第二百二十七話(カイル歴512年:19歳)対魔法戦闘訓練
婚礼の式典、それにまつわるお祭り騒ぎが終わったのち、俺たちは団長率いる辺境騎士団支部2,000名と魔法騎士団及び付随する弓箭兵2,350名、そしてソリス魔法兵団全員で、アイギスを経由して魔境を抜け、演習のためイシュタルへと拠点を移した。
まず最初に行ったのは、配下の魔法士たちの再編成だ。
本来なら全てを南部戦線の防衛に充てたいところだが、ユーカやクリシア、そしてクラリス殿下の護衛にも信の置ける者を配置し、本営を固めておきたかった。
そのため、殿下の直営部隊として、一部の魔法士をそちらに配属した。
風魔法士:ゴルド
聖魔法士:ローザ
地魔法士:メアリー
火魔法士:クローラ
水魔法士:アイラ
時空魔法士:カウル
護衛剣士:カーラ
護衛弓兵:アルテナ
ゴルドはこれまでの実戦経験もさることながら、現地で指揮官としても動けるし、王都騎士団第三軍にも顔が広い。本陣にあって、魔法士の運用や兵士との連携に力を発揮してくれるはずだ。
ゴーマン伯爵も、既にユーカへの護衛として1名の女性風魔法士を配していたが、追加で2名いる音魔法士のうちひとりを、ここに配してくれた。
そのため、ユーカとクリシアを含む10名の魔法士と、殿下配下の護衛含む5名の護衛が、こちら側の意を汲んだ本営配属部隊の核となる。
これらに加え、派遣部隊各軍団の内訳は以下の通りとなった。
属性 西部方面 北部方面 東部方面 南部転属
風魔法士 50名 10名 20名 4名
聖魔法士 10名 5名 5名
地魔法士 30名 10名 6名
火魔法士 32名 3名 5名 2名
水魔法士 32名 3名 5名 2名
雷魔法士 45名 5名 5名 2名
氷魔法士 20名 5名 2名
音魔法士 24名 5名 2名
闇魔法士 2名 1名
光魔法士 3名 2名
時空魔法士 2名 1名
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250名 50名 50名 10名
西部方面と北部方面は、300名の人員から、俺たちが相談して配置を割り振った。
東部方面はハミッシュ辺境伯とモーデル伯爵が派遣してきた、東部防衛にあたる勅令魔法士たちだった。
そしてゴルドたちを配属させ、その代わりに10名を魔法騎士団から、南部右翼陣営に転属させた。
彼らには南部防衛で必要な、風魔法士の隙間をカバーしてもらうだけでなく、継続して俺の手元で、フェアラート公国の魔法士対策を研究してもらう予定にしている。
フェアラート公国の魔法兵団については、俺も公国を訪れた際、先方の国王との密談により概要を聞いていたため、対策の取りようもあった。
かの国では、主に火、雷、水、氷の魔法士が主流で、魔法兵団は主に火と雷の魔法士たちで構成され、攻撃特化型だと聞いていた。
それに対し、この火の雨と雷撃をいかに防ぐか、それが一番の課題であり、この攻撃を凌げば、こちら側の勝機も見えてくる。
ひとつ、有効な防御手段を構築すること
ひとつ、その攻撃の射程を見極めること
ひとつ、敵有効射程外からの攻撃手段を構築すること
俺たちはこの三点を団長とひたすら議論していた。
そして出た結論は……
火魔法対策、天空より降り注ぐ火の玉に対しては、二種の魔法を組み合わせて防御手段を構築することだ。
これは既に、俺たちのなかでも実験を行っていた。
本来は、敵の放つ火矢対策のものとして、構築していたものの応用だった。風魔法士と水魔法士、双方の連携と高度な調整が必要だが、なんとかそれは形になっている。
この研究には、もともと同郷で仲の良かった火魔法士クローラと、水魔法士アイラがあたり、風魔法士たちが協力して試行錯誤のうえ、ほぼ完璧な対火球防御陣形を構築するに至っていた。
これで最低限本陣は守れる。
あとはひたすら訓練を行い、水魔法士と風魔法士たち全てに習得してもらうだけだ。
雷魔法対策に関しては、現代知識を活用した防御手段を構築することにした。
