間話10 サプライズイベント(その②)
前回王都で、魔法騎士団の話を聞かされてから、あっという間に月日が流れていった。
ユーカさん、クリシアからもらった情報をもとに、テイグーンに帰り団長とも打ち合わせを重ねた。
首脳部の人間に情報を共有するとともに、イシュタルの代官を務めるアレクシスには、受け入れの準備を整えてもらった。
幸い、イシュタルには、1,000名分の臨時兵力受け入れ施設があったが、それを拡張して設備を整え直した。相当な突貫工事で、かなり迷惑を掛けてしまったが。
そうして、なんとか第四回王都定例会議を終えたのち、俺たちは2,350名+αの軍勢を引き連れ、テイグーンに戻って来た。
「にしても、ユーカさん。今回はやけに随行が多くないですか? クラリス殿下が同行されているとはいえ、狸爺、ゴウラス騎士団長、ハミッシュ辺境伯、モーデル伯爵始め、なんか関係ない貴族の当主も一緒に付いて来てますけど……」
「えっと……、まぁ、殿下に敬意を示して、そんな所じゃないですかね?」
「テイグーンの滞在、一泊だけの予定でしたが、いつの間にか三日に変わっていたし、あまり予定がころころと変わるのも、ちょっと困りものですね」
「え、ええ、そうですわね」
俺たち一行がテイグーンに入ると、そこにはまた多くの貴族当主が待ち受けていた。
父は母を連れて、そしてレイモンド夫妻まで。
ゴーマン伯爵はきっと、表敬よりユーカさんに会うことが目当てなんだろう。
コーネル男爵夫妻、ハストブルグ辺境伯夫妻、兄夫妻、キリアス子爵夫妻、クライツ男爵、ボールド男爵、ヘラルド男爵、カッパー男爵……、ちょっと勢揃いし過ぎていて、若干引いてしまった。
翌日はクラリス殿下の歓迎式典があるらしく、皆はその対応の準備に追われていた。
何でそんなもの、わざわざやるの?
国王陛下からは、特別対応は無用、余計な気遣いをせぬように。そう強く言われていたのだけど……
俺は何故か今回、この後の訓練計画に集中できるようにとの名目で、この準備から外されており、手持ち無沙汰な俺を他所に、皆は忙しそうに動き回っていた。
うん……、俺がまたいきなり、二千名を超える人員を引き連れてくることになって、今回も皆に迷惑をかけたかな?
ちょっと余所余所しく、そして忙しそうにしている皆に相手にしてもらえず、暇を持て余した俺は工房へ出かけ、カール工房長に会いにいった。
「カール工房長、頼んでいた物はどんな感じかな?」
「はい、追加でいただいた軽装鎧10着は完成しております。見た目は軽装ですが、防御力は帝国の鉄騎兵が使用するフルプレートアーマーを遥かに凌ぎます。
うち三着はご指示通り、素材に糸目を付けず防御力を最大限まで考慮した、最高級品に仕上げています」
そう言って見せてもらった鎧は、クリムトの鱗をふんだんに使用したものだった。
半透明の虹色に光る鱗が重ねられ、思わず見とれる優美さを醸し出している。
これまでにも50着の高級品と、必要箇所に鱗を数枚ずつ貼った廉価版200着を発注し、関係各所に配備していたが、それらに等しく、見た目の華美さは敢えて抑え、洗練さと取り回しの良さを優先した形で依頼していた。
もちろんこの三着は、クラリス殿下、ユーカさん、クリシア用だ。そして残りの7着も、ユーカさんの護衛に2着、殿下の近習に3着、俺から殿下の護衛に任命したカーラ、アルテナの両名に配備するものだ。
「うん、凄くいい感じだと思う。流石だね。あとは、限定版のクロスボウだけど、何台ぐらい作れそう?」
「そうですね。来年の春までが納期で、東からも追加素材が到着しましたので、1,000台なら間違いなく」
「分かった! 無理をしなくて良いから、夏前までになんとか、3,000台まで揃うと嬉しいかな。もちろんできる範囲で」
俺は東に配備する2,000名の弓箭兵には、エストールボウの威力や射程に迫る、最新のクロスボウを配備したかった。もちろん、価格も高い。
そして、軍務卿からの依頼で、東国境配備の注文もあるし、既に素材を融通してもらっている手前、1,000台は何とかしたい。
「人件費についてなら、予算を度外視して構わない。
働く人たちには無理のない様、でも割増賃金や増員は遠慮なくやってほしい。
それに見合う対価は貰えるからね」
特に魔法騎士団の装備費用は王国持ちなので、遠慮なく強化させてもらう。そして対価も遠慮なくいただく。
予め見積りを持っていった時には、狸爺は仰天していたが、殿下を守るためのクリムトの鎧一式と言ったら納得してくれた。
なんせ、伝説級の鎧だし、幾ら金貨を積んでもおいそれと手に入る物じゃない。まして、その防御力は折り紙付きだ。
まぁここだけの話、ユーカさんや妹の分も、こっそり請求に紛れ込ませているけど……。彼女らも魔法騎士団所属だし、それはそれ。
この様にして、俺は色々と時間を潰していた。
魔法騎士団に同行した弓箭兵たちは、各々宛がわれた宿泊先に分宿し、ちょっとした観光を楽しんでいるようだった。
夕方からは、この機会を利用してハストブルグ辺境伯以下、南部防衛に当たる面々との会議があった。
もちろん、軍略好きのお姫様はちゃっかり同席していたが……
そして夜は、迎賓館にて晩餐会が開かれた。
ここでは、フェアラート公国産の赤絨毯が皆を驚かせ、パエリアやカレーライスに皆は舌鼓を打った。
日本では庶民の食事が、この世界では貴族の晩餐となることに、俺はひとり苦笑してしまったが。
この時は、任地に散っていたヴァイス男爵やバウナー準男爵、各魔法士たちも勢揃いし、非常に華やかな宴となった。
でも……、なんか皆、ちょっとよそよそしい気がしたのは、俺の気のせいだろうか?
