、戦略的にも勝つこと、そして、戦術的に負け、戦略的に勝つことの両方です」



「何が違う?」



「前者と後者では全く違いますよ。

戦略的に勝つ相手が、前者ならカイル王国、後者ならグロリアス殿下の陣営ですからね。そして、戦術的に負けるのは、前者も後者もグロリアス殿下です。

ただ、前者の場合、我々が戦術的にも勝利するので、一勝一敗以上の成果がでるため、総合的には我々の勝ちとなります」



「味方の犠牲をより少なく、そういうことか?」



「はい、此方が率いる兵が増えれば、グロリアス殿下の兵も増えます。増えた兵の数ぶん戦いでの無駄死にが増えてしまいますからね。

なので殿下は公称25,000の兵を率いていただきます。

そして、戦端が開かれたのち、予備軍として7,000名が国境を越え侵入し、退路と補給路を確保します。

味方と呼ばれている者たちに、退路と補給路を遮断されてはたまりませんからね」



「それを誰に指揮させるというのだ?」



「叔父上が、公には留守部隊2,000名を管轄し領内の治安維持にあたる。そういうことで良いかと」



「なるほど、2,000と言いながら8,500名を残し、そのうち7,000名を後衛として遅れて参戦させるか。

奴らにはどう言い訳する?」



「旧ゴート辺境伯領には、治安維持としてアストレイ伯爵の軍を残して置く。戦線が伸びきれば兵站維持のため、その一部を後衛の補給部隊として戦線参加させると。嘘はないので、それでよろしいでしょう。

恐らく彼らは勝手に、叔父上の軍勢を2,000から3,000と推測してくれるでしょうからね。

もちろん、余計な勘繰りを防ぐため、事前に兵は埋伏しておきますが……

スーラ公国の捕虜兵たちは、事前に領地の開発奴隷とでも称して、こちらに送っておいてくださいな」



「はははっ! また狐と狸の化かしあいということか」



「また狐だなんて……、ひどいなぁ」





第三皇子とジークハルトが密議を交わしていたころ、同様に密議を交わしている者たちがいた。



「ハーリー、奴の軍勢はいかほどど予想している。

それに対するわが軍勢は?」



「あ奴らは、和平がなったとはいえ、スーラ公国の脅威は変わりません。新国境は広大であり、維持するだけでも最低10,000程度の軍勢は残しておくことになるでしょう。そのため北に駐留している軍と合わせて25,000、恐らくこのあたりが妥当だと思われます」



「であればこちらは最大数、35,000の兵力をかき集めればよかろう?」



「殿下、それは少し問題ですな。

第一に、35,000もの兵力を引き連れて行けば、領内が空になってしまいます。

第二に、10,000以上も上回る兵力を以て勝ちにいけば、公平な勝負とは言えなくなるでしょう。

我らは優位性を示さねばならんのです。奴が25,000なら、こちらも同数と称して、密かに30,000名を率いる形で良いかと思われます」



「それで……、勝てるか?」



「他にも理由はございます。

我らは奴が王都騎士団を引き付けている間に、長駆して敵国の王都を衝く必要があります。

歩兵の数が増えても足手まといになるだけです。10,000の鉄騎兵と5,000騎兵部隊、5,000名の軽装歩兵、5,000名の弓箭兵、これが我らの主力となり、5,000名を国境の要塞を落としたのち、後詰として配置します」



「なるほどな。精鋭部隊のみで対処するということだな。如何にも俺の陣営らしい、ということか?

だが、兵の編成については、俺にも考えがある。

率いるのは10,000の鉄騎兵、弓箭兵を吸収した20,000の軽装歩兵とし、歩兵は全て強固な盾を装備させる」



「殿下、それではっ……」



「お主らの目は節穴か?

要塞攻略に鉄騎兵が役に立つとでも言うのか?