ただ、雷魔法士が仲間にいない俺達には、これまでは机上の空論でしかなかった。
そのため俺は、考案した道具だけを先行して開発し、魔法騎士団の到着を待って本格的に実験に入った。
「それにしても、毎度のことながらタクヒールさまはどこでこのようなことを……」
「団長、これはまぁ……、本の知識の応用、そういうことにしておきましょう。それにしてもゴーマン伯爵から大量の銅を都合できたのは助かりましたが……」
「もともとゴーマン伯爵領は、銅の鉱山があり、鋳造も行っていましたからね。
あとは魔法士のタイミング次第ですな……
これが成功すれば、敵兵は相当驚くでしょうね」
「ふふふ、雷は火球と違い、真っすぐに飛ぶ訳じゃないですからね。きっと慌てふためくでしょう。
そして、地魔法士の陣地構築と、水魔法士の連携がうまくいけば、一気に反撃の手段とも成りえます」
「ははは、敵軍は自ら放った魔法で自滅する、そういう訳ですな」
「はい、西の戦線においては、我々は持ちこたえるだけで良いのです。王都への街道を守る防御陣地を築き、防衛戦を行えば、戦線は膠着します。そして王都騎士団第三軍を合わせると、弓箭兵は12,000名。
以前の東国境での戦いでは、風魔法士が足らず工夫が必要でしたが、今のところ西に回せる数は50名です。
数は力です。これは非常に大きいと言えますね」
「単純に一人当たり担当は240名、3列隊形なら80名ですな。そこを目指して半年間しごきますよ」
「はい、よろしくお願いします」
そこからは鬼の特訓が始まった。
「風魔法士、お前たちは防御と攻撃の要だ!
死ぬ気で定められた範囲の風壁を展開しろっ!
一人前に防御ができなければ、攻撃訓練にも移れないぞ!」
「そんなことが、できるのか?
どうして、ユーカ殿たちは豪雨の様な矢に身を晒し、平然とあんなことができる?」
「水魔法士、戦場で水浴びでもする気か?
そんなことで火の雨が防げるとでも思っているのか?
そんなことでは風魔法士と共に、大火傷をするぞ!」
「そんな難しい発動、どうやってやるのだ?
俺たちは……、サシャ殿やアイラ殿の足元にも及ばないと言うのか?」
「火魔法士、遠慮はするな!
お前たち全員の攻撃でも戦場の比ではない!
相手を焼き殺すつもりでやれっ!
そもそもお前たちは射程が短すぎる。一方的に敵に焼き殺されたいのか!」
「そ……、そんな。何故クレア殿やクローラ殿は、あんな距離を、しかも、なんて容赦のない……」
「地魔法士、構築が遅い! 戦場は土木作業とは訳が違うんだぞ。味方の命を守る作業だと心得よ!」
「何故だ? なぜ魔境伯の魔法士たちは、あんなに早く、しかもいとも簡単に地形を変えられる?」
「雷魔法士、攻撃班は容赦するな!
防御班、そんな体たらくでどうする?
弛んでいると直撃位置で訓練させるぞ。この後攻守を入れ替えるから、双方とも覚悟しておけ!」
うん、団長の怒声は止むことがないが、既に一部の優秀な者たちは、何とか切っ掛けを掴みつつある様子だし、これならなんとか、目論見通り行きそうか?
「聖魔法士、処置が遅いし、回復する場所を考えろ。巻き込まれてお前たちが怪我をしてどうする?」
「ひいっ! は、はい!」
「氷魔法士、展開が遅いし氷壁が弱すぎる!
そんな薄い氷の板では、何の役にも立たんぞ!」
「キニアさん、どうして?
私たちは、どうしてあの子に全く敵わないの?」
「音魔法士、そんな事でどうする?
自分たちが自爆するぞ! この先、各自耳栓を外すので、鼓膜を破りたくなかったら、必死で対応しろ!」
「一体どうしたら? シャノンさんたちのように……」
「光魔法士、闇魔法士、時空魔法士、お前たちは支援職だが、自身の身を守れんでどうする?
各属性にあった、最適な動きを身に着けろ!」
団長の容赦ない訓練は彼らを容赦なく追い込んでいる。
片やゲイルとゴルドは、2,000名の弓箭兵に対し、統制射撃を徹底的に教え込んでいた。
「旗と鐘、どちらの合図にも、自然に体が反応できるまで叩き込め!
そして発射のタイミングを見誤るな!
同時に発射できなければ意味がないぞ!
