第二百二十八話(カイル歴513年:20歳)最後の年の始まり
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とうとうこの年がやって来た。
三回目の人生は最終的に全て、この年のためにずっと積み重ねて来たと言っていい。
父、母、兄、妹、そして多くの仲間や領民たち。
本来であればこの時点で失われていた多くの命が救われ、今の俺の支えになってくれている。
そして、前回の歴史にはなかった新しい出会い、新しい力とそれを支えてくれる人々。
新年の宴を迎え、先ずはそのことを考え、改めて感慨深く思いに浸っていた。
そういえば最近は、何も考える余裕もないほど、毎日全力で駆け抜けていた気がする。
もちろんそれは、最後の戦いを生き抜くための、三つのことだ。
一つ目は、魔境伯領の防御力の強化、そして兵員の補充と訓練。
二つ目は、魔法騎士団の戦力化と、2,000名の弓箭兵の強化。
三つ目は、防衛を支える経済力の継続した強化。
全てがこれらに集約されている。
正直、昨年は収穫祭こそ変わらず盛大に行ったが、最上位大会は行わなかった。
事前に延期を通達していたこともあるが、諸々の対応や準備もあり、そちらに回す労力もなかった。
幸い、領民たちからも不満が出ることはなかった。
帝国との休戦協定が切れること、それに対して一丸となり対策を進めていることは、領民たちにとっては既に周知の事実だったからだ。そして、それに関して不安が噴出したり、大きな混乱もなかった。
これまでの連戦連勝からくる『不落のテイグーン』に対する信頼や、アイギスやイシュタルでの防御態勢が日々整っていることなどの影響も大きい。
逆に、『この地を守りたい』と受付所を訪れる、志願兵も予想以上に集まってきている。
そういった日々を過ごしているうち、あっという間に時が過ぎ、とうとう年が明けた。
そして、年末年始は関係各位に休暇を出した。
イシュタルにて遠征訓練を行っていた魔法騎士団、弓箭兵たちにも、等しく与え、王都や各所への一時帰領も許可した。
俺たちも一旦テイグーンに戻り、恒例の新年の宴に参加しているのだが……
想定外の参加者たちも居た。
「クラリス殿下、本当に王宮に戻られなくて良かったのですか?
陛下も寂しがっていらっしゃると思うのですが……」
「王宮での堅苦しい宴などうんざりです。こちらの方が『無礼講』でしたっけ? とても楽しいわ。
お父様にお願いして、毎年こちらに参加したいぐらいですわ」
「……」
このじゃじゃ馬姫、何が気に入ったのかは分からないが、休暇中もテイグーンに居座り続けた。
そのせいで俺は、関係各所から散々言われ、苦労したのも知らず。
殿下に同行するクリシアを始め、何人かの貴族令嬢たちも同様だ。
元々、女性ながらに戦場で活躍した伯爵令嬢、ユーカに憧れて集まったご令嬢方は、深窓のご令嬢として育ったにも関わらず、王都の学園での生活によって、彼女たちの指向は大きく変わってしまっていた。
各自が血統魔法を行使する魔法士として、勅令魔法士に志願し、魔法戦闘だけで見れば、もう男勝りの活躍を期待できるところまで至っている。
この国では、どうしてこんなにも、女性の芯が強いのだろうか……
そしてユーカは、魔法騎士団結成に至る功と、クラリス殿下の近習として男爵へと昇爵しているし、クリシアですら準男爵に叙せられていた。
彼女たち、殿下を取り巻く姫たちも、実家からの懇願を一顧だにせず、テイグーンで新年を迎えた。
俺のところには、新年にも帰って来ない娘たちへの取り成しを願う各家から、嘆願や依頼、中には愚痴混じりの書簡が届いたりと、色々と頭を抱えることになったのは言うまでもない。
「お兄さま、私も学園を卒業したら、テイグーンに住まうつもりです」
「はぁっ? そんなこと……。伯爵領の内政を助けるんじゃないのか?」
「学園については、私もメアリーさんやサシャさんを見習って、もう卒業単位は取得しています。
なので、卒業は決まってますわ。
それに、お母さまからは、私が準男爵となったのを機会に、エストを含めた旧領を私に任せてくれる、そんなお話をいただいています。
テイグーンなら近いし、エストに居なくてもミザリーお姉さまからも直接ご指導を仰げます。それに……」
「クリシア、その事を父さんは……」
「もちろん知りませんよ」
そう言って、屈託のない笑みを浮かべるクリシアを見て、涙目になるであろう父の姿が目に浮かんだ。
父たちは新領地の統治もあって、領地の中心をエストから、ずっと北の新しい場所に移している。
まぁ、クリシアがテイグーンに居たがる他の理由も俺には分かっているけどね。