正面から硬い盾に突っ込むほど、余は愚か者ではないぞ」



「で、ですが王都は……」



「我が軍は、食糧に窮した経験があるため、歩兵が伴走した、大量の荷駄隊を率いて行くことになる。

長期戦に備えてな。

だが、積載するのが食糧である必要はないし、荷駄を曳く馬は、駄馬である必要もないだろう」



「成る程、曳き馬は5,000頭、しかも軍用馬を使うと、そう言う事ですか?」



ハーリー公爵は得心がいったように大きく頷いた。



「そう言う事だ。これで奴の目も欺く事ができよう。

所であの狂信者どもの書簡はいかがするのだ?」



「あ奴らが豪語するのは、いささか合点がいきませんが、カイル王国側も馬鹿ではないでしょう。

東国境の防衛は、それなりに手を入れていると思われます。

奴らは虎の子、ロングボウ兵の多くを失い、せいぜい注意をそらすための囮程度にしかなりません。

我らとしては、南正面と東に分かれ王都騎士団が動いてくれれば、それはそれで重畳なことですが」



「はははっ、そうなれば我らは、グラートが必死に戦っているのを横目に、無人の野を征くが如く分け入り、守りの薄い王都を占拠できるということか?」



「ご明察の通りでございます」



数日後、グリフォニア帝国の帝都グリフィンでは、毎年恒例の後継者選定会議が行われた。

だが、今年の会議に限っていえば、荒れることもなく第三皇子の戦果報告に対する異論もなく、議事は速やかに進行していた。



「グラート殿下、スーラ公国との和議とその半分以上の領土を勝ち取られたこと、先ずはお喜び申し上げます。殿下の功績、その威を疑う者ももはや居ないでしょう。

それを受けて、この秋の出征についてお伺いします。殿下はどの程度の軍を率いられる予定ですか?」



「ハーリーよ、昨年は其方らの協力もあり、事が迅速に進んだ。改めて礼を言う。

また、質問の件だが、北の国境防衛もあるでな。

15,000、できれば20,000名を南から率いたいと思っている」



「では北の駐留軍を合わせて20,000から25,000、そういったところでしょうか?」



「そうだな、補給線も伸びるため厳しい戦いになると思われるので、アストレイには帝国領内に残り、予備兵力として補給を賄ってもらう予定だ。状況に依っては、物資輸送などで国境を越えてもらうがな」



「承知しました。では我らもグラート殿下に倣い、25,000で出征するといたしましょう」



この時、コホンと小さな咳払いがジークハルトからあった。

グラートは、少し意地の悪い笑みを浮かべ、グロリアスに話しかけた。



「左翼は、ソリス魔境伯らが領内に新手、数千もの兵を引き入れ、訓練に勤しんでいるとの報告もある。

策は……、大丈夫であろうな?

ブラッドリーの二の舞は、こちらとしても困るぞ」



「グラート。我らを愚弄するのか?」



「事実を言ったまでだ。具体的な攻略方法でも提示してくれたら、我らも安心できるのだが……

巻き込まれでもしたら、此方もたまらんからな」



「そんなこと、作戦上の機密事項を事前に公にできる訳がなかろう! ここは軍議の場ではない。

翻って其方はどうなのだ?

王都騎士団を相手に、どう勝つ予定なのだ?」



「そんなもの、簡単よ。こちらも皇王国の不審な動きは掴んでおるわ! 王都騎士団が全軍を以って我らと対する事など有り得んわ!

奴らの中で出てくるのはせいぜい20,000騎、こちらも20,000騎、碌な戦いの経験もない奴らに比べ、此方は長年に渡りスーラ公国との戦いを経た最精鋭だぞ。

同数であれば勝負にもならんわ!」



ジークハルトの提案を受け、グラートが行った挑発の真意を、第一皇子陣営は気付いていなかった。

出征兵力が想定通りだったこともあるが、グラートはただ、余計な詮索を避けるために挑発し、話題を変えていたことに。


その後のやり取りは、互いに本質を隠した無意味な戦術論に終始した。



こうして会議は、最後になって互いの揚げ足を取り合う形で紛糾して終わった。


その様子を、必死に笑いを抑えたジークハルトが、顔だけは神妙な様子を取り繕い眺めていた。

ご覧いただきありがとうございます。


次回は『周辺国の動静 イストリア皇王国』を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


※※※お礼※※※

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