俺、なにか悪いことでもしたかなぁ?
唯一、薄ら笑いを浮かべた兄が、終始俺に構ってくれていたけど……
翌日は歓迎式典が行われると聞いていた。
だが、アンもミザリーもクレアもヨルティアまで、皆が朝から出払っており、俺はぼっちだった。
なんか……、寂しいなぁ。
魔法士たちも皆、どこにいったか不在だし、主要メンバーが集まっているのに何故か俺はひとりだった。
仕方がない、ちょっと兄と剣の修練でも、そう思って兄を訪ねると、これまた不在だった。
なんで?
仕方なく俺は、一人で街をぶらついていた。
※
タクヒールが途方に暮れているとき、とある場所に集まる者たちがいた。
「では、計画の最終段階に入りましたが、各所準備はよろしいですか?」
「はい、クリシアさま。来賓関係は迎賓館に集まっていただいており、準備は整っています」
「カーリーンさん、ありがとうございます。教会の方はどうですか?」
「ローザさんが教会に入り、準備を進めております。間もなく完了すると報告が入っています」
「マリアンヌさん、ありがとうございます。では……、目標の動きはどうですか?」
「ラファールさんが隠形して密かに追跡しています。先ほど中央広場にて、ぼーっとおひとりで座られている、そう報告がありました。今が移動の好機だと思います」
「キーラさん、ありがとうございます。では……、来賓や参列者の移動を今のうちに開始しましょう。
万が一に備えて、団長には目標の確保と、最終的な誘導をお願いできますか?」
「承知しました。これより第三区画で待機し、合図の赤旗が上がり次第誘導を開始します」
「では私たちも、それぞれ服装を整えながら、待機しましょう。赤旗を上げた時点で本部も移動します。
団長の衣装は、目標のものと同じく、駐留兵詰め所に手配してあります。
ただ、ここで気付かれては元も子もありません。
その点、どうかよろしくお願いします」
「了解しました。最大限の注意を払い努力します」
「そうは言いましたが多分、お兄さまはその辺も無頓着なので、大丈夫と思います。
ご自身のことはあまり見えていない人なので……
ではこれより、最終段階の手筈を開始します」
勢いの良い返事とともに、各位は定められた任務に散っていった。
※
なんか……、せっかくのハチミツパイも、一人で食べると味気ないなぁ。
クリシアたちは、昨日殿下を誘って、食べに来たらしいけど。
そういえば、今日は何故売っていたんだろう?
昨日は特別に販売を行うよう、ミザリーを通じてねじ込んでいたけど、今日は何の行事も祭典もないよね?