ずっと可愛い妹、まだ幼いと思っていたが、彼女も今年で18歳になり、既にお年頃の女性だ。
俺は気付いてないとでも思っている様だが、はっきり言ってバレバレだ。
きっとイシュタルで出会った、彼の近くに少しでも居たいのだろう。
まぁ兄としても、彼にならクリシアを預けても構わないと思っている。
俺は隣のテーブルで団長やクリストフと談笑している彼を呼び寄せた。
そして二言三言話した後、俺は予定の行動に移った。
「さて、ここは若い者たちに任せて、私は退出するとしようかの。ふぉっふぉっふぉっ」
「お、おお、お兄さまっ!」
真っ赤になって慌てるクリシアを残し、俺はテーブルを移動した。
既にクラリス殿下は、ユーカやその他貴族令嬢たちに囲まれて他の場所に移動している。
殿下はこの先、彼女たちに任せて大丈夫だろう。
あとは二人でゆっくり、健全に男女の会話を楽しんでくれ。
「よろしいのですか? せっかくの花園を抜け出されてしまって」
「団長、大丈夫です。どうやら私はこっちの方が居心地が良いようですから」
「それにしても、やっとここまで来ましたね」
「はい、これも全て、団長や皆が支えてくれたお陰だと思っています」
「十数年前は流浪の身だった私が今や男爵で、2,000騎を率いるとは、夢にも思っていませんでしたよ」
いや、本来ならば団長は、数万の兵力を率い、グリフォニア帝国の将軍たちを束ねる軍団長となっていたはずだから、それを知っている俺からすると、少し忸怩たるものがある。
「でも、傭兵団も本当に大きくなりましたね。初めて団長に会った時は30名でしたが、辺境騎士団に編入中の人員を含め、今や500人以上を抱える、王国最大の傭兵団になった訳ですから」
「ははは、これもどなたかのお陰ですよ。私はただ、その方が進む道に同行してきただけですから。
魔境伯領の総兵力4,600名、まだ十分とは言えませんが、それなりに戦える筈です」
そう、兵力数もやっとここまで来た。
専業兵と兼業兵を合わせた駐留軍は、予定した800名の定員にまだ200名足らないが、それでも現在600名。
ロングボウ兵1,000名と屯田兵200名、傭兵団専業の200名を合わせて、2,000名。
これに自警団の中から、防衛線時の戦闘要員たるべく選抜した600名と、辺境騎士団も合計した総兵力は、4,600名になっていた。
そして、駐留軍は日々増え続けており、開戦までにはもう少し増えるだろう。
◇魔境伯領 兵力状況
辺境騎士団支部 2,000騎
魔境伯領駐留軍 600名
ロングボウ兵 1,000名
屯田兵 200名
傭兵団 200名
武装自警団 600名
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合計 4,600名
俺たちは前線に投入できる4,000名の兵力に、近隣領主の軍勢の2,500名を加え、6,500名で帝国軍の左翼部隊と対峙することになる。
「お二人が揃われると、軍議に華が咲いているようですな? お邪魔してよろしいか?」
「はい、義父上も是非。それにしてもこの短期間で、総勢2,000名。派遣兵力で1,500名の戦力を揃えられたご手腕、感服しております」
ゴーマン伯爵も話の輪の中に入ってきた。
そういえば、伯爵と初めて会話したのは、第一回最上位大会の夜だったか。
今考えると懐かしい。というか、あの時はこの状況を想像すらできなかった。
「なに、儂が見込んだ婿殿と、娘のために少しでも助力したかっただけのこと。
それにしても、この短期間で4,000名もの前線兵力を揃えた魔境伯には敵わなかったがな。
流石いつも儂の想像の上を行く手腕デアル。そう思って感心していたところだよ」
ゴーマン伯爵はそう言って笑っていた。
正直、新領地の経営でただでさえ忙しいのに、どうやってこの宴に参加してきたのだろう。
彼の来訪に関する先触れを受けたとき、最初はそう思った。
実はゴーマン伯爵領では、年末から年始にかけて新年の宴を行い、年明け三日後に行われるこちらの宴に慌てて参加してきたそうだ。
以前から、テイグーンにて行われる新年の宴は、エストの宴に被らないよう日程を少しずらしていたため、通常より少し遅い。
それをうまく利用しての参加らしい。
「今年は娘もおらんし、少し寂しいのでな……」
そう言って照れ笑いをする伯爵を見て、この場に父や辺境伯陣営の者たちがいたら、きっと驚愕するだろうと思うと、思わず吹き出してしまいそうになった。
◇近隣領主 派遣兵力
ゴーマン伯爵 1,500名(うち300名は辺境騎士団に派遣済)
ソリス伯爵 1,200名(うち300名は辺境騎士団に派遣済)