三交代で誰もがどの担当もこなせるよう、もっと無駄のない動作を身に着けるんだ。
今の速度では、一射後に騎馬隊の突入を受けて全滅するだけだぞ!」
彼らの訓練の様子を見て、嬉しそうにほほ笑む脳筋もいた。
「ふふふ、流石ね、魔境伯率いる魔法士たちはみな、格が違うわね。そして覚悟も鍛え方も……
これでは王都や学園での調練が、子供の遊びに見えてしまうわ」
「クラリス殿下、殿下に彼らの訓練を見ていただいているのは、意味がありますからね。
そんな楽し気に見ておられても、参加はさせませんよ」
「魔境伯、分かっていますよ。
彼らの動きやタイミングを、しっかりこの目に焼き付けて、戦場で指揮ができるように、でしょ?」
「ご明察恐れ入ります。そして時折彼らを励ましてやってください。自ずと士気も上がりますから。
あとは折につれ、幾つかの秘匿兵器の使いどころもご説明いたしますので、しっかり覚えてください」
「分かりましたわ。それにしても魔境伯、父が貴方のことを『王国に叡智をもたらす者』、そう呼んで高く評価しているのが、今更の様によく分かったわ。
あの音魔法士の兵器、私も落馬しそうになったし」
「それもこれも、使いどころが大事です。一度知られてしまえば効果は下がります」
「そうね……、それにしても、東部方面の風魔法士たちが行っているカタパルトの訓練、辺境伯から話に聞いたアレは使わないの?」
「今は使いません。あれは風上か、風魔法士を完璧に配置しておかないと、不用意に使った我らが地獄を見ることになりますからね。
私は王家の姫を悶絶させた、そんな悪名を被りたくありませんからね」
「魔境に出て魔物の討伐も……、ダメかしら?」
この脳筋娘め!
自分が王女であるということを全く理解していない。
ほんと、生まれる性別を……
「ダメです。先ずは私から一本取れるようになってからです。殿下の剣は素直過ぎます」
そう、確かにこのじゃじゃ馬は、剣技の素質があって極めて優秀だけど、型が綺麗すぎなんだよな。
これまでの相手も、恐らく綺麗な組手しかして来なかったのだろう。道場剣術だから攻め手がわかりやすい。
団長が教えるそれは、全く違う。
命のやり取りを前提とした、時には何でもありの相手を殺すための剣術だ。
今のままじゃあ、魔物相手に命のやりとりは危険すぎる。それに万が一、怪我でもさせたら……
そう、俺だって最初は傷だらけになり、散々聖魔法士の世話になった。
死の危険を感じた事も幾度となくあった。
なので、俺は『まだ実力不足』と、殿下を一蹴して、突き放している。
「それよりも殿下は、軍務卿からいただいた王国西部の地形図を、空いた時間を使って全て頭に叩き込んでください。後で軍の配置に関して、想定問答を行いますからね。
ここでの訓練が落ち着いたら、護衛は手配しますので、実際に現地も視察していただく予定ですから」
「まぁ、西部方面にも出掛けられるのですね?」
「お出掛けではありませんよ、視察です!
ただでさえ、殿下が動くと周りが引きずられるのですから。短時間に、お忍びで動いていただきます。
良いですね?」
「ふふふ、私にここまで遠慮なく言ってくるのは、魔境伯ぐらいね。でも魔境は諦めませんよ」
「約束は守ってください。もう今更ご身分をいちいち気にしてる状況ではないですからね。
団長と私ぐらい、直言できる者がいなくては、殿下はどこでも構わず、猪武者のように突っ走りますから」
クラリス殿下は、相当魔境に行きたいようで、日々カーラ相手に剣技を磨いている。
カーラは当初、相当恐縮していたが……
『鼻っ柱を折ることが、この先の殿下の身の安全に貢献し、それこそが忠義の表れとなる』
そう言ってカーラを納得させた。
俺自身、一番最初の対戦では、型を無視した剣の攻撃で、殿下を容赦なく叩き伏せ、足技で蹴り飛ばした。
その時周囲にいた者たちは、真っ青な顔になってドン引きしていたけど……
敵軍や魔物との戦いは、ルールのある試合じゃない。
戦場に出ることの意味を、その厳しさを知ってもらうため、俺と団長には、遠慮という言葉も、忖度という言葉も既にない。
打ちのめされて、土に汚れて悔しがりながらも、満足げに笑みを浮かべていた殿下を見て、俺はその思いを強くしていた。
色々と心配事や、まだ先行き不安な点はあるものの、こうして魔法騎士団の強化訓練は端緒についた。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は『最後の年の始まり』を投稿予定です。
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※※※お礼※※※
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