殿下の歓迎式典は、領民には内緒だし、今日は予め決まっている販売日でもないのに……
「タクヒールさま! 探しましたよ。
殿下のご都合で、歓迎式典が早まりそうです。
どうか急ぎ、我等とお越しください」
「あれ? 団長……
今朝から姿を見ないと思っていたのに」
「さぁ、急ぎ移動しましょう。急遽殿下は、教会にて礼拝を行なってから式典に臨まれるそうで、参列する者たちも教会に移動しております」
「げっ! これから領主館に戻って着替えて、また教会に……、移動と往復だけでも時間がかかるじゃん。
やばいっ! 出遅れる」
「ご安心ください。お召し物は教会の近く、駐留兵の詰め所に運ばせています」
「団長、流石です。ありがとう! じゃあ急いで戻ろう!」
俺と団長は急ぎ駐留兵詰め所に向かった。
途中、教会前を通過したが、既に多くの兵が周囲を固めており、既にクラリス殿下は教会に入っていると思われ、俺は大いに焦った。
詰め所で用意されていた服は、多少派手すぎる気もしたが、そんな事を気にしている場合でもなかった。
「さ! タクヒールさま、既に礼拝は始まっている模様なので、裏手から入りますよ!」
団長に続いて、教会の裏手からから中に入り、礼拝堂の脇へと通じる扉に辿り着いた。
「では、私は中に入り様子を確認して参りますので、次にドアが開いたとき中にお入りください。
タクヒールさまは、居並ぶ警護部隊の真ん中を抜け、礼拝堂の中央へとお進みください。
そこにお席を確保しておきますので」
「うん、手間を掛けるね。遅刻がバレない様よろしくお願いします」
団長が入るとしばらくして、彼の言った通りドアが開き、中からは盛大な音楽が響き渡った。
俺は指示通りに中に入ると……
???
抜剣した辺境騎士団支部の精鋭が、頭上に剣を交差させ、花道を作っていた。
んんん?
これって、どこかで見たような光景だったような……
不思議に思いつつ、団長に言われた通りに進んでいくと、そこに居並ぶ者たちは……
アラル、マルス、フォルク、ブラント、ダンケ、イサーク、ウォルス、ラファール、カウル、アストール、マスルール、バルト、エラン、ゴルド……
お前たち、何でここにいるんだ?
一番中央寄りの端にはゲイルとクリストフが剣を交差させている。
「タクヒールさま、こちらでしばらくお待ちください」
クリストフは俺に小声でそう伝えてきた。何なんだいったい?
そして、反対側から大きな声が上がった。
「新婦、ご入場!」
「は? ……、??? はぁぁっ?」
俺は反射的に大きな声を上げてしまった。
やられた!
よく見ると、中央の席の最前列ではクラリス殿下が座り、満面の笑みを浮かべている。
左右には、母と妹に抱き抱えられた可凛の姿もあった。
そして……、反対側からは、純白のドレスを纏った、花嫁たちが手を引かれて進んで来た。
ゴーマン伯爵に手を引かれたユーカさん
父に手を引かれたアン
兄に手を引かれたクレア
レイモンドに手を引かれたミザリー
団長に手を引かれたヨルティア……
見る者を圧巻する、五人の花嫁たちが並んだ。
くそっ! やられた!
ここにいる全員がグルか?
予定以外の随行員がいたのも、急遽3日の滞在になったのも、昨日今日と皆が慌ただしくしていたのも、そして、何故かよそよそしかったのも、全部このためだったというのか?
祭壇にはグレース司教とローザが……
「これより、ソリス魔境伯とその妻ユーカ、アン、クレア、ミザリー、ヨルティアとの婚儀を、国王陛下の名代としてクラリス殿下の立会いの下、執り行うものとする」
二人の唱和を聞きながら、俺はまだ動揺していた。
「タクヒールさま、これでやっと、私も皆さんの仲間入りができました。嬉しいです」
「ユーカさんはもう、ずっと以前から仲間だよ。これからもよろしくね」
「既に母となった私が、このようなドレスを着て、こんな場所に……、大丈夫でしょうか?」
「アン、凄く似合ってるよ。今の俺があるのはアンのお陰だし、遠慮しないで」
「嬉しいです。まさかこんな形で、皆さんとご一緒できるなんて、夢のようです」
「クレア、これもクレアが今まで支えてくれたからだよ。俺にとって大切なひとりだから」
「私は……、私は……。もう言葉になりません」
「ミザリー、いつも苦労を掛けているけど、本当にありがとう。これからもよろしくね」
「私、私のような者が、このように……」
「ヨルティアは、戦場でも数々の功績を立てた英雄なんだから、何の遠慮も必要ないよ、胸を張って」
ただひたすら喜ぶユーカさん以外は、俺以上に動揺していた。
きっとこの5人が平等に、そして一緒に式を挙げれるよう提案したのはユーカさんなのだろう。
俺にはそれがなにより嬉しかった。
そして婚礼の儀はつつがなく終わり、その後クラリス殿下歓迎式典ではなく、婚礼祝賀会が始まった。
テイグーンの街には、祝いの酒と料理が振舞われ、街中が俺たちの滞在中ずっと、お祭り騒ぎとなった。
このサプライズ結婚式は、兄と妹が発起人となり、周到に準備されていたことが後で分かった。
俺は兄から、きっちり借りを返された形となっていたのだ。
クリシア、この借りはきっちり返すよ。兄として……
今度は可愛い妹の未来を祝福する番だからね。
俺が気付いていないとでも、思っているのかな?
ご覧いただきありがとうございます。
次回は『対魔法戦闘訓練』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お礼※※※
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