コーネル子爵 550名(うち150名は辺境騎士団に派遣済)
※実質派遣兵力計 2,500名(辺境騎士団派遣分を除く)
「ところで魔境伯、以前話されていた三つの秘匿兵器、その完成はどうじゃな?」
「はい、伯爵のお力添えをいただいた二つのうち、一つは完成し運用も軌道に乗りました。
こちらは、西部方面、魔法騎士団に実装しています」
「ほう? それは凄いな。儂には原理はよく分らぬが、殿下をお守りする盾となるか」
「一つ目の兵器については、お預けいただいている音魔法士たちへの習熟も済み、今は魔法騎士団への教官として活躍してもらっています。こちらは南部戦線、西部戦線、北部戦線で活用予定です」
「ははは、それは頼もしいことデアルな」
「二つ目の兵器についても、義父上のお力添えのお陰で順調に進んでいます。
魔法騎士団も、運用が何とか形になりつつあります」
「ほう? 儂には良く理解できぬ仕組みデアルが……
役に立てて幸いデアル」
「ただ、三つ目が難航しています。成功すれば敵軍を驚愕させることになりましょうが……
ただこれは、我ら自身に対して突き付けられる、矛ともなりかねません。なので開発は慎重に行っており、実戦での使用も、限られた局面になると思います」
「そうだな、魔法士がおらずとも、魔法士と同等の効果をもたらすとなると、末恐ろしい話デアル……な」
「はい、運用は慎重に行いたいと思っています。開発が間に合えば、になりますが……
所で二つ目に関して、伯爵は信の置ける雷魔法士をご存じないですか? できれば南部戦線にも何人か抱えて置きたいと思っておりまして」
「ふむ……、雷魔法士か。王国南部辺境では珍しく、数も少ない属性だな。じゃが、中央ではそれなりの数が居ると聞き及んでいる。
その多くは血統魔法士だが、信の置ける者となると、いささか数が限られてしまうな。
キリアス子爵家の血統魔法は雷属性じゃが……」
「我らの左翼陣営はただでさえ人手不足です。そのため、キリアス子爵に助力を願うのは控えたいと思っています。
ただ、他から招聘しようとしていますが、伝手もなく何かと苦慮しています」
「分かった。我らの方でも当たってみるとしよう」
俺たちはこの時の会話が、後になって思わぬ方向に展開するとは、この時点では誰も想像すらしていなかった。
このように運命の年が始まり、カイル王国は最大の危機を迎えることになった。
俺たちには、その後も新年をじっくり祝う余裕はなかった。
年明け早々には、王都にて第五回定例会議があり、その後はとって返してイシュタルで訓練の続きだ。
まだまだ、魔法騎士団の戦力化には至っていない。
俺たちに残された時は少なく、残された時間との戦いに勝利しなくてはならない。
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カイル歴512年年初 予算残高
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〇個人所有金貨
・前年繰越 14,500
・期間収入 1,000(個人売買、他)
・期間支出 ▲4,500(王都滞在費、各魔法士派遣費用、教会対策費、他)
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残額 金貨 約11,000枚
〇領地所有金貨
・前年繰越 208,300
・開発支出 ▲54,000
・経費支出 ▲87,000(全雇用者人件費、経費)
・その他 ▲ 500
・製造委託費 ▲30,000(武具等の発注)
・魔法騎士団経費▲ 7,500 1790000
・販売収入 40,000(武具)
・一時収益 5,000(土地販売など)
・一時収益 3,000(帝国交易関係)
・一時収益 2,000(イベント収入)
・売却益 4,000(魔物素材など)
・物販収益 19,000(ハチミツ、砂糖他)
・金山交付金 6,000(王国より権利金)
・魔法騎士団委託費 9,000(訓練・宿泊等委託費)
・領地税収等 65,000
※税収等(人頭税、交易税、賃貸料、商品取引所販売益、公営牧場販売益、農産物、鉱山収益など)
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残額 金貨 約182,300枚
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次回は『周辺国の動静 グリフォニア帝国』を投稿予定です